双璧の転生者

ミケメコ

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西の転生者

18.港街

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 王都を出てから、システィーアは馬車に揺られて延々、飛び跳ね続けた。
 楽しめたのは最初だけ。日がどっぷり沈む頃には、疲れと身体の痛みですっかり参っていた。水不足のご時世なので、街の宿屋にお風呂なんて当然ない。頭をぐらぐら揺らしながら、フェスティナに身体を拭いて貰って即ベッドにダイブとなった。
 翌日には元気に復活!
 と、いきたいところだったが、システィーアは早々に乗り物酔いに襲われた。たった一日で揺れに辟易しているシスティーアと違って、引率者三人は流石護衛。全く平気な顔をしている。
 結局、システィーアの体調を考慮し、予定を大幅に変更して休みを多分に取る事となった。

 片道三日の所を五日程かけて、ようやっと辿り着いた。が。
「どういうこと?」
 システィーアはその景色を見て、思わず声を上げた。
 緩やかな山を越えて徐々に木々が減っていくと、緑に薄らと色づいた大地が見えてくる。その上にある街は陽に照らされて、建ち並ぶ石造りの建物が遠目からでもよく見えた。中でも一番背が高く白い鐘つきの時計塔は、時計の文字盤に宝石が使われているのか緑色にキラキラと輝いている。
 けれど、その街の向こう側。街を境に、広大な乾燥地帯が広がっているのだ。海など何処にも見えない。
 システィーアははしたなくも馬車から上半身を乗り出して、あたりを見回す。
「ティア、そんなに乗り出したら危ないぜ」
 馬で並走していた赤髪のアレクが寄ってくる。
「な」
 声を出そうとした所で、身体が大きく跳ねた。
 浮遊感と同時に視界が反転。
 次いで、腹部が締め付けられる。
 けふっと自分の口から音が漏れた時には、視界はスライドしていく地面を映していた。
「あっぶねっ!」
 アレクの声と同じタイミングで、車内から悲鳴が聞こえて来る。
 馬の嘶きと共に身体の揺れが小さくなってきてからようやく、システィーアは自分がアレクの跨がる馬の上にいる事に気付いた。
「あ、ありがと⋯⋯」
 背筋に冷たいものを感じながら、そろりと振り向いて見上げると、呆れた顔で大きく息を吐くアレクと目があった。
「ったく、言った側から⋯⋯」
「ティアさん!」
 少し先で止まった馬車から声がして、フェスティナとザンダーがこちらを見て、同じように安堵の息を吐いた。
 一度馬に止まってもらってから、アレクの前で馬に跨がる体勢へと変えてもらう。そうすると視界に街が広がり、システィーアは慌ててアレクの方へ首を向けた。
「何で海がないの? 次の街は目的地だと聞いた気がしたのだけど⋯⋯」
「いや、あれが目的地だぞ? 港街フリューシェル」
 アレクが馬をゆっくり歩かせながら、不思議そうな顔をこちらに向けてくる。何故そのような顔をされるのか、理解が出来なくてますます訳が分からない。
「あの街の向こう側、草木が生えていない乾燥した大地のところ。あそこから先が海だ」
「へ?」
 システィーアは何度も、アレクの顔と乾燥地帯を交互に見た。冗談などではないらしい。
「あの、でも、そうだとしたら、あれでは海産物なんて⋯⋯」
 魚どころか海藻だって獲れるはずがない。海水がないのだから。
 言いたいことは上手く伝わったようで、アレクが一つ頷いた。
「漁はさらに向こうにある水場で行われるんだ。水が不足しているせいで段々と漁場が遠くなっていてな。⋯⋯って、まさか、漁場まで行きたいとか言わないよな?」
「⋯⋯水揚げが見たかったんだけど」
 システィーアが様子を伺うようにそう言うと、アレクは顔を顰めた。
「無理だろうな。それでなくとも干上がったせいで水場が遠い。干上がった海には魔物が多いから、漁師たちは以前よりも命懸けになっているだろう。だから、何も出来ない貴族様の子供が同行だなんて、何の嫌がらせかと思われるだろうよ」
「アレク達と四人だけで行けないところなの?」
 アレクが暫く間を開けてから、ゆっくりと溜息を溢す。
「ティア⋯⋯まさかと思うが、海を徒歩や馬車で移動するつもりか? 無謀だぞ? 普通は船を使うんだ」
「船? 水も無いのに?」
「何を言ってるんだ。船が水の中だけを移動していたのは大昔の話だろ? むしろ、よく知ってたな。アービス卿は一体何を教えてるんだか」
 アレクが面白そうにクククッと笑った。
 実際には前世の記憶であって、アービス先生は全く関係ない。実に申し訳ない話だ。
「ティアさん! 窓は出入り口ではありませんよ。本当に肝が縮みました!」
「ご、ごめんなさい」
 馬車の所まで辿り着くと、ここ数日ですっかり打ち解けたフェスティナが、眼光を鋭くして仁王立ちでお出迎えしてくれた。
 システィーアは身を縮こませて、フェスティナのお叱りを受けることとなった。
 お説教の後、再び馬車に乗り込んで街を目指す。街に到着するまで窓のカーテンが閉められることとなり、システィーアは目を閉じてじっと耐えることとなった。

「ここが港街⋯⋯」
 宿屋の前に止まった馬車から降りたシスティーアは、ぐるりとあたりを見回した。
 遠くから見た時と同じ石造りの建物が、石畳の道沿いに立ち並ぶ。道の脇からは街路樹が、長く枝を伸ばして木陰を作っている。
 けれど街の規模の割には、出歩く人の姿が極端に少なく感じられた。
「あれ?」
 システィーアは宿屋の出入り口に黒い布が垂らされているのを目にして、目を瞬かせた。確認の為に、ぐるりと周りの建物を見てみると、どの建物の入り口にも、サイズは様々だが黒い布切れが垂らされている。
「どなたが亡くなられたんだ?」
 宿屋の馬丁に、乗って来た馬を渡しながらアレクが尋ねた。システィーアはそれを黙って隣で見る。
 馬丁は沈んだ顔で口を開いた。
「領主の息子さんだよ。三日前、逃げ遅れた漁師達を助けに行って魔物にやられたそうな⋯⋯」
「この街の時計塔には守護があると聞いていたのだけど、何で危険を冒してまで守護の範囲の外まで助けに行ったのかしら?」
 システィーアの隣にやってきたフェスティナが首を傾げる。
「範囲の外に行ったんじゃなくて、範囲が徐々に小さくなってきているせいさ」
「小さく? フリューシェルの時計塔の守護といえば、この街に壁の神官が訪れる度に頼んで強化して貰っていると聞いています。最近神官がこの街に来ていないのですか?」
「壁の神官が減ったというような話は聞かないかな。でも、時計塔の守護石が次々に砕けていってるって話は、街中皆知ってる。前はもっとたくさん緑の石が時計塔についていて、それは綺麗だったんだよ」
 馬丁の話を聞いていたアレクとザンダーが視線を交わし合うと、アレクがシスティーアに手を差し出して来た。
「取り敢えず部屋取りに行くぞ。で、ティアは休憩しろ」
 出された手がシスティーアの返答を待たずして右手を掴むと、宿の中へと歩を進めた。
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