ぼくの大切なお嬢様〜悪役令嬢なんて絶対に呼ばせない〜

灰羽アリス

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第2章

第38話 従者の勧誘

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 調理師のディックに土産を渡すため、ぼくは調理場に向かっていた。ディックはアルティアとぼくらの食事の件に協力してくれている男だ。
 ディックへの土産は、珍しそうな香辛料にした。香辛料はわりと高価だし、喜んでくれるとおもうのだけど。

「ジェシーくん、私にはお土産ないの?」

 廊下を進んでいたところで、突然現れたマリアベルに声をかけられた。

「マリアベル様」

 ぼくは礼を取る。

 マリアベルはこうして、最近よく話しかけてくる。
 監視対象者が自ら来てくれてありがたい……と、最初は思っていたけれど、こうもしつこいと考えものだ。
 それに、一度捕まったら話が長い。

「お姉さまには青いリボンをあげたんでしょ?」

 情報が早いな。さっきあげたばっかりだよ?

「はい。アルティア様にはいつもお世話になっておりますので、そのお礼にと」

「いいなー。ねぇ、それで、私には?」

 マリアベルには世話になってないから土産などやる義理はない、と言外に言っていたのだが、
 うん、わかってた。
 こいつにぼくの嫌味が通じるわけないよね。

「使用人の皆様に買ってきたお菓子でよろしければ」

「ぶぅ。いつもいつも、お姉さまばっかりずるいわ。私もジェシーくんと仲良くしたいのに」

「マリアベル様、ぼくはただの使用人です。仲良くしていただく必要はございません」

「そんなこと言ってー。お姉さまとは仲良しじゃない」

「主従の信頼関係を築いているのですよ」

「いいなぁ、ミハエルはそんなに仲良くしてくれないもん」

 こいつ、ぼくの話を聞いちゃいないな。

 ミハエルは、元々アルティアの従者になる予定だったところを、マリアベルの従者になった子爵家の三男坊だ。

「ねぇ、ジェシーくん、私の従者にならない?」

 は……?

 一瞬、何を言われたかわからなくて呆けてしまった。

「ご冗談を」

 いやいや、ほんとに冗談やめてよね!
 だれが好き好んで、こんな得体の知れないやつの従者になんてなるか!
 ……いや、たしかに闇魔法のチャームの件は近くにいたほうが色々と探りやすいのはわかってるけど!
 たとえ監視対象者だとしても、マリアベルとは一定の距離を置きたい。

「私は本気だよ? 私ね、ジェシーくんが望むなら、ミハエルとジェシーくんを取り替えてもいいと思ってるんだよ? そしたらお姉さまも困らないでしょ?」

 なんだそれ。恩着せがましい言い方だな。

「ぼくはそんなこと、望みません」

「そう? 遠慮しなくていいんだよ? 私はジェシーくんを助けてあげたいの」

「助ける……?」

「お姉さまってすっごく我がままなんでしょ? あれしろこれしろって嫌な命令ばかりしてくるって、メイドのみんなが言ってたよ」

「主が使用人に命令を下すのは当たり前のことです。それを我がままなどと、馬鹿バカしい言い分ですね」

「でも、ジェシーくんにも酷い命令してるって」

「は?」

「靴下とか靴まで履かせてって言ってくるんでしょ? すっごく偉そうに」

「それが何か? 主人の着衣の補助は、従者として当たり前の仕事です」

「でも、そんなの自分でできるじゃん!」

「? 何を仰っしゃりたいのかよくわかりません」

「お姉さまは、何でもかんでも使用人に命令して、使用人が困る様子を楽しんでいるのよ!」

 マリアベルは鼻息荒く言い放つ。
 そうと信じて微塵も疑っていないように。
 
 ただの妄想か?

 それとも……

「あの、誰からそのようなことを吹き込まれたのです?」

 取り繕った言い方をすることも忘れていた。マリアベルはみるみるうちに顔を真っ赤にして言い放つ。

「みんな言ってるもん!ミハエルだって言ってたし!ジェシーくんが可哀想だって」

 ミハエル………
 そういえば、一度も話したことがないな。
 まさか、アルティアの従者の地位を奪ったことを恨んでるのか?
 アルティアは王子殿下の婚約者で、将来は王族になる。
 その従者といえば、最上の職業のひとつだ。

 ──マリアベルをそそのかして、従者を交換させるのが狙いか? ぼくがマリアベルの従者になれば、ミハエルはアルティアの従者になれる、と。

「そのような事実はございません」

「けど!」

「少なくとも、マリアベル様が直接見聞きされたわけではないのでしょう? 憶測で物を申されませんよう」

「だから、みんなが言ってるんだってば!」

「マリアベル様。マリアベル様はいつも言っておらるではありませんか。お姉さまと仲良くしたいって。マリアベル様が自分を信じてくれていないと知ると、アルティア様は悲しむと思いますよ? そんなことで、果たして仲良くできるでしょうか」

「………」

「では、お話も終わったようなので、私はこれで失礼します」

「おかしいわ……」

「なにか?」

「ううん、なんでもない。じゃあ、ジェシーくんが私の従者になりたいって思ったら、いつでも言ってきてね!」

「失礼します」

 ぼくはマリアベルに一礼し、その場を去った。

 怒りを踏みしめるようにして、けれど、無表情を意識して作り、歩いていく。

『我が君、チャームを感知しました』

『うん。わかってる』

 マリアベルはぼくにチャームを使ってきた。
 チャームを使えば、ぼくが頷くとでも思ったのだろうか。

 なめるなよ。

 魔族のぼくに、その程度のチャームが通用するわけがない。

 うぬぼれるな、人間め。

『ノア、マリアベルの従者のミハエルを探ってくれる?』

『しかし……主の側を離れるわけにはまいりません』

『命令だ、ノア』

『………御意』

 ノアがぼくの影から離れていく。
 ミハエルの影にでも潜みにいくのだろう。



 屋敷の1階奥にある調理場にたどり着く頃には、怒りも幾分か治まっていた。
 ちょうど、休憩に出てきたディックに土産の香辛料を渡す。

「うおおお!わかってるじゃねぇーか、ジェシー」

 ディックが、ガシガシと乱暴にぼくの頭を撫でてくる。

「ちょっと、せっかく整えてるのに崩れるでしょ!」

「はぁ? お子ちゃまのくせに。髪型なんて気にすんな」

「ぼくはアルティア様の従者として、身だしなみもきちんとしなきゃいけないんだよ!」

「へいへい」

 ディックは香辛料を手にとって舐めたり嗅いだり、楽しそうにしている。

「それ、鶏肉に合うってお店の人が言ってたよ」

「そうか!俺もいま、鶏肉に合いそうだなと思ってたんだよ。このピリッとした感じは、甘めのデザートにパンチをきかすのにもいいかもな」

「へー、さすが。よく分かるね」

「舌と嗅覚には自身があんだよ。だてに公爵家の料理人やってるわけじゃねぇーんでね」

「ふーん。じゃあ、その自慢の舌と嗅覚を使って、美味しいりんごのデザートを作ってよ」

「おう、いいぞ」

「本当? じゃ、明日の昼までに頼むよ。アルティア様がムーアでお茶をしたいって言ってるからさ」

「そんなこと言って、お前が食いたいだけだろ? ジェシーがりんご好きってことくらい知ってんだからな」

「うわ、なんで知ってるのさ。もしかして、ディックってそんなにぼくのことが好きなの? ハッ、まさかストーカー……?」

「バーカ。お前のお嬢様がわざわざ自慢しにきたんだよ。『ねぇ、ジェシーの好きな食べ物知ってる?』ってな」

「ああ、そう」

「なに赤くなってんだよ」

「なってないよ!」

「ほれほれ、りんごみたいに真っ赤だぜ~?」

「むううううう」

「おい、ディック。また貧民の孤児を構ってんのか」

 調理場から出てきた別の調理師が、ディックに声をかけてきた。
 ぼくはディックにほっぺたを弄ばれたまま、そちらに目を向ける。
 調理師の男は、汚いものを見るようにぼくを見てくる。
 いつものこと。もう慣れっこだ。大抵の人間はこうなのだから。

「ああ、楽しいぜ」

 ディックは構わずぼくのほっぺたをこねくりまわす。

「やめとけよ。旦那様はそいつがお嫌いなんだ。仲良くしてっと目ぇつけられるぞ」

「大丈夫だろ。本当に嫌われてたら、こいつは今ここにいないぜ」

「だが、もっぱらの噂だぞ? そいつは旦那様に殺されても文句は言えんほどの失態をやらかしたってな。お嬢様のとりなしで、なんとか命は取り留めてるみたいだが?」

 お前はそれでも父親か!みたいなことを叫んだあの件だな。
 そうか。ほかの使用人がぼくを避けてるのは、ぼくが貧民街の孤児だからってだけじゃなかったのか。
 公爵に嫌われているぼくと仲良くして、自分にとばっちりがくるのを恐れているんだな。

 ぼくはディックの腕から抜け出して、絡んできた調理師のもとに駆け寄る。

「な、なんだよ?」

「これ、王都のお土産です。よかったらどうぞ」

 ぼくは使用人用に買ってきていたお菓子を手渡した。ポケットにいくつか入れておいたのだ。

「これ…"フォレスト"の新作焼き菓子か!?」

「そうですよ」

「こ、これ、本当にもらってもいいのか……?」

「はい。いつもお世話になっているので、使用人のみなさんに買ってきたんです。休憩室にもたくさん置いているので、いっぱい食べてくださいね」

 そう言って、にっこりと笑いかける。

 これでちょっとは好感度があがればいいな。
 という心算用でいっぱいの黒い笑みだけど。

「ま、まぁ。食ってやるよ。……ありがとな」

 おお。
 お礼を言われちゃったよ。

 やっぱり、王都の人気菓子店の影響力おそるべし!


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