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侯爵家の行く末
しおりを挟むチェルシーが王城に上がってから一ヶ月程経った頃、相変わらず私は仕事ばかりしていた。いや、チェルシーが公妾になった事で更に仕事が増えた。
しかしこれを乗り切ればいつかチェルシーを妃に出来ると思うと俄然やる気が出た。
チェルシーとゆっくり会えないのは心苦しいが仕方がない。
今宵も残った仕事を自室でこなしていると、扉の外が騒がしくなった。
ノックと同時に扉の外から声がする。
「殿下!急ぎお耳に入れたい事があります!」
声の主はユーヴェだった。入室の許可を出すと慌てた様子のユーヴェは状況を説明し出した。
「わかった。お前はチェルシーの様子を見に行け。私がその女の所に行こう」
「なりません!兵士の報告では暴れていると!」
「もう拘束されているのだろう?それにチェルシーには知られたくない。心配しなくても近衛はちゃんと連れて行く」
それだけ言うと私は自室を後にし足早に女の元へ向かった。
ユーヴェの前では冷静さを保っているように見せたが、もしチェルシーが襲われていたらと考えると、心臓はバクバクと脈打ち冷や汗が止まらなかった。
女は牢に入れられていた。
かなり暴れた事と、正気ではなかったようで薬を打たれ眠っているとの事だった。
拘束した兵士によると何度もチェルシーを殺すと叫んでいたらしい。
寝ている女の顔を確認すると、驚いた事にチェルシーの婚約者・・・いやもう一応旦那か。あいつの妻だった。
「他にも何か言っていたか?」
「あの女さえいなければ、とかあの女のせいで、とも言っていましたが・・・」
「ふむ・・・」
チェルシーが王城に住む事になって一番利益を得ているのはこの女のはず。
侯爵家で何かあったのか・・・。
「今すぐ侯爵家に使いを送って呼び出せ。妻を預かっている事も伝えろ」
告げられた兵士は頭を下げ、去っていった。
私も自室に戻る為牢を後にする。
そしてチェルシーに伝えるか迷いながら、侯爵の到着を待った。
到着した侯爵は一人ではなく、息子のレスターも一緒だった。
二人は顔を真っ青にし、侯爵は入室した途端床に頭をつけた。
「此の度は・・・!嫁が申し訳ない事を・・・!!」
「侯爵、私は謝罪の為に呼び出したのではない。あの女はチェルシーを害そうとしていた。なぜそうなったのかわかるか?」
「は、はい・・・おそらくですが・・・」
「今すぐ話せ」
侯爵はゆっくりと言葉を選んで話し出した。
しかし全ての説明を聞いても私には嫌悪感しか沸いてこなかった。
「・・・レスター殿の番がチェルシーだから何なのだ?」
「殿下、お言葉ですが竜というのは・・・」
「本能が求めているから何だというのだ?マンユー嬢を正室にしたのは侯爵家だろう。マンユー嬢がああならないように出来たのではないか?」
黙った侯爵ではなくレスターに顔を向けると、彼は俯いていた。
「レスター殿はその“覚醒”前にチェルシーに酷い扱いをした自覚はあるのか?」
「・・・・・・・・・はい」
「では今更虫が良すぎるのも理解しているな。そして自分の都合しか考えていない事も」
「しかし・・・!」
言い返そうとしたのか、レスターは顔を勢いよく上げた。
「しかしも何もない。君が選んだ女性はマンユー嬢だ」
チェルシーではない。
全てを言わなくてもわかったのだろう。レスターは再び俯いた。
「門で取り押さえたとはいえ、害をなそうとしていたのは明白だ。何らかの罰は下るだろう。ただ、私からの要望を飲むなら取り持つ事もできる」
そう言った私の言葉にすぐ反応したのは侯爵だった。
「な、何でも致します!殿下の仰る通りに!」
「侯爵、その言葉忘れるでないぞ。私からの要望は一つだけだ。チェルシーが離縁を望んだらすぐに受け入れる事、だ」
「離縁・・・?」
侯爵の籍に入れておくのは腹立たしいが、今離縁してもチェルシーは何処かの貴族と結婚させなければ公妾でいられなくなる。
全く、厄介な法律だ。
「そんな事でいいのでしたら、すぐにでも致します!」
「父上!!」
「今すぐではない。まだ時間が必要だ。だが必ず離縁はして貰う」
「わかりました。チェルシー嬢が仰ったらすぐに離縁致します」
「父上!僕は認めません!!」
今にも食って掛かりそうな勢いでレスターは侯爵に詰め寄る。
「君の意見は聞いていないよ」
「本人が嫌がっているのにこれは横暴でしょう!!」
「レスター!」
「チェルシーは正室のいる君との結婚は嫌だと言っていた。それは横暴じゃないのかい?」
素直にチェルシーと結婚していれば普通の夫婦になれたのに、不貞をしたのはどこのどいつだと言いたい。
「多額の持参金も手に入れた。君は最愛の人を正室にした。これ以上望むのはおかしくないか?」
「それは・・・!」
「レスター、いい加減にしなさい。このままでは我が家は終わりだ。殿下の仰る通りにするんだ」
「・・・・・・」
最後まで納得のいかないような顔をしていたが、侯爵がそれ以上は言わせなかった。
だが竜の番本能というのはなかなか厄介な物らしい。一刻も早く離縁させたい所だ。
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼
殿下と父が何かを話しているが、既に僕の耳には入ってこなかった。
離縁・・・そうなると、僕とチェルシーを繋ぐものは何もなくなってしまう。
この一ヶ月の間も苦しくて堪らなかったのに、これが一生続くのか・・・?
嫌だ・・・チェルシーと離れるなんて・・・
「マンユーは明日、領地に送り病院に入れる事になった」
気付いたら僕たちは馬車の中にいた。
マンユーって誰だ・・・あぁ、あの女か。あの女がチェルシーを殺そうとしたから僕とチェルシーは離れ離れになってしまうんだ・・・。
あの、女のせいで・・・。
「そう、ですか」
「その領地にはお前も行け」
何を言っているんだ?
どうして僕まで王都からーーチェルシーから離れなければならないんだ?
「私が判断を誤った。今すぐに隠居は無理だが、幸いにもお前たちの息子がいる。中継ぎをしてくれる人を探しーー」
「待って下さい。なぜ、なぜ僕も領地に行かないといけないんですか?」
父は眉間に皺をギュッと寄せた。
何かおかしい事を言っただろうか?
「お前がチェルシー嬢の近くにいるのは危険と判断したからだ。いつか離縁するんだ。慣れるしかない。いや、慣れなさい」
「そんな・・・!僕はチェルシーがいないと・・・!」
「殿下の言う通り今更なんだよ!レスター!」
父は真っ直ぐ僕を見つめてくる。
まだやり直せるかもしれないという僕の甘い考えを見透かしているかのように。
「悔やみ切れない程悔やんでも時間は戻らないんだ。それが私たちが選んだ道なんだよ」
『君が選んだ女性はマンユー嬢だ』
殿下に言われた言葉が頭に響く。
そうか、僕はもうチェルシーに会えないんだ。
二度と。
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