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14.夢

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 夢を見ていた。

 ……夢?

 違う。
 それは遠い記憶……もう殆ど覚えていない、前世の。

「ママ! こっちこっち!」

 黒眼黒髪の幼い男の子が力いっぱいに手を振りながら呼びかけて来る。

「ママ早く!」
「こらイツ、母さんに無理させんな」

 はしゃぐ男の子の頭を抑えて低く言い放ったのは詰襟制服を着ている大人びた青年だ。それから、夢の中のロシュの手を握っている、ランドセルを背負った少年。

「母さんは俺と一緒にゆっくり行こうね。いっくんはお兄ちゃんが面倒みるから大丈夫だよ」

 心が喜んでいる。
 泣きたくなるほど愛しい、子ども達。

(あぁ、俺の前世ってやっぱり『お母さん』だったんだな)

 そんな気はしていた。
 料理や掃除といった家事をしている自分がものすごく自然だったし、それらはいつだって誰かのためで、家族がいたのだろう想像はついていた。
 霞の向こうのようにぼやけた記憶は、しかし背景がいつも同じリビングだったことを覚えている。

(家の中にいるイメージしかないんだ……)

 しかも、たぶん好んで家にいたがるタイプだった気がする。
 一通りの家事が終わった後に珈琲とチョコレート……子ども達には内緒で隠しておいたちょっと高級なそれをお供に、リビングのソファでくつろぎながらテレビドラマを見るのが平日昼間のささやかな幸せだった。
 写真を飾るのが好きで、額縁を布の端切れで自作していたらご近所さんに褒められて、デザインに凝るように。しまいにはネットショップを運営し、喜ばれて、充実した毎日を楽しんでいたっぽい。

(……いまなら刺繍も出来る気がする……)

 流れ込んで来る記憶。
 聞こえて来る声。

「母さん」
「お母さん」
「ママ」

 子ども達の心地良い呼び声。
 三男で幼稚園に通っている、いっくん。
 小学生の次男、りょうくん。
 そして長男で高校生のしんくん。

(……あぁどうしてだろう。あの子達の名前がこんなにハッキリと判る……)

 こんなことは初めてで戸惑うし、そもそも他人の生活を上空から見下ろすような、今現在の視点に違和感を禁じ得ない。

(どうして……俺はどうしたんだっけ……)

 判らない。
 思い出せない。
 なのに明らかにいつもと違い過ぎる状況が彼を焦らせた。

(俺……、って)

 頭から冷水を浴びせられたような気分になる。
 なぜ。
 どうして。

(俺は、誰)

 いつもと逆だ。
 こんなにも鮮明に映る世界がかつてそうだったように、いまは霞が隠してしまっている、あちら。

(違うこっちが……違、う……これが俺の……)

 ――――――……ロシュ!!

(っ⁈)

 耳を打つ呼び声に弾かれて顔を上げる。
 霞の向こうから聞こえて来るのは悲痛な叫びに似ていた。 
 ロシュ。
 それは名前。
 自分の。

(ぁ……)

 自分は凍ってしまうのではと考えてしまうほど冷えていた手足にじんわりと染み込んで来る温もり。しかしそれも長くは保たず、……なぜか、腹の奥の方に吸われるような、奇妙な感覚。
 どんどん冷えていく。

(っぅ……)

 体が固まり、呼吸が苦しくなり、寒くて、震える。
 意識が閉ざされる。

 ―――――ロシュ!!
(はっ……!)

 あの声。
 意識が浮上する。
 熱。
 だけど、また腹の奥に持っていかれる。
 冷たい。
 寒い。

 ――――……ロシュ様……
(……っ)

 違う声。
 でも優しい声だ。
 温かい。
 なのに全部腹の奥に沈んでいく。
 声の人たちがどんなに強く必至に呼び掛け、温めようとしてくれても、それは吸収するほどに遠慮がなくなり彼から奪っていった。

 ―――……ロシュ……!
「母さん」

 重なる声に心臓が高鳴った。
 高校生の長男と、……その声は、クロヴィス。

(っ……!)

 視界が暗転した。
 すべてが闇に閉ざされて、それでも聴覚だけは生きていた。
 

 ―――……ロシュ様……
 ―――……ロシュさまぁ……

 響く声はマリアンヌと、イライザ。

「ママ」
「お母さん」

 幼稚園児の三男と小学生の次男が見ている。
 見えないのに判ってしまう。

「守れなくて、ごめん」

 長男の今にも泣き出しそうな声。

「母さんと、新しい弟に、会いたかった」
(――……⁈)

 直後、目の前で光が爆発した。

「っ……」

 遠ざかる意識の中で耳を打ったのは三人の息子たちと、三人の仲間たちと、それから。




『ああ……そうか、だからおまえの中には魂が二つもあったのか』
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