38 / 50
第2章
第37話 2本の青いリボン
しおりを挟む「どうかしら」
アルティアが、ぼくがお土産であげたレースの青いリボンを頭に飾り、くるりと回りながら言った。
ふわふわな金の髪の上に、透けるレースがとてもきれいだ。
ほわりと柔らかく笑うアルティアがあまりに可愛らしくて、しばし言葉を失っていた。
「ねぇ、ジェシー。聞いてるの?」
むんずと頬を摘まれ、思わず言葉が漏れ出る。
「可愛いです」
と、言ってしまってから出過ぎた発言に気づき、カァと顔が熱くなる。
「かっ、かわっ、………もう、正直なんだから」
アルティアの柔らかそうな頬が朱に染まり、豊かなまつ毛が震える。
思わず、ごくりと喉が鳴った。
───だから、あまり可愛い反応をしないでほしい。
どうにも、調子が狂っていけない。
3日会わずにいた時間は、少しのぎこちなさと、新鮮な感情をぼくに与えている気がした。
緩む口を手で隠していると、サラが「やるじゃない」と肘で小突いてきた。どうやらサラにはぼくへのからかい癖がついているみたいだ。これはよくない。
半眼で睨んでも、サラはどこ吹く風だ。
「私にまで、お土産をありがとうございます。ジェシーくん」
なんて、しっかり土産の催促をしていたくせに、すまし顔で言ってくる。
まったく、ちゃっかりした同僚である。
サラには彫刻が施された木製のバレッタをあげた。そんなに派手じゃないから、普段使いにも大丈夫だろう。
連休の最終日、予定を全て終えていたぼくとノアは時間を持て余し、ならば少しでも金を稼いでおこうとまた魔物討伐に出かけた。魔物を倒し魔石を傷つけずに取り出す作業にも大分慣れ、結果、たった一日ではあったがかなりの額を稼いだ。
このお金を元手にして、何ができるだろう。
使用人を買収しての、情報網の構築、だろうか。
マリアベルの情報がほしい。
どうしてチャームが使えるのか、彼女にチャームを教えた人間もしくは魔族が側にいるのか、どういうつもりで王子にチャームを使ったのか、何を考えているのか、何が目的か……光魔法を発現する兆しがあるかとの確認の他にも知りたいことがたくさんある。
マリアベルが王子にチャームを使ったあの一件依頼、彼女がチャームを使っている様子はないし、その他目立った動きはない。
けれど、ぼくはアルティアの従者なので、マリアベルの動向を常に監視しておくわけにはいかない。
見逃している"何か"があるかもしれない。
使用人同士の世間話という体でマリアベルの動向や言動といった情報を引き出せれば一番いいのだが、ぼくは使用人たちから漏れなく嫌われている。有効的に世間話ができるはずもなく──
そこで金を握らせて吐かせるか……などと考えてみたけれど、この考えは採用できない。そもそも、彼らは下級とはいえ貴族家出身者がほとんどだ。公爵家から給料ももらっているし、金に困ってはいないだろう。そうなると、金をちらつかせたところで、うまく取り込むことはできそうもない。
ならば、平民の使用人や、下男を取り込むか……と思ったが、その場合はあまりメリットがない。
彼らはそもそもマリアベルの側に近寄ることができない者たちだからだ。マリアベルの情報なんて持っていない。
ノアに潜入に行ってもらうのも一つの手だと頼んでみると、絶対に嫌だとノアは言った。
ノアはぼくの護衛が仕事であって、マリアベルの調査のために一日中ぼくの側を離れるなど絶対にできないと言うのだ。
どうするか……
とりあえず、ぼくの印象をよくするために、使用人たちへの菓子折りのお土産はちょっと奮発した。
王都で人気というお菓子屋さんに並んだ。
王子のプライドなどアルティアの従者であろうと決めたときにかなぐり捨ててあるので、炎天下の数時間並び続けるなんて朝飯前にやってのける。……半ば意地であった。
使用人たちはあまり休みがないので、好きに買い物をして回ることもできないだろうし、王都で話題の品もすぐに買いに行くことができない。
これは喜ばれるんじゃないかと、書き置きと共に使用人休憩室に置いていたところ、けっこう評判がよかった。
とくに、メイドのみなさんには好評で、普段ぼくに話しかけてくれない人も、お礼を言ってくれたくらいだ。
あからさまに金をばらまくのは品がないけれど、こうやってお土産作戦なら、嫌味なく、ぼくへの評価も改善されていくかもしれない。
そうなれば、使用人同士の世間話という体でマリアベルの情報を探ることができる日がくるかもしれない。
────こういうのが、希望的観測というのだろうなぁ。
ま、できる事から地味にやっていくしかない。
「このリボン返しますね」
ぼくはアルティアから預かっていた青いリボンを手首から外して渡した。
言いつけどおり、染み一つつけてない。
「これはジェシーにあげるわ。このリボンと交換ね」
「──いいのですか? お気に入りでしょう?」
「いいのよ、もっとお気に入りができたから」
アルティアはそう言って、ぼくがあげた新しいリボンを摘みながら満面の笑みを浮かべる。
ドキリと心臓が跳ねた。
───もうほんとに、このお嬢様は狙ってやっているのだろうか。
半ば被害妄想じみた疑いをかけていると、アルティアがぼくの手を取る。
縮まった距離に、久しぶりにアルティアの顔を間近で見た、と思った。
相変わらず、整いすぎた造形をしている。一生懸命に作業しているときなど、無表情になる彼女はそのせいか、少し冷たい印象になる。
───損をしているな、と思う。
「ほら、手首に巻いてあげるわ」
「いえ、汚してしまうおそれがあるので、ポケットに入れておきます」
「いいから。お守りよ」
そうして直ぐにアルティアはぼくの手首にリボンを巻いてしまった。
手首に鮮やかな青いリボンか再び飾られる。
「こんなのつけて生意気だ!とか言われませんかね」
「そしたら、私につけておくよう命令されたと言えばいいわ」
───まぁ、これくらいなら従者服に隠れるし、大丈夫かな。
従者服に、誕生日にもらったアルティアの目の色と同じ青いピアス、それに手首に青いリボン。
アルティアから貰った物が、どんどん増えていく。
0
お気に入りに追加
619
あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。
石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。
ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。
ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。
母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる