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西の転生者
57.その視線の先
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システィーアが角を曲がった先の、一番奥から二つ目の扉の前に彼はいた。
以前に会った時よりも、薄茶のサラリと風に揺れる髪は随分と長くなっていた。後ろで一括りにされていて髪型は変わっていたが、目が吸いつけられていくようなあの美しさは間違いない。
レイダン・ウ・トリネスタ。
ウ国の第二王子だ。
思わぬ再会を目の前にして、システィーアは嬉々として足を動かす。自分でもわかるくらいに興奮していた。
だから、すぐには気づけなかった。彼が話しかけている、扉の向こう側の人物に。
「心配しすぎなリーズが、ちょっと大袈裟に言ってただけなの。本当よ」
女の子の声がシスティーアの耳に入ってくると同時に、レイダンの片手がするりと扉の向こうへ伸ばされる。相手の頭があると思われる辺りをその手が、優しく撫でるように動く。
システィーアの足は、いつの間にか止まっていた。足元から根が生えたように、その根が身体中に巻き付いているかのように、体が動かない。
頭の中にまで鳴り響く、警戒アラームのような鼓動の音。
「そう。何ともなくて安心したよ、ティア」
目を細めるレイダンの顔に、見たことのない柔らかな笑みが浮かぶ。
⋯⋯ティア?
ティアは私、システィーア・フォンベルツのこと。でも、私はここよ?
あの方は、誰に向かって微笑んでいるの?
あの扉の向こうにいるのは誰?
あの子は⋯⋯誰?
白い髪の毛先が微かに見えた瞬間、システィーアは息を飲んだ。
あの子がシスティーアなら、今ここにいる私は誰だと言うのか。
耳鳴りだろうか、キーンと高い音が鳴る。ノイズが走ったのと同時に、視界が暗転した。
「まあ、確かにイケメンね」
聞き覚えのある懐かしい声。誰だったか⋯⋯名前が思い出せない。けれど、彼女は舞の仲の良い友人だ。
そして友人の視線の先には、ノートパソコン。舞のものだ。
そのモニターに映るのは、こちらを見て柔らかく微笑む青年。肩につかないくらいの長さの薄茶の髪、それよりはやや濃い薄茶の瞳。目尻と口元に暖色を乗せた艶っぽい顔のイラスト。
「でしょ。なのにアイテムを販売してくれるだけのキャラなんだよ。一番好みのキャラが攻略対象外だなんて、ゲームの中まで世知辛いわ⋯⋯」
「それより、結局そのゲームの持ち主わかったの?」
「わかんない。でも、調べてもらったから、ウィルスとかの心配はないよー」
「はー、本当、弟くんと仲がいいわねぇ。おまけに頼りになるし。⋯⋯比べて、うちの姉と弟ときたら。煎じて飲ませるから、弟くんの爪の垢、分けてくれない?」
「そうかなあ? 利害が一致してるだけだと思うけど」
笑いながらそう返した時に、誰かが部屋の扉を叩いた。
確か、扉の向こうには⋯⋯
「舞、ちょっといいか?」
扉の隙間からひょこりと頭を出した弟が、友人の方に軽く頭を下げる。
「お姉様と呼べと、何回言ったらわかるかな?」
「いいから」
弟に手招きされて、しぶしぶ扉の外へと出た瞬間。
差し込んでくる、白い強い光。
たまらず、勢いよく目を閉じる。
同時にぐるりと意識が回った。
「⋯⋯んっ」
ゆっくりと目蓋を開ける。
ぼんやりとした頭で室内を見回せば、リプルがシスティーアを呼ぶ声が耳に入った。
「お身体の調子はどうですか?」
ここが六角宮内の自室であることを目で確認してから、システィーアはこくりと頷いた。
どうやら前世の記憶を夢として見ていたようだ。あの後の弟の要件は何だったのだろうか。頭を捻るが、欠片も思い出せない。
「急にお倒れになったのですよ。覚えていらっしゃいます?」
「倒れ⋯⋯て?」
システィーアはそこで初めて、部屋が明るく灯されていることに気付いた。明らかに朝ではない。
「私⋯⋯」
片手で頭を押さえて、一番最近の朝の記憶を引っ張り出してくる。そこからゆっくり思い出そうとしていると、リプルが心配そうにシスティーアの前に屈んだ。
「システィーア様は入学式の日の昼食後に、急に走りだされたのです。慌てて追いかけたのですよ。私が追いついた時には、システィーア様はフォトムに抱えられていて。とても驚きました」
「それは、その⋯⋯ごめんなさい」
リプルがほっとした顔で、水差しからコップに水を注いでシスティーアに渡す。
「近くにおられたリーティア様とご婚約者様も、すごく驚かれてましたよ」
「リーティアと婚約者?」
ごくりと水を飲みくだし、システィーアは大きく目を見開いてリプルを見た。
「リーティアの⋯⋯婚約者?」
「はい。あれ? システィーア様、ご存知ではなかったですか? システィーア様が大好きなオコメの国、そこの国の二番目の王子様ですよ」
オコメの国の第二王子⋯⋯。
瞬間、ティアと優しく呼びかけるレイダンの姿が思い起こされた。
綺麗に整った女性のような横顔、優しく細められた瞳からは温かな視線。けれどその視線は、こちらに向かうことはなく。相手を気遣うように伸ばされた手と共に、ドアの向こうへと吸い込まれるように向けられていて。
そうか⋯⋯。
「⋯⋯リーティア」
声に出して、システィーアは笑った。
なんてことない。あの視線の先にいたのは、自分ではなかったのだから。
ティア、そう呼ばれるのはシスティーアだけではなかった。
それだけのことだ。
「シ、システィーア様⋯⋯?」
心配そうにこちらの様子を伺うリプルに、システィーアは今出来る精一杯の笑顔を向けた。
「⋯⋯寝るわ。心配かけてごめんね。私はもう、大丈夫。だから、リプルも休んで」
明かりを落とされた部屋の中、システィーアは声を殺して涙を溢した。
以前に会った時よりも、薄茶のサラリと風に揺れる髪は随分と長くなっていた。後ろで一括りにされていて髪型は変わっていたが、目が吸いつけられていくようなあの美しさは間違いない。
レイダン・ウ・トリネスタ。
ウ国の第二王子だ。
思わぬ再会を目の前にして、システィーアは嬉々として足を動かす。自分でもわかるくらいに興奮していた。
だから、すぐには気づけなかった。彼が話しかけている、扉の向こう側の人物に。
「心配しすぎなリーズが、ちょっと大袈裟に言ってただけなの。本当よ」
女の子の声がシスティーアの耳に入ってくると同時に、レイダンの片手がするりと扉の向こうへ伸ばされる。相手の頭があると思われる辺りをその手が、優しく撫でるように動く。
システィーアの足は、いつの間にか止まっていた。足元から根が生えたように、その根が身体中に巻き付いているかのように、体が動かない。
頭の中にまで鳴り響く、警戒アラームのような鼓動の音。
「そう。何ともなくて安心したよ、ティア」
目を細めるレイダンの顔に、見たことのない柔らかな笑みが浮かぶ。
⋯⋯ティア?
ティアは私、システィーア・フォンベルツのこと。でも、私はここよ?
あの方は、誰に向かって微笑んでいるの?
あの扉の向こうにいるのは誰?
あの子は⋯⋯誰?
白い髪の毛先が微かに見えた瞬間、システィーアは息を飲んだ。
あの子がシスティーアなら、今ここにいる私は誰だと言うのか。
耳鳴りだろうか、キーンと高い音が鳴る。ノイズが走ったのと同時に、視界が暗転した。
「まあ、確かにイケメンね」
聞き覚えのある懐かしい声。誰だったか⋯⋯名前が思い出せない。けれど、彼女は舞の仲の良い友人だ。
そして友人の視線の先には、ノートパソコン。舞のものだ。
そのモニターに映るのは、こちらを見て柔らかく微笑む青年。肩につかないくらいの長さの薄茶の髪、それよりはやや濃い薄茶の瞳。目尻と口元に暖色を乗せた艶っぽい顔のイラスト。
「でしょ。なのにアイテムを販売してくれるだけのキャラなんだよ。一番好みのキャラが攻略対象外だなんて、ゲームの中まで世知辛いわ⋯⋯」
「それより、結局そのゲームの持ち主わかったの?」
「わかんない。でも、調べてもらったから、ウィルスとかの心配はないよー」
「はー、本当、弟くんと仲がいいわねぇ。おまけに頼りになるし。⋯⋯比べて、うちの姉と弟ときたら。煎じて飲ませるから、弟くんの爪の垢、分けてくれない?」
「そうかなあ? 利害が一致してるだけだと思うけど」
笑いながらそう返した時に、誰かが部屋の扉を叩いた。
確か、扉の向こうには⋯⋯
「舞、ちょっといいか?」
扉の隙間からひょこりと頭を出した弟が、友人の方に軽く頭を下げる。
「お姉様と呼べと、何回言ったらわかるかな?」
「いいから」
弟に手招きされて、しぶしぶ扉の外へと出た瞬間。
差し込んでくる、白い強い光。
たまらず、勢いよく目を閉じる。
同時にぐるりと意識が回った。
「⋯⋯んっ」
ゆっくりと目蓋を開ける。
ぼんやりとした頭で室内を見回せば、リプルがシスティーアを呼ぶ声が耳に入った。
「お身体の調子はどうですか?」
ここが六角宮内の自室であることを目で確認してから、システィーアはこくりと頷いた。
どうやら前世の記憶を夢として見ていたようだ。あの後の弟の要件は何だったのだろうか。頭を捻るが、欠片も思い出せない。
「急にお倒れになったのですよ。覚えていらっしゃいます?」
「倒れ⋯⋯て?」
システィーアはそこで初めて、部屋が明るく灯されていることに気付いた。明らかに朝ではない。
「私⋯⋯」
片手で頭を押さえて、一番最近の朝の記憶を引っ張り出してくる。そこからゆっくり思い出そうとしていると、リプルが心配そうにシスティーアの前に屈んだ。
「システィーア様は入学式の日の昼食後に、急に走りだされたのです。慌てて追いかけたのですよ。私が追いついた時には、システィーア様はフォトムに抱えられていて。とても驚きました」
「それは、その⋯⋯ごめんなさい」
リプルがほっとした顔で、水差しからコップに水を注いでシスティーアに渡す。
「近くにおられたリーティア様とご婚約者様も、すごく驚かれてましたよ」
「リーティアと婚約者?」
ごくりと水を飲みくだし、システィーアは大きく目を見開いてリプルを見た。
「リーティアの⋯⋯婚約者?」
「はい。あれ? システィーア様、ご存知ではなかったですか? システィーア様が大好きなオコメの国、そこの国の二番目の王子様ですよ」
オコメの国の第二王子⋯⋯。
瞬間、ティアと優しく呼びかけるレイダンの姿が思い起こされた。
綺麗に整った女性のような横顔、優しく細められた瞳からは温かな視線。けれどその視線は、こちらに向かうことはなく。相手を気遣うように伸ばされた手と共に、ドアの向こうへと吸い込まれるように向けられていて。
そうか⋯⋯。
「⋯⋯リーティア」
声に出して、システィーアは笑った。
なんてことない。あの視線の先にいたのは、自分ではなかったのだから。
ティア、そう呼ばれるのはシスティーアだけではなかった。
それだけのことだ。
「シ、システィーア様⋯⋯?」
心配そうにこちらの様子を伺うリプルに、システィーアは今出来る精一杯の笑顔を向けた。
「⋯⋯寝るわ。心配かけてごめんね。私はもう、大丈夫。だから、リプルも休んで」
明かりを落とされた部屋の中、システィーアは声を殺して涙を溢した。
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