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怒りの親友

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屋敷に戻ってきた私はレスター様から聞かされた話を頭の中で繰り返していた。

『卒業後、側室として我が家に入って貰う』

卒業・・・残りあと一年と二ヶ月程。
その後私は一生マンユー様の影として生きる事になる。
子供がいるというだけで。

そう考えているとフツフツと怒りが沸いてきた。
親の言う通りに婚約し、その婚約者が不貞をしたのも咎めず、あまつさえ婚約者だった方を側室にする侯爵家。そしてそれを認める伯爵家。

いくら女性の地位が低いとはいえ、なぜここまで我慢せねばいけないのだ。

レスター様とマンユー様は愛し合っていると言っていた。それなら嫁いだ後の私の生活はきっと針の筵だろう。

それならば。
残りの一年と二ヶ月。私だって好きに生きたって罰は当たらないのではないか。
さすがに他の男性と閨を共にする事はできないが、せめて好きな人ができたらーー政略によって諦めていた、男女が想い合う幸せな気持ちを私も経験してみたいと思った。



だけど恋や愛がそこら辺に転がっているわけがなくて・・・

通い慣れた学園の中庭のベンチで私はボーッと行き交う生徒たちを眺めていた。

今まで親が言う通りレスター様だけを見続けていた私は、思いの外レスター様の見た目は整っているのだと初めて知った。
レッドワインの髪に少しだけ上がっているけど優しそうなゴールドの瞳。鼻梁はスっと通っていて形のいい薄めの唇からは低くて耳に心地良い言葉を紡ぐ。

学園の男子生徒たちを普通とするならば、レスター様の容姿はかなりの上位に入るのだろう。そんなレスター様に見慣れてしまった私では、見た目から選ぶ事もできなかった。

「溜息なんて吐いちゃって。何かあったの?」

気付いたらベンチの隣には親友のヴィラが座っていた。

「あぁヴィラ。ううん、何でもないの」

ヴィラは公爵家の長女。学園に入ってから仲良くなった。彼女は公爵家なのに身分関係なく良くしてくれる、とてもできた人間だ。私と同い年で卒業後は隣国の王太子に嫁ぐ事が決まっている。

「嘘。チェルシーの顔には何かありましたってハッキリ書いてあるわ!わたくしには話せない事なの?」
「そういうわけじゃないけど・・・」

今ヴィラに伝えなくてもいつかは知られる事だ。だけど心配してくれるヴィラには言い難い事だった。

「チェルシーがそんなに話したくないのなら無理には聞かないけど・・・わたくしたち、こうして過ごせるのもあと一年しかないのよ?折角なら楽しく過ごしたいじゃない」

卒業後に隣国へ、しかも未来の王妃として嫁ぐヴィラとはなかなか会えなくなるだろう。

「ヴィラ・・・」
「やだ、泣かないで?チェルシーは笑ってる方が素敵よ」

私の眦をスっと撫で、微笑んでいるヴィラは本当に綺麗だった。

誰も私の境遇に悲しんでくれる人はいなかった。実母であり、同じ女でもある母でさえ「仕方ないわね」の一言で終わった。
だけど、だけどヴィラだったら・・・

「あの・・・ね・・・」

私はポツリポツリと話し出した。
婚約者が他の女性を妊娠させた事。そして私が側室になる事。
両親も特に反対もせず受け入れた事。
だからせめて、結婚する前に一度くらい恋してみたかった事ーー。

ヴィラは黙って私の話を静かに聞いてくれた。話している間、どうしてもヴィラの顔を見ていられなくて下を向いてしまっていた私は、話し終わっても静かなヴィラを不審に思った。

「ヴィラ・・・?」

恐る恐るヴィラに顔を向けると、ヴィラの顔は鬼のような顔になっていた。

「ひっ!・・・ヴィラ、大丈夫?」
「大丈夫なわけないでしょう!?貴女こそ何でそんなに落ち着いてるのよ!」

こんなに大声を出すヴィラは初めてで、私はポカンとしてしまった。

「ええっと・・・決定事項って言われたから・・・」
「何が決定事項よ!明らかな不貞行為をしといて何様のつもりなの!?許せないわ!」

一緒に悲しんでくれるかとは期待していたけど、まさかここまで怒るとは想像していなかったので私は慌ててヴィラを落ち着かせる。

「落ち着いて。もう変えられないのなら私は受け入れるから」
「貴女もそんな簡単に受け入れるから周りが調子乗るのよ!!」
「別に簡単に受け入れたわけじゃ・・・」

下を向いた私にヴィラはハッとして眉を八の字に下げた。

「ごめんなさい。たくさん考えて決めたのよね・・・言い過ぎたわ」
「う、ううん。ヴィラが私のために怒ってくれている事はわかってるから・・・ありがとう」
「チェルシー・・・」

少し涙目になりながらヴィラは私を抱き締めてくれた。

「よし!!わたくしに任せて」
「え?」
「その恋ってやつよ!無駄に顔が広い知り合いがいるの!わたくしに任せて!」
「え?え??」

何やらやる気になっているヴィラに週末の予定を空けておけと念入りに言われ、私は頷くしかなかった。
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