ぼくの大切なお嬢様〜悪役令嬢なんて絶対に呼ばせない〜

灰羽アリス

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第2章

第23話 王子の来訪①

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王子殿下の馬車を出迎えるため、サンロード公爵家の使用人一同は、屋敷の外に出てきっちり整列した。

アルティアは公爵と並んで開け放たれた玄関扉の中央に立つ。その少し後ろに、愛人の女……と、マリアベルが立っている。

使用人列の端、ぼくはアルティアの近くに控える。出迎えの挨拶が終わればすぐにアルティアに付き従えるように。

総出の出迎えだ。すごい迫力。

人間の王族の出迎えは異常だな。
ぼくも一応王族だけど、こんなに堅苦しい出迎えは受けたことがない。受けたいとも思わないけど。

『ノア、警戒よろしく』

と、ぼくの影の中にいるノアに念話をおくっておく。

『おまかせを』

何があるかわからないからね。
警戒は怠らないに限る。



しばらくして、やっと白塗りの馬車の姿が門から入ってくるのが見えた。
白馬4頭立ての立派な馬車だ。
周りを囲む騎馬の護衛の数も多い。20騎以上いそうだ。

ゆるやかに弧を描きながら馬車が止まり、間髪入れずに一人の痩せた男が出てきて、高らかに宣言する。

「ハロルド・ディ・オステンブルク殿下のおなりである」

いよいよだ。

ぼくら使用人は頭を下げる。許されるまで王子の顔を見てはいけない。


「サンロード公爵。今日は世話になる」

王子の声だろうか?
まだ少しだけ幼気の残る声がした。

「殿下、ようこそいらっしゃいました。どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さいませ」

公爵が答える。

「アルティア嬢」
と、王子。

横目に足元しか見えないが、王子の声は抑揚がなく、笑みを含むものでもなかった。

「いらっしゃいまし、ハロルド王子殿下」

アルティアが王子の差し出した手に、手を添えて礼をとる。
片足を下げ、王族より背を引くして軽く頭を下げるのが挨拶のマナーらしい。

互いの挨拶も終わったところで、公爵が王子一行を屋敷に促す。
これでやっと開放された使用人たちは、割り振られた仕事につくべくそそくさと散っていく。
ぼくも顔をあげ、アルティア様の後ろに付き従った。

ちらりと視線を上げると、王子の後ろ姿が見えた。

銀髪だ。人間の銀髪なんて初めて見た。
魔族には一定数いるから、魔界では見慣れたものだけど。

と、一行が屋敷に入りきる直接、

「ハロルド様!」

マリアベルだ。
王子に駆け寄ってくる。
そして、あろうことか、王子の手を握った。

ぴんと場の空気が貼り詰める。

使用人も、公爵やアルティアも言葉を失っていた。

そりゃそうだ。

声をかけられたわけでもないのに下位の貴族から王族を呼び止め、あまつさえ、名乗られたわけでも許しを得たわけでもないのに王子を名前呼び。
貴族としてあるまじきマナー違反だ。
サンロード公爵家の品位を疑われかねない。

ふと見えた王子の顔も困惑ぎみ。
王子の護衛や付き人たち大人も唖然としている。

一方、ぼくは別のことでも驚いていた。それは王子の容姿に対してだ。人間にしては、かなり整った顔をしている。
アメジストの目はややつり目で少しきつい印象だけど。
すっと高い鼻筋が、彼の気位の高さを感じさせた。ああ、彼は王族なのだなと納得させられる。

「はじめまして、ハロルド様!わたしはマリアベル。よろしくね!」

マリアベルのタメ口発現に、周囲の人間はもう卒倒せんばかりだ。
あとは王子の怒声を待つばかり。公爵なんかは、どうやって自分の首を守るか必死に策を巡らせていることだろう。

頭ごなしに怒られるマリアベルというのも、ちょっと見物だ。
普段ベタベタに甘やかされている彼女には、いい薬になる。
世の中すべて、君の思い通りになるとは限らないのだよ。

王子の怒鳴り声に備えて、アルティアの耳をそっと隠す。

が、

「あ、ああ…」

予想に反し、王子は怒鳴ったりしなかった。
呆けた顔でマリアベルを見ている。
呆れすぎて、混乱しているのかもしれない。

「サンロード公、彼女が最近屋敷に迎えたという庶子妾に産ませた子か?」

「はい。最近まで市井で過ごしていたもので……ご無礼をどうかお許しください」

公爵も、流石に顔色が悪い。
これを期に反省して、今後はマリアベルを厳しく躾けてほしいところだ。

それにしても、王子はサンロード家の事情を知っているのか。

「パパ、私もお姉様たちと一緒に行っていいでしょ? 私も王子様とお話したい!」

ぼくとアルティアは、このあと客室で王子をもてなす予定だ。
公爵と夫人とマリアベルはここで退場するはずだった。
王子はあくまで、婚約者であるアルティアに会いに来ているからだ。

「こら、マリー。我がままを言ってはいけないよ。申し訳ありません、殿下」

「ぶぅ、やだやだ、お話したい!」

「マリー」

と、

「ぷっ、あっはははは」

王子が笑いだした。

え、笑えるポイントあったっけ?

「別にいいぞ。お前がいたほうが楽しそうだ」

なんと、同行の許可まで与えてしまった。

こっちとしてはたまったもんじゃない。
マリアベルは最近何かと話しかけてくるし、正直、対応に疲れるのだ。彼女は影からこっそり"監視"するくらいがちょうどいい。

「お前じゃありませんーっ。わたしにはマリアベルって名前があるの!」

「ああ、マリアベル」

こいつ……
アルティアのことは、アルティア"嬢"と他人行儀で呼ぶくせに、マリアベルはいきなり呼び捨てかよ!

「うふふ」
とマリアベルは上機嫌だ。

その笑みを見て、ゾワッと背中に鳥肌が立った。
なんだ、この得体のしれない不快感は。

『我が君、微量ですが、魅了魔法チャームを感知しました』

『闇属性の魔法! まさか、この場に他に魔族がいる……? 誰が使ってるかわかる?』

『はい。術者はマリアベルですね』

『は?…………マリアベルは魔族なの?』

『いえ、マリアベルは魔族ではありません。同族であれば魔力の性質ですぐにわかります。彼女は間違いなく人間ですね』

『どういうことだ? 人間に魔法は使えないはずでしょ? ましてや闇魔法なんて』

『ええ……妙ですね。彼女には魔力すらないのです。それなのに、どうやって闇魔法のチャームを使っているのか。まるで見当もつきません』

ど、ど、と心臓が嫌に鳴る。
いったいどういうことだ?

人間で、魔力がなくて、なのに闇魔法のチャームが使えて、光魔法を発現させる可能性のある『聖女』候補。
情報がちぐはぐで噛み合わず、答えが見つからない。

『マリアベルは……何者だ?』

『わかりません……なにせ、比べうる対象がいないのですから……』


「何してるの、ジェシー。早く行くわよ」

アルティアがぼく呼ぶ。

見ると、王子とマリアベルがずっと向こうにいた。ちょうど、廊下の角を曲がって彼らの背が消える。

廊下の始めで待ってくれていたアルティアに小走りに駆け寄る。

「すみません、アルティア様」

「もう、今日は私達が主催なんだから、しっかりして!」

「はい」

アルティアの後ろを歩きながら、ノアと話を続ける。

『さっきのあれ、王子は魅了チャームされたんだよね?』

『そのようですね。もっとも、少し高感度を上げるくらいのごく弱いチャームでしたが。しばらくすれば、自然と解けるでしょう』

『はぁ? じゃあ、あの王子、チャームなんて関係なしにマリアベルを気に入ってるってこと? ただ失礼な態度をとられただけだろうに』

『きっと特殊な性癖の持ち主なのですよ』

『とりあえず、マリアベルの動向をさらに注視しよう。……父上にも伝えないと』

なんとも、───厄介だな。

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