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第2章
第28話 青いリボンのお守り
しおりを挟む明日から休みに入る、という日曜日の夜。
業務も終わって使用人寮の自室に戻っていたぼくを、アルティアが訪ねてきた。
コンコンと控えめなノックの音がして、こんな時間に誰だろうとドアを開けると、アルティアが所在なさげに立っていたので驚いた。
ノアが何も言わなかったので、敵意のある者が訪ねてきたわけじゃないと察してはいたけど。
あってもサラか、調理師のディックかと思っていた。
「ちょ、ここは使用人寮ですよ!なんでこんな所に来てるんですか!しかもまたそんな薄いネグリジェで!」
さらりとしたレースの生地の胸部に緩やかな膨らみを見つけ、ぼくは慌てて目を背ける。
「だって……」
「もう、とりあえず中に入ってください」
お嬢様が深夜に従者の部屋を訪ねるところなど、誰かに見られたら問題になる。
ぼくはまだ8歳と思われているとはいえ、アルティアは"もう10歳"と呼ばれる年なのだ。
あらぬ噂でもたったら大変だ。
アルティアはマリアベルほど考えなしに行動する子ではないはずだけれど。今回の行動は彼女にしてはいささか浅慮だ。
厄介事の予感に目眩がして、ぼくは頭をかかえた。
アルティアはそんなぼくを見て、ちょっとだけ反省しているような顔をする。
「あのね、明日からジェシーはお休みでしょ? だから、無事に帰って来れるように、お守りを渡そうと思ったの」
「お守りですか? さっきまで一緒にいたのですから、そのときに渡してくれればいいのに」
「だって、ベッドに入ってから思いついたんですもの」
そう言って、アルティアはぼくの右手をとった。
なんだ?と思っているうちに、ぼくの手首に青いリボンが巻かれた。
これは……
アルティアが気に入って髪留めに使っているリボンだ。
「これ、私のお気に入りのリボンなの。帰ってきたら、ちゃんと返すのよ?」
二人で散歩をしたあの朝の会話で、ぼくが何か話していない事情があると、アルティアは察している風である。
あれから、アルティアはさらにぼくを気にかけるようになっていた。そのタイミングで、ぼくが休暇を要求したのだ。
このままぼくがこの屋敷から逃げ出すのではと不安になっているのかもしれない。
アルティアはこのリボンをぼくに付けることで、無事に帰ってこないと許さない、と手綱をかけたつもりなのだろう。
可愛らしい行為に、知らず頬が緩む。
そんなことをしなくても、ぼくはまだしばらくここから逃げ出す予定はないのだけど。
「わかりました。お預かりしますね」
「よ、汚してはだめよ!」
「わかってます」
ぼくはくすくすと笑う。
そんなに大事なものならば、ぼくになんてよこさなければいいのに。
ハッと息を呑む音が聞こえてアルティアを見ると、薄暗い部屋の中、少し赤くなっているのが見えた。
どうしたのだろう。
また熱でも出したか?
「アルティア様、少しお顔が赤いようですね。体調がお悪いのですか?」
そう言って、柔らかな前髪をかきあげ、アルティアの額に手を当てる。
特に熱くはないようだけど……
「べ、べつに!元気よ!」
ぱっと距離を取られ、ぼくの手が宙に浮く。少し残念な気持ちで、腕を引っ込める。
「そうですか。もう夜も遅いですし、お部屋までお送りしますね」
「そ、そうね。送らせてあげてもよろしくってよ!」
めったに聞かない、アルティアの"お嬢様言葉"に笑いながら、ぼくは彼女を部屋まで送り届けるのだった。
せっかく王都まで行くのだから、お土産でも買ってきてあげようか。そうだ、髪飾りなんかいいかもしれない──と、薄闇の中に柔らかく揺れるアルティアの金の髪を見つめながら思った。
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