14 / 14
14.夢
しおりを挟む
夢を見ていた。
……夢?
違う。
それは遠い記憶……もう殆ど覚えていない、前世の。
「ママ! こっちこっち!」
黒眼黒髪の幼い男の子が力いっぱいに手を振りながら呼びかけて来る。
「ママ早く!」
「こらイツ、母さんに無理させんな」
はしゃぐ男の子の頭を抑えて低く言い放ったのは詰襟制服を着ている大人びた青年だ。それから、夢の中のロシュの手を握っている、ランドセルを背負った少年。
「母さんは俺と一緒にゆっくり行こうね。いっくんはお兄ちゃんが面倒みるから大丈夫だよ」
心が喜んでいる。
泣きたくなるほど愛しい、子ども達。
(あぁ、俺の前世ってやっぱり『お母さん』だったんだな)
そんな気はしていた。
料理や掃除といった家事をしている自分がものすごく自然だったし、それらはいつだって誰かのためで、家族がいたのだろう想像はついていた。
霞の向こうのようにぼやけた記憶は、しかし背景がいつも同じリビングだったことを覚えている。
(家の中にいるイメージしかないんだ……)
しかも、たぶん好んで家にいたがるタイプだった気がする。
一通りの家事が終わった後に珈琲とチョコレート……子ども達には内緒で隠しておいたちょっと高級なそれをお供に、リビングのソファでくつろぎながらテレビドラマを見るのが平日昼間のささやかな幸せだった。
写真を飾るのが好きで、額縁を布の端切れで自作していたらご近所さんに褒められて、デザインに凝るように。しまいにはネットショップを運営し、喜ばれて、充実した毎日を楽しんでいたっぽい。
(……いまなら刺繍も出来る気がする……)
流れ込んで来る記憶。
聞こえて来る声。
「母さん」
「お母さん」
「ママ」
子ども達の心地良い呼び声。
三男で幼稚園に通っている、いっくん。
小学生の次男、りょうくん。
そして長男で高校生のしんくん。
(……あぁどうしてだろう。あの子達の名前がこんなにハッキリと判る……)
こんなことは初めてで戸惑うし、そもそも他人の生活を上空から見下ろすような、今現在の視点に違和感を禁じ得ない。
(どうして……俺はどうしたんだっけ……)
判らない。
思い出せない。
なのに明らかにいつもと違い過ぎる状況が彼を焦らせた。
(俺……、って)
頭から冷水を浴びせられたような気分になる。
なぜ。
どうして。
(俺は、誰)
いつもと逆だ。
こんなにも鮮明に映る世界がかつてそうだったように、いまは霞が隠してしまっている、あちら。
(違うこっちが……違、う……これが俺の……)
――――――……ロシュ!!
(っ⁈)
耳を打つ呼び声に弾かれて顔を上げる。
霞の向こうから聞こえて来るのは悲痛な叫びに似ていた。
ロシュ。
それは名前。
自分の。
(ぁ……)
自分は凍ってしまうのではと考えてしまうほど冷えていた手足にじんわりと染み込んで来る温もり。しかしそれも長くは保たず、……なぜか、腹の奥の方に吸われるような、奇妙な感覚。
どんどん冷えていく。
(っぅ……)
体が固まり、呼吸が苦しくなり、寒くて、震える。
意識が閉ざされる。
―――――ロシュ!!
(はっ……!)
あの声。
意識が浮上する。
熱。
だけど、また腹の奥に持っていかれる。
冷たい。
寒い。
――――……ロシュ様……
(……っ)
違う声。
でも優しい声だ。
温かい。
なのに全部腹の奥に沈んでいく。
声の人たちがどんなに強く必至に呼び掛け、温めようとしてくれても、それは吸収するほどに遠慮がなくなり彼から奪っていった。
―――……ロシュ……!
「母さん」
重なる声に心臓が高鳴った。
高校生の長男と、……その声は、クロヴィス。
(っ……!)
視界が暗転した。
すべてが闇に閉ざされて、それでも聴覚だけは生きていた。
―――……ロシュ様……
―――……ロシュさまぁ……
響く声はマリアンヌと、イライザ。
「ママ」
「お母さん」
幼稚園児の三男と小学生の次男が見ている。
見えないのに判ってしまう。
「守れなくて、ごめん」
長男の今にも泣き出しそうな声。
「母さんと、新しい弟に、会いたかった」
(――……⁈)
直後、目の前で光が爆発した。
「っ……」
遠ざかる意識の中で耳を打ったのは三人の息子たちと、三人の仲間たちと、それから。
『ああ……そうか、だからおまえの中には魂が二つもあったのか』
……夢?
違う。
それは遠い記憶……もう殆ど覚えていない、前世の。
「ママ! こっちこっち!」
黒眼黒髪の幼い男の子が力いっぱいに手を振りながら呼びかけて来る。
「ママ早く!」
「こらイツ、母さんに無理させんな」
はしゃぐ男の子の頭を抑えて低く言い放ったのは詰襟制服を着ている大人びた青年だ。それから、夢の中のロシュの手を握っている、ランドセルを背負った少年。
「母さんは俺と一緒にゆっくり行こうね。いっくんはお兄ちゃんが面倒みるから大丈夫だよ」
心が喜んでいる。
泣きたくなるほど愛しい、子ども達。
(あぁ、俺の前世ってやっぱり『お母さん』だったんだな)
そんな気はしていた。
料理や掃除といった家事をしている自分がものすごく自然だったし、それらはいつだって誰かのためで、家族がいたのだろう想像はついていた。
霞の向こうのようにぼやけた記憶は、しかし背景がいつも同じリビングだったことを覚えている。
(家の中にいるイメージしかないんだ……)
しかも、たぶん好んで家にいたがるタイプだった気がする。
一通りの家事が終わった後に珈琲とチョコレート……子ども達には内緒で隠しておいたちょっと高級なそれをお供に、リビングのソファでくつろぎながらテレビドラマを見るのが平日昼間のささやかな幸せだった。
写真を飾るのが好きで、額縁を布の端切れで自作していたらご近所さんに褒められて、デザインに凝るように。しまいにはネットショップを運営し、喜ばれて、充実した毎日を楽しんでいたっぽい。
(……いまなら刺繍も出来る気がする……)
流れ込んで来る記憶。
聞こえて来る声。
「母さん」
「お母さん」
「ママ」
子ども達の心地良い呼び声。
三男で幼稚園に通っている、いっくん。
小学生の次男、りょうくん。
そして長男で高校生のしんくん。
(……あぁどうしてだろう。あの子達の名前がこんなにハッキリと判る……)
こんなことは初めてで戸惑うし、そもそも他人の生活を上空から見下ろすような、今現在の視点に違和感を禁じ得ない。
(どうして……俺はどうしたんだっけ……)
判らない。
思い出せない。
なのに明らかにいつもと違い過ぎる状況が彼を焦らせた。
(俺……、って)
頭から冷水を浴びせられたような気分になる。
なぜ。
どうして。
(俺は、誰)
いつもと逆だ。
こんなにも鮮明に映る世界がかつてそうだったように、いまは霞が隠してしまっている、あちら。
(違うこっちが……違、う……これが俺の……)
――――――……ロシュ!!
(っ⁈)
耳を打つ呼び声に弾かれて顔を上げる。
霞の向こうから聞こえて来るのは悲痛な叫びに似ていた。
ロシュ。
それは名前。
自分の。
(ぁ……)
自分は凍ってしまうのではと考えてしまうほど冷えていた手足にじんわりと染み込んで来る温もり。しかしそれも長くは保たず、……なぜか、腹の奥の方に吸われるような、奇妙な感覚。
どんどん冷えていく。
(っぅ……)
体が固まり、呼吸が苦しくなり、寒くて、震える。
意識が閉ざされる。
―――――ロシュ!!
(はっ……!)
あの声。
意識が浮上する。
熱。
だけど、また腹の奥に持っていかれる。
冷たい。
寒い。
――――……ロシュ様……
(……っ)
違う声。
でも優しい声だ。
温かい。
なのに全部腹の奥に沈んでいく。
声の人たちがどんなに強く必至に呼び掛け、温めようとしてくれても、それは吸収するほどに遠慮がなくなり彼から奪っていった。
―――……ロシュ……!
「母さん」
重なる声に心臓が高鳴った。
高校生の長男と、……その声は、クロヴィス。
(っ……!)
視界が暗転した。
すべてが闇に閉ざされて、それでも聴覚だけは生きていた。
―――……ロシュ様……
―――……ロシュさまぁ……
響く声はマリアンヌと、イライザ。
「ママ」
「お母さん」
幼稚園児の三男と小学生の次男が見ている。
見えないのに判ってしまう。
「守れなくて、ごめん」
長男の今にも泣き出しそうな声。
「母さんと、新しい弟に、会いたかった」
(――……⁈)
直後、目の前で光が爆発した。
「っ……」
遠ざかる意識の中で耳を打ったのは三人の息子たちと、三人の仲間たちと、それから。
『ああ……そうか、だからおまえの中には魂が二つもあったのか』
0
お気に入りに追加
40
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
実家から追放されたが、狐耳の嫁がいるのでどうでも良い
竹桜
ファンタジー
主人公は職業料理人が原因でアナリア侯爵家を追い出されてしまった。
追い出された後、3番目に大きい都市で働いていると主人公のことを番だという銀狐族の少女に出会った。
その少女と同棲した主人公はある日、頭を強く打ち、自身の前世を思い出した。
料理人の職を失い、軍隊に入ったら、軍団長まで登り詰めた記憶を。
それから主人公は軍団長という職業を得て、緑色の霧で体が構成された兵士達を呼び出すことが出来るようになった。
これは銀狐族の少女を守るために戦う男の物語だ。
異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?
よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ!
こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ!
これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・
どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。
周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ?
俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ?
それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ!
よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・
え?俺様チート持ちだって?チートって何だ?
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。
世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜
ワキヤク
ファンタジー
その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。
そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。
創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。
普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。
魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。
まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。
制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。
これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる