ぼくの大切なお嬢様〜悪役令嬢なんて絶対に呼ばせない〜

灰羽アリス

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第2章

第37話 2本の青いリボン

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「どうかしら」

 アルティアが、ぼくがお土産であげたレースの青いリボンを頭に飾り、くるりと回りながら言った。
 ふわふわな金の髪の上に、透けるレースがとてもきれいだ。
 
 ほわりと柔らかく笑うアルティアがあまりに可愛らしくて、しばし言葉を失っていた。

「ねぇ、ジェシー。聞いてるの?」

 むんずと頬を摘まれ、思わず言葉が漏れ出る。

「可愛いです」

 と、言ってしまってから出過ぎた発言に気づき、カァと顔が熱くなる。

「かっ、かわっ、………もう、正直なんだから」

 アルティアの柔らかそうな頬が朱に染まり、豊かなまつ毛が震える。
 思わず、ごくりと喉が鳴った。

 ───だから、あまり可愛い反応をしないでほしい。

 どうにも、調子が狂っていけない。

 3日会わずにいた時間は、少しのぎこちなさと、新鮮な感情をぼくに与えている気がした。

 緩む口を手で隠していると、サラが「やるじゃない」と肘で小突いてきた。どうやらサラにはぼくへのからかい癖がついているみたいだ。これはよくない。
 半眼で睨んでも、サラはどこ吹く風だ。
 
「私にまで、お土産をありがとうございます。ジェシーくん」

 なんて、しっかり土産の催促をしていたくせに、すまし顔で言ってくる。
 まったく、ちゃっかりした同僚である。

 サラには彫刻が施された木製のバレッタをあげた。そんなに派手じゃないから、普段使いにも大丈夫だろう。


 連休の最終日、予定を全て終えていたぼくとノアは時間を持て余し、ならば少しでも金を稼いでおこうとまた魔物討伐に出かけた。魔物を倒し魔石を傷つけずに取り出す作業にも大分慣れ、結果、たった一日ではあったがかなりの額を稼いだ。

 このお金を元手にして、何ができるだろう。

 使用人を買収しての、情報網の構築、だろうか。

 マリアベルの情報がほしい。
 どうしてチャームが使えるのか、彼女にチャームを教えた人間もしくは魔族が側にいるのか、どういうつもりで王子にチャームを使ったのか、何を考えているのか、何が目的か……光魔法を発現する兆しがあるかとの確認の他にも知りたいことがたくさんある。

 マリアベルが王子にチャームを使ったあの一件依頼、彼女がチャームを使っている様子はないし、その他目立った動きはない。

 けれど、ぼくはアルティアの従者なので、マリアベルの動向を常に監視しておくわけにはいかない。
 見逃している"何か"があるかもしれない。

 使用人同士の世間話という体でマリアベルの動向や言動といった情報を引き出せれば一番いいのだが、ぼくは使用人たちから漏れなく嫌われている。有効的に世間話ができるはずもなく──
 そこで金を握らせて吐かせるか……などと考えてみたけれど、この考えは採用できない。そもそも、彼らは下級とはいえ貴族家出身者がほとんどだ。公爵家から給料ももらっているし、金に困ってはいないだろう。そうなると、金をちらつかせたところで、うまく取り込むことはできそうもない。

 ならば、平民の使用人や、下男を取り込むか……と思ったが、その場合はあまりメリットがない。
 彼らはそもそもマリアベルの側に近寄ることができない者たちだからだ。マリアベルの情報なんて持っていない。

 ノアに潜入に行ってもらうのも一つの手だと頼んでみると、絶対に嫌だとノアは言った。
 ノアはぼくの護衛が仕事であって、マリアベルの調査のために一日中ぼくの側を離れるなど絶対にできないと言うのだ。

 どうするか……

 とりあえず、ぼくの印象をよくするために、使用人たちへの菓子折りのお土産はちょっと奮発した。
 
 王都で人気というお菓子屋さんに並んだ。
 王子のプライドなどアルティアの従者であろうと決めたときにかなぐり捨ててあるので、炎天下の数時間並び続けるなんて朝飯前にやってのける。……半ば意地であった。

 使用人たちはあまり休みがないので、好きに買い物をして回ることもできないだろうし、王都で話題の品もすぐに買いに行くことができない。
 これは喜ばれるんじゃないかと、書き置きと共に使用人休憩室に置いていたところ、けっこう評判がよかった。
 とくに、メイドのみなさんには好評で、普段ぼくに話しかけてくれない人も、お礼を言ってくれたくらいだ。

 あからさまに金をばらまくのは品がないけれど、こうやってお土産作戦なら、嫌味なく、ぼくへの評価も改善されていくかもしれない。
 そうなれば、使用人同士の世間話という体でマリアベルの情報を探ることができる日がくるかもしれない。

 ────こういうのが、希望的観測というのだろうなぁ。
 ま、できる事から地味にやっていくしかない。


「このリボン返しますね」

 ぼくはアルティアから預かっていた青いリボンを手首から外して渡した。
 言いつけどおり、染み一つつけてない。

「これはジェシーにあげるわ。このリボンと交換ね」

「──いいのですか? お気に入りでしょう?」

「いいのよ、もっとお気に入りができたから」

 アルティアはそう言って、ぼくがあげた新しいリボンを摘みながら満面の笑みを浮かべる。 

 ドキリと心臓が跳ねた。
 
 ───もうほんとに、このお嬢様は狙ってやっているのだろうか。
 半ば被害妄想じみた疑いをかけていると、アルティアがぼくの手を取る。
 縮まった距離に、久しぶりにアルティアの顔を間近で見た、と思った。
 相変わらず、整いすぎた造形をしている。一生懸命に作業しているときなど、無表情になる彼女はそのせいか、少し冷たい印象になる。
 ───損をしているな、と思う。
 
「ほら、手首に巻いてあげるわ」

「いえ、汚してしまうおそれがあるので、ポケットに入れておきます」

「いいから。お守りよ」

 そうして直ぐにアルティアはぼくの手首にリボンを巻いてしまった。
 手首に鮮やかな青いリボンか再び飾られる。

「こんなのつけて生意気だ!とか言われませんかね」

「そしたら、私につけておくよう命令されたと言えばいいわ」

 ───まぁ、これくらいなら従者服に隠れるし、大丈夫かな。

 従者服に、誕生日にもらったアルティアの目の色と同じ青いピアス、それに手首に青いリボン。

 アルティアから貰った物が、どんどん増えていく。
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