ぼくの大切なお嬢様〜悪役令嬢なんて絶対に呼ばせない〜

灰羽アリス

文字の大きさ
上 下
17 / 50
第2章

第17話 レシド先生のお土産

しおりを挟む

テディのおかげで熟睡でき、すっきりと気持ちのいい目覚めを果たした今日この頃。

午後の授業に現れたレシド先生を、サラがドギマギと対応した。
昨日、少しからかいすぎたかもしれない。
意識しすぎて、から回らないことを祈る。

「やあ、ジェシーくん、久しぶり。元気そうだね。あれ、ちょっと背が伸びたんじゃないかい?」

「レシド先生、お久しぶりです。それ、おじょ……アルティア様にも言われました。先生は少し焼けましたね」

「あはは。さすが、お嬢様もジェシーくんをよく見てるね。うん、今回の出張先は暑いところだったからね。……というか、"アルティア様"、だって? いつから名前で呼ぶようになったんだい?」

「えー、それは……あはは」

とりあえず笑ってごまかす。
お嬢様と言おうとしたら、アルティアに睨まれたのだ。慌てて言い直したよ。うん。

「こ、ここここ紅茶です」

サラが震える手でレシド先生の前に紅茶を置こうとしている。

「ありがとうございます」

レシド先生が微笑む。
サラが固まった。

なんだか嫌な予感がして、ぼくは左手にかけていたナプキンをさりげなく広げて待機する。

ガシャーン!

うん、やると思った。
広げたナプキンで、先生の前に壁を作り、服が濡れないようにする。それからテーブルの上に流れていく紅茶を拭き取る。

「ご、ごめんなさいいいいいい」

「サラ、落ち着いて。新しいナプキンを持ってきてくれる?」

サラは頷き、ワゴンまで走っていく。
なんかそこでもガチャガチャやっている。
ぼくは呆れてその様子を見ていた。

「ねぇ、ジェシーくん、ぼくサラさんに何かしたかな?」

「ある意味?」

「えぇ?」

「サラは先生に久しぶりに会うので緊張しているのですわ」

アルティア様がフォローを入れる。
というかそれ、フォローなのか?

レシド先生はぼくの謹慎中、一度も授業に来なかったと聞いた。べつに、ぼくの謹慎は関係なくて、出張に行っていたとか。

先生は王立博物館に歴史資料の研究員として勤めている。王立博物館にはたくさんの歴史的資料が収められているという。
資料は古く崩れやすいものもあって、馬車で遠方から運んでくるのが難しい場合がある。そのときは、先生自らが出向いてその地で研究するそうだ。

まぁ、それで、3・4日に1度の頻度で授業に来ていた先生が2週間も来れなかったというわけだ。

「2週間もお休みをいただき、申し訳ありませんでした」
先生は苦笑いで頬をかく。

「いいえ、先生の本職はあくまで研究ですもの。存分に研究してくださいまし」

あら、アルティア、もしかして寂しかったのだろうか?
ちょっと機嫌が悪い?

「それで、どちらに行かれましたの?」

「ああ、今回は砂漠の国、サハルに行ってまいりました」

「まぁ!サハル!別名、"虹の国"ですわね!」

一転、アルティアがぱっと表情を明るくした。

サハルといえば、サンロード公爵家が所属するオステンブルク王国の、海を挟んで南にある国だったはず。
広大な砂漠の国であり、その国の者の案内がなければ決して街までたどり着けないとか。

「さすが、よくご存知ですね。そう、虹の国。オレンジ色の砂漠に囲まれた街はそれぞれ、青、赤、黃、緑の街に分かれています。今回はそのうちの青の街に行ったのですが、驚きました。建物も、階段も、道も、看板も、何もかもが青いのです!」

「素敵ね!聞いていた通りだわ!さぞかし美しかったでしょうね……」

「ええ、それはもう」

「いつか行ってみたいものだわ」

アルティアが少し悲しそうな顔をする。
公爵家の令嬢として、王子殿下の婚約者として、彼女は自身が行きたいと思う場所に気ままにおもむけるという立場にないのだ。

ぼくも王子という立場上、少なからず行動の制約はあるので、そのもどかしさは理解できる。

「王家に入られた際には、国同士の友好の証ということで、視察に行くことになると思いますよ」

「……そうね、楽しみだわ」

先生に励まされ、そう返答しながらも、アルティアの表情はすぐれない。

ちらりと視線を向けられ、彼女と目が合う。その物憂げな目が、ぼくの中の何かを刺激し、思わずドキリとする。

「サハルというと、かなり遠いですよね。2週間だけでは行き帰りのみに終わってゆっくりできなかったのではないですか?」

ぼくは目をそらして、先生に話しかけた。このままでは、アルティアが何かまずいことを言い出しそうな予感がして。具体的に何かと言われればわからないけれど。

サハルに行くには、国を出るまで馬車で3日、船で4日、サハルに入っても街まで行くのに2日はかかると本に書いてあった。かなり急いでも、2週間だけではきつい旅程のはずだった。

「ああ、」と何を思い出したのか先生の顔色が悪くなる。

「今回は友人に借りたワイバーンを使ったからね」

「ワイバーンというと、腕が翼になったトカゲの魔物ですか」

「トカゲか。そんな可愛いものじゃないよ。人に飼われているといっても、アレはやっぱり魔物だね。私を見てヨダレを垂らしてたんだよ。餌と認識されたのかとビクビクしたよ」

先生は冷水でも浴びせられたように身震いして続ける。

「ワイバーンだと片道一日で済むんだ。速いのなんの……だが、アレに一日中乗ったままなど、正直生きた心地がしなかったよ。もう一度乗れと言われても、私は絶対にお断りだ。たとえ時間がかかったとしても陸海回路で行くよ」

「すごいな。ぼくも乗ってみたい」

「きみ、私の話聞いてた?」

ぼくの発言に、先生は思いっきり顔をしかめる。

魔界にもワイバーンはいるけど、ぼくは乗ったことがなかった。
危ないからと、大人たちが止めるのだ。
魔族の体は丈夫なんだから、落ちたくらいじゃ死なないだろうに。大げさなんだから。……死なないよね?

「ジェシー、それなら私のワイバーンに乗るといいわ」
とアルティア。

「えっ、"私のワイバーン"?」

「北の森の竜舎にいるの」

ワイバーンを飼育するのは難しいとされる。
元々野生で育ったワイバーンを手懐けるのは無理だ(魔界には手名付ける闇魔法があるけど、それは置いといて)。
そこで、人間たちは、ワイバーンの巣から卵を盗み出し、人の手で孵す。といっても、無事に孵るのは3割がいいところ。そこから成竜にまで育つものはもっと少ない。
だから、人間に飼われているワイバーンの絶対数はかなり少ない。多くは王家が所有し、あとは貴族家の中でも高位貴族家が数匹所有しているだけだと聞く。

サンロードも公爵家。高位中の高位の貴族だ。ワイバーンくらい所有しててもおかしくないか。
それにしても、アルティアによると、サンロード公爵家には三匹ものワイバーンがいるらしい。
公爵と、長男のアデル、そしてアルティア、それぞれ専用のワイバーンが。

「そういえば、最近会いに行っていなかったわ。ちょうど良い機会だし、明日にでも一緒に会いに行きましょう」

明日はピクニックだわ、とお嬢様がはしゃぐ。

やれやれ、スケジュールを調整しないと。

いつの間にか戻ってきていたサラが、新しい紅茶を先生に出す。
今度はちゃんと置けていた。

と、

「お嬢様、少し失礼します」と声をかけてから先生が立ちたがり、サラに向き合う。
そしてサラの手をとった。……手をとった!?

「え、え」と混乱するサラをよそに、先生はサラの手首に何かつけている。
シャラリと銀色に輝く、それはブレスレットだった。きれいにカットされた青い石がついている。

「サハルで買ってきました。ぼくはこのブルーサファイアにかけて、"あなたに誠実である"と誓いましょう」

そう言って、先生はブレスレットにキスを落とす。

うわぁ、キザだ。父上を思い出した。母上に対していつもあんなだからね。
こっちが恥ずかしくなるよ。

"誠実"というのはブルーサファイアの石言葉だろうか? 

アルティアを見ると、顔を真っ赤にしていた。

サラはといえば、真っ赤どころじゃない。口を魚みたいにぱくぱく言わせている。
このままじゃらちがあかないので、ぼくはサラのエプロンをこっそり引っ張ってやる。

「………はい、ありがとうございます」

サラがなんとか絞り出すように言った。



帰り際、先生はお嬢様にもサハルのお土産を渡していた。

「ピンクローズという石です」 

「まぁ、きれい」

ピンク色の小さな石がバラ型にカットされていた。

(「これは恋が叶うお守りなのですよ。お嬢様の恋が叶いますように」)

最後、先生が何かお嬢様に耳打ちしていたけれど、内容は聞き取れなかった。でも、お嬢様が真っ赤になっていたから、またキザったらしい言葉をかけたのだと思う。そういうセリフを吐くのはサラ相手だけにしてよね。まったく。
先生がぼくにウインクしてきたけど、ぼくは睨みをお返ししてあげた。

「それからこれはジェシーくんに」

「え?」

先生が渡してきたのは短剣だった。刃の部分は革製の鞘に納まっている。
とても高価そうなものだった。

「お嬢様をしっかり護るのですよ」

先生の真剣な目に一瞬気圧されながらも、しっかり頷いておく。

正直、ありがたい。
父上から金銭的な援助が受けられないので、短剣すら買うお金もなかった。
これで、明日から毎早朝に予定している、ノアとの戦闘訓練の内容もより充実するだろう。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...