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第2章
第36話 『勇者』と『聖女』の遺産と魔族の認識
しおりを挟む魔族が人間と子供を作った場合、子供は例外なく闇の魔力を身に有する魔族になる。
これは人間界で生まれ育った魔族にありがちなのだが……
両親のうちどちらかが魔族であった事実を知らずに育ってしまったために、自分が魔族だと自覚のないまま闇魔法を発動させてしまって、教会に突き出されるなんて事件が時々起きる。
たとえば、バンパイア族は個体によって産まれてしばらくは他者の血液を求めない者もいるので、その個体は血液を摂取するまで目の色も赤くないという。そうすると、見た目は普通の人間──髪は黒いがアズマノ国人の特徴でもあるので大きな騒ぎにはならない──と変わらない。こうして、闇魔法の魔力を身に有しながら、自分が魔族だと自覚のない者が誕生するのである。
しかし、マリアベルは闇の魔力を有していない。そして、両親は間違いなく人間であるし、マリアベル自身も人間だ。
魔力もないただの人間・マリアベルが、魔族しか使えないはずの闇魔法のチャームを使うなんて『あり得ない』のだ。
『色々と調べてみたが───まったくもって、わけがわからん』
───と、水晶の向こうの父上が困惑して言った。
夜、安宿に戻ったぼくとノアは、魔通信を使って父上に調査報告をしている。
「過去の『聖女』や『勇者』が、光魔法を発現する前に闇魔法を使ったとの記録もないんですよね?」
『あるわけない』
「しかし、マリアベルは闇の魔力も光の魔力も有していません。じゃあ、どうやって"チャーム"を使ったんでしょう?」
『───……さぁ』
「『さぁ』って。頼りになりませんね」
『そんな蔑みの目で見ないでよ、ジェシー。ノアが言うように、比べ得る対象が存在しないんた。マリアベルが"何者"なのか。どうして魔力もないのにチャームが使えるのか、これ以上調べようがないんだよ』
「マリアベルが将来、光魔法を発現して『聖女』になった場合、チャームで人間を思い通りに操って魔界に攻めてきたら最悪ですね」
『ほう、マリアベルは魔族の説得に応じず魔界に攻め込むような子か』
「アレは人の話を聞きませんから。物事を、自分のいいように解釈する節がある」
『厄介だなぁ。光魔法はぜひ、マリアベルでなくアルティアに発現してほしいものだ。アルティアはマリアベルよりは話がわかる人間なのだろう?』
「………まぁ、そうですね。たぶん」
『はっきりしないな。ちゃんと"監視"してる?』
「してますよ。ただ、見極めがまだできていないだけで……」
「やはり、今のところはマリアベルの観察を続けるしかないですねぇ」
横でじっと話を聞いていたノアが結論づける。
「幸い、マリアベルのチャームの力は"ちょっと高感度を上げるレベル"と弱いのです。使われたとしても、大きな問題は生じません」
『──まぁ、そうだね。"今のところは"ね』
「とにかく監視を続けます」
『うむ』
ちょい、とノアに促されて思い出す。
ああ、そうだった。この件を伝えたくてノアに魔通信で父上に連絡を取るよう頼んだんだ。
小さなガラス瓶を2つ、父上に掲げてみせる。
中には薄水色に輝く液体が入っている。
『それは?』
「教会の"聖水"です」
父上が大きく目を見開く。
父上はいつも飄々としていてこんなふうに素で驚くことは珍しい。狙い通りに反応してくれたので、ちょっと得意になる。
『──まさかとは思うけど、教会に潜入したの?』
じとり、と父上が睨んでくる。
危険なことをしやがってとぼくにお怒りらしい。
「もう既に危険な目に合わせているんです。今更でしょう?」
ぼくの記憶をいじって人間界に放置したことを忘れたとは言わせないよ?
『いや、それは、まぁ、そうだけど、教会に潜入するのとはわけがちが───』
「ノアと二人、教会信徒になりました」
「ええ、誓ってきました」
にやにやと笑って言い合うぼくとノアに、父上はいよいよお怒りだ。こめかみに血管が浮いてきている。
『バカなの、君たち?』
「黒髪はアズマノ国出身と言えば誤魔化せるし、金の目はローブで隠れます。ノアは食事をしていなかったので、赤目ではなかったし。バレませんでしたよ?」
『だとしても、教会には魔族を弱らせる光魔法の結界が張ってある。それはどうやってかいくぐったんだ?』
「あー、200年前の『勇者』が残した遺産っていう? 結界なんて張ってありませんでしたよ。ねぇ、ノア?」
「はい。魔力が抜けることも体調が悪くなることもなく、まったく問題ありませんでした」
『変だな。たしかに100年前まではあったのに……あの結界にどれだけ手間取らされたか』
「思うのですけど、その"結界"、有効期限が切れたのでは? 少なくとも、『勇者』が死んでから200年は経ってるし」
『───! まさか……いや、しかし……』
父上が言わんとすることはわかった。
『勇者』や『聖女』は死ぬときに遺産を残す。それは彼らが生前有していた力が具現化した道具だ。200年前の『勇者』は結界を張る能力が付与された"聖なる盾"を、400年前の『勇者』は全てのものを切り裂く"聖剣"を、300年前の『聖女』は………彼女は少し特殊。教会が所有する泉に入水自殺して、彼女の治癒の力が泉に溶け込み、それが"聖水"になった。
『勇者』や『聖女』の遺産から、時間が経って力が消えた前例はないので、200年前の『勇者』の結界から効力が消えるかもなんて父上は考えもしていなかったのだろう。
「今回の教会潜入で、はっきりわかりました。魔族が有す人間界の情報は古すぎる──」
魔族は、教会の司祭や司教が魔族の罪をでっち上げているのだと考えてきた。魔族の真実を知りつつ、魔族を化け物と貶め続ける教会の連中は許せない、と。しかし蓋を開けてみれば、長年教会に勤めているであろう司祭ですら、魔族の真実を知らないという現実があった。彼は本気で魔族を化け物と信じていた。嫌味の一つも響かないので愕然とした。
魔族と人間の認識はどうも、大きくズレている気がする。
「早急に情報を更新する必要があります。危険を避けて人間界を遠ざけてきましたが、それではだめです。誤った情報はいずれ同族を危険に陥れます。──調査部隊の編成を提案します」
『そうだな……』
父上の返答は歯切れが悪い。
調査部隊として人間界に魔族を送り込んだはいいものの、見つかれば必ず殺される。父上は魔族を危険に晒したくないのだ。(息子のぼくは簡単に死地へと放り込めるのにね、という嫌味は言わないでおく。)
魔族が教会に捕まっても、ぼくらが仲間を助けるためにそこに介入することはほとんどない。仲間奪還のために人間と争いを起こすわけにはいかないからだ。争いが生じれば、人間の魔族に対する悪印象は益々強くなる。そうなれば、いざ誤解を解こうとしたとき、うまく誤解を解けなくなってしまう。そう思って、魔族は人間の暴力に反撃することをしなかった。誇り高く、中立者であるために───
だけど状況は戦争が起こるたび悪くなる一方だ。このままでは魔族はいつまで立っても化け物から抜け出せない。
そろそろ、魔族も反撃に出てもいい頃だ。魔族は十分に、我慢してきた。
ぼくは密かに決めている。
次、戦争が起こったら、それを最後の戦争にしようと。
人間の誤解が解けなければ、人間を支配してでも、もう二度と戦争を起こさせないようにすべきだと思っている。もちろん、それは最終手段だけれど───
「"聖水"はそちらに送ります。成分を分析すれば、対抗策が見つかるかもしれません」
『ああ、頼むよ』
「しかし"聖水"も力が衰えているのでは? ぼく飲んでも平気でした」
『飲んだの!?』
入信の儀で、盃から口に含んだ聖水は闇魔法で口の中に作った亜空間に流れ込むようにしていた。それをあとで亜空間から取り出して、物は試しと飲んでみたのだ。結果、特に何の変化も起きなかった。
「ノアもちょっと飲んだよね?」
「………ええ」
ノアは不快そうに顔を歪める。──痛みを思い出したらしい。
『それで?どうなったんだ?』
父上が身を乗り出すようにして聞いてくる。
聖水を飲んで無事でいられるわけがない、でも無事だからこうして話していられるわけで……と、目を白黒させている。
聖水を飲むなんて魔族にとっては自殺行為だからね。光魔法に抗体のあるぼくか、すさまじい回復能力を持つノアくらいしか試す気にならないと思う。といっても、ほとんど博打だったが。
教会の処刑場の惨状を目の当たりにして、精神的にキテたのも手伝って、投げやり気味に飲んだ感はある。
正気になってみればその恐ろしさがよくわかるけど、最悪の結果になっていたかもしれない事実は怖いので考えない。
「………胃は少し爛れましたが、体が溶けだすことはありませんでした」
『君たちさ、自殺願望でもあるの? 頼むからもう少し慎重に行動してくれよ』
「「はーい」」
『うん。俺の説教がまったく響いていないのはわかった』
人員ミスだったかなぁ、とよくわからないことを父上は呟いて座っているソファに大きく体を沈めた。
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