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第2章
第45話 『休日デート大作戦』決行
しおりを挟む7月の初め。今日はサラの誕生日だ。
サラは今日、アルティアに休みをもらっているけれど、朝9時にアルティアの部屋に来るようにとの命令を受けていた。
アルティアの部屋では、ママ・シュリの孫のソフィさんが、化粧道具をこれでもかと取り揃えて待っていたことだろう。
ぼくはマリアベルの給仕があるので、様子を見に行けなかったけど。
レシド先生は、11時半に来る予定だ。
ぼくの呼び出しなので、ぼくが対応する。
ちゃんと対応できるよう、11時半から休憩を取れるようにマリアベルのスケジュールを調整した。
これで、サラのおめかしした姿を見ることができる。
ぼくはサラへのプレゼントの帽子の箱を持って、玄関ホールへやってきた。
あと少しでレシド先生がやってくる時間だ。
そして、
「今日は呼んでくれてありがとう」
レシド先生がにこにこと言う。
レシド先生は、これから『休日デート大作戦!』が決行されることを知っている。
アルティアと相談して、レシド先生に計画を伝えたのだ。
昨日、おとといは会えなかったので、至急連絡用の手紙を出した。
レシド先生は、いつもと違って、ちゃんと貴族っぽい格好をしている。
深緑の髪も、きっきりとまとめ、前髪も後ろに撫で付けてある。
すごく格好いい。
ちゃんと教えてよかった。
「ただ、もう少し早く教えてほしかったよ。プレゼントやお店の手配が大変だった」
と、先生は汗を拭う仕草をする。
「好きな人の誕生日くらい自分で事前に調べなきゃだめですよ」
「はは。本人に聞いても、『もう過ぎちゃいました』って言うからさ」
サラめ。変なところで遠慮したな。
そして、レシド先生。
好きな人、って否定しないんだね。
大人の余裕を感じるよ。
コツ、コツ、と音がして、ぼくとレシド先生は階段を見上げた。
そこには、螺旋階段をゆっくり降りてくるサラの姿があった。
白いドレスも、複雑に編み込んであるらしい髪型も、似合っていてきれいだ。
サラの後ろを少し離れ、アルティアとソフィさんが降りてくる。
ミハエルはいないようだ。
アルティアはぼくと目があうと、グッと親指を立てて笑った。
ぼくも合図し返す。
やがて、サラが階段を完全に降りきって、レシド先生の前にやってきた。
サラ、すごく顔が真っ赤だ。
あれ、レシド先生が無言。──固まっちゃってるよ。
ぼくは先生の上着をちょい、と引っ張る。
「さ、サラさん、すごくきれいだ……」
「あ、ありがとうございます……」
あらやだ、大人の余裕なんてなかったね。
二人はカチコチに固まっているので、とりあえずぼくは、箱から帽子を取り出してサラの頭に乗っけた。
「? ジェシーくん?」
「ぼくからのプレゼントだよ」
「わぁ、帽子!素敵ね……ありがとう!」
「どういたしまして。サラ、すっごくきれいだよ!デート楽しんできてね」
「あ、あう………」
「レシド先生、サラをよろしくお願い致しますね」
アルティアが先生に言う。
「はい。大切に、お預かり致します」
アルティアがサラに微笑む。
「行ってらっしゃい。サラ」
「行ってまいります、お嬢様」
「サラさん、お手をどうぞ」
「は、はい……」
サラは先生にエスコートされ、屋敷のドアをくぐる。
ポーチには、馬車が待たせてあった。
ああ、先生も貴族なんだよなぁ、と再認識する。
あの馬車でどこに行くのかな?
先生とサラが馬車に乗り、屋敷を離れていく。
ぼくらは手をふってお見送りした。
「いいなぁ」
と、アルティアが小さく言った。
ぼくとデートしますか?と、口にしかける。
そんなことは許されるはずもない。
アルティアがデートをされることがあっても、その相手はぼくじゃない。王子殿下だ。
だから、
「アルティア様も、いつか王子殿下とできるといいですね」
そう言うしかない。
「そうね………」
そういえば、王子殿下はあれから一度も訪ねて来ない。
アルティアも王宮へは行っていない。
手紙のやりとりは、時々しているはずだけど………
「サラ、すっごくきれいでしたね」
「ええ、頑張ったもの。ね、ソフィさん」
「はい。自信を持って送り出せたわ!…です」
ソフィさんはあまり敬語が得意じゃないみたいだ。
あはは、と苦笑いしている。
と、アルティアがぼくの隣に来て、手を繋いできた。
「どうか、しましたか?」
どぎまぎと、アルティアの顔を伺う。
「ねぇ、ジェシー。もし、私が……」
「あ!いた!ジェシー!!」
マリアベルだ。
走ってきたその勢いのままぼくの腕に絡みついてくる。
「もうっ、探したんだよ?」
「マリアベル様、少しお待ちください。アルティア様のお話の途中です」
「えー。ジェシーのご主人様は私だよ? 私を優先するのが普通じゃない?」
「ぼくは公爵家の使用人ですので、アルティア様もご主人様です」
「でも私の従者じゃん!」
「アルティア様、すみません。お話の途中でしたよね?」
「え、あ、ああ。もういいのよ」
「ですが……」
「行ってちょうだい。協力してくれてありがとう、ジェシー」
「……はい。それでは、失礼します」
ぼくはマリアベルに引っ張られていく。
アルティアは何を言いかけていたのだろう?
「マリアベル様、何かご用で? ぼくはいま休憩中なんですが」
「休憩中? なら、ちょうどいいじゃん。パパがポニーを買ってくれたの。一緒に見に行こう?」
「マリアベル様、休憩時間が正当に与えられることは、使用人の権利かと思いす」
「この時代に権利意識もなにもないでしょ」
「この時代……?」
権利意識に時代も何もないと思うけど。
「とにかく行こ!ジェシーも乗せてあげるから。絶対楽しいよ!」
ハァ。
こうなるとついていくしかない。
あとでしっかり休憩時間を確保してやる。
「あ、そうだ!」
マリアベルがいきなり立ち止まるから、ぼくはぶつかりそうになる。
「何か?」
そう言いきらないうちに、マリアベルはぼくの従者服の袖をたくし上げてきたのでギョッとする。
「あれ? 傷がない」
あー、そういえばミハエルがそんなこと(録画機の中で)言ってたな。
顕になったぼくの手首には、アルティアが巻いてくれた青いリボンがあるだけだ。
「このリボンに隠れてるのかな?」
マリアベルがリボンをはずにしかかる。
「ちょ、何するんです!やめてください、これは大事なものなんです」
「やっぱり隠してるんだね? 大丈夫だよ? 見せてごらん?」
「何も隠していませんから!」
「じっとして。ね、見せて」
マリアベルはリボンを引っ張りにかかる。
「やめろ!!」
慌ててマリアベルの手を振りほどいた。
瞬間、はらりとリボンが舞う。
リボンが千切れたのだ。
地面に落ち行くそれを、愕然と見る。
「あっ、あー。ごめんね?」
「………」
「ほら、また買ってあげるから。ね? 何ならパパに頼んであげる」
「……用事ができましたので、これで失礼します」
ぼくはリボンを拾ってからその場を去る。
「え。ちょっと、ジェシー? え、怒ったの? あれだけで?」
そんなマリアベルの言葉を背中に受けながら、無視してずんずん歩いた。
『我が君、魔力が乱れております』
『大丈夫だよ、ノア』
ふーと、息を吐く。
魔力が乱れると、体に良くない影響が出る。
たとえば、高熱が出たり。
魔法が使えなくなったり。
角が生えたり。
それは困るので、とにかく心を落ち着ける。
「もう、無理。マリアベルの従者なんてやってられない」
いくら監視対象者とはいえ、側にいることがこんなに苦痛では、まともな監視なんてできない。
マリアベルは離れた場所からこっそり様子を伺うくらいがちょうどよかったのだ。
『辞めますか?』
『……マリアベルの後任の従者はいつ来るんだろうね』
『調べてまいりましょうか』
『いいの?』
『我が君の心の平穏のためですから』
『ごめん。ありがとう、ノア』
『いいえ。では、行ってまいります』
『うん』
ノアがぼくの影から離れていく。
はぁ、とにかく早く、マリアベルの後任の従者が来てくれることを祈る。
ちぎれたリボンを腕に結び直す。
結び目が増えたせいで少し不格好だけど。
ふぅ、と息をつく。
やっと少し落ち着いてきた。
「アルティア………」
ぼくは無意識のうちに、リボンにキスを落としていた。
その夜。
カーテンをあけ、月明かりを頼りにベッドで本を読んでいたところに、ノアが帰ってきた。
「どうやら、あと一ヶ月ほどかかるようですよ」
マリアベルの後任の従者の件だ。
「うぅ……長いよ」
ノアは、公爵の執務室にあった資料をこっそり見たらしい。
「後任の方は、現在他家に仕えているそうで、引き継ぎやらで時間がかかるみたいですねぇ」
「ぐぅぅ………」
「我が君、聞いておられますか」
「うん、聞きたくないけど」
ぼくは窓の外、少し欠けた月を見上げる。
「気晴らしに魔物狩りにでも行こっか」
「お供いたします、我が君」
ぼくらは簡単な装備を整え、影移動で魔物が出る森まで向かう。
馬車で2時間の距離も、影移動なら30分だ。
夜は夜行性の魔物が出てくる。
日中よりは凶暴なものが多いと聞く。
少しは楽しめそうだ。
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