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12.呪い(1)
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その黒い塊は、ひどく巨大だった。遠近感が狂うほど巨大で、具体的な数字が浮かばない。
ヘドロか何かを頭からかぶったのか、それが滴り落ちるようにボトボトと、粘つく塊が地面に落ちるたび其処は黒く滲み灰色の煙を立ち昇らせた。
臭い。
ひどい悪臭だ。
しかも塊の後ろ側には翼があった。
バサリとそれが風を起こすと、撥ねた粘液はまるで岩石のような勢いで周囲の木々をなぎ倒すのだ。
おかげで塊の姿はよく見えるようになったのに空を覆うほど巨大だということしか判らない。
『許サン……許サン……憎ラシヤ……!!』
吐き出される怨嗟。
それは、呪い。
「師匠! 先生!!」
ロシュが声を張り上げた。
「あれを討ちます!!」
「ああ」
「そうこなくっちゃ」
「イライザ!」
「はい!」
応えるが早いかイライザは盾を構えた。
『紅蓮の戦乙女』という二つ名に相応しい深紅に燃える魔盾。
希少鋼材のミスリルとマリアンヌが刻んだ吸血族特有の術式により魔力を供給された盾は契約者の魔力が尽きるまで半球状の防御壁を展開した。
範囲は彼女を中心に半径10メートル。
上空からボトボトと落ちて来る粘液はそれに当たると弾かれて地面に落ちる。
イライザが立っていられる限り、それが三人の攻撃を阻むことはない。
『……憎ラシ……オノレ……!』
「くっ」
真っ黒い翼が大きく、強く上下に動きさっきより激しい風が粘液を叩きつけて来た。だが、ぶれない。
『小癪ナ……!!』
塊の上部がパカリと開き、直後、放たれたのは真っ黒なブレスだ。
それこそ高圧で放水されるような勢いで一点集中してくる攻撃にイライザの足がじりじりと下がっていく。
「ぐぁ……っく、ま、ける、か……!!」
イライザから強烈な魔力が放たれ防御壁が強化される。
敵を押し返す。
同時、準備を終えた賢者たちが動き出した。
「フォゥレン エトワイレ アンサーフル スィル ヴ フレン」
詠唱が続くにつれクロヴィスの足元に浮かぶ上がる魔法陣は森の木々の色に光り輝く。
「ブリデ フィスレ リレフッアヌ」
彼の言葉に呼応するように面積を広げていく魔法陣はイライザの防御壁を越えて更に広がる。
一度も途切れることなく紡がれた森人族独特の文言は、ロシュがかつて見逃した木々との対話だった。
「スィル ヴ フレン フォゥレン ル ジュスチェ」
直後、周囲の木々が捻じれ、合わさり、伸びる。
天へ。
「セジール!」
『グォ、ギァアアアア⁈』
木々の葉が、枝が、幹が一本の鞭のように撓り空を覆う黒い塊に巻き付く。
右の翼を。
左の翼を。
足を。
そう、地上からは奥に見えるあれは足だ。
そして尾だ。
『グルァァァアアア!!』
「チッ……往生際の悪い……!」
「……っはぁ、はぁっ」
クロヴィスの魔法陣が輝きを増し、何も持たない腕を引く。同時に木々がそれを引きずり降ろそうと縮み始める。その一方、イライザが膝を付いた。
荒い呼吸。
白い顔。
だけど。
「上出来よイライザちゃん、――落とすわ」
クスッと妖艶に笑った。
「ロシュ様、準備はいいわね?」
「もちろんです!」
ロシュが剣を構え疾走する。
同時にマリアンヌの身体からは黒い霧がぶわりと広がり、クロヴィスが操る木々と同じように上空の塊を覆い、引きずり下ろしにかかる。
『グルルルルッ……憎ラシヤ……愚カシヤ人間ドモ……!』
「あら、ロシュ様を狙うあなたも随分な愚か者よ」
「そればかりは全面的に同意する……!」
マリアンヌ、クロヴィスが全身に力を込めて塊の動きを止め、黒い靄で生命力を奪い、木々で落とさんと引き下ろす。もがき、身を捩り、抵抗を試みるも逃げられないそれが吼えた。
威圧。
しかしそれに怯むロシュではなかった。
「身体強化……!」
魔力を全身に行き渡らせ自身の能力値を上げる。
翔ぶ。
「おまえの呪い、ここで絶たせてもらう……!」
イライザの盾同様、稀少鋼材から生まれ森人族と吸血族の秘術を刻まれた剣を上から下へ。
それより上まで飛び、重力をも味方に振り下ろす!
『――――――!!』
一際大きな塊が斬り落とされて地上に落ちる。
途端に抵抗が弱まり、巨大な塊もクロヴィス達の術によって地面に叩き落とされた。
「っ」
激しい地響き。
それの全体を覆う粘液はどんどん地面に染み込んでシュウウウウウ……と不穏な音を立てながら灰色の煙を濃くしていく中で、一つだけ離れて転がったそれが。
頭が。
それだけでもこの場の誰より大きな塊が、少し離れた位置に着地したロシュを見て、笑った。
『……愚カナリ……愚カシヤ……愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ!!』
「っ⁈」
『死ヌノハ貴様ダ』
頭が跳ねた。
「ロシュ!!」
クロヴィスが叫ぶ。
だが彼は喰われた。
黒い塊がロシュを頭から飲み込んだ。
ヘドロか何かを頭からかぶったのか、それが滴り落ちるようにボトボトと、粘つく塊が地面に落ちるたび其処は黒く滲み灰色の煙を立ち昇らせた。
臭い。
ひどい悪臭だ。
しかも塊の後ろ側には翼があった。
バサリとそれが風を起こすと、撥ねた粘液はまるで岩石のような勢いで周囲の木々をなぎ倒すのだ。
おかげで塊の姿はよく見えるようになったのに空を覆うほど巨大だということしか判らない。
『許サン……許サン……憎ラシヤ……!!』
吐き出される怨嗟。
それは、呪い。
「師匠! 先生!!」
ロシュが声を張り上げた。
「あれを討ちます!!」
「ああ」
「そうこなくっちゃ」
「イライザ!」
「はい!」
応えるが早いかイライザは盾を構えた。
『紅蓮の戦乙女』という二つ名に相応しい深紅に燃える魔盾。
希少鋼材のミスリルとマリアンヌが刻んだ吸血族特有の術式により魔力を供給された盾は契約者の魔力が尽きるまで半球状の防御壁を展開した。
範囲は彼女を中心に半径10メートル。
上空からボトボトと落ちて来る粘液はそれに当たると弾かれて地面に落ちる。
イライザが立っていられる限り、それが三人の攻撃を阻むことはない。
『……憎ラシ……オノレ……!』
「くっ」
真っ黒い翼が大きく、強く上下に動きさっきより激しい風が粘液を叩きつけて来た。だが、ぶれない。
『小癪ナ……!!』
塊の上部がパカリと開き、直後、放たれたのは真っ黒なブレスだ。
それこそ高圧で放水されるような勢いで一点集中してくる攻撃にイライザの足がじりじりと下がっていく。
「ぐぁ……っく、ま、ける、か……!!」
イライザから強烈な魔力が放たれ防御壁が強化される。
敵を押し返す。
同時、準備を終えた賢者たちが動き出した。
「フォゥレン エトワイレ アンサーフル スィル ヴ フレン」
詠唱が続くにつれクロヴィスの足元に浮かぶ上がる魔法陣は森の木々の色に光り輝く。
「ブリデ フィスレ リレフッアヌ」
彼の言葉に呼応するように面積を広げていく魔法陣はイライザの防御壁を越えて更に広がる。
一度も途切れることなく紡がれた森人族独特の文言は、ロシュがかつて見逃した木々との対話だった。
「スィル ヴ フレン フォゥレン ル ジュスチェ」
直後、周囲の木々が捻じれ、合わさり、伸びる。
天へ。
「セジール!」
『グォ、ギァアアアア⁈』
木々の葉が、枝が、幹が一本の鞭のように撓り空を覆う黒い塊に巻き付く。
右の翼を。
左の翼を。
足を。
そう、地上からは奥に見えるあれは足だ。
そして尾だ。
『グルァァァアアア!!』
「チッ……往生際の悪い……!」
「……っはぁ、はぁっ」
クロヴィスの魔法陣が輝きを増し、何も持たない腕を引く。同時に木々がそれを引きずり降ろそうと縮み始める。その一方、イライザが膝を付いた。
荒い呼吸。
白い顔。
だけど。
「上出来よイライザちゃん、――落とすわ」
クスッと妖艶に笑った。
「ロシュ様、準備はいいわね?」
「もちろんです!」
ロシュが剣を構え疾走する。
同時にマリアンヌの身体からは黒い霧がぶわりと広がり、クロヴィスが操る木々と同じように上空の塊を覆い、引きずり下ろしにかかる。
『グルルルルッ……憎ラシヤ……愚カシヤ人間ドモ……!』
「あら、ロシュ様を狙うあなたも随分な愚か者よ」
「そればかりは全面的に同意する……!」
マリアンヌ、クロヴィスが全身に力を込めて塊の動きを止め、黒い靄で生命力を奪い、木々で落とさんと引き下ろす。もがき、身を捩り、抵抗を試みるも逃げられないそれが吼えた。
威圧。
しかしそれに怯むロシュではなかった。
「身体強化……!」
魔力を全身に行き渡らせ自身の能力値を上げる。
翔ぶ。
「おまえの呪い、ここで絶たせてもらう……!」
イライザの盾同様、稀少鋼材から生まれ森人族と吸血族の秘術を刻まれた剣を上から下へ。
それより上まで飛び、重力をも味方に振り下ろす!
『――――――!!』
一際大きな塊が斬り落とされて地上に落ちる。
途端に抵抗が弱まり、巨大な塊もクロヴィス達の術によって地面に叩き落とされた。
「っ」
激しい地響き。
それの全体を覆う粘液はどんどん地面に染み込んでシュウウウウウ……と不穏な音を立てながら灰色の煙を濃くしていく中で、一つだけ離れて転がったそれが。
頭が。
それだけでもこの場の誰より大きな塊が、少し離れた位置に着地したロシュを見て、笑った。
『……愚カナリ……愚カシヤ……愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ!!』
「っ⁈」
『死ヌノハ貴様ダ』
頭が跳ねた。
「ロシュ!!」
クロヴィスが叫ぶ。
だが彼は喰われた。
黒い塊がロシュを頭から飲み込んだ。
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