ぼくの大切なお嬢様〜悪役令嬢なんて絶対に呼ばせない〜

灰羽アリス

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第2章

第21話 誕生日パーティー

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言われた通り、いつもより30分遅くアルティアの部屋へと向かった。

コンコン、とドアをノックする。 

「お嬢様、ジェシーです。よろしいですか」

「ま、待って!!まだ開けないで!」
と、中からアルティアの声。

ドタバタ、ガシャガシャとすごい音がした。

いったい何事!?

ぼくは慌てて扉を開けた。

中で何か作業をしていたらしきアルティアとサラがぴたりと動きを止める。
アルティアにいたっては、床に転がったままだ。
さっきの音は転んだ音だったのね。

あ、何か背中に隠したな。怪しい。

「まだ開けないでって言ったのにー!!」

「それは……すみません。で、何してるんです、二人とも」

アルティアが起き上がり、背中に隠したものをぼくに向けた。

パンと乾いた音のあと、ヒラヒラと色とりどりの紙くずが舞う。

それはクラッカーだった。

「ハッピーバースデー!ジェシー!!」

「え……?」

パン、とサラが遅れてクラッカーを鳴らす。

「ああ、やっと鳴ったわ。かたいわ、この紐。あ、ジェシーくん、お誕生日おめでとうございます」

改めてアルティアの部屋を見回すと、色紙や風船でたくさん飾られていた。
壁には、ハッピーバースデー、ジェシーの文字。
テーブルの上にはそこそこ豪華な食事とケーキが乗っていた。

「え、あの、あの」

事態がうまく把握できなくて、目がまわる。

……この二人は、ぼくの誕生日を祝ってくれているのか?

そういえば、誕生日は6月の終わりだと答えたことがあったかもしれない。

「なにぼーっとしてるのよ!ほら、こっちにきて、はい、座って」

いつもはアルティアが座るテーブルの上座に座らされる。

あれよあれよという間に、バースデーソングが歌われ、訳の分からぬうちにケーキの蠟燭ろうそくの火を吹き消す。

「願い事はもちろん、主人の私の健康よね?」

というアルティアの軽口にやっと思考が追いついた。

もんちろん、となんとか答える。

長い時を生きる魔族には、毎年の誕生日を祝うという習慣がない。
だから、こういったサプライズには慣れていないのだ。
おめでとう、と口々に言われ、体中がむず痒くなった。

「誕生日祝いなんて、初めてです……」

そう言うと、アルティアが悲しげに眉を下げるので、

「貧民街にいた頃はそんな余裕もなかったですし」

と慌てて言い訳する。この言い訳は失敗だったようで、アルティアの表情を益々悲しいものにさせてしまった。と、アルティアはパンとテーブルを叩いて立ち上がると言い放つ。

「だったら、今までのぶん、私が全部お祝いしてあげるわ!」

まずはプレゼントよと、アルティアが小さな包を差し出してきた。青いリボンが結んである。

「開けてみて」

そわそわと落ち着かないアルティアを横目に、青いリボンを解く。

すると、

「これ……」

それは、青い石のピアスだった。
青い色は空を写しこんだようなアルティアの目と同じ色だ。

「私の目と同じ色なの。こんなの贈られたら重いかしら……」

ぽっと頬を染めてこちらを上目遣いに伺う彼女を見て、不意に愛しさが込み上げてくる。

ピアスをそっと手のひらに置く。指先が震えた。

父上の命令でアルティアの従者を続けているにすぎないぼくの事情を知らない彼女は、"孤児のジェシー"によくしてあげようと一生懸命だ。

ぼくはそんな優しい彼女を欺き、その心を裏切っている。
頭ではわかっているつもりだった。
それをいま、現実に叩きつけられた気分だ。

記憶を失うことなく、アルティアに出会えていればよかった。
魔界にいた頃のぼくのままならば、彼女の優しさや可愛らしさに気づこうともせず、ただ淡々と"監視者"の務めを果たすため、彼女の"従者"を演じきることができたはずなのに。

魔族であった記憶がないまま、何のしがらみも先入観もなくアルティアを見てしまったがために、彼女の愛らしさに気づいてしまったその頃の記憶が、今もなおぼくを苦しめる。

どうして、アルティアはサンロードの娘なんだろう。どうして、アルティアは次代の『聖女』候補なのだろう。 

どうしてぼくは、魔王の子で、"孤児のジェシー"じゃないのだろう。

いつまで、こんな思いが続くんだ?

そうか、あと3年。アルティアが13歳になり、光魔法を発現させるかどうかわかるまで。

それまでずっと彼女を騙し続けるんだな。

3年後、ぼくらは敵対する運命にあるのだろうか。

もし、アルティアが『聖女』となって、たくさんの人間たちと魔界に攻めて来たとき、ぼくは時期魔王として彼女の前に立ちはだかることになる。
そのとき、アルティアはぼくの正体を知るだろう。
今はこうして安心しきった無邪気な笑顔を向けてくれるアルティアの、その時の表情はどんなだろうか。憎悪に駆られ、赤く染まっているだろうか。
丸い大きな目を歪め、憎しみのこもった鋭い目でぼくを睨みつけるだろうか。

アルティアがぼくをぎゅっと抱きしめた。

「このピアスを私だと思って大事にしてね。……ずっと、側にいるわ。毎年、毎年、あなたの誕生日を一番に祝ってあげる。だから、ジェシーもずっと私の側にいてね」

「……ごめん、アルティア、様……」

「どうして謝るのよ。ここはお礼を言うところでしょう?」

「はい……ありがとうございます」

「どういたしまして、ジェシー」

そっと体を離したアルティアが、ぼくにピアスをつけた。

両耳に、アルティアの目と同じ色の青い石が輝いた。

このピアスが、この先待つ困難からぼくを逃さないための足枷であるかのように重く感じられた。

その一方で、彼女の色を身につけられることを嬉しいと思っている自分がいることからは、目を背けた。


主人からもらったものを身につけるのは、従者として自然なこと。
今のぼくはアルティアの従者なんだから、彼女にもらった物を身に着けていても何もおかしくないよね。

『我が君、お誕生日おめでとうございます。13歳ですね』

『うん、ありがとう、ノア』

16歳のぼくは、そのときどういう決断をするのだろうか。
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