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第1章 異世界に転移しました

15.裏切り side クルト※微胸くそ

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 クルト・デガータは冒険者ギルドを出ると、そのまま自宅のある東へ歩を進めた。
 彼の自宅は、パーティメンバー六人で家賃を折半しているクランハウスで、一人一部屋確保出来るだけあって大きな家だ。
 家賃は一人当たり生活費込で毎月500ゴールド。
 普通に稼いでいれば何てことはない金額だが、身に覚えのない宿泊費で12,000ゴールドを失った彼にはとてつもなく大きな壁だった。
 なにせ一昨日まで一月以上も休みなしの護衛依頼を受けていたものだから、メンバーは全員がしばらく休養するつもりでいる。護衛依頼はそれだけの収入になったからだ。
 言い換えれば、そのおかげでクルトも12,000ゴールドを支払えたのだから良かったと言えなくもないが、明日から一人で依頼を受けて稼ぐ事を考えると気が重い。
 銀級ではダンジョンに一人で入れない。
 魔物の討伐依頼だってソロでは良い顔をされないだろうし、あとは他のパーティに一時的に混ぜてもらうか、近所の森に入ってせっせと薬草を集めるか……。

「5本一束3ゴールド、500ゴールド稼ぐには……森が禿げるんじゃ⁈」

 禿げはしないがとてつもない苦行になるのは間違いないだろう。

「明日、ジェイは付き合ってくれるかなー……」

 借金の話を聞いたと言ってギルドの食堂に現れたジェイは顔色が悪かった。そんなに心配させたかと思うと申し訳なくて「平気だ」と強がったが、手を貸してもらえたら絶対に助かる。
 帰ったら、平身低頭で協力を頼もう。
 そう決意したら少しだけ足が軽くなった。
 今日は散々な一日だったけど良いこともあったのだ。明日からまた頑張ればいい。

「レン君がタグを見つけてくれたおかげだな!」

 うんうんと深く頷く脳裏に浮かぶ、黒髪に黒い瞳なんて珍しい組み合わせの男の子。
 洗礼の儀を受けた12歳のはずなのに見た目は10歳くらいで、その割に言動は大人びているというアンバランスさが興味深い子だった。
 今まであまり外に出ていなかったのか肌は白いし、ヘタしたら女の子より体つきが華奢だし、感情の判り易い大きな目と、くるくる変わる表情は可愛らしかった。もし自分があの子の親だったら、例え主神様の加護持ちだったとしても一人旅なんて許してあげられないと思う。
 いくらあらゆる場面で身分証紋を確認し犯罪の有無が判るようになっているからと言って、犯罪が起きないわけではない。
 子どもの誘拐だって年に何件も起きている。 

「まぁでも主神様の加護持ちは洗礼の儀が終わった途端に鐘が鳴るから隠せないんだよなぁ……」

 故郷で二つ上の知人が洗礼の儀で主神様の加護持ちだと判った事があった。その途端、村は彼女を家族からも引き離して魔素の濃い土地で訓練と称した軟禁生活を送らせ始めた。
 あくまでも彼女が自らそこに居座るよう大人達が言葉巧みに説得する光景は、子ども心に恐ろしかったのを今でも覚えている。
 主神様の加護持ちなんて世界に100人もいない稀少な存在だし、村から出たのは初めてだった。
 僧侶がいれば疫病を恐れることはないし、魔物が出れば「僧侶がいる」の一言で国の騎士団や冒険者が集まるし、いるだけで様々な恩恵を得られる。
 村のお偉いさんにしてみれば、村の安全を守るのが仕事なわけだし、村長がそう主張すると教会も何も言えない。彼女さえ納得してしまえばすべては合法となるのだ。

「あれはひどかったよなぁ……」

 だから子どもを愛すればこそ旅に――このトゥルヌソルに送り出した彼の両親の気持ちは良く判る。
 12歳になれば自分の意思で故郷を出てもいい、だからこそ主神様の加護持ちには「旅の僧侶」という肩書が付くし、冒険者ギルド、商業ギルドなど、各種組織に登録して稼ぐことが可能となる。

「レンくんのご両親……家の中にレンくんを隠してますってフリしながら村の上役に責められたりしているのかな……気の毒だ……夜逃げでもしてトゥルヌソルに来たら良いのに……あぁでも逃がした時点でバレるから、まさか今頃は牢の中なんじゃ……レンくん、大丈夫かな……もっとちゃんと気遣ってあげればよかった……っ!」

 想像力の逞しい男クルト・デガータは、涙もろく、もし他のパーティメンバーがいれば「またか」と流す程度にはよくある事。
 そのため、本人の切り替えも早い。

「よし、明日も会えたらおススメのお菓子屋さんに連れて……いや、食堂と違って結構高いから奢れないし……、あれだ。森で美味しい木の実の採り方を教えてあげよう……!」
 
 そう心に固く誓う。
 勉強が苦手で想像力が逞しく、涙もろい彼は、決して悪い人間ではないのだ。




 ギルドから歩いて15分ほどで到着した、真っ暗なクランハウス。そもそも今日はクルトとジェイの二人しかいないのだが、ジェイも外出しているのだろう。
 明かりは一つもついておらず、しんと静まり返っている。

「あー……濃い一日だった……」

 ドアノブの上に設置された施錠用の照合盤に身分証紋を当て、解錠された扉を開けて中に入る。
 ガチャン、と。
 暗闇の中。
 扉が閉まると同時に施錠が完了した。
 ジェイが帰って来た時のために玄関ホールの明かりくらいはつけておこうと、壁に嵌め込まれている三つの石のうち、一番左側にだけ触れて魔力を流す。
 すると、真上と、正面に設置されている階段上の照明だけが点灯した。
 魔法は体内に蓄積した魔素量に左右されるものの、魔素を蓄積できるということは魔力を有しているのだから、日常生活で使用される魔導具を起動させるくらいは何の問題もないのである。

「さて……昼遅かったから腹減ってないし、シャワー浴びて寝よ……」

 階段を上がって右側二つ目がクルトの部屋。
 メンバーに女の子もいるため、シャワーは一階が女の子、二階が男用と決まっている。部屋の明かりを付けて荷物を降ろし、タオルと着替えを持ってシャワー室へ。
 洗濯は各自なので、脱いだものは部屋に持ち返り易いよう籠に入れておくのもいつも通りだ。
 壁の石に魔力を通して照明を付け、ドゥーシュという魔導具の石に魔力を通すと事前に設定された温度のお湯が出て来る。
 ほんの少しの魔力を二、三回通せば男の湯浴みには充分だ。
 
「はー……」

 二回目の魔力供給で出した湯が止まるのを待ってからシャワー室を出てタオルに手を伸ばし、……持ってきたはずのそれが無いことに気付いた。

「え、っ?」

 カタン、と。
 音がしたから顔を上げると、そこにはいつの間にかジェイが立っていた。

「……っ?」

 無言。
 そして真顔で、ただじっと自分を見ている仲間に、クルトはいま初めて寒気を感じた。

「……ぁ、シャワー待ち? ごめん、すぐ出るわ……ってか、タオルなかった? 忘れたかな、ははっ」

 早口に捲し立て、洗い物を入れた籠を抱えて出ようとするも、扉はジェイの背後。
 彼はそこから微動だにしない。

「……ジェイ? そこ通してもらわないと出れないんだけど」
「……出なくていいよ」
「は?」
 
 ようやく声を発したかと思えば妙な事を言う。
 クルトは眉根を寄せて相手を見返し、……笑う男を見た。

「っ……⁈」
「今度はどこに行くの。あんな嘘までついておいて」
「嘘?」
「そうだよ。わざわざネームタグ失くしたフリまでして俺に自分を買わせようとしたくせに、いざとなったら借金奴隷になるのが怖くなった?」
「は?」
「ははっ、あはははっ」

 不可解な事を言う相手を睨みつけたつもりが面白がられる。
 その態度が恐ろしいと思った。

「と、とにかくどけろっ」

 強引にでも退かして出て行こうとしたクルトは、しかし触れた瞬間に逆に掴まれて壁に追い込まれた。籠が落ち、押し付けられた前半身は壁の冷やかさに震える。

「くっ……」

 まるで魔物を抑え込むように、背中で両方の手首を捻じり上げられた。
 痛い。
 でもそれ以上に、尻の間に当たる硬いモノが恐ろしかった。

「ぉ、まえ……まさか……!」
「この2年間でクルトの性格は解ったつもりだからさ……奴隷紋を刻んで俺に絶対服従を誓いたいんだって言われて、本当に嬉しかったんだ……」
「ひっ……」

 首筋を舐められ、あまりの気色悪さに短い悲鳴が上がる。

「なあ、先に湯浴みして準備してくれてたんなら、もう挿れて良い? 良いよな? 2年も待ったんだし、今日しかないんだ、もう我慢なんてしなくて良いよな?」
「くっ……そが……!」

 布越しに擦り付けられていたそれが生々しく触れた瞬間、クルトの中で何かが切れた。

「ふざけんなワケのわかんねぇことばっか言いやがって!!」
「がっ⁈」

 体を丸め、諦めたように見せかけてからの後頭部で攻撃!
 顔面強打でふらついたジェイは、それでもクルトの手を離さなかったが、両足で壁を上り全体重を掛けて押し倒してやれば素直にフロアに転がった。

「いいわけねぇだろっ、もげろクソチンコ!!」
「ぎゃん!!」
「俺は柔らかいおっぱいが大好きだ!!」

 容赦なく股間を蹴り付け、潰してからシャワー室を飛び出す。
 廊下を出てすぐにタオルが落ちているのに気付き、走りながら腰に巻く。

「な……んで……っ、俺のものになるって言ったのに……!!」
「誰が言うかザケんな!!」
「おまえが言ったんだよ!!」

 股間を抑え、内股になっているくせにジェイは大声で怒鳴り散らす。

「二人きりで暮らせる家だって準備した! 借金奴隷になるって言うから、俺が主人になってずっと可愛がってやるって約束したじゃないか!! それで合法的に俺のものになれるって喜んでたじゃないか!!」

 意味が判らない。
 とても正気とは思えないし、今は何を言っても無駄になるのが判ってしまった。
 ならば今は逃げの一択。絶対に捕まってなんかやるものか……!

「待てクルト……!!」
「誰が待つか寝言は寝て言え!!」

 階段を駆け下り、服の有無など気にしていられずに玄関も飛び出そうとした、直前。

「!!」

 ガンッ! と玄関の扉が外側から激しく叩かれた。いや、蹴られてる?

「なっ……」
「クルトいるな⁈」

 聞こえて来た声は冒険者ギルドで顔馴染みのレイナルド。

「蹴破るぞ、離れろ!!」
「なっ……!」

 壊すのは待って欲しいなんて言える間もなく次なる蹴りで扉がぶっ飛んだ。
 同時に大音量の警報が鳴り響く。

「ああー……」

 ついでに、腰に巻いたタオル以外で唯一身に付けているネームタグも心臓の位置でビービー言っている。
 これは間違いなく街を離れているメンバーにも異常事態の知らせが行っただろう。クランハウスは不在中の建物に何かがあった場合はそれを所有者に知らせる工夫がされているのだ。
 つまり、恋人同士でイチャイチャしている各ペアのところへ、この緊急事態の通知。

「またテルア達に怒られる理由が増えた……」
「余裕じゃねぇか」

 がっくりと項垂れるクルトに、呆れたように笑ったのは声から予想していた通りのレイナルドで、その背後には彼のパーティメンバー達も一緒にいる。
 彼らはクルトと目が合うと、少しだけ表情を陰らせた。

「随分な格好だな……さすがに騒ぎが起きなきゃ踏み込めねぇから待機してたが……もしかして手遅れか?」
「間に合ってますけど⁈」
「そりゃあ上々」

 気色の悪いことを言わないで欲しいと全力で否定したクルトに笑ったレイナルドは、しかし視線を転じて表情を険しくした。
 階段の上で棒立ちになり小刻みに震えているジェイ。

「さて……少し場所を変えてお話しようぜ。ギルドの地下牢なんてどうだ? 誰にも邪魔されないしゆっくり出来るぞ」
「ぉ、俺は何もしていない……っ、クルトと、愛を……嘘を吐いたからお仕置きを……っ」
「……おまえら付き合ってんの?」
「んなわけないでしょ⁈ さっきからあの調子で意味わかんないんですよマジで!」

 どこから持って来たのか、それとも誰かが着ていたのか、上着を掛けてくれた人にまで真顔で聞かれて、本当に困る。

「俺がネームタグを失くしたフリしたとか、借金奴隷になりたいって言ったとか、言うわけないじゃん!!」
「まぁ普通に考えればそうだな」

 必死で訴えるクルト。
 常識的に考えて納得する獣人族のパーティ。
 どう考えても不利な立場に立たされたジェイは怒りに歪んだ顔を真っ赤にし、食いしばった歯の合間から震える息を吐き出した。

「な……んでだよ……」
「さぁな。とにかく話はギルドでゆっくり聞かせてもらうから大人しく――」
「くそ……っ……くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉっ……!」
「なっ……」

 膨れ上がる魔力に目をむいた獣人族たちは、咄嗟にクルトを背後に庇い、武器を構えた。

「がっ」
「げふっ」
「なっ……⁈」

 風が唸る。
 空気が澱む。
 ジェイの身体に纏わりつく黒い靄のような何かが、綿菓子のように男の周りをぐるぐるしながら集まり、濃くなっていく。
 それが象ったものは――髑髏。

「おまえ……まさか獄鬼ヘルネルに憑かれてんのか……!」

 レイナルドが声を荒げた瞬間。
 クルトたちパーティメンバーが暮らしていた家は爆散した。
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