24 / 50
第2章
第23話 王子の来訪①
しおりを挟む王子殿下の馬車を出迎えるため、サンロード公爵家の使用人一同は、屋敷の外に出てきっちり整列した。
アルティアは公爵と並んで開け放たれた玄関扉の中央に立つ。その少し後ろに、愛人の女……公爵夫人と、マリアベルが立っている。
使用人列の端、ぼくはアルティアの近くに控える。出迎えの挨拶が終わればすぐにアルティアに付き従えるように。
総出の出迎えだ。すごい迫力。
人間の王族の出迎えは異常だな。
ぼくも一応王族だけど、こんなに堅苦しい出迎えは受けたことがない。受けたいとも思わないけど。
『ノア、警戒よろしく』
と、ぼくの影の中にいるノアに念話をおくっておく。
『おまかせを』
何があるかわからないからね。
警戒は怠らないに限る。
しばらくして、やっと白塗りの馬車の姿が門から入ってくるのが見えた。
白馬4頭立ての立派な馬車だ。
周りを囲む騎馬の護衛の数も多い。20騎以上いそうだ。
ゆるやかに弧を描きながら馬車が止まり、間髪入れずに一人の痩せた男が出てきて、高らかに宣言する。
「ハロルド・ディ・オステンブルク殿下のおなりである」
いよいよだ。
ぼくら使用人は頭を下げる。許されるまで王子の顔を見てはいけない。
「サンロード公爵。今日は世話になる」
王子の声だろうか?
まだ少しだけ幼気の残る声がした。
「殿下、ようこそいらっしゃいました。どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さいませ」
公爵が答える。
「アルティア嬢」
と、王子。
横目に足元しか見えないが、王子の声は抑揚がなく、笑みを含むものでもなかった。
「いらっしゃいまし、ハロルド王子殿下」
アルティアが王子の差し出した手に、手を添えて礼をとる。
片足を下げ、王族より背を引くして軽く頭を下げるのが挨拶のマナーらしい。
互いの挨拶も終わったところで、公爵が王子一行を屋敷に促す。
これでやっと開放された使用人たちは、割り振られた仕事につくべくそそくさと散っていく。
ぼくも顔をあげ、アルティア様の後ろに付き従った。
ちらりと視線を上げると、王子の後ろ姿が見えた。
銀髪だ。人間の銀髪なんて初めて見た。
魔族には一定数いるから、魔界では見慣れたものだけど。
と、一行が屋敷に入りきる直接、
「ハロルド様!」
マリアベルだ。
王子に駆け寄ってくる。
そして、あろうことか、王子の手を握った。
ぴんと場の空気が貼り詰める。
使用人も、公爵やアルティアも言葉を失っていた。
そりゃそうだ。
声をかけられたわけでもないのに下位の貴族から王族を呼び止め、あまつさえ、名乗られたわけでも許しを得たわけでもないのに王子を名前呼び。
貴族としてあるまじきマナー違反だ。
サンロード公爵家の品位を疑われかねない。
ふと見えた王子の顔も困惑ぎみ。
王子の護衛や付き人たち大人も唖然としている。
一方、ぼくは別のことでも驚いていた。それは王子の容姿に対してだ。人間にしては、かなり整った顔をしている。
アメジストの目はややつり目で少しきつい印象だけど。
すっと高い鼻筋が、彼の気位の高さを感じさせた。ああ、彼は王族なのだなと納得させられる。
「はじめまして、ハロルド様!わたしはマリアベル。よろしくね!」
マリアベルのタメ口発現に、周囲の人間はもう卒倒せんばかりだ。
あとは王子の怒声を待つばかり。公爵なんかは、どうやって自分の首を守るか必死に策を巡らせていることだろう。
頭ごなしに怒られるマリアベルというのも、ちょっと見物だ。
普段ベタベタに甘やかされている彼女には、いい薬になる。
世の中すべて、君の思い通りになるとは限らないのだよ。
王子の怒鳴り声に備えて、アルティアの耳をそっと隠す。
が、
「あ、ああ…」
予想に反し、王子は怒鳴ったりしなかった。
呆けた顔でマリアベルを見ている。
呆れすぎて、混乱しているのかもしれない。
「サンロード公、彼女が最近屋敷に迎えたという庶子か?」
「はい。最近まで市井で過ごしていたもので……ご無礼をどうかお許しください」
公爵も、流石に顔色が悪い。
これを期に反省して、今後はマリアベルを厳しく躾けてほしいところだ。
それにしても、王子はサンロード家の事情を知っているのか。
「パパ、私もお姉様たちと一緒に行っていいでしょ? 私も王子様とお話したい!」
ぼくとアルティアは、このあと客室で王子をもてなす予定だ。
公爵と夫人とマリアベルはここで退場するはずだった。
王子はあくまで、婚約者であるアルティアに会いに来ているからだ。
「こら、マリー。我がままを言ってはいけないよ。申し訳ありません、殿下」
「ぶぅ、やだやだ、お話したい!」
「マリー」
と、
「ぷっ、あっはははは」
王子が笑いだした。
え、笑えるポイントあったっけ?
「別にいいぞ。お前がいたほうが楽しそうだ」
なんと、同行の許可まで与えてしまった。
こっちとしてはたまったもんじゃない。
マリアベルは最近何かと話しかけてくるし、正直、対応に疲れるのだ。彼女は影からこっそり"監視"するくらいがちょうどいい。
「お前じゃありませんーっ。わたしにはマリアベルって名前があるの!」
「ああ、マリアベル」
こいつ……
アルティアのことは、アルティア"嬢"と他人行儀で呼ぶくせに、マリアベルはいきなり呼び捨てかよ!
「うふふ」
とマリアベルは上機嫌だ。
その笑みを見て、ゾワッと背中に鳥肌が立った。
なんだ、この得体のしれない不快感は。
『我が君、微量ですが、魅了魔法を感知しました』
『闇属性の魔法! まさか、この場に他に魔族がいる……? 誰が使ってるかわかる?』
『はい。術者はマリアベルですね』
『は?…………マリアベルは魔族なの?』
『いえ、マリアベルは魔族ではありません。同族であれば魔力の性質ですぐにわかります。彼女は間違いなく人間ですね』
『どういうことだ? 人間に魔法は使えないはずでしょ? ましてや闇魔法なんて』
『ええ……妙ですね。彼女には魔力すらないのです。それなのに、どうやって闇魔法のチャームを使っているのか。まるで見当もつきません』
ど、ど、と心臓が嫌に鳴る。
いったいどういうことだ?
人間で、魔力がなくて、なのに闇魔法のチャームが使えて、光魔法を発現させる可能性のある『聖女』候補。
情報がちぐはぐで噛み合わず、答えが見つからない。
『マリアベルは……何者だ?』
『わかりません……なにせ、比べうる対象がいないのですから……』
「何してるの、ジェシー。早く行くわよ」
アルティアがぼく呼ぶ。
見ると、王子とマリアベルがずっと向こうにいた。ちょうど、廊下の角を曲がって彼らの背が消える。
廊下の始めで待ってくれていたアルティアに小走りに駆け寄る。
「すみません、アルティア様」
「もう、今日は私達が主催なんだから、しっかりして!」
「はい」
アルティアの後ろを歩きながら、ノアと話を続ける。
『さっきのあれ、王子は魅了されたんだよね?』
『そのようですね。もっとも、少し高感度を上げるくらいのごく弱いチャームでしたが。しばらくすれば、自然と解けるでしょう』
『はぁ? じゃあ、あの王子、チャームなんて関係なしにマリアベルを気に入ってるってこと? ただ失礼な態度をとられただけだろうに』
『きっと特殊な性癖の持ち主なのですよ』
『とりあえず、マリアベルの動向をさらに注視しよう。……父上にも伝えないと』
なんとも、───厄介だな。
0
お気に入りに追加
619
あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。
石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。
ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。
ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。
母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる