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第2章
第20話 王子来訪の知らせ
しおりを挟むまだ辺りも薄暗い早朝。
ぼくはノアに、対人戦を想定した稽古をつけてもらっていた。
ぼくが持つのは、レシド先生からもらった短剣。
対するノアは素手。
ノアはぼくの短剣を簡単にかわし、手刀でぼくを地面に沈めた。
「情けない。これが魔族の動きですか」
ノアは呆れ顔でぼくを見下ろす。
記憶を失っていた間、人間として生活していたせいで、体がすっかり鈍ってしまっている。
「ぼくをこんなふうにしたのはノアの魔法のせい、でしょ!」
短剣を構え直し、ナイフを突き出す。
が、それもひょいと避けられ、ぼくはバランスを崩して倒れてしまう。
はぁ、はぁ、と肩で息をするぼくに、ノアは言う。
「お話になりませんね。まずは体力を戻すことから始めませんと。走り込みでもしますか」
「えぇ!やだよ、疲れる。対人戦の稽古で少しずつ力を戻していけばいいよ」
「何をぬるいことを。魔族は常に人間より強くなければならないのです。でなければ、いざという時に自分の身を護れません」
「魔法があるから大丈夫」
「魔法は魔力がなければ使えません。そして、魔力が無くなれば、回復までに時間がかかる。いくら我が君の魔力が膨大とはいえ、魔法に頼りきりの戦闘では危ういのですよ」
「はぁ、わかったよ」
「ほら、きびきび走る!」
「はーい」
ノアの指示は、足元の悪い森の中をトップスピードでひたすら走れというものだった。
ぼくは何度も木の根に足を取られ、転けて擦り傷を作りながらも、ノアの終了の号令がかかるまでひたすら走り続けた。
こうして汗まみれになりながら走り込みを終えた頃には、直近にできた擦り傷以外はほとんどの傷が治っている。地面に座っていると、疲れもどんどん回復していく。魔族の体は丈夫なのだ。こんな無茶な走り込みをしても死なない程度には。
そうして早朝の過激な運動を終え、使用人寮で軽く水浴びをしてから本宅の屋敷へ出向く。
いつものようにアルティアの今後スケジュールを確認していると、ニ週間先の予定に気になる記述があった。昨日までなかった記述だ。
『ハロルド・ディ・オステンブルク第2王子殿下来訪ー午後14時頃ー』
第2王子……ああ、アルティアの婚約者の王子か。
そういえば、この家に来て2ヶ月近く経つけれど、王子が訪ねてきたことは一度もなかった。
アルティアが最後に王子に会ったのは、ぼくを王都の貧民街で拾った日だという。その日は、王子に会いに王宮を訪れていたそうだ。ぼくを拾ったのはその帰り道でのこと。
婚約者といっても、そんなに頻繁に会うわけじゃないんだな。
サンロード公爵家から王都の王宮までは、馬車で3時間ほどで、もっと頻繁に行き来しようと思えばできなくもないと思うけど。
そんなことを考えていると、執事のセーロンに呼ばれた。王子殿下来訪について話があるという。
「本来であれば、お前のような下賤の者を殿下の前に出すわけにはいかないが、今回ばかりはあちらがそれをお望みだ。なんでも、お嬢様が平民の子供を新しい従者に迎えたと殿下への手紙に書いたらしくてな。殿下がお前に会いたいそうだ」
「そうですか」
「絶対に、絶対に!粗相のないようにな。お前には旦那様の件で前科があるからなぁ。どうにも信用できん」
「王子殿下はそんなにムカつくような方なんですか」
「これ!声高にそういうことを言うんじゃない!不敬罪で捕まるぞ!……まぁ、ちょっとそのぉ……アレな感じではある。うむ」
「わかりません。はっきり言ってくれないと」
「だからそのぉ、ちょっと、我が強い方であらせられ……」
「つまり、王子殿下はわがままであると」
「そうは言っておらん、そうは。自分を強く持つことは、他者の意見に流されず、自分を貫き通すという王族として立派な資質で……」
「他者の提言には耳を貸さず、自身の意見を絶対に変えない、自分本位な方なのですね」
それって王族としてどうなんだよ、とは言わないでおく。
「……ゴホン。とにかく、2週間後だ。お嬢様にはドレスを新調するので、明日ママ・シュリを呼んであると伝えてくれ。あとはもてなし用の紅茶や茶菓子だな。これも、いつもお嬢様がお選びになっているので、決めていただくように伝えてくれ」
それだけ言うと、セーロンは逃げる様に公爵の執務室へと去っていった。
ふむ。
面倒なことになったな。
人間界の王子がどんなやつか顔を拝んでやりたいところではあるけど、何か因縁をつけられて首打ちじゃ!なんてことになったらどうしよう。
ノアがいる限り、不意打ちで殺されることはないけれど、反撃してしまえば反逆罪とかになって、結局この家にはいられなくなってしまう。
まぁ、(見た目)8歳の子供を怒りに任せて殺した王子なんて醜聞が悪いし、そんなことにはならないとおもうけど。
アルティアを起こしに行く前にサラと合流するため、使用人の休憩所へといつも通りに向かう。
すると、食事の件で協力を仰いでいる調理師のディックに声をかけられた。
「おはよう、ディック。どうしたの?」
ディックは平民だ。同じ市井出身者として、ぼくには比較的に良くしてくれる相手だ。
「ああ、サラからこれをお前に渡してくれって」
そう言って、何かぼくに手渡してくる。
「カード?なんだろ」
「さあな。じゃ、渡したからな」
ディックはあっさりと去っていった。いつもは一言二言軽口を言ってくるのに。
ありがとう、とその背に言っておく。
【ディア、ジェシー
いつもより30分遅れて、私を起こしに来てね
フロム、ティア&サラ】
カードにはそう書かれていた。
アルティアか。というか、サラまで。
何を企んでいるんだ?
またしょうもないことを……と軽くため息をつく。
まぁ、乗ってあげましょうか。
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