3 / 6
参 本編 戦国石田三成異聞(壱)
しおりを挟む天正十七年十二月。
大坂城主関白豊臣秀吉と相州小田原に拠る北条氏政・氏直父子との従属交渉は決裂。
天正十八年に入ると、秀吉は二十万を超える軍勢を動員し、駿河口と信濃口の二方向から北条氏の領国への侵攻作戦を開始した。
世に言う「小田原征伐」である。
◇◇◇
その目元涼やかで見目麗しい若い男は、いつものように搬入され、山のように積まれた米俵の数を確認していた。
その男が一息ついたところ、使者らしき者に声をかけられた。
「石田様」
振り向いたその男、石田治部少輔三成に、使者らしき者は更に続けた。
「関白殿下(秀吉)がお呼びです」
「そうか。だが・・・・・・」
搬入された米俵の確認はまだ全て終えていないのだ。
「兵站の仕事は他の者に任せる故、すぐに来るようにとのことです」
「そうか。分かった」
記録用の帳面を所定の場所に置くと、三成は崇拝する主君秀吉のもとに急いだ。
「あ」
別の男が同じ方向に歩いてくる。
この男も三成に負けず劣らず、麗しい外見をしている。
だが、目を悪くしているらしく、目を凝らし、三成の方を見つめ直してから、声をかけてきた。
「佐吉」
「紀之介か」
紀之介。大谷刑部少輔吉継。佐吉。石田治部少輔三成の昔からの親友である。
「どこへ行く?」
「関白殿下(秀吉)のところだ。呼ばれた。紀之介は?」
「わしもだ。何用だろうなあ」
◇◇◇
長かった戦国の世も終わりに近づいていた。
戦というものは、多少は戦術の優劣や地形効果などに左右されるが、大原則としては数が多い方が勝つ。
ある程度優れた戦術であっても、圧倒的な兵力差の前には押しつぶされてしまう。
だから、戦国の世も後になるにつれ、何としても敵より多い数を集めようとするようになる。
しかし、ただ数を集めればいいというものではない。
集めた大人数を食わせなければならない。
兵站、補給が重要な要素となっていく。
それに伴い、昔ながらの武勇に優れし者より、計数に明るい者が重用されるようになる。
それが、石田三成であり、大谷吉継なのである。
だが、その新しき者の栄達は、時代の潮流についていけない多くの者たちの妬みも買っていた。
◇◇◇
「おおっ、佐吉。紀之介。よくぞ参った」
陣中の真ん中で床几にかけた秀吉は上機嫌で二人を迎えた。
秀吉の右隣には、この時期、駿府左大将と呼ばれていた徳川家康。
左隣は一人の男が遠慮がちに座っていた。
三成は秀吉の左隣の人について問う。
「殿。この方は?」
秀吉は上機嫌なまま答える。
「ああ。北条左衛門大夫殿だ」
北条左衛門大夫氏勝。北条一門の中でも重鎮のはずだ。確か相州玉縄の城主だったはずだが・・・・・・
三成の気持ちを察したように、秀吉は笑顔で続ける。
「今回は、駿府左大将(家康)殿が骨を折ってくださってな。熱心に説得を続けてくれた甲斐あって、
我らについてくれることになったのだ」
「北条左衛門大夫でござる。関白殿下(秀吉)にお仕えさせてもらうことになり申した。お役に立ちたいと思っておりまする」
氏勝は丁寧に三成と吉継に頭を下げた。
だが、三成の心中は穏やかではなかった。
「駿府左大将(家康)。敵方のこれほどの者を降らせるとは・・・・・・ 油断のならぬ」
◇◇◇
「それでな。早速、左衛門大夫殿が案内役を引き受けてくれることになった。佐吉、二万の兵を持たせる故、龍森と忍の城を攻め落として参れ。紀之介はその補佐をせよ」
「はっ」
三成と吉継は一斉に秀吉に頭を下げた。
秀吉は満足そうに頷いた。
そして、立ち去り際、秀吉は三成に小さく声をかけた。
「佐吉。武功を立てよ」
更には吉継にも声をかけた。
「紀之介。佐吉をよろしく頼む」
◇◇◇
三成、吉継の二人は駒を並べ、最初の目的地龍森城に向かっていた。
吉継はふと何気なしに三成の方を見た。
(む?)
吉継は持病の影響で最近視力が落ちて来ている。最初はそのせいかとも思った。
だが、もう一度、見るとそれは確かに認められた。
(佐吉。震えているのか?)
三成の手綱を持つ手が震えている。
吉継は声に出して、問うた。
「佐吉。震えているのか?」
「馬鹿を申すな。紀之介。このわしが震える訳がない」
三成は吉継の方を向かず、前を向いたまま答えた。
「いや、おぬしは震えている。わしらは友だろう。隠し事をいたすな」
「もし、わしが震えているとすれば・・・・・・」
三成はいったん言葉を切ったが、すぐに続けた。
「それは武者震いだ」
吉継はそれ以上問わなかった。無理のない話ではある。
今回のことは明らかに「人たらし」秀吉の配慮である。
計数に長け、秀吉に重用される三成、吉継らは多くの者に妬まれている。
とりわけ、知に走り、二言三言多いところのある三成は最大の妬みの対象になっている。
妬む者が三成に向ける言葉はほぼ決まっている。
曰く「ろくに戦場で武功を立てたことのない者が偉そうに」
秀吉は今回の事で武功を立て、そいつらを黙らせろと言っているのである。
そのために、これ以上ない機会を三成に与えたのだ。
そのことが三成には十分過ぎるほど、伝わっている。
だからこそ、重圧になっているのだ。
0
あなたにおすすめの小説
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
焔と華 ―信長と帰蝶の恋―
幸
歴史・時代
うつけと呼ばれた男――織田信長。
政略の華とされた女――帰蝶(濃姫)。
冷えた政略結婚から始まったふたりの関係は、やがて本物の愛へと変わっていく。
戦乱の世を駆け抜けた「焔」と「華」の、儚くも燃え上がる恋の物語。
※全編チャットGPTにて生成しています
加筆修正しています
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる