ぼくの大切なお嬢様〜悪役令嬢なんて絶対に呼ばせない〜

灰羽アリス

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第2章

第27話 魔物討伐のGOサイン

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「おぅふ………」

いま、ぼくの目の前には大きなクレーターが広がっている。 

さっきまで、緑色の絨毯が敷かれているようだった広い平野の中心。そこに、ぽっかりと茶色い土が見えていた。

ぼくは後ろにいるはずのノアを振り返る。

「ちょっと、やりすぎちゃったみたい……」

えへ、と小さな子供のように笑いかけるも、ノアは口をパクパクさせるだけだ。

「ノアー!ノアー!戻ってきて!」

ぼくはノアの体を激しく揺すった。

ハッと、ノアがぼくに気づく。

「我が君、は今後の使用を禁止します!!」

「う、うん、わかった」

だよね。
ぼくもこれは怖くて使えないや。
百人の軍隊だって、一撃でほふれそうだもの。

ぼくが使った魔法は、闇魔法で作れる黒炎を応用し、爆発させる広範囲魔法。ぼくとノアで作った新作だ。
この魔法を試すため、ぼくとノアは闇魔法のひとつ、"影渡り"を使って、屋敷から5キロほど離れた草原に来ていた。
"影渡り"はその名の通り、影に潜ったまま、影から影を走り抜けることができる魔法だ。馬車で2時間の距離も、15分ほどに縮めることができる。

「よし。これで広範囲魔法の使用テストも終わったし、今度はいよいよ魔物討伐だね!」

「まぁ、はい、そうですね……。今となっては、我が君が魔物程度に遅れを取るとも思えませんし……」

と言いつつも、ノアは浮かない顔だ。

つい昨日、ぼくはノアに一太刀入れることができたのだ。
これで約束は果たした!
といっても、頬にかすり傷をつけられた程度だけど。
一太刀は一太刀だ。

ノアの傷はもう、すっかり消えている。
魔族の身体は丈夫で、治癒力も高いのだ。

「ノアは魔物と戦ったことがあるの?」

「ええ、まぁ。といっても、ハンターのように積極的に狩りにいったわけではなく、あちらから向かって来られたので、ちょちょいっと」

ちょちょいって。
まぁ、そうだろう。ぼくをまるで仔猫を扱うように軽くあしらうものね。

「魔物ってどれくらいの強さかな? ぜんぜん想像できないんだけど」

「魔物にも強さのランクがあるようですよ。もっとも、人間が勝手につけただけですが。まぁ、成人した魔族なら、魔物相手にまず遅れはとらないでしょう」

魔族にとって成人とは、成長の停止を意味する。
だいたい25歳くらいだと言われている。
ぼくはまだ13歳だから、未成年で、成長途中だ。

「ちゃんと戦えるかな」

「いまの我が君なら、オーガくらいなら簡単に殺れるでしょう」

オーガはゴブリンの最上種だ。
赤い肌と鋭い牙、角を持ち、その体は巨漢。ひどく醜悪な見た目だと魔物図鑑に書いてあった。

"オーガ"は、古代語で、"人型の怪物"を意味する。
この人型の魔物を、魔族だと勘違いする人間もいるらしい。
実際、魔族にも"鬼"という種族がいて、赤ら顔と角のせいで、オーガと間違われることも多い。
そのことを、魔界の魔族たちもからかいのネタにしている。からかう度、「俺たちはオーガほどバカではないわ!」と鬼は怒る。魔物は基本的に知能が低いので、一括にされると心外らしい。
ちょっとしたネタ話だ。
といっても、鬼の外見は人間に近く、角を隠せば人間界でも生活できるレベルで、本物のオーガとは似ても似つかない。
それを言ってしまえば、ゴブリンの見た目だって、人間に近い。緑色の子供といったところだ。
こんなふうに、魔物には魔族と人間と似た容姿を持つものもいる。
いったい魔物とは何なのか───

それはともかく、

「ハンター登録しに行かないと」

魔物を殺せば魔石が手に入る。
この魔石、売ればなかなかの金額になる。
父上から資金援助が受けられないぼくにとって、魔石の売却金は今後も貴重な資金源となる予定だ。
魔物討伐の経験値を得ることができ、金も手に入るなんて実にオイシイ。
公爵家で過ごす分には生活費がかからないので、金は必要ない、とも思えるが、やっぱり自由にできる金はあったほうがいい。何があるかわからないし。

しかし、ハンター登録をしていない者の魔石の売買は禁止されている。
さっき言ったみたいに、魔石は金になる。
力のない一般人が稼ぎを求めて魔物討伐に向かって殺される、なんてことが昔はよくあったらしい。
そこで、ハンター登録試験というハードルを設けることで、そこそこの実力がある者のみに魔物討伐及び魔石売買の資格を与え、力のない者が魔物討伐で死ぬことがないように配慮した体制が出来上がった。
面倒だけど、魔石売買を望むなら、ぼくハンター登録をしなければならない。

ハンター登録はハンターギルドで行う。
そこで実力試験を受けて、合格すれば晴れてハンターとなれるのだ。

ハンター登録の受験資格は13歳から。
ただし、保護者とバディを組んで仕事を受けるという条件で、最低限の実力を満たすものならば、10歳から可能。
今のぼくは背が伸びたといっても13歳にはどうしても見えないので、保護者同伴が必須。
ぼくはギルドの解説本でこの事実を知って、ノアに保護者になってもらえるように頼み込んだ。
ノアは浮かない顔でしぶしぶ了承してくれた。ノアは極力、ぼくに危険な真似はさせたくないのだ。それでもぼくが危険地へ赴くというならば、無理に止めてこっそり抜け出されるよりも、同行して側で守る方がずっと安心だという判断からの了承だろう。

「我が君、ハンター登録はいいですが、くれぐれも無茶をされませぬよう」

「わかってるよ」

とは言っても……
屋敷を抜けだける早朝や深夜では、ハンターギルドは開いていない。
登録しに行くなら、どうしても日中となる。
一日だけでも、休みがもらえるようアルティアに頼んでみるか……
従者から休みがほしいと申し向けるなど、生意気と言われるだろうか。




「休みがほしい?」

アルティアは数学の問題を解いていた手を止め、ぼくに体を向けた。

「はい」

「そう……そうよね。お休み……」

「だめですか?」

「い、いいのよ!そうよね、ジェシーにも休みが必要だわ。気づいてあげられずに、ごめんなさい………」

アルティアはしゅんとうなだれる。
どうやら彼女は、ぼくが仕事に疲れたので休みがほしいと言っていると思ったみたいだ。

別に、従者の仕事で疲れることはない。
ほとんどアルティアの介護だし。割と楽しくやっている。
別のことで精神的に疲労を感じることはあるけれど───

アルティアの誤解を解くために、言い訳を取り繕う。

「貧民街に、一度帰ってみようかと思いまして」

「そう。あの日は着の身着のままで連れてきてしまったものね。……わかったわ。休みを出します」

「ありがとうございます」

「でも……危険はないの? その、貧民街はあまり治安がよくないと聞くわ。だれか護衛をつけましょうか」

「いいえ、それには及びません。貧民街の危険な場所は熟知しておりますので。そこには近づきません。ずっと住んでいた場所なのですから、大丈夫ですよ」

「でも……」

「大丈夫です。必ず無事に帰ってきます」

「本当ね? 絶対、約束よ?」

心配だわ、と落ち着かないアルティアをなだめすかし、結果、翌週の月曜日からの3日間の休みをもらうことができた。
"影渡り"魔法で行き来の時間は短縮できるし、一日だけでもよかったのだけど、主人として寛大な所を見せたかったのか、アルティアは苦渋の表情で、ぼくに3日間の休みを出したのだった。

「ジェシーくん……」

と、サラが非難めいた視線を向けてくる。
きっと、ぼくが2週間の謹慎を言い渡されていた間の苦労を思い出したのだろう。
ごめん、サラ。これもアルティア付きメイドの宿命だ。頑張って。

ともかく3日も休みをもらえたのだ。
ついでに教会を見に行ってみるのもいいかもしれない。
魔族は絶対に近づかない忌々しい場所だけれど、光魔法の保持者が現れるまであと最短で3年しかないのだ。動きがないか、探りを入れてみるのも必要だろう。
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