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第2章
第17話 レシド先生のお土産
しおりを挟むテディのおかげで熟睡でき、すっきりと気持ちのいい目覚めを果たした今日この頃。
午後の授業に現れたレシド先生を、サラがドギマギと対応した。
昨日、少しからかいすぎたかもしれない。
意識しすぎて、から回らないことを祈る。
「やあ、ジェシーくん、久しぶり。元気そうだね。あれ、ちょっと背が伸びたんじゃないかい?」
「レシド先生、お久しぶりです。それ、おじょ……アルティア様にも言われました。先生は少し焼けましたね」
「あはは。さすが、お嬢様もジェシーくんをよく見てるね。うん、今回の出張先は暑いところだったからね。……というか、"アルティア様"、だって? いつから名前で呼ぶようになったんだい?」
「えー、それは……あはは」
とりあえず笑ってごまかす。
お嬢様と言おうとしたら、アルティアに睨まれたのだ。慌てて言い直したよ。うん。
「こ、ここここ紅茶です」
サラが震える手でレシド先生の前に紅茶を置こうとしている。
「ありがとうございます」
レシド先生が微笑む。
サラが固まった。
なんだか嫌な予感がして、ぼくは左手にかけていたナプキンをさりげなく広げて待機する。
ガシャーン!
うん、やると思った。
広げたナプキンで、先生の前に壁を作り、服が濡れないようにする。それからテーブルの上に流れていく紅茶を拭き取る。
「ご、ごめんなさいいいいいい」
「サラ、落ち着いて。新しいナプキンを持ってきてくれる?」
サラは頷き、ワゴンまで走っていく。
なんかそこでもガチャガチャやっている。
ぼくは呆れてその様子を見ていた。
「ねぇ、ジェシーくん、ぼくサラさんに何かしたかな?」
「ある意味?」
「えぇ?」
「サラは先生に久しぶりに会うので緊張しているのですわ」
アルティア様がフォローを入れる。
というかそれ、フォローなのか?
レシド先生はぼくの謹慎中、一度も授業に来なかったと聞いた。べつに、ぼくの謹慎は関係なくて、出張に行っていたとか。
先生は王立博物館に歴史資料の研究員として勤めている。王立博物館にはたくさんの歴史的資料が収められているという。
資料は古く崩れやすいものもあって、馬車で遠方から運んでくるのが難しい場合がある。そのときは、先生自らが出向いてその地で研究するそうだ。
まぁ、それで、3・4日に1度の頻度で授業に来ていた先生が2週間も来れなかったというわけだ。
「2週間もお休みをいただき、申し訳ありませんでした」
先生は苦笑いで頬をかく。
「いいえ、先生の本職はあくまで研究ですもの。存分に研究してくださいまし」
あら、アルティア、もしかして寂しかったのだろうか?
ちょっと機嫌が悪い?
「それで、どちらに行かれましたの?」
「ああ、今回は砂漠の国、サハルに行ってまいりました」
「まぁ!サハル!別名、"虹の国"ですわね!」
一転、アルティアがぱっと表情を明るくした。
サハルといえば、サンロード公爵家が所属するオステンブルク王国の、海を挟んで南にある国だったはず。
広大な砂漠の国であり、その国の者の案内がなければ決して街までたどり着けないとか。
「さすが、よくご存知ですね。そう、虹の国。オレンジ色の砂漠に囲まれた街はそれぞれ、青、赤、黃、緑の街に分かれています。今回はそのうちの青の街に行ったのですが、驚きました。建物も、階段も、道も、看板も、何もかもが青いのです!」
「素敵ね!聞いていた通りだわ!さぞかし美しかったでしょうね……」
「ええ、それはもう」
「いつか行ってみたいものだわ」
アルティアが少し悲しそうな顔をする。
公爵家の令嬢として、王子殿下の婚約者として、彼女は自身が行きたいと思う場所に気ままに赴けるという立場にないのだ。
ぼくも王子という立場上、少なからず行動の制約はあるので、そのもどかしさは理解できる。
「王家に入られた際には、国同士の友好の証ということで、視察に行くことになると思いますよ」
「……そうね、楽しみだわ」
先生に励まされ、そう返答しながらも、アルティアの表情はすぐれない。
ちらりと視線を向けられ、彼女と目が合う。その物憂げな目が、ぼくの中の何かを刺激し、思わずドキリとする。
「サハルというと、かなり遠いですよね。2週間だけでは行き帰りのみに終わってゆっくりできなかったのではないですか?」
ぼくは目をそらして、先生に話しかけた。このままでは、アルティアが何かまずいことを言い出しそうな予感がして。具体的に何かと言われればわからないけれど。
サハルに行くには、国を出るまで馬車で3日、船で4日、サハルに入っても街まで行くのに2日はかかると本に書いてあった。かなり急いでも、2週間だけではきつい旅程のはずだった。
「ああ、」と何を思い出したのか先生の顔色が悪くなる。
「今回は友人に借りたワイバーンを使ったからね」
「ワイバーンというと、腕が翼になったトカゲの魔物ですか」
「トカゲか。そんな可愛いものじゃないよ。人に飼われているといっても、アレはやっぱり魔物だね。私を見てヨダレを垂らしてたんだよ。餌と認識されたのかとビクビクしたよ」
先生は冷水でも浴びせられたように身震いして続ける。
「ワイバーンだと片道一日で済むんだ。速いのなんの……だが、アレに一日中乗ったままなど、正直生きた心地がしなかったよ。もう一度乗れと言われても、私は絶対にお断りだ。たとえ時間がかかったとしても陸海回路で行くよ」
「すごいな。ぼくも乗ってみたい」
「きみ、私の話聞いてた?」
ぼくの発言に、先生は思いっきり顔をしかめる。
魔界にもワイバーンはいるけど、ぼくは乗ったことがなかった。
危ないからと、大人たちが止めるのだ。
魔族の体は丈夫なんだから、落ちたくらいじゃ死なないだろうに。大げさなんだから。……死なないよね?
「ジェシー、それなら私のワイバーンに乗るといいわ」
とアルティア。
「えっ、"私のワイバーン"?」
「北の森の竜舎にいるの」
ワイバーンを飼育するのは難しいとされる。
元々野生で育ったワイバーンを手懐けるのは無理だ(魔界には手名付ける闇魔法があるけど、それは置いといて)。
そこで、人間たちは、ワイバーンの巣から卵を盗み出し、人の手で孵す。といっても、無事に孵るのは3割がいいところ。そこから成竜にまで育つものはもっと少ない。
だから、人間に飼われているワイバーンの絶対数はかなり少ない。多くは王家が所有し、あとは貴族家の中でも高位貴族家が数匹所有しているだけだと聞く。
サンロードも公爵家。高位中の高位の貴族だ。ワイバーンくらい所有しててもおかしくないか。
それにしても、アルティアによると、サンロード公爵家には三匹ものワイバーンがいるらしい。
公爵と、長男のアデル、そしてアルティア、それぞれ専用のワイバーンが。
「そういえば、最近会いに行っていなかったわ。ちょうど良い機会だし、明日にでも一緒に会いに行きましょう」
明日はピクニックだわ、とお嬢様がはしゃぐ。
やれやれ、スケジュールを調整しないと。
いつの間にか戻ってきていたサラが、新しい紅茶を先生に出す。
今度はちゃんと置けていた。
と、
「お嬢様、少し失礼します」と声をかけてから先生が立ちたがり、サラに向き合う。
そしてサラの手をとった。……手をとった!?
「え、え」と混乱するサラをよそに、先生はサラの手首に何かつけている。
シャラリと銀色に輝く、それはブレスレットだった。きれいにカットされた青い石がついている。
「サハルで買ってきました。ぼくはこのブルーサファイアにかけて、"あなたに誠実である"と誓いましょう」
そう言って、先生はブレスレットにキスを落とす。
うわぁ、キザだ。父上を思い出した。母上に対していつもあんなだからね。
こっちが恥ずかしくなるよ。
"誠実"というのはブルーサファイアの石言葉だろうか?
アルティアを見ると、顔を真っ赤にしていた。
サラはといえば、真っ赤どころじゃない。口を魚みたいにぱくぱく言わせている。
このままじゃらちがあかないので、ぼくはサラのエプロンをこっそり引っ張ってやる。
「………はい、ありがとうございます」
サラがなんとか絞り出すように言った。
帰り際、先生はお嬢様にもサハルのお土産を渡していた。
「ピンクローズという石です」
「まぁ、きれい」
ピンク色の小さな石がバラ型にカットされていた。
(「これは恋が叶うお守りなのですよ。お嬢様の恋が叶いますように」)
最後、先生が何かお嬢様に耳打ちしていたけれど、内容は聞き取れなかった。でも、お嬢様が真っ赤になっていたから、またキザったらしい言葉をかけたのだと思う。そういうセリフを吐くのはサラ相手だけにしてよね。まったく。
先生がぼくにウインクしてきたけど、ぼくは睨みをお返ししてあげた。
「それからこれはジェシーくんに」
「え?」
先生が渡してきたのは短剣だった。刃の部分は革製の鞘に納まっている。
とても高価そうなものだった。
「お嬢様をしっかり護るのですよ」
先生の真剣な目に一瞬気圧されながらも、しっかり頷いておく。
正直、ありがたい。
父上から金銭的な援助が受けられないので、短剣すら買うお金もなかった。
これで、明日から毎早朝に予定している、ノアとの戦闘訓練の内容もより充実するだろう。
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