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彼女視点
後編
しおりを挟む今日は別れ話をしてから五日後、私はまだ慧くんのマンションにいた。いや、正確には閉じ込められた。
最初の三日までは暴れに暴れ、何とか逃げ出そうとした。だけどスマホも財布も奪われ、逃げ出さないようにされた。慧くん自身も大学を休み四六時中私の傍にいるから、もうなるようになれと自暴自棄になってしまっていたのかもしれない。
そして昨日の夜、慧くんと話をした。
別れないからスマホと財布を返して欲しいこと。
ちゃんと大学に行くこと。
別れないと言った私に慧くんは心底ホッとしたような顔をして、今日はちゃんと大学へ向かった。
スマホを見ると予想通り職場から何度も電話がかかってきている。五日間中二日は休みだったけど、三日も無断欠勤してしまったから当たり前だ。
誠心誠意謝り、何とか許してもらえたけど迷惑をかけたことを思うと出勤しづらくなってしまった。
取り戻したスマホと財布をバッグにしまい、預かっている慧くんのマンションの合鍵でドアを閉め自宅にノロノロと帰る。
あんなことをされた慧くんのことをまだ好きでいる自分が虚しくて、悲しかった。
なんだかとっても疲れていて、とても起きていられないと思ったけど何とかシャワーだけでも浴びようと脱衣場に向かった。
酷い顔。
顔色は更に悪く、やつれたように見える。
今日は早く寝ようと服を脱ぎ鏡を見たら、びっくりする数のキスマークがあった。
元々慧くんとはそんなにしていなかった。
ライトキスはしょっちゅうしてたけど、男の人に身体を触られるのが苦手と言った私を気遣ってくれたのか両手で数える位しかしていない。でも私はそれで満足だった。
だけどあの五日間は毎日抱かれた。
浮気をされたのも私がしなかったせいかもしれない。
そんなのは理由にならないけど、私にも悪いところはあったんだなと、鏡を見ながらボーっと考えていた。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
あれから一ヶ月半。
結局慧くんとは別れずそのままお付き合いしている状態。
でも半同棲はやめてきちんとお互い自宅に帰るようになった。慧くんは前より更にマメになり、仕事が遅くなる時は迎えにも来てくれるようになった。
正直慧くんのことは好き。大好き。
このまま全て許してしまえば、またあの幸せだった時に戻れるんじゃないかと考えてしまう。
だけど信じられるの・・・?
今は香水の匂いもキスマークもつけてこない慧くん。
でもそれが浮気していない証拠になんてならない。
信じたい、信じたいけどーーー。
今日は久々にうちで夕飯を食べようと言われ、あの日作れなかった海老とトマトの冷製パスタを作ってる。
あとはスパゲッティーニを茹でるだけ。
スープの味を確かめるために一口味見をした時だった。
強烈な吐き気に見舞われ、トイレに駆け込む。
ただ吐き気を催すだけで吐くものがない。
・・・あれ?私最後に生理きたのっていつだっけーー
慧くんとしたあの時、避妊は?
頭の中でぐるぐると考えても纏まらない。
慧くんはする時は当たり前だけど、ちゃんと避妊する人だった。あの時私は泣き喚いていたし色々キャパオーバーで記憶が定かでない。
サッと血の気が引いたことがわかる。
私は急いで支度をし、薬局へと走った。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
「この冷製パスタ美味しいね」
「オリーブオイルが効いてるでしょ」
「うん。上品な味がする」
私が観たいと言っていた映画のDVDを慧くんが借りてきてくれて、その映画を観ながら食事を楽しんだ。
デザートのゼリーを食べ、コーヒーを慧くんに差し出す。
「あのね、慧くん話があるの」
「うん。何?大事な話?」
「大事な話」
テレビに顔を向けていた慧くんは私へ向き直り真剣な顔つきになった。
言うんだ。私。
言わなきゃーー
ギュッと拳を握り、慧くんの瞳をしっかり見てゆっくりと言葉を紡いだ。
「私ね、実家に帰ることになったの」
「実家・・・?」
「うん。お母さんがね、あ、うち離婚してるって前言ったでしょ?それでね、お母さんの体調が悪くて暫く面倒見なくちゃいけなくなったの」
「・・・それっていつまで?」
「ハッキリとはわからない。だけど頼れるのは私しかいないから、仕事もやめてお母さんについていてあげようって思う」
「・・・じゃあ俺たち別れるの?」
「・・・その方が慧くんにとってもいいと思う」
最後までしっかり言わなきゃって思ってたのについ俯いてしまう。
「俺は・・・!」
「あのね、慧くん。慧くんはまだ大学生でこれから先いっぱい色々なことがあるでしょ?だから私の都合に合わせて欲しくないの」
「でも俺は梨衣と一緒にいたいんだ!」
「私も一緒にいたい・・・だからね、慧くんが就職して私も実家が落ち着いてそれでも一緒にいたいってお互い思ってたらまた一緒にいよう?」
「それまで会えないの・・・?」
「実家遠いから・・・なかなか難しいかもしれないけど会えるように努力する。だから慧くんは自分のために頑張って欲しい」
「・・・・・・わかった。俺絶対立派になって梨衣を迎えに行くから」
「うん。ありがとう」
にこりと微笑み、どちらともなくぎゅっと抱きしめる。
慧くん、ありがとうーー
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
次の日私は急いで部屋の荷物を纏め、職場に辞めることを伝えた。突然辞めることに驚かれたが、妊娠して実家に帰ると言ったら渋々了承してもらえた。何から何まで迷惑をかけて申し訳ない。
引越しトラックを手配し、必要最低限以外の荷物を運び入れる。時期外れだったからかトラックを手配できたのは奇跡だ。
その後スマホを解約し、新しい番号で契約をした。
慧くんには実家の住所をSNSで送ると言ったけど、伝えるつもりはない。
今でも慧くんが好き。愛してる。
だけど彼の真っ白な未来を私が縛っていいはずがないから・・・
それに私には愛する人との子がお腹の中にいる。
今もすくすくと育っているかと思うと、まだぺったんこなお腹をつい撫でてしまう。
大丈夫。私は頑張れるーー
ごめんね、慧くん。あの時本当は待ってるって言いたかった。だけど、これ以上嘘をつくことはできなかったよ。
私はこの子と生きていく。
慧くんも幸せになってーー
小さなキャリーを引き摺りながら、私は二度と振り返らなかった。
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