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10.聖峰への旅路(4)
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翌朝7時。
朝食を終え、装備も整えた四人が外に揃ったのを確認してマリアンヌが家を収納する。
「出発しよう」
ロシュの合図で彼らは森に踏み出した。
不可侵だとか、未開と言われるだけあって森に入った途端に陽射しが遮られ辺りが一段暗くなる。まだ陽が低い位置にあるのも理由の一つだろうが体感温度も下がっている。
「冬用のコートを持って来たのは正解だったな」
「ですね。もう少し季節が進んだらこの秋用じゃ耐えられない気がします」
葉の下に隠れた葉。
または土に多くの水分が見て取れるのは夜に霜が降りていたせいとも考えられる。野営時も防寒をしっかりとしておかなければ凍死の危険がある。
「まさかと思うけどそれで暗殺を謀ろうってわけじゃないでしょうね」
「いくら何でも確実性が低いよ」
マリアンヌの毒を含んだ声音にロシュは苦笑を交えて返す。
防寒の方法などいくらでもあるし、店売りのテントだってしっかりとしている。体力を削ることは出来るかもしれないが……。
「まぁいざとなれば森を焼き払って家を出せばいいさ」
「そうね」
クロヴィスとマリアンヌが頷き合う。
物騒な意見だけは恐ろしく一致する二人である。
「でも聖峰から広がる森に手を付けたら王都の横みたいに砂漠になるんですよね? トトロアの街の隣をあんなふうにするのはどうかと……」
イライザが御伽噺の一節を持ち出す。
王都付近を開発しようとした人間の身勝手な行いが神竜の怒りに触れて一帯は砂漠化。王都は孤立したと語られているが、海岸に沿って歩く分には移動が出来たから生き永らえた。人は人に与えられた領分で慎ましく生きなさいという教訓を伝える物語だ。
もちろんクロヴィスもマリアンヌも知っている。
「そう言われると困っちゃうわね。ロシュ様やイライザちゃんに被害が及ぶのは困るから自重しようかしら」
「ふむ。ならば木々と少しお話して場所を作ってもらえばいい」
「お話し……」
「木と……」
ロシュとイライザは顔を見合わせた。
長い付き合いだが師二人の発言が謎掛けにしか聞こえない事が間々ある。いまもそうだ。
「樹木と会話が出来るんですか?」
「魔術は自然との対話だと教えただろう」
「それはそうですが……」
「森人族と森の木々との繋がりは、他の種族が想像する以上なんだよ。そうでなければどのようにしてこの森に隠れ住めると思う」
「なるほど……!」
「それを言うなら吸血族もいろいろあるわよ、ちょっと大きな声では言えない秘術だけど、ね」
「……マリアンヌ先生の秘術は機会があればお聞きします」
「ふふふっ」
イイ笑顔で笑うマリアンヌにはクロヴィスが嘆息。
それから遠い日を懐かしむように続けた。
「森人族の秘術はそれこそ12年前に何度も披露したが、ロシュは歩き疲れて眠っていたから見ていなかったんだな」
「そんな……」
「私も覚えていません」
「貴女だって7つだもの、ロシュ様と同じように抱っこされて眠っていたわ」
「……っ」
同じようにと言われて赤くなったのはロシュもだ。
一緒に逃げたのはたった5人。
ロシュ、クロヴィス、マリアンヌ、イライザ、それから乳母のケイト。誰が誰に抱っこされていたのか考えると子どもの頃の話とはいえ恥ずかしい。
「小さかったんだもの、仕方ないじゃない。それに今は立派に自分の足で移動しているわ」
「短い足でてちてちと歩くロシュも、彼の手を引っ張って一生懸命にお姉さんぶろうとしていたイライザも可愛かったよ」
「ひゃああっ」
クロヴィスに可愛いかったと言われたイライザが奇妙な叫び声を上げる。
聞いているだけのロシュだって心の中では「止めてください……!」と叫んでいたので気持ちは同じだ。
12年前――城から逃げてマリアンヌの隠れ家に向かった五人は迷わず森を経由する道を選んだ。追手よりも魔物の相手をする方が楽だったというのが師二人の言葉だが、幼い二人はともかく乳母のケイトには相当な心労を負わせたことだろうと思う。
逃げ延びられる確率が一番高かったとはいえ無茶をした。
それに比べれば二人が大人になり、魔物と戦う術もしっかりと身に付けてからのトトロアの街への移住時はとても楽だったと言える。
「2年前にここを歩いた時には、どうして秘術を見せてもらえなかったんですか?」
「これから冒険者になろうというのに野営の経験も無しじゃダメだからさ。それにあれは初夏の良い季節だったしね」
「なるほど」
「ケイトも慣れたもので、後半なんて木の実や果実の採取にすごく積極的だったわ」
「それは憶えています。木に登って降りられなくなった時はお世話になりました……」
森に楽し気な笑い声が響く。
入口付近には先人が踏み均した道っぽい道があるし、魔物もあまり出て来ないから思い出話に花が咲く。懐かしいと言ったら語弊があるけれど、四人にとっての不可侵の森は良くも悪くも必要な土地だ。
「さて、この辺りから少し川と距離を置こう」
「ああ」
水の近くは、水棲の魔物に引きずり込まれる危険があるため警戒しないわけにはいかない。流水音が掴める距離を保持しながら更に北へ。
ちなみに最初の目印にしたケルピーの湖は、水が馬の姿を象っている魔物だ。全部が水なので狩っても魔石くらいしか入手出来る素材はないのだが、その魔石が大きくて高く売れる。これも対象を幻惑に掛けて水に引きずり込む習性があり、終いには内臓だけが残って湖面に浮いて来るそうだ。
ちなみに対象は『穢れなき乙女』。
ペガサスやユニコーンもそうだが馬型の幻獣や魔物は乙女が大好きな場合が多い。
そしてマリアンヌとの相性が最悪だ。
朝食を終え、装備も整えた四人が外に揃ったのを確認してマリアンヌが家を収納する。
「出発しよう」
ロシュの合図で彼らは森に踏み出した。
不可侵だとか、未開と言われるだけあって森に入った途端に陽射しが遮られ辺りが一段暗くなる。まだ陽が低い位置にあるのも理由の一つだろうが体感温度も下がっている。
「冬用のコートを持って来たのは正解だったな」
「ですね。もう少し季節が進んだらこの秋用じゃ耐えられない気がします」
葉の下に隠れた葉。
または土に多くの水分が見て取れるのは夜に霜が降りていたせいとも考えられる。野営時も防寒をしっかりとしておかなければ凍死の危険がある。
「まさかと思うけどそれで暗殺を謀ろうってわけじゃないでしょうね」
「いくら何でも確実性が低いよ」
マリアンヌの毒を含んだ声音にロシュは苦笑を交えて返す。
防寒の方法などいくらでもあるし、店売りのテントだってしっかりとしている。体力を削ることは出来るかもしれないが……。
「まぁいざとなれば森を焼き払って家を出せばいいさ」
「そうね」
クロヴィスとマリアンヌが頷き合う。
物騒な意見だけは恐ろしく一致する二人である。
「でも聖峰から広がる森に手を付けたら王都の横みたいに砂漠になるんですよね? トトロアの街の隣をあんなふうにするのはどうかと……」
イライザが御伽噺の一節を持ち出す。
王都付近を開発しようとした人間の身勝手な行いが神竜の怒りに触れて一帯は砂漠化。王都は孤立したと語られているが、海岸に沿って歩く分には移動が出来たから生き永らえた。人は人に与えられた領分で慎ましく生きなさいという教訓を伝える物語だ。
もちろんクロヴィスもマリアンヌも知っている。
「そう言われると困っちゃうわね。ロシュ様やイライザちゃんに被害が及ぶのは困るから自重しようかしら」
「ふむ。ならば木々と少しお話して場所を作ってもらえばいい」
「お話し……」
「木と……」
ロシュとイライザは顔を見合わせた。
長い付き合いだが師二人の発言が謎掛けにしか聞こえない事が間々ある。いまもそうだ。
「樹木と会話が出来るんですか?」
「魔術は自然との対話だと教えただろう」
「それはそうですが……」
「森人族と森の木々との繋がりは、他の種族が想像する以上なんだよ。そうでなければどのようにしてこの森に隠れ住めると思う」
「なるほど……!」
「それを言うなら吸血族もいろいろあるわよ、ちょっと大きな声では言えない秘術だけど、ね」
「……マリアンヌ先生の秘術は機会があればお聞きします」
「ふふふっ」
イイ笑顔で笑うマリアンヌにはクロヴィスが嘆息。
それから遠い日を懐かしむように続けた。
「森人族の秘術はそれこそ12年前に何度も披露したが、ロシュは歩き疲れて眠っていたから見ていなかったんだな」
「そんな……」
「私も覚えていません」
「貴女だって7つだもの、ロシュ様と同じように抱っこされて眠っていたわ」
「……っ」
同じようにと言われて赤くなったのはロシュもだ。
一緒に逃げたのはたった5人。
ロシュ、クロヴィス、マリアンヌ、イライザ、それから乳母のケイト。誰が誰に抱っこされていたのか考えると子どもの頃の話とはいえ恥ずかしい。
「小さかったんだもの、仕方ないじゃない。それに今は立派に自分の足で移動しているわ」
「短い足でてちてちと歩くロシュも、彼の手を引っ張って一生懸命にお姉さんぶろうとしていたイライザも可愛かったよ」
「ひゃああっ」
クロヴィスに可愛いかったと言われたイライザが奇妙な叫び声を上げる。
聞いているだけのロシュだって心の中では「止めてください……!」と叫んでいたので気持ちは同じだ。
12年前――城から逃げてマリアンヌの隠れ家に向かった五人は迷わず森を経由する道を選んだ。追手よりも魔物の相手をする方が楽だったというのが師二人の言葉だが、幼い二人はともかく乳母のケイトには相当な心労を負わせたことだろうと思う。
逃げ延びられる確率が一番高かったとはいえ無茶をした。
それに比べれば二人が大人になり、魔物と戦う術もしっかりと身に付けてからのトトロアの街への移住時はとても楽だったと言える。
「2年前にここを歩いた時には、どうして秘術を見せてもらえなかったんですか?」
「これから冒険者になろうというのに野営の経験も無しじゃダメだからさ。それにあれは初夏の良い季節だったしね」
「なるほど」
「ケイトも慣れたもので、後半なんて木の実や果実の採取にすごく積極的だったわ」
「それは憶えています。木に登って降りられなくなった時はお世話になりました……」
森に楽し気な笑い声が響く。
入口付近には先人が踏み均した道っぽい道があるし、魔物もあまり出て来ないから思い出話に花が咲く。懐かしいと言ったら語弊があるけれど、四人にとっての不可侵の森は良くも悪くも必要な土地だ。
「さて、この辺りから少し川と距離を置こう」
「ああ」
水の近くは、水棲の魔物に引きずり込まれる危険があるため警戒しないわけにはいかない。流水音が掴める距離を保持しながら更に北へ。
ちなみに最初の目印にしたケルピーの湖は、水が馬の姿を象っている魔物だ。全部が水なので狩っても魔石くらいしか入手出来る素材はないのだが、その魔石が大きくて高く売れる。これも対象を幻惑に掛けて水に引きずり込む習性があり、終いには内臓だけが残って湖面に浮いて来るそうだ。
ちなみに対象は『穢れなき乙女』。
ペガサスやユニコーンもそうだが馬型の幻獣や魔物は乙女が大好きな場合が多い。
そしてマリアンヌとの相性が最悪だ。
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