正室になるつもりが側室になりそうです

八つ刻

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彼の正体

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レスター様とマンユー様が結婚してから半年以上経った。
二人の仲も好調で、お腹の子も臨月を迎えているらしい。
正直、どうでもいい。

「で?バルサとはどうなの?」
「どうって・・・」

今日はヴィラが遊びに来ている。
バルサ様との事は勿論報告してあるけど、ヴィラはバルサ様の従妹だから何だか恥ずかしい。

「じゃあハッキリ聞くわね。好きなの?」
「・・・・・・わかんない」

嘘、本当は好き。
だけど想い合っていないとはいえ、バルサ様には奥様がいるんだ。この気持ちは一生誰にも告げてはいけないものだと思う。

じっと私の顔を見ていたヴィラははぁ、と嘆息した。

「チェルシーって本当に顔に出やすいわよね。貴族令嬢としてどうなのかしら」
「え!?」

私が両手を顔に当てるとヴィラはフッと笑った。

「で、恋を知ってどう思った?」
「楽しくて・・・この先の事を思うと・・・辛い」
「レスターの家に嫁ぐのは?」
「すごく・・・凄く嫌」
「・・・バルサとどうなりたい?」

どうにもならない、どうにもならない事はわかってる。でも・・・

「一緒に・・・いたい・・・」
「よしよし。チェルシーの素直なとこが大好きよ。でも、世の中本当に上手くいかないわねぇ」

バルサ様には既に奥様がいて、私は側室に入る事が決まっている。私たちが一緒にいられる道はない。
それにバルサ様だって期間限定だから恋人役を引き受けてくれたんだ。
勝手に好きになられて迷惑だろう。

「まぁバルサ相手なら公妾っていう道もあるけど」
「え?公妾?それって王族だけに認められてるんじゃ・・・」
「何言ってるのよ、バルサは王太子よ?王族じゃない」

ーーーーはい?

「お、お、王太子・・・殿下?聞いてない・・・」
「えっちょっと待って、チェルシー。貴女、まさかわかってなかったの!?」

言われてみればそうだ。
バルサという名前、プラチナブロンドヘア、そして王族特有のロイヤルブルーの瞳・・・!

今まで社交界でも遠くからしか見た事なかったとはいえ、気付かなかったなんて自分で自分が信じられない!
何よりヴィラの父は王弟殿下。
なぜもっと早く気づかなかったの!?

ヴィラには呆れた顔で「本当にレスターしか見てなかったのね」と言われてしまった。

「どうしよう、ヴィラ!私、王太子殿下に色々やらかしてしまったわ!」
「やらかすって・・・。大丈夫よ、バルサはそんなに小さな男じゃないわ」
「それに王太子妃殿下にも酷い事を!」
「あぁ、バイヤン妃は気にしてないと思うわよ」

どうしよう、どうしようと狼狽える私にヴィラは「落ち着きなさい」と肩に手を置いた。

「今慌てたってしょうがないでしょう?」
「そうだけど・・・!私不敬罪とかになったりしないかな!?」
「ないわよ。チェルシーの話を聞いてる限りバルサも態と明言を避けたんでしょう?貴女だけが悪いんじゃないわ。まぁ王太子の顔もわかってない貴族令嬢がいるなんてびっくりだけど」
「ゔ・・・」

全くもってその通りです、と肩をガクリと下げた私にヴィラはくすりと笑った。

「じゃ、行きましょうか」
「え?何処へ?」
「決まってるじゃない、王城よ」

乗り込むわよ~!と楽しそうに馬車へ向かうヴィラを止める手立ては私にはなかった。



王城の門で兵士に何を言われるかビクビクしていたけど、ヴィラの顔を見た途端何も言われず通されてしまった。王弟殿下の娘は違う。

「ねぇヴィラ。バル・・・王太子殿下は忙しいから急に行っても会えないんじゃないかしら」
「あら大丈夫よ。なぜかわかる?」
「?いいえ、わからないわ」
「全く、全然伝わってないじゃない。これはバルサに喝を入れなきゃいけないわね!」

鼻息荒く意気込むヴィラに若干引いていると、一人の男性が近寄ってきた。

「あらユーヴェ。貴方が迎えに来るなんて今は暇な時間なのかしら?」

ユーヴェと呼ばれた男性は眼鏡を掛けた知的な男性だった。

「こんにちは、ヴィラ嬢。私は貴女の為じゃなく、隣の淑女レディの為に迎えに来たんですよ」
「あら。それなら早く案内して下さる?貴方がそんなだからバルサの仕事がいつまで経っても終わらないのよ」

なぜか言い合いを始めた二人を私は呆然と見つめる。
ユーヴェ様の笑顔が引き攣っているように見えるのは気のせいだろうか。

「殿下を呼び捨てにするのはおやめ下さいと何度も申し上げたはずですが」
「本当に煩い男ね。もういいわ。チェルシー、行きましょう。どうせ今は執務室にいるはずだから」

ヴィラは私の手を取り、王城の長い廊下をズンズンと進む。後ろからユーヴェ様の声がしているけど、完全無視だ。

「いいの?ヴィラ。ユーヴェ様が・・・」
「いいのよ、あんな人。どうせすぐ追いつくわ」

心做しか拗ねたような声で話すヴィラの横顔をじっと見つめているとキッと睨まれてしまった。
ヴィラ・・・貴女もしかして・・・

そんな事を考えていると、ヴィラの言う通りユーヴェ様はすぐに私たちに追いついた。
歩きながらお互い自己紹介を済ませる。

「ユーヴェ様はバ・・・王太子殿下の側近なのですね」
「ええ。幼なじみでもあります。因みにそちらにいる可愛げのない女性も幼なじみですね」
「あら、誰の事を言っているのかさっぱりわかりませんわ」

このやり取りはいつまで続くのかとゲンナリし出した時、王太子殿下の執務室の前に到着した。
ユーヴェ様がノックをし、入室の許可を貰ってから扉を開ける。
ドキドキと胸が高鳴って、初めて殿下に会った時を思い出した。


入ってすぐ目につく執務机に殿下は座っていた。
私がいるからだろうか、困ったように笑い座っていた椅子から立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。

いつも着ていた服装とは違い、サーコートを着てその胸元にはたくさんの紋章が飾られている。その一つにはこの国の王族しか着けられない紋章が確かに飾られていた。

「遂にチェルシーに知られちゃったか」
「知られちゃった、じゃないですわ。チェルシーも大概だけど、バルサもなぜ黙っていたの?」

私を庇うようにズイッとヴィラは私の前に歩み出た。

「まあまあ二人とも。とりあえず座りましょう」

ユーヴェ様の一言でそれぞれソファに腰かける。侍女がお茶の準備をし、退室したのを見計らってヴィラがまた口を開いた。

「で?なぜなの?」
「う~ん、最初はわかってて知らないフリをしてるのかと思ったんだけど・・・本当に知らなかったみたいで言う機会を無くしたって感じかな」
「呆れた・・・」

ヴィラはその言葉通り、呆れた顔をしていた。

「あ、あの・・・私殿下に今まで失礼な事ばかりしてしまって・・・」
「チェルシー・・・もうバルサとは呼んでくれないの?」

眉を下げ、少し悲しそうな顔をしながら殿下は言った。

「畏れ多いです!疑似恋愛の事もですが、お忙しい殿下のお手を煩わせてしまって本当に申し訳ありませんでした!」

勢い良く頭を下げると沈黙が続き、居た堪れなさにゆっくり頭を上げる。

「・・・それはもう恋人ごっこはお終いという事?」
「!・・・・・・はい、これ以上ご迷惑をお掛けするわけにはまいりませんから・・・。あの、ありがとうございました」
「・・・」

再び沈黙が訪れ、どうしたものかとヴィラを見つめる。「仕方ないわね・・・」と歎息したヴィラはユーヴェ様をチラリと見た。

「ユーヴェ、わたくし話があるの。少しいいかしら」
「え?」
「そうですね。実は私もこの際言っておきたい事があります。他の部屋で話しましょう。殿下たちは庭園の散歩でもしてきて下さい」
「あ、あの、ちょっと」

二人は止める私を気にもせず執務室を出て行ってしまった。
残されたのは私と殿下だけ。おそるおそる殿下を見ると、殿下は微笑んでいた。

「じゃあちょっと散歩でも行こうか」
「はい・・・」
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