12 / 14
12.呪い(1)
しおりを挟む
その黒い塊は、ひどく巨大だった。遠近感が狂うほど巨大で、具体的な数字が浮かばない。
ヘドロか何かを頭からかぶったのか、それが滴り落ちるようにボトボトと、粘つく塊が地面に落ちるたび其処は黒く滲み灰色の煙を立ち昇らせた。
臭い。
ひどい悪臭だ。
しかも塊の後ろ側には翼があった。
バサリとそれが風を起こすと、撥ねた粘液はまるで岩石のような勢いで周囲の木々をなぎ倒すのだ。
おかげで塊の姿はよく見えるようになったのに空を覆うほど巨大だということしか判らない。
『許サン……許サン……憎ラシヤ……!!』
吐き出される怨嗟。
それは、呪い。
「師匠! 先生!!」
ロシュが声を張り上げた。
「あれを討ちます!!」
「ああ」
「そうこなくっちゃ」
「イライザ!」
「はい!」
応えるが早いかイライザは盾を構えた。
『紅蓮の戦乙女』という二つ名に相応しい深紅に燃える魔盾。
希少鋼材のミスリルとマリアンヌが刻んだ吸血族特有の術式により魔力を供給された盾は契約者の魔力が尽きるまで半球状の防御壁を展開した。
範囲は彼女を中心に半径10メートル。
上空からボトボトと落ちて来る粘液はそれに当たると弾かれて地面に落ちる。
イライザが立っていられる限り、それが三人の攻撃を阻むことはない。
『……憎ラシ……オノレ……!』
「くっ」
真っ黒い翼が大きく、強く上下に動きさっきより激しい風が粘液を叩きつけて来た。だが、ぶれない。
『小癪ナ……!!』
塊の上部がパカリと開き、直後、放たれたのは真っ黒なブレスだ。
それこそ高圧で放水されるような勢いで一点集中してくる攻撃にイライザの足がじりじりと下がっていく。
「ぐぁ……っく、ま、ける、か……!!」
イライザから強烈な魔力が放たれ防御壁が強化される。
敵を押し返す。
同時、準備を終えた賢者たちが動き出した。
「フォゥレン エトワイレ アンサーフル スィル ヴ フレン」
詠唱が続くにつれクロヴィスの足元に浮かぶ上がる魔法陣は森の木々の色に光り輝く。
「ブリデ フィスレ リレフッアヌ」
彼の言葉に呼応するように面積を広げていく魔法陣はイライザの防御壁を越えて更に広がる。
一度も途切れることなく紡がれた森人族独特の文言は、ロシュがかつて見逃した木々との対話だった。
「スィル ヴ フレン フォゥレン ル ジュスチェ」
直後、周囲の木々が捻じれ、合わさり、伸びる。
天へ。
「セジール!」
『グォ、ギァアアアア⁈』
木々の葉が、枝が、幹が一本の鞭のように撓り空を覆う黒い塊に巻き付く。
右の翼を。
左の翼を。
足を。
そう、地上からは奥に見えるあれは足だ。
そして尾だ。
『グルァァァアアア!!』
「チッ……往生際の悪い……!」
「……っはぁ、はぁっ」
クロヴィスの魔法陣が輝きを増し、何も持たない腕を引く。同時に木々がそれを引きずり降ろそうと縮み始める。その一方、イライザが膝を付いた。
荒い呼吸。
白い顔。
だけど。
「上出来よイライザちゃん、――落とすわ」
クスッと妖艶に笑った。
「ロシュ様、準備はいいわね?」
「もちろんです!」
ロシュが剣を構え疾走する。
同時にマリアンヌの身体からは黒い霧がぶわりと広がり、クロヴィスが操る木々と同じように上空の塊を覆い、引きずり下ろしにかかる。
『グルルルルッ……憎ラシヤ……愚カシヤ人間ドモ……!』
「あら、ロシュ様を狙うあなたも随分な愚か者よ」
「そればかりは全面的に同意する……!」
マリアンヌ、クロヴィスが全身に力を込めて塊の動きを止め、黒い靄で生命力を奪い、木々で落とさんと引き下ろす。もがき、身を捩り、抵抗を試みるも逃げられないそれが吼えた。
威圧。
しかしそれに怯むロシュではなかった。
「身体強化……!」
魔力を全身に行き渡らせ自身の能力値を上げる。
翔ぶ。
「おまえの呪い、ここで絶たせてもらう……!」
イライザの盾同様、稀少鋼材から生まれ森人族と吸血族の秘術を刻まれた剣を上から下へ。
それより上まで飛び、重力をも味方に振り下ろす!
『――――――!!』
一際大きな塊が斬り落とされて地上に落ちる。
途端に抵抗が弱まり、巨大な塊もクロヴィス達の術によって地面に叩き落とされた。
「っ」
激しい地響き。
それの全体を覆う粘液はどんどん地面に染み込んでシュウウウウウ……と不穏な音を立てながら灰色の煙を濃くしていく中で、一つだけ離れて転がったそれが。
頭が。
それだけでもこの場の誰より大きな塊が、少し離れた位置に着地したロシュを見て、笑った。
『……愚カナリ……愚カシヤ……愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ!!』
「っ⁈」
『死ヌノハ貴様ダ』
頭が跳ねた。
「ロシュ!!」
クロヴィスが叫ぶ。
だが彼は喰われた。
黒い塊がロシュを頭から飲み込んだ。
ヘドロか何かを頭からかぶったのか、それが滴り落ちるようにボトボトと、粘つく塊が地面に落ちるたび其処は黒く滲み灰色の煙を立ち昇らせた。
臭い。
ひどい悪臭だ。
しかも塊の後ろ側には翼があった。
バサリとそれが風を起こすと、撥ねた粘液はまるで岩石のような勢いで周囲の木々をなぎ倒すのだ。
おかげで塊の姿はよく見えるようになったのに空を覆うほど巨大だということしか判らない。
『許サン……許サン……憎ラシヤ……!!』
吐き出される怨嗟。
それは、呪い。
「師匠! 先生!!」
ロシュが声を張り上げた。
「あれを討ちます!!」
「ああ」
「そうこなくっちゃ」
「イライザ!」
「はい!」
応えるが早いかイライザは盾を構えた。
『紅蓮の戦乙女』という二つ名に相応しい深紅に燃える魔盾。
希少鋼材のミスリルとマリアンヌが刻んだ吸血族特有の術式により魔力を供給された盾は契約者の魔力が尽きるまで半球状の防御壁を展開した。
範囲は彼女を中心に半径10メートル。
上空からボトボトと落ちて来る粘液はそれに当たると弾かれて地面に落ちる。
イライザが立っていられる限り、それが三人の攻撃を阻むことはない。
『……憎ラシ……オノレ……!』
「くっ」
真っ黒い翼が大きく、強く上下に動きさっきより激しい風が粘液を叩きつけて来た。だが、ぶれない。
『小癪ナ……!!』
塊の上部がパカリと開き、直後、放たれたのは真っ黒なブレスだ。
それこそ高圧で放水されるような勢いで一点集中してくる攻撃にイライザの足がじりじりと下がっていく。
「ぐぁ……っく、ま、ける、か……!!」
イライザから強烈な魔力が放たれ防御壁が強化される。
敵を押し返す。
同時、準備を終えた賢者たちが動き出した。
「フォゥレン エトワイレ アンサーフル スィル ヴ フレン」
詠唱が続くにつれクロヴィスの足元に浮かぶ上がる魔法陣は森の木々の色に光り輝く。
「ブリデ フィスレ リレフッアヌ」
彼の言葉に呼応するように面積を広げていく魔法陣はイライザの防御壁を越えて更に広がる。
一度も途切れることなく紡がれた森人族独特の文言は、ロシュがかつて見逃した木々との対話だった。
「スィル ヴ フレン フォゥレン ル ジュスチェ」
直後、周囲の木々が捻じれ、合わさり、伸びる。
天へ。
「セジール!」
『グォ、ギァアアアア⁈』
木々の葉が、枝が、幹が一本の鞭のように撓り空を覆う黒い塊に巻き付く。
右の翼を。
左の翼を。
足を。
そう、地上からは奥に見えるあれは足だ。
そして尾だ。
『グルァァァアアア!!』
「チッ……往生際の悪い……!」
「……っはぁ、はぁっ」
クロヴィスの魔法陣が輝きを増し、何も持たない腕を引く。同時に木々がそれを引きずり降ろそうと縮み始める。その一方、イライザが膝を付いた。
荒い呼吸。
白い顔。
だけど。
「上出来よイライザちゃん、――落とすわ」
クスッと妖艶に笑った。
「ロシュ様、準備はいいわね?」
「もちろんです!」
ロシュが剣を構え疾走する。
同時にマリアンヌの身体からは黒い霧がぶわりと広がり、クロヴィスが操る木々と同じように上空の塊を覆い、引きずり下ろしにかかる。
『グルルルルッ……憎ラシヤ……愚カシヤ人間ドモ……!』
「あら、ロシュ様を狙うあなたも随分な愚か者よ」
「そればかりは全面的に同意する……!」
マリアンヌ、クロヴィスが全身に力を込めて塊の動きを止め、黒い靄で生命力を奪い、木々で落とさんと引き下ろす。もがき、身を捩り、抵抗を試みるも逃げられないそれが吼えた。
威圧。
しかしそれに怯むロシュではなかった。
「身体強化……!」
魔力を全身に行き渡らせ自身の能力値を上げる。
翔ぶ。
「おまえの呪い、ここで絶たせてもらう……!」
イライザの盾同様、稀少鋼材から生まれ森人族と吸血族の秘術を刻まれた剣を上から下へ。
それより上まで飛び、重力をも味方に振り下ろす!
『――――――!!』
一際大きな塊が斬り落とされて地上に落ちる。
途端に抵抗が弱まり、巨大な塊もクロヴィス達の術によって地面に叩き落とされた。
「っ」
激しい地響き。
それの全体を覆う粘液はどんどん地面に染み込んでシュウウウウウ……と不穏な音を立てながら灰色の煙を濃くしていく中で、一つだけ離れて転がったそれが。
頭が。
それだけでもこの場の誰より大きな塊が、少し離れた位置に着地したロシュを見て、笑った。
『……愚カナリ……愚カシヤ……愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ愚カ!!』
「っ⁈」
『死ヌノハ貴様ダ』
頭が跳ねた。
「ロシュ!!」
クロヴィスが叫ぶ。
だが彼は喰われた。
黒い塊がロシュを頭から飲み込んだ。
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説

称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです
かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。
強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。
これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

実家から追放されたが、狐耳の嫁がいるのでどうでも良い
竹桜
ファンタジー
主人公は職業料理人が原因でアナリア侯爵家を追い出されてしまった。
追い出された後、3番目に大きい都市で働いていると主人公のことを番だという銀狐族の少女に出会った。
その少女と同棲した主人公はある日、頭を強く打ち、自身の前世を思い出した。
料理人の職を失い、軍隊に入ったら、軍団長まで登り詰めた記憶を。
それから主人公は軍団長という職業を得て、緑色の霧で体が構成された兵士達を呼び出すことが出来るようになった。
これは銀狐族の少女を守るために戦う男の物語だ。
転生して貴族になったけど、与えられたのは瑕疵物件で有名な領地だった件
桜月雪兎
ファンタジー
神様のドジによって人生を終幕してしまった七瀬結希。
神様からお詫びとしていくつかのスキルを貰い、転生したのはなんと貴族の三男坊ユキルディス・フォン・アルフレッドだった。
しかし、家族とはあまり折り合いが良くなく、成人したらさっさと追い出された。
ユキルディスが唯一信頼している従者アルフォンス・グレイルのみを連れて、追い出された先は国内で有名な瑕疵物件であるユンゲート領だった。
ユキルディスはユキルディス・フォン・ユンゲートとして開拓から始まる物語だ。


異世界でのんびり暮らしたい!?
日向墨虎
ファンタジー
前世は孫もいるおばちゃんが剣と魔法の異世界に転生した。しかも男の子。侯爵家の三男として成長していく。家族や周りの人たちが大好きでとても大切に思っている。家族も彼を溺愛している。なんにでも興味を持ち、改造したり創造したり、貴族社会の陰謀や事件に巻き込まれたりとやたらと忙しい。学校で仲間ができたり、冒険したりと本人はゆっくり暮らしたいのに・・・無理なのかなぁ?

異世界に行ったら才能に満ち溢れていました
みずうし
ファンタジー
銀行に勤めるそこそこ頭はイイところ以外に取り柄のない23歳青山 零 は突如、自称神からの死亡宣言を受けた。そして気がついたら異世界。
異世界ではまるで別人のような体になった零だが、その体には類い稀なる才能が隠されていて....
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる