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第2章
第29話 ハンターギルドへ
しおりを挟むそして、次の日。
ぼくとノアは、ハンターギルドの前に立っていた。
ここは王都のハンターギルド本部。
サンロード公爵家から王都までは、馬車でだいたい二時間半ほどかかる。
しかし、ぼくとノアは闇魔法のひとつ、"影渡り"が使えるから、影から影を移動しながら、20分ほどで到着できた。
まだ朝と呼べる時間内で、街は仕事に向かう人々で賑わっている。
「なんだか、妙に視線を感じるね」
ぼくとノアは、平民風のズボンとシャツの上に、それぞれ夏用のフード付きマントを羽織っている。
ぼくとノアが持つ色彩は珍しく、そして目立つ。特にノアの赤い目は、聖書でも魔族の特徴と指摘されているので、バレないように気をつけねばならない。変に騒ぎにならないよう、それを隠すためのフードだったのだけど……うん、髪も目の色も隠れてるし、特に目立つ格好でもないはず。
「ノア、背高いからなぁ。無駄に視線集めてる気がする。ちょっと背中曲げてたら?」
「こうですか?……おっと、」
ノアが腰を折ったとき、ちょうどギルドから出てきた女性とぶつかった。
「失礼、お怪我は?」
よろけた女性を、ノアが支える。
と、ノアのフードが外れ、長い黒髪がこぼれ出た。
女性が目を見開く。
まずい、と女性の悲鳴が上がるまえに逃げ出す算段をし始めていると───
「やだ、美男子……」
「は?」
「見て、あの人格好いい!」
「ほんとね。でも、子連れよ。親子かしら?」
「親子って歳じゃないでしょ。きっと兄弟よ」
辺りが騒がしくなってきた。
どうやら、ノアは別の意味で目立っていたようだ。
ノアはそこらの人間より整った容姿をしている。
魔族に美系が多いことを失念していた。
「あ、あの、あの、」
ノアの腕の中で、女性があわあわしている。
ノアがそれに気づいて、女性を立たせてあげてから距離をとった。
「す、すみません、私よそ見してて」
「いえ、こちらこそ」
「あ、あの、アズマノ国の方ですか?」
女性がノアに聞く。
「いえ、違いますが。なぜ?」
「あ、私、アズマノ国出身なんです。アズマノ国は黒髪の人もけっこういますから」
そう言う女性は、焦げ茶色の髪を後ろで一つでまとめている。
へー、そなんだ。
アズマノ国というと、先日のハロルド王子のもてなしで使った緑茶を取り寄せた国だ。
アズマノ国には黒髪も一定数はいるのか。
そこに混ざればぼくやノアの黒髪も目立たないのかな。
「お姉さんも、ハンターなんですか?」
と、ぼくは女性を見上げながら聞いた。
「ええ、といってもまだ登録したてだけど───、!?」
女性がぼくの顔を見て驚いた顔をする。
あ、まずい。
金目がバレたか?
フードの影になって、茶色く見えるはずなんだけど。
大人と話すときは、どうしても相手を見上げないといけないから、光が入ってしまったのかもしれない。気をつけないと。
「か、可愛い!!!!」
「は?」
女性はガバッとぼくに抱きついてきた。
え、なにこれ、どういうこと?
「ちょ、お姉さん!? ノア、笑ってないで助けてよ!」
「我が君……お可哀そうに」
およよ、とわざとらしく言いながら、ノアがぼくを救出する。
「ご、ごめんなさい。あまりにも可愛い子だったから。………一瞬理性が飛んだわ」
女性が仄暗い目で、最後になにか呟いたけど聞こえなかった。
ノアがうっかりぼくを『我が君』と呼んでいたけれど、それには気づかれなかったようだ。
ぼくはノアを屈ませて、その頭にフードをかぶせ直す。
そして、こそっと耳打ちする。
「呼び方、気をつけてよ」
「そうでした。"ジェイ"」
今回、ハンター登録するにあたっては、"ジェイ"と名乗ることに決めていた。
サンロード公爵家が使用人の副業を禁止しているかは知らないけれど、因縁を付けられて屋敷から追い出されたらたまらないので、ぼくがハンター登録したことは秘密にする。どこからサンロードに話が行くかわからないので、念の為の偽名だ。
「美男子と美少女がフード被せ合い……!可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い」
女性はまたどこかに旅立っているようだ。
あのう、と上着の裾を引っ張ると、血走った目を向けてきた。
ギルドの情報を色々聞こうと思ってたけど、別の人にしたほうがいいかもしれない。
「何かしら?」
あっ、逃してくれそうにないや。
「ぼくらも今からギルドに登録するところなんだ。でも、勝手がよくわからなくて。色々教えてくれる?」
「まさかの僕っ娘!……色々………ええ、もちろんですとも!手とり足とり丁寧に教えてあげるわ!!」
「うっ……あ、ありがとう」
「いいのよ!じゅるり。あ、まだ自己紹介してなかったわね。私はハル。ハルって呼んで。よろしくね」
「ぼくはジェイ。こっちはぼくの兄さんのノア」
ぼくとノアは兄弟設定だ。
「美しいお嬢さん。弟共々、よろしくお願い致しますね」
ノアが笑顔を向けると、ハルは顔を赤くして鼻を押さえて、何かうめいている。
大丈夫だろうか。
「───それで、ギルドに登録するのだったわよね?」
「うん、そうだよ。どうすればいいのかな?」
「そんなに難しいことはないわよ。ギルドに入ったら左側に登録受付があるから、そこに行くの。名前と出身地を書いて、書類は終わり。あとは裏の演習場で実力テストね。あ、あと、魔物の名前と特性を覚えてるかっていう簡単な確認テストがあるわ。ま、こっちはそんなにいい点数じゃなくても大丈夫。魔物の種類なんて、ハンターやりながら覚えていけばいいのよ。私も魔物の名前なんてよく知らないわ」
ハンターは魔物を狩る仕事なんだから、魔物の種類や特性を覚えてることは必須だと思うんだけどなぁ。
強ければそんなの関係ない!って感じなのかな。
このお姉さん、ハルの脳筋疑惑について………
「そうなんだ。ほんとに簡単だね」
「ええ。わざと簡単にして、ハンターの窓口を広くしているのよ。誰でも実力さえあればなれるようにね。ハンターって、お金は稼げるけど、命の危険といつも隣り合わせだから、なりたいって人が少なくて、いつも人手不足なのよ」
たしかにそうだ。いくら魔石で稼げるとはいえ、命をかけてまでというとリスクが高すぎる。別の仕事で安全に稼ぐのが無難だ。
それに、魔道具に使用する魔石が欲しければ市場に出回っているのだから、自分で取りに行く必要もないしね。
「ハルは怖くないの?」
ハルはまだ十代の後半にみえる。
それに、防具もしっかりしていて、お金に困っているようには見えない。
どうしてハンターなんてしてるいるのだろう。
「……怖くないわけじゃないけど、私は剣の修行のためにハンターになったの。剣って、どうしても実践で訓練する機会が少ないじゃない? それこそ、傭兵にでもならないかぎり。強い魔物と戦うのはいい修行になるわ」
「へぇ、ハルは剣士なんだね」
「うーん、剣士というより刀士ね。私の相棒はこの刀だから」
ハルが腰に下げた刀を見せてくる。
鞘に入ったままだけど、剣よりも細身で、少し反っている。
「アズマノ国の刀ですね。聞いたことがあります」
と、ノア。
「ええ、そうなの。こっちに来るときに一緒に持って来たのよ」
「ほう、少し見せてもらっても?」
「どうぞ」
「ふむ。美しい波紋ですね」
ノアは鞘から少しだけ刃を出してまじまじと見ている。ノアは普段帯刀することはないけれど、本当はこういうのが好きなのかもしれない。
「父が打ってくれたものなのよ。父は鍛冶職人だから」
「いい腕をお持ちだ」
「わかる?」
そのあと二人は刀話でひとしきり盛り上がっていた。
長くなりそうなので、くいっとノアのマントを引っ張る。
「ああ、ジェイ。すみません。つい話し込んでしまいました」
「ううん、でも、先に登録しに行こう? ぼく、お腹空いちゃった」
わざとらしく子供ぶった言い方に、ノアが片眉を上げる。
小さな子供の我がままに見えたほうが、この場をスムーズに離れられるでしょう?
屈辱的ではあるけど、遊びに来たわけじゃない。さっさと登録を済ませるために、使える武器は全部使う所存だ。
「ああ、ジェイちゃんごめんねぇ。お兄さん取られて嫌だったんだよねぇ。わかるよ、わかるよ~」
ハルがまたどこかへ旅だちそうだ。
自分から子供に見られるように仕向けてなんだけど、ここまで子供扱いされると少々気に触る。
「そんなんじゃないよ。それから、"ちゃん"って呼ばないで。ぼくは男だよ」
「ハッ……美少女じゃなくて、美少年だったなんて……大丈夫!私はどっちも大好物よ!」
「なんの話だよ!」
ハルはちょっと危ない感じのする大人だった。
今後はあまり関わりたくないかも……と思うが、出会いからして何かしら縁を感じてならない。
よだれを垂らしていつまでも手を降ってくるハルと別れ、ぼくとノアはギルドのドアを開けた。
おお、視線が集まる集まる。
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