ぼくの大切なお嬢様〜悪役令嬢なんて絶対に呼ばせない〜

灰羽アリス

文字の大きさ
上 下
46 / 50
第2章

第45話 『休日デート大作戦』決行

しおりを挟む

 7月の初め。今日はサラの誕生日だ。

 サラは今日、アルティアに休みをもらっているけれど、朝9時にアルティアの部屋に来るようにとの命令を受けていた。

 アルティアの部屋では、ママ・シュリの孫のソフィさんが、化粧道具をこれでもかと取り揃えて待っていたことだろう。

 ぼくはマリアベルの給仕があるので、様子を見に行けなかったけど。

 レシド先生は、11時半に来る予定だ。
 ぼくの呼び出しなので、ぼくが対応する。
 ちゃんと対応できるよう、11時半から休憩を取れるようにマリアベルのスケジュールを調整した。
 これで、サラのおめかしした姿を見ることができる。

 ぼくはサラへのプレゼントの帽子の箱を持って、玄関ホールへやってきた。
 あと少しでレシド先生がやってくる時間だ。

 そして、

「今日は呼んでくれてありがとう」

 レシド先生がにこにこと言う。

 レシド先生は、これから『休日デート大作戦!』が決行されることを知っている。
 アルティアと相談して、レシド先生に計画を伝えたのだ。
 昨日、おとといは会えなかったので、至急連絡用の手紙を出した。

 レシド先生は、いつもと違って、ちゃんと貴族っぽい格好をしている。
 深緑の髪も、きっきりとまとめ、前髪も後ろに撫で付けてある。
 すごく格好いい。
 ちゃんと教えてよかった。

「ただ、もう少し早く教えてほしかったよ。プレゼントやお店の手配が大変だった」

 と、先生は汗を拭う仕草をする。

「好きな人の誕生日くらい自分で事前に調べなきゃだめですよ」

「はは。本人に聞いても、『もう過ぎちゃいました』って言うからさ」

 サラめ。変なところで遠慮したな。

 そして、レシド先生。
 好きな人、って否定しないんだね。
 大人の余裕を感じるよ。

 コツ、コツ、と音がして、ぼくとレシド先生は階段を見上げた。
 そこには、螺旋階段をゆっくり降りてくるサラの姿があった。
 白いドレスも、複雑に編み込んであるらしい髪型も、似合っていてきれいだ。

 サラの後ろを少し離れ、アルティアとソフィさんが降りてくる。
 ミハエルはいないようだ。

 アルティアはぼくと目があうと、グッと親指を立てて笑った。
 ぼくも合図し返す。

 やがて、サラが階段を完全に降りきって、レシド先生の前にやってきた。

 サラ、すごく顔が真っ赤だ。
 あれ、レシド先生が無言。──固まっちゃってるよ。
 ぼくは先生の上着をちょい、と引っ張る。

「さ、サラさん、すごくきれいだ……」

「あ、ありがとうございます……」

 あらやだ、大人の余裕なんてなかったね。
 
 二人はカチコチに固まっているので、とりあえずぼくは、箱から帽子を取り出してサラの頭に乗っけた。

「? ジェシーくん?」

「ぼくからのプレゼントだよ」

「わぁ、帽子!素敵ね……ありがとう!」

「どういたしまして。サラ、すっごくきれいだよ!デート楽しんできてね」

「あ、あう………」

「レシド先生、サラをよろしくお願い致しますね」

 アルティアが先生に言う。

「はい。大切に、お預かり致します」

 アルティアがサラに微笑む。

「行ってらっしゃい。サラ」

「行ってまいります、お嬢様」

「サラさん、お手をどうぞ」

「は、はい……」

 サラは先生にエスコートされ、屋敷のドアをくぐる。

 ポーチには、馬車が待たせてあった。
 ああ、先生も貴族なんだよなぁ、と再認識する。
 あの馬車でどこに行くのかな?

 先生とサラが馬車に乗り、屋敷を離れていく。
 ぼくらは手をふってお見送りした。

「いいなぁ」
 と、アルティアが小さく言った。

 ぼくとデートしますか?と、口にしかける。
 そんなことは許されるはずもない。
 アルティアがデートをされることがあっても、その相手はぼくじゃない。王子殿下だ。

 だから、

「アルティア様も、いつか王子殿下とできるといいですね」

 そう言うしかない。

「そうね………」

 そういえば、王子殿下はあれから一度も訪ねて来ない。
 アルティアも王宮へは行っていない。
 手紙のやりとりは、時々しているはずだけど………

「サラ、すっごくきれいでしたね」

「ええ、頑張ったもの。ね、ソフィさん」

「はい。自信を持って送り出せたわ!…です」

 ソフィさんはあまり敬語が得意じゃないみたいだ。
 あはは、と苦笑いしている。

 と、アルティアがぼくの隣に来て、手を繋いできた。

「どうか、しましたか?」

 どぎまぎと、アルティアの顔を伺う。

「ねぇ、ジェシー。もし、私が……」

「あ!いた!ジェシー!!」

 マリアベルだ。
 走ってきたその勢いのままぼくの腕に絡みついてくる。

「もうっ、探したんだよ?」

「マリアベル様、少しお待ちください。アルティア様のお話の途中です」

「えー。ジェシーのご主人様は私だよ? 私を優先するのが普通じゃない?」

「ぼくは公爵家の使用人ですので、アルティア様もご主人様です」

「でも私の従者じゃん!」

「アルティア様、すみません。お話の途中でしたよね?」

「え、あ、ああ。もういいのよ」

「ですが……」

「行ってちょうだい。協力してくれてありがとう、ジェシー」

「……はい。それでは、失礼します」

 ぼくはマリアベルに引っ張られていく。

 アルティアは何を言いかけていたのだろう?

「マリアベル様、何かご用で? ぼくはいま休憩中なんですが」

「休憩中? なら、ちょうどいいじゃん。パパがポニーを買ってくれたの。一緒に見に行こう?」

「マリアベル様、休憩時間が正当に与えられることは、使用人の権利かと思いす」

「この時代に権利意識もなにもないでしょ」

「この時代……?」

 権利意識に時代も何もないと思うけど。

「とにかく行こ!ジェシーも乗せてあげるから。絶対楽しいよ!」

 ハァ。
 こうなるとついていくしかない。
 あとでしっかり休憩時間を確保してやる。

「あ、そうだ!」

 マリアベルがいきなり立ち止まるから、ぼくはぶつかりそうになる。

「何か?」

 そう言いきらないうちに、マリアベルはぼくの従者服の袖をたくし上げてきたのでギョッとする。

「あれ? 傷がない」

 あー、そういえばミハエルがそんなこと(録画機の中で)言ってたな。

 顕になったぼくの手首には、アルティアが巻いてくれた青いリボンがあるだけだ。

「このリボンに隠れてるのかな?」

 マリアベルがリボンをはずにしかかる。

「ちょ、何するんです!やめてください、これは大事なものなんです」

「やっぱり隠してるんだね? 大丈夫だよ? 見せてごらん?」

「何も隠していませんから!」

「じっとして。ね、見せて」

 マリアベルはリボンを引っ張りにかかる。

「やめろ!!」

 慌ててマリアベルの手を振りほどいた。
 瞬間、はらりとリボンが舞う。
 リボンが千切れたのだ。

 地面に落ち行くそれを、愕然と見る。

「あっ、あー。ごめんね?」

「………」

「ほら、また買ってあげるから。ね? 何ならパパに頼んであげる」

「……用事ができましたので、これで失礼します」

 ぼくはリボンを拾ってからその場を去る。

「え。ちょっと、ジェシー? え、怒ったの? あれだけで?」

 そんなマリアベルの言葉を背中に受けながら、無視してずんずん歩いた。

『我が君、魔力が乱れております』

『大丈夫だよ、ノア』

 ふーと、息を吐く。

 魔力が乱れると、体に良くない影響が出る。
 たとえば、高熱が出たり。
 魔法が使えなくなったり。
 角が生えたり。

 それは困るので、とにかく心を落ち着ける。

「もう、無理。マリアベルの従者なんてやってられない」

 いくら監視対象者とはいえ、側にいることがこんなに苦痛では、まともな監視なんてできない。
 マリアベルは離れた場所からこっそり様子を伺うくらいがちょうどよかったのだ。

『辞めますか?』

『……マリアベルの後任の従者はいつ来るんだろうね』

『調べてまいりましょうか』

『いいの?』

『我が君の心の平穏のためですから』

『ごめん。ありがとう、ノア』

『いいえ。では、行ってまいります』

『うん』

 ノアがぼくの影から離れていく。

 はぁ、とにかく早く、マリアベルの後任の従者が来てくれることを祈る。

 ちぎれたリボンを腕に結び直す。
 結び目が増えたせいで少し不格好だけど。

 ふぅ、と息をつく。

 やっと少し落ち着いてきた。

「アルティア………」

 ぼくは無意識のうちに、リボンにキスを落としていた。





 その夜。

 カーテンをあけ、月明かりを頼りにベッドで本を読んでいたところに、ノアが帰ってきた。

「どうやら、あと一ヶ月ほどかかるようですよ」

 マリアベルの後任の従者の件だ。

「うぅ……長いよ」

 ノアは、公爵の執務室にあった資料をこっそり見たらしい。

「後任の方は、現在他家に仕えているそうで、引き継ぎやらで時間がかかるみたいですねぇ」

「ぐぅぅ………」

「我が君、聞いておられますか」

「うん、聞きたくないけど」

 ぼくは窓の外、少し欠けた月を見上げる。

「気晴らしに魔物狩りにでも行こっか」

「お供いたします、我が君」

 ぼくらは簡単な装備を整え、影移動で魔物が出る森まで向かう。
 馬車で2時間の距離も、影移動なら30分だ。
 夜は夜行性の魔物が出てくる。
 日中よりは凶暴なものが多いと聞く。

 少しは楽しめそうだ。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

処理中です...