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第2章
第42話 従者、今後の方針を決める
しおりを挟む「完全にしてやられましたね」
と、ノアがいう。
「ぼくの見立てが甘かった」
ここは素直に認めよう。そう、全てはぼくの甘い考えのせい。
だけど、今更嘆いたって仕方がない。
「だから言いましたのに。それで、これからどうなされるのですか?」
「別に。マリアベルの下で"監視者"を続けるだけさ」
「まぁ、いい機会かもしれませんね。これを機に、集中してマリアベルの本質を探りましょう。チャームの件もありますし、彼女を侮ると痛い目を見そうだ」
「────」
「浮かない顔ですね。アルティアさんから離れるのがそんなに嫌ですか?」
マリアベルのことを考えていた。あいつに対する言い知れぬ不安の理由を探していた。そのずなのに、アルティアの名前が出た瞬間、頭は彼女のことでいっぱいになっていく。水に垂らした黒いインクが広がるように、深い悲しみが心を覆う。
アルティアの従者でいられなくなると知った時に感じた激情と、戸惑い。
「───そうなのかもしれない」
「おや」
「よくわからないんだ。アルティアのことになると、感情の歯止めが効かなくなる。まるで自分が自分じゃないみたいだ。……時々、ぼくは魔王の子ではなくて、"貧民街のジェシー"なんだって気がする時があるんだ。"貧民街のジェシー"は、ただアルティアの従者であることを望んでる」
離れていくアルティアを必死に呼んだとき、あのときのぼくは、完全に"貧民街のジェシー"だった。魔王の息子である事実も、魔王から下された任務のことも、何もかも頭からすっぽりと抜け落ちていた。
「……我が君、我が君は間違いなく魔王様のご子息で、魔族で、時期魔王様です」
「わかってはいるんだけどね」
「気をつけてくださいまし。我が君は無意識のうちに、自分自身に"催眠魔術"をかけているのです。自分は"貧民街のジェシー"だと」
「───それは怖いね」
なるほど。そんなことになっていたのか。
しかし、無意識だと気をつけようもないよね。
「笑い事ではありません。際限なく魔術をかけ続けていると、本当の自分を永遠に見失うことになりますよ」
「気をつけるよ」
「我が君は自分のこととなると、途端に物事を軽く考えるところがあります。本当に気をつけてくださいましね」
「はいはい、わかったよ」
お小言はうんざりだ。ただでさえ、参っているというのに。
ベッドに身を投げだせば、ノアは深いため息をよこした。
「そんなにアルティアさんの従者でいたいのなら、ミハエルを追い出しますか。録画の魔道具で撮影した例の動画を公爵に見せれば、彼をクビに追い込むことができるのでは? そうすれば、アルティアさんの従者に戻れるかもしれませんよ」
「アルティアの従者に戻れなくたっていいよ。よく考えれば──少なくとも、ぼくはね」
「ぼくはですか。それはどうでしょうね。ああ、そんな不機嫌そうな顔、よしてください。みなまには言いませんから。ええ、その点は我が君がご自身でお認めになるまで口出しはしないと約束しましたからね」
「ノアが言わんとすることはわかるけど、口に出さないで正解だよ。今は訳のわからない感情に振り回されるのは御免だ」
ひと睨みすれば、ノアはすいと視線をそらした。
「それに、ミハエルを追い出したところで、ぼくがアルティアの従者に戻れるとも思えないし」
「───まぁ。公爵としては、これ幸いといったところでしょうからねぇ」
「そういうこと。あーあ、いいようにしてやられて気分が悪いね。マリアベルの従者もすぐに辞めることになるし」
「どういうことです?」
「聞いてなかった? 公爵は、『マリアベルの新しい従者が来るまでの間』ぼくをマリアベルの従者にって言ったんだ。つまり、ぼくはつなぎでしかない。マリアベルは知らないみたいだけど」
「それはよかったですね」
「うん、マリアベルの従者なんて苦痛でしかないからね。その点はよかったよ。あいつの側にいるのはほんの短い"期間限定"で十分だ。───ぼく、あいつ嫌いだ。正直に言うと、底知れない感じがして怖くもある」
「彼女を怖いとまで言いますか。これはいよいよ気をつけて見ておかなければなりませんね」
「そうだね……」
『魔王さん』とぼくを呼んだマリアベルを思いだす。
まさか、ぼくの正体がバレているはずはないと思うけれど、それにしても………
言い知れぬ不安が拭えない。
「期間限定の従者がお役御免となった後はいかがいたします? 魔界へ帰りますか?」
「うーん……。いや、従者でなくとも、使用人としてこの家に置いてもらえるよう頼むつもり。それくらいなら許してくれそうだし。監視者としての見極めはまだ終わってないからね。いったいどちらの娘が光魔法の保持者になるのかすら分かっていないのに魔界に帰ることはできないよ。父上に何て言われるか」
「それもそうですね」
ああ、明日もマリアベルの相手をしなきゃならないと思うと憂鬱だ。
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