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竜の血の覚醒

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マンユーとの子が生まれ、僕は幸せの絶頂にいた。
生まれたのは男児だったから跡継ぎになるのはほぼ決定だ。
愛する人と子供三人で幸せな日々を暮らしていた。

しかしあと一ヶ月もしたら彼女がやってくる。

「はぁ・・・チェルシーさんの輿入れ、もうすぐよね・・・」
「マンユー・・・すまない。僕が不甲斐ないばかりに・・・」

マンユーは子供を抱きながら顔を俯かせる。

「ううん、レスターのせいじゃないもの。ただ私怖いの。この幸せな生活があの人によって壊されてしまうんじゃないかって・・・」

僕もその事はずっと心配していた。
チェルシーが僕を愛していない事はわかっているが、子供の頃から侯爵夫人となるべく育てられた人間だ。
彼女の矜持が僕たちの関係を壊そうとするかもしれない。

だから考えた。どうやって彼女を愛するマンユーと子供から引き離せるかを。

「その事なんだけど、チェルシーには領地へ行って貰おうかと思ってる」
「領地へ?」
「あぁ。チェルシーの為に離れを作る金は勿体ないし、領地に引きこもらせていれば君や子供に手出しは出来ないだろう?社交には正室である君が出るのだし、態々王都にいる必要はない」
「まあ!いい考えだわ!さすがレスターね!」
「愛するマンユーの為さ。君の為なら何でもするよ」

マンユーは幸せそうに微笑み、僕の頬にキスを落とす。

「私も大好きよ、レスター。ずっとずっと一緒にいてね」
「僕もだよ。君が嫌がったって離さないからな」

二人で微笑み合い、幸せを噛み締めていたた。



輿入れまであと一週間という時、チェルシーから話があると言われた。
こんな輿入れ間際になってまた話とは。
我が家からすればチェルシーの持参金が目当てなんだから、ただ黙って嫁いでくればいいものをと思いつつ仕方なく時間を作った。

「話とは何かな?」

久しぶりに会ったチェルシーは随分と綺麗になっていて驚いた。
見た目だけじゃなく、内側から輝いて見えた。

「私、こちらの家に嫁いだらそのまま王太子殿下の公妾となりたいのです」
「王太子殿下の?」

夢物語を話しているのかと最初は思ったが、詳しく話を聞くとどうやら疑似恋愛の相手が王太子殿下だったらしい。
そしてその王太子殿下に公妾にと望まれた為、僕とは紙の上だけの婚姻を結びたいと。

元々式は挙げるつもりはなかったし、公妾となるのならこの屋敷には住まない。
しかも王太子殿下の公妾を我が家から出すとなれば、王族から何かと優遇して貰えるだろう。

僕は一二もなく頷いた。
一週間後に提出するからと婚姻証明書にお互い自分の名前を記入し、王城に上がる前に提出しておくと言うチェルシーに預けた。

これで僕やマンユーの幸せは守られると一安心していた。


その話を聞いた次の日、僕は突然の高熱に倒れた。
全身の血が沸騰したように熱い。
今まで経験した事のないような状態に、マンユーは酷く狼狽えていた。

そしてその様子を見た母は驚きに固まっていた。

「母・・・上?」
「そんな、そんなまさか。そんなわけないわ!」

母は首をゆっくり左右に振り、顔色は酷く悪かった。
しかしそれ以上に苦しんでいる僕には何もしれやれる事はなく、僕はベッドの中で意識を失った。





どの位眠っていたのだろうか。
僕はふと目を覚ました。
誰かに手を握られている感覚を覚え、そちらに顔を向けるとそこには心配そうな顔をしたマンユーがいた。

「レスター!良かった、目が覚めたのね!私心配して・・・」
「ー・・・るな」
「え?」

何なんだ。
マンユーに触れられている手が気持ち悪くて仕方がない。

「僕に・・・触るなと言っている!」

バッと手を振りほどくとマンユーは驚きに目を見開いていた。

「ど、どうしちゃったの?レスター」
「うるさい。お前の声は不快だ。聞きたくない」

自分でも自分がわからない。
あんなに愛していたマンユーが吐き気を催す程、気持ち悪くて仕方がないんだ。

涙を目にいっぱい溜めているマンユーを以前のように抱きしめてあげたいとも思わない。

以前は拭っていてあげたその涙を触る事など穢らしいと感じていた。

「泣くなら他所で泣いてまくれ」
「酷い・・・!」

僕の大声で目を覚ました事に気付いたのか、両親が部屋に飛び込んできた。

「レスター!良かった、目が覚めたんだな」

喜ぶ父とは対照的に母はガックリと項垂れていた。

「レスター・・・貴方、やはり覚醒してしまったのですね」

聞き覚えのない言葉に眉を寄せ母を見る。

「覚醒とは・・・一体何なのですか?」
「こんな事初めてだわ・・・なぜ、なぜうちの子が・・・」

動揺しているのか、母と真面に話ができない。イラッとした僕は楽になった身体をベッドから起こし、母に詰め寄った。

「母上、一体何なのですか!?」

肩を掴まれハッとしたのか、母はおそるおそる顔を上げると少しずつ説明を始めた。


母と僕に流れる竜の血は、今まで一等身迄にしか竜の特性は受け継がれなかった歴史があるらしい。
その子は幼い時に高熱を発し、その熱は一週間は続くという。
その際瞳の色がシルバーに変わるのが覚醒した証とされていた。
血が覚醒すると竜と同じような特性がある人間になるのだそうだ。

しかし人間の血の方が強いのか、母や僕のようにどんどん血が薄まると普通の人間と変わらない事。
なのに僕が高熱を発した時、瞳の色がシルバーに変化していて母も聞いた事もない状況に驚いたという。
僕の瞳は今もシルバーのままだ。

覚醒など起こるはずがないと母は何度も泣きそうな顔になりながら言っていた。

「覚醒すると・・・どうなるのですか・・・」

僕は母の説明に納得していた。
今までとは何かが違う。身体の中が全て作り替えられたような奇妙な感覚があったからだ。

「竜に変化できたり、寿命が延びたり・・・竜と変わらない特性をもつ子もいれば、何か一つしか受け継がなかった子もいるらしいわ」

母は隣国の出身だ。隣国は竜の国と言われているが、実際竜の血は殆ど失われており母が一番竜の血を濃く受け継いでいると言われていた。

その母でさえ覚醒しなかったのに。

「マンユーに触られると気持ちが悪くなったのも・・・竜の血のせいですか・・・?」

横目でマンユーを見るとマンユーはビクリと身体を振るわせる。
今はマンユーを見ても何も感じない。そこら辺にいる人と同じにしか見えなかった。

「そう・・・マンユーさんは貴方の番ではなかったのね・・・」
「番・・・?」
「ええ。本能で求める相手というか・・・番でなければもう二度と子は成せないと聞いているわ」
「そんな・・・!」

マンユーは悲愴な面持ちで叫んだ。

「でもおかしいわ・・・例えマンユーさんが番じゃなくても、番の存在を知らなければ拒否反応は出ないはず・・・」

母の言葉に僕はハッとした。
その時頭に浮かんだ人物はーーチェルシーだった。

「母上!チェルシーは、チェルシーは何処ですか!?」
「えっ。チェルシーさんは昨日王城に上がったと思うけど・・・」

そうだ、チェルシーは王太子殿下の公妾になると言っていた。
そしてその許可を出したのは僕だ。

「すぐっ・・・すぐに迎えに行きます!」
「レスター!?何を言っているんだ!無理に決まっているだろう!」

部屋を飛び出そうとする僕に今まで黙っていた父が止めにかかる。

「嫌だ・・・嫌だ・・・!チェルシー・・・!チェルシーが僕の番なんだ・・・!!!」

父や執事に羽交い締めにされながら僕は絞り出すような声で叫んだ。

僕の言葉にその場にいた全員が愕然とした。
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