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2.大人二人

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 王家に120年振りに誕生した竜の加護を持つ王子――御伽噺に登場する乙女と同じ、月白色の髪と金青の瞳を持つ王子の誕生に国中が喜びに沸いた。
 しかし、この王子が鏡に映したようにそっくりな双子だったことが王家を悩ませた。
 竜の加護の色を持たなかった父王はそれで苦労して来たし、近い将来、双子のどちらを擁立するかで国が割れることを憂慮したからだ。
 結果、魔力量が多かった兄王子だけがお披露目されて弟王子は王城の片隅に幽閉されたが、待遇は決して悪くなかったと思う。恐らく父親としての愛情はあったし、兄王子に何かあった場合には入れ替われるようにと言う王としての打算もあったのだろう。
 教育係は兄と同様に賢者の称号を持つ知識人――クロヴィスが付けられ、丁寧に接してくれる乳母と侍女がいた。
 母である王妃も月に2~3度は会いに来てくれた。
 ましてや庶民だった前世の記憶を持って生まれたロシュには王族という身分が重すぎて、自分であれこれ出来るようになる頃には「幽閉されたまま死んでいくのも悪くないけど、出来れば市井に下りたいな」と考えるようになっていったのだ。
 だが、市井でも生きていけるようにと学び始めたことでロシュが「おかしな子ども」だと露見。周りには兄王子よりも優秀に見えてしまった。
 結果、ロシュはが差し向けた暗殺者に殺されかけたところをクロヴィスと侍女――に扮していたマリアンヌに守られ、一緒に殺されかけた乳母と、その娘イライザと共に逃げ延びたのである。
 それからの10年は、マリアンヌの隠れ家でひっそりと暮らしながら身を守るための修行に明け暮れた。
 幸いと言うべきかマリアンヌの隠れ家は魔獣が闊歩する『不可侵の森』にあり、いつだって命の危険と隣り合わせだったおかげでロシュの成長は著しかった。
 戦える。
 そうクロヴィスから判断された15歳の春に彼らは森を出て、訳アリの身上でも稼ぐことが出来る冒険者になったのだ。
 それから、2年。
 もともと上級冒険者として登録済みだったクロヴィスとマリアンヌがパーティのランク平均を引き上げたことで『東の月輪』は特級に認定された。
 誰もが一目置く有数の特級パーティである。

 尤も、その内情は特別でもなんでもなかったが。


「さっさと灰牙狼アッシュウルフを収納してくれ、貴女の仕事だろう」
「はいはい、冗談の通じない森人族エルフはこれだから困るわ」
「節操のない吸血族ヴァンピールよりはマシだ」
「はいはいストーップ」

 剣の師と魔導の師の言い合いにロシュが割って入るのはいつもの事。
 イライザが後方から「頑張ってくださいロシュ様!」と応援している。

「僕はここで野宿するつもりなんてないんだけど、師匠たちは野宿が希望なの?」
「ロシュとキャンプするのは悪くないが今日は準備が足りていないな」
「あら、ロシュ様と二人きりなら準備不足でも楽しめるわ」

 準備という単語が、クロヴィスとマリアンヌで随分と違って聞こえるのは何故だろう。

「僕は女の子ではないのでマリィ先生にご満足頂けないと思います」
「あら。無垢な王子様と一夜を共に出来るなんてとても魅惑的よ」

 前世の記憶分、ロシュは決して無垢ではないのだが今は聞き流す。
 そうでもしないとクロヴィスが怖い。

「うちの子から離れろ」
「満足させられないって落ち込んでいるんだもの。慰めてあげないと」
「どこをどう聞いたらそういう解釈になる」
「アナタと違って人生を楽しんでいるからよ」
「おかしなことを言うものだな。ロシュと出逢ってからの17年、私は誰より幸せな日々を過ごしているが」
「このワタシが一緒だものね」
「ふふふ」
「ふふふふっ」

 怖い怖い。
 ロシュは呆れた息を吐き出すと、イライザに向き直ってその肩を叩く。

「二人で持てるだけ持って山を下りよう。あの二人は野宿するんだって」
「えっ」

 イライザが驚きの声を上げて大人二人を見ると、彼らは揃って焦り始めた。

「ロシュ! 待ちなさい、だったら私も担ぐから」
「結構です。二人で、いつまでも、ずっと、仲良く、ケンカしていればいいのでは!」

 キッと睨んで言い放つ。
 ロシュは怒っていた。

「わ、私が悪かった! 下りる前にまず髪を隠して……待つんだ! それから灰牙狼アッシュウルフの返り血も……っ」
「ロシュ様に睨まれるとさすがに肝が冷えるわね……」

 慌ててロシュに駆け寄るクロヴィスと、周囲に散らばる灰牙狼アッシュウルフの遺体に触れて消していくマリアンヌ。正確には彼女が持つ収納空間に灰牙狼アッシュウルフを丸ごと収納しているのだ。収納空間は無属性魔術の一つで、吸血族ヴァンピールの膨大な魔力を持つ彼女のそれは容量に制限が無い。倒した魔獣から得られる素材の全てが収入になる冒険者にとっては欠かせない人材だ。
 もちろんすべての師であるクロヴィスも、乳姉弟のイザベルもロシュにとっては絶対に失えない大切な存在なのだが、身近に頼りになる人物がいると自身の存在を過小評価してしまいがちになる。
 だから大人二人はああなのだ。

「……大人げなくてすまなかった」
「……もういいです」

 帽子を被せられながら頭を撫でられると、怒った事が恥ずかしくなってきた。
 髪と目の色を誤魔化す特殊な魔術を組み込んだ帽子はマリアンヌが魔力を含む植物で編んだ魔導具で、色は黒、肌触りは麦わら帽子、形としては前世の野球帽に近い。これを被っていれば目も髪も少し明るい茶色に見えるという効果がある。

「装備は山を下りるまで解除しない方がいいが、返り血は落とそう。幾らなんでも浴び過ぎだ」

 言うが早いかクロヴィスの洗浄魔術がロシュの装備についた汚れを一瞬にして洗い流す。

「自分で出来る」
「ロシュの世話をするのが私の生きがいなんだ」

 何とも反応し難い師匠の言葉にロシュは曖昧に頷く。
 もう17歳なのにいつまでも子ども扱いされるのはとても複雑な気分だが、……ケンカばかりする二人にイラッとして怒ってしまうあたりは、まだまだ子どもだなと自嘲した。
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