ぼくの大切なお嬢様〜悪役令嬢なんて絶対に呼ばせない〜

灰羽アリス

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第2章

第44話 マリアベルの従者として過ごす一日

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 マリアベルの部屋に、メイドを数人連れて向かう。
 一緒にやってくる手伝いのメイドの多さに驚いた。
 こんなところでも、アルティアとの扱いの差が見て取れるというものだ。

 マリアベルは、ベッドの上で乱れに乱れたネグリジェで、大の字に寝ている。

「マリアベル様、起きてください」

 メイドが声をかけるところを、少し遠目に見る。

「起きてくださーい。マリアベル様ー」

「む、ぅ、もう少し……」

「だめですよ、起きてください」

「あ、ちょっと!布団返してよ!」

「マリアベル様、もう朝7時ですよ」

「まだ7時じゃないのよ!なんでこんなに早く起こすの!?」

「規則ですので」

「そんなの知らない!私はまだ寝る。あと2時間後に起こしに来て」

「わかりました」

 メイドは慣れているのか、布団をマリアベルにかけてから、部屋を出ていこうとする。

「あの、いつもこんな感じですか?」

 ぼくは呆気にとられながら、隣に控えていたメイドに聞いた。

「ええ、そうね。毎朝これの繰り返し」

「はぁ」

「あなたもすぐ慣れるわ」

 使用人への扱いが悪いのはアルティアじゃなく、マリアベルの方では?とは言わないでおく。

 これに比べれば、アルティアの寝起きはいい方だな。
 少しぐずることもあるが、ここまでひどくない。

 
 結局、マリアベルは11時近くに起き出した。

「いつもはこんなにお寝坊じゃないんだよ?」

 と、マリアベルが上目遣いに言ってくる。

「そうですか」

 興味ないです。

「ジェシー、靴下履かせて?」

「は………?」

 ぼくは突き出されるマリアベルの足を信じられない気持ちで見る。

「あの、『自分でできる』ことじゃないんですか」

 前に、マリアベルが言ったことだ。
 そんなの自分でできるじゃん!と。
 そんなことまで従者やらせるなんて、ひどい!と、アルティアを避難したのだ。

「ぶぅ。いじわる」

「ご自分で言われたことですよ。ぼくが『可哀想』では?」

「もういいもん。自分で履くし」

 ぼくはメイドたちを見回した。

 みな、黙々とそれぞれの作業をしている。
 マリアベルのことは、基本的に放置だ。

 マリアベルと使用人は、仲がいいわけじゃないのか?
 てっきり、マリアベルの気を引くために、彼女を構い倒しているのかと思っていた。

 そこで思い当たる。
 貴族の、選民意識の強さに。

 ここにいる使用人はほとんど貴族家を実家に持つ者たちだ。

 ミハエルも(録画機の中で)言っていた。

『なぜ俺が、あんな平民の小娘の小間使いなぞせねばならん!』と。

 マリアベルは公爵の血が入っているとはいえ、半分は平民の血が流れている。
 貴族は平民の血を忌み嫌う。
 彼らに言わせれば、半分も平民の血が入っていれば、その者はもう平民なのだ。

 そんなマリアベルを主人とすることに抵抗がある使用人は多いのかもしれない。

 だったら、アルティアによくすれば?って思うけど、それとはまた問題が別なのか……

 マリアベルが公爵の愛情を独占していることは事実だからな。
 それに、奥方のこともある。
 公爵家で働くには、やっぱりマリアベルについていたほうが得なのだろう。

「ジェシー、今日は外に遊びに行きたい!」

 と、マリアベルが言ってくる。

「なりません。食後は音楽堂への移動を。ピアノのレッスンがございます」

「えー。いいじゃん、今日はお休みで!」

「なりません」

「ぶぅ。ケチ~」

 ケチって。
 ハァ。頭痛がしてきたよ。

 まぁ、マリアベルはまだ9歳だからな。
 子供っぽいところは仕方ない。

「さぁ、早くお食べください」

 マリアベルは朝食に間に合わなかったので、部屋で食事をする。
 ちゃんと起きれた日は、朝食も公爵たちと一緒にとるらしい。

 マリアベルは、ぶぅぶぅ言いながらパンをかじる。

「マリアベル様、パンは手で小さく千切ってから口に入れるようにしてください」

「えー、面倒くさい」

「それがマナーです」

「ぶぅ。ミハエルはそんなこと言わなかったよ」

 ミハエルめ。
 何が『優秀』な従者だよ。
 ちゃんと主人をコントロールしてよ。

「本当のことですよ。あとで来られるマナーの先生に聞いてみてください」



 音楽堂でのピアノのレッスン。

 マリアベルは予想に反して、素晴らしいピアノを弾いた。しかも、楽譜もなしで。

 ちょっとだけ見直した。

「素晴らしい!マリアベル様は将来は偉大な音楽家になれますわ!」

 音楽の先生が絶賛する。

「えへへ~、それほどでも」

「しかし、その曲はマリアベル様がお作りになったのですか? 申し訳ありません、私としたことが、聴いたことのないメロディだったもので」

「えっ? あー、そう、そんな感じ、かな?」

「素晴らしいわ!マリアベル様は作曲の才能までございますのね!」

「あ、あはは~。ありがとう」

 マリアベルが少し挙動不審になる。
 そのあとはあまりうまくピアノが弾けていなかった。


 そしてマナーレッスン。

 やっぱりマリアベルは早々に飽きてしまって、机に突っ伏してしまう。

 パンを千切って食べるのがマナーか?という質問をすることも忘れているようだった。


 そしてまた、夕食の時間がやってくる。

 こうして過ごしてみてわかったけど、ぼくがアルティアに会えるのは、この夕食時だけのようだ。といっても、会話ができるわけじゃないけど。
 廊下でもすれ違わないし、マリアベルと授業が被っているわけでもないので、レッスン用の部屋で会うこともない。

 ぼくはちらりと、アルティアとミハエルを盗み見る。

 あまりに恨みがましい視線に気づかれるのも癪なので、ぼくはマリアベルの給仕に集中するしかない。

 マリアベルの従者としての一日は、とても長い。


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