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第2章 新人冒険者の奮闘

29.褒賞と勧誘

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 冒険者ギルドの受付で「僧侶のレン・キノシタです。獄鬼ヘルネルの件で呼ばれていると伺いました」と告げると、年配の男性職員がすぐに笑顔で頷いてくれた。

「恐れ入りますが証紋の確認をお願い出来ますでしょうか」
「はい」

 いつも通りに長さ15センチくらいの証紋照合具に僧侶のグローブで触れて身元を明かす。
 男性職員は笑顔で頷いた。

「お待ちしておりました。只今ご用意致します、少々お待ちください」

 そう言って席を立ち奥の部屋へ入っていく。
 俺のすぐ横には此方に背を向けて立つレイナルド。

「……レイナルドさん、もしかして何かを警戒していますか?」
「してるぞ。おまえを虎視眈々と狙っている連中をな」
「え」

 想定外の返事に間抜けな声を出すと、彼は肩を竦める。

「もう一度言うが頼むから周りを警戒しろ、狙われている自覚を持て」
「でも街の中で悪い事なんて出来ないでしょう」
「普通はな」
「……普通じゃない人たちの行動がどんなものか教えてください」
「そうだな……まぁ一番分かりやすいのは善人面して自分のパーティに勧誘したり、性的対象を近づかせて身体から籠絡したり」
「は?」

 思わず聞き返すと、レイナルドはひどく真面目な顔をしていた。

「まだ12の子ども相手にですか」
「12でも身体は出来てるだろ。何せ普通じゃない相手だしな」
「あー……」

 そう言われると否定し難い。
 っていうか12歳で体が大人になるのはこの世界の人たちであって、俺自身の体はまだ未発達だ。どこがとは言わないけどっ。

「好きなヤツはいるか?」
「はっ?」

 唐突な質問に、パッと浮かんでしまった顔を慌てて打ち消す。

「な、何を言い出すんですかっ、まだ、じゃなくてっ、全くそういうんじゃ……!」
「……おまえ素直だねぇ」
「何言ってんですか……!」
「ククッ」

 言い返したら笑われた。
 分かってる、どうせ顔が真っ赤なんだろう、顔面めっちゃ熱いし……!
 でも、そうじゃない。
 優しくしてくれるから甘えたくなってしまうだけ。
 優しいのは異世界に来ざるを得なくなってしまった俺の身を案じてくれているだけなのに、感情が勘違いしたがっているだけだ。
 カッコいい外見にはいつか慣れる。
 声にも、歯が浮くような台詞にも、きっと。
 そしたらドキドキなんかしなくなるに違いないから、その日までは修行中の身だと思うことにする。
 だから。

「ほんとに、これは違うんですからね……っ」

 顔を隠しながら断言する。
 レイナルドは「ふぅん?」と意味深な視線を向けられた。

「まぁ違うならそれで構わんが、勘違い出来るならお守り代わりに好きだって思っとくのもアリだぞ」
「……どういう意味ですか」
「好きなヤツ以外の誘いや接触は気分悪くなるだろ。それだけでも自衛になるからな」

 なるほど、それは理解出来なくもない。
 素直に頷く気にはなれなかったが。
 好きというだけで気持ち悪がられたり、相手に迷惑を掛けることもあると知っている。
 気付かれきゃいいのかもしれないが、それを優先すると傍で会話することも出来なくなってしまう。
 それは、イヤだ。

(違う。そもそも「好き」じゃない)

 前提が違う。
 違う。
 絶対。

「自衛手段については俺も考えてみます」
「ん。自分の安全のためだからしっかりとな」
「はい」

 話がひと段落したタイミングでさっきの男性職員が戻って来た。
 その手には赤い布が掛けられたトレーが大事そうに持たれていて、この街に来た初日のララと被って見えた。

「お待たせいたしました。こちらが獄鬼ヘルネル討滅に参加された皆様への報酬2,000ゴールドと、レン様の貢献度に応じた褒賞の合計額です。ご確認ください」

 そう言って取り払われた赤い布の下には紙が一枚。
 記載されている数字は――。

「なっ」
「落ち着け。そして何も言わずに受け取っておけ」

 間髪入れずレイナルドが口を挟む。

「でもこれ記入ミス」
「違う」

 即答で断言された。

「それが応援領域持ちクラウージュの価値だ」
「えぇ……っ」

 呆気に取られながらも大丈夫なのかという気持ちを込めて男性職員に目線を移すが、彼にも真顔で深々と頷かれてしまった。
 どうやら本当に間違いではないらしい。

「こちらのお受け取りはどのようになさいますか?」

 それは全額口座への振り込みか、一部はいま現金で受け取るかという確認なのだろう。
 もう一度そこに並んだ数字を見ていたら、無意識に喉が鳴ってしまう。こんな金額を一度にもらうなんてボーナスでもあり得なかった。

「全額、口座に、お願いします……」
「承知致しました」
「少しは自分の価値が分かったか?」

 分かりたくないが、数字で示されてしまったら理解しないわけにはいかないだろう。
 現場に居ただけでこの金額。
 口座に入金される12,000ゴールド。
 逃避のあまり、クルトの宿代が立て替えれるなぁなんて思ってしまった。




 褒賞の件が済んでカウンターを離れた俺に、レイナルドは変わらず並んで歩いてくれる。何でだろうと思いながら見上げると「落ち着かないかもしれないがしばらくは一人に出来ん」って返答。
 鉄級の掲示板の前がまだ混雑していた事もあり、俺達は酒場の端の席で話を続ける事にしたんだけど、まさか本当に誰かに狙われているのだろうか。
 そんな感じは全くないのだけど……。

「誰かが俺の護衛依頼を出したんですか?」
「出そうとしていた奴は知っているが、これは俺の勝手だ。レンには足を取り戻してもらったからな。恩返しだとでも思えばいい」

 言われて、獄鬼ヘルネル戦で右足を失くしたと聞いたことを思い出した。
 気になって視線を下げるが動き方に違和感はない。完治しているのは間違いなさそうだ。

「今日から依頼を受けるのか?」
「え、ぁ、はい、そのつもりです。成人したらダンジョンに行ってみたいので、頑張ることにしました」
「ダンジョンってことは、冒険者でやっていくって決めたのか」
「役に立てそうですし」
「そりゃなぁ」

 レイナルドが苦笑混じりに肯定してくれるが、そのすぐ後で難しい顔になってしまった。

「ダメですか?」
「いや、ダメってことは無いが……んー……」

 歯切れが悪い、と思ったら。

「レン、やっぱりうちのパーティに入れ」
「……急ですね」
「おまえ全然警戒しねぇからさ」
「そんな切羽詰まってますか?」
「分かってないのは本人だけだ」

 そこまでかぁ。
 全然そんな感じはしないのだが。

「……この街にいることで危険が付き纏うなら街を出ます。俺の事情でレイナルドさんのパーティに迷惑を掛けるつもりはありません」
「街道で人攫いに遭いたいなら止めないが」
「それはイヤです……」
「ふっ。それでも出ていくって言い出したら権力を使ってでも拘束してたな」

 権力だ、拘束だって、穏やかじゃない単語が出て来た。
 実際問題この人がどういう人物なのか俺は何も知らないんだ。使えと言われている人物鑑定は結局一度も使っていないし、こうして気になっている今だって使う気が起きない。
 知りたいなら盗み見るんじゃなくて本人に聞けばいいとしか思えないからだ。

「レイナルドさんって何者ですか」

 なので、直球を投げてみる。
 もちろん本音で返ってくるとは限らないが……。

「パーティに入るなら教えてやれるぞ」

 ほら、なんか意味深なことを言い出した!

「シューさんの恋人ってだけで権力なんて持てませんよね?」
「そりゃあな」

 良かった、ちょっと安心した。

「じゃあレイナルドさんが実はすごい人だと仮定して、どうするのが全方向に一番迷惑を掛けずに済みますか?」
「仮定かよ」
「だって知りませんもん」

 少しだけムキになって返したら面白そうに笑われた。
 空気が和らいで、レイナルドの口からも本音が零れる。
 
「一番簡単なのは俺のパーティに入ることだ」
「自信満々ですね」
「ああ、断言するぞ。俺の庇護下だと周知されれば、少なくとも表の連中なら誰も手を出せなくなる。個人はもちろん、どんな組織も、貴族もな」
「……そこまでですか」
「おう。俺のことが知りたくなったろ? 今ならすぐにパーティに入れてやるぞ」
「いやいやいや……」

 思わず素で返してしまうが、レイナルドは「まだダメか」と態度に関しては全く気にしていなさそうだ。

「うちは悪くない環境だと思うぞ。メンバーは全員パートナー持ちだからおまえの身の案全は保証できるし」
「そう……って、待ってください。なんかさっきから俺の扱いがおかしくないですか?」
「例えば」
「えっ……その、俺だって男なので、レイナルドさんのパーティに女性がいるなら危ないのは女性の方ですし……って何なんですかその顔はっ」
「いや、びっくしりたっつーか……そうだな、レンも男の子だもんな」
「……バカにしてますね?」
「微笑ましく思ってる」

 むかっ。

「俺はこれからまだまだ大きくなるんですからねっ」
「そうだな。今後どう化けるかは判らんわな」
「レイナルドさんの背を追い越すことだってあるかもしれませんよ」
「そりゃ楽しみだ」

 今度はものすごく生暖かい目で見られた。
 辛い。

「じゃあそんなレンの成長を見守るためにもパーティ加入申請書にサインだ」
「どうしてそうなるんですか!」
「逆にどうして断られるのかが理解出来ん」
「狙われてるって言われて加入なんかしたら、迷惑全部押し付けることになるじゃないですか!」

 思わず大きな声で言い返したら、レイナルドは目を丸くしたまま数秒固まった後で、とても、とっても深い溜息を吐き出した。

「おまえさぁ……その自己評価の低さは何なんだ」
「低くはないです」
「低すぎる。良いか、おまえの言う迷惑がちょっかい掛けて来る連中の嫌がらせや犯罪まがいの脅迫、誘拐、拉致監禁あたりを想像しているんだとしたら、俺の誘いを断る事で起こる騒ぎはそれの比じゃない。おまえを巡る争奪戦で破局するパーティが山のように続出するぞ」
「まさかぁ……」
「病気知らずの怪我知らず。獄鬼ヘルネルを近付かせず、付近にいればすぐに対処出来る僧侶を欲しがらないパーティは世界中どこを探してもないし、その僧侶が応援領域持ちクラウージュなら戦力の底上げも可能。今までより難易度の高い依頼や、ダンジョンに挑戦出来るようになれば、当然、その分だけ稼ぎは増えるし知名度が上がる。正に良いこと尽くめだ」
「……そう聞くと俺ってお得ですね……?」
「得どころじゃねぇよ」

 レイナルドは完全に呆れている。

「しかも、たぶんこういう言われ方はイヤなんだろうが最後にするからちゃんと聞け。おまえのその見た目がヤバイ。人族ヒューロンの体格が他の種族に比べて細いのは当たり前だが、おまえの外見はパートナー不在で雄の本能が強い連中にとったら理性をぶっ壊す凶器に近い。誰も手に入れた事が無い極上の肉が転がっていて食わない獣はいないぞ」
「……食われますか」
「確実にな」

 ゾッとした。
 自分で自分を抱き締めるような格好になったことで、少なからず自覚したと伝わったのか、レイナルドは続けた。

「本音を言えば、おまえに匂いを付けているそいつとさっさと番えと思ってるが、まだ12だからな。成人までは守りが必要だろうし、俺達のパーティにはその力がある」
「……匂い?」
「あぁ……いや、微妙に違うんだが……まぁそこまで口出しする気はない。ただ、強い雄と番えばそっち方面の危険がなくせることは覚えておけ」
「はい、……?」

 返事はするけど彼が言う「強い雄」が誰のことなのか判らない。
 匂いって?
 しかも「つがえ」ってなんだろう。
 獣人族ビースト特有の表現ならまた勉強する必要がある。

「返事を急がせるのもなんだし、数日は待つが自分の身の安全を第一に考えろ。結論を出すまでは俺が護衛として一緒に行動する」
「えっ」
「これに関しては異論を認めない」
「レイナルドさんにだってお仕事がありますよね?」
「臨時収入があったから問題ないし、レンの護衛に付く事は仲間も了承済みだ。そもそもパーティ加入申請書にレンのサインをもらえば数日仕事をしないくらい何の問題にもならん」
「……考えさせる気がないように聞こえるんですけど」
「断られる理由がないからな」

 レイナルドは大まじめに断言した。
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