ぼくの大切なお嬢様〜悪役令嬢なんて絶対に呼ばせない〜

灰羽アリス

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第2章

第16話 謹慎明け初日③無事に終わる

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夕食時、ぼくはアルティアに付き従って食堂に向かった。
あの夜以来、公爵には会っていないし、謝ってもいない。使用人から当主に直接話しかけるのはタブーだ。謝ろうにも謝れない。

正直、ぼくが公爵に言ったことは正論だと思うし、ぼくは悪くないとも思うけど。

でも、いまこの家から追い出されるのはまずい。
"監視者"の仕事をまっとうするまでは。

てことで、謝る体裁ていさいだけはとっておこうと思うわけだ。

食堂に入ると、すぐに公爵と目があった。
ぼくは謝罪の意味も込めて深々と頭を下げた。再び顔を上げたとき、公爵はふんと鼻を鳴らしてワインを口に運んでいた。

うーん。
もう怒ってはないのか……? 判断しづらい。

「お姉さま!」

マリアベルがアルティアに手をふる。

こいつも相変わらずだな。

と、冷めた目で見ていると、

「ジェシーくんもお帰りなさい!」

マリアベルに話しかけられてしまった。
彼女に声をかけられるのは初めてのことだった。

「はぁ、ありがとうございます」

「ジェシーくん、お姉さまと2週間も離れ離れで寂しかったですか?」

「そうですね」

「私もジェシーくんの顔が見られなくて寂しかったです」

「はぁ」

こいつ、急にどうしたんだろう?
互いに気にかけ合うような仲でもなかったはずだけど。

「ジェシーくん、従者のお仕事はもう慣れましたか?」

まだ会話を続ける気らしい。

「ええ、おかげさまで」

「そうですか。お姉さまとも相変わらず仲良しで、私とっても羨ましいです」

そんなことを言いながら、ちらりと自分の従者を見るマリアベル。

マリアベルの従者は、この春に王立学園を主席で卒業した子爵家三男のミハエル。眼鏡をかけた物静かな人だ。本来であれば、アルティアの従者になっていた人。

なるほど、マリアベルは自分の従者の気を引きたいがために、わざとぼくと仲良くしているんだな。ミハエルに見せつけて、嫉妬心でも煽ろうとか?
どうでもいいけど、ぼくを巻き込まないでよね。

主人の家族に話しかけられて場合、給仕をしながらそのお相手をすることはタブーとされている。ながら対応は失礼に当たるからだ。
ぼくはマリアベルに話しかけられてしまったがために、彼女の方に体を向け、じっと話を聞かなければならなくなる。

イライラと周囲に目を向けると、執事のセーロンと目があった。
失礼のないように、と目で語っている。
わかってますよ。ながら対応は禁止、あなたの教えはちゃんと守ります。

マリアベルの"お話"はその後もしばらく続いた。

しかたない、こいつも一応、サンロードの娘として光魔法を発現する可能性のある者だ。
ぼくはそう割り切って、意識を観察モードに切り替え、マリアベルの相手を続けた。



「今日はずいぶんマリアベルと話し込んでいたわね」

アルティアの私室に戻ると、彼女が言った。
ちょっと怒ってるみたいだ。

「ずっと話しかけられるもので、無視することもできずに困っていました。なんだったんですかね、あれ」

「デレデレ鼻の下伸ばしちゃって、あなたもずいぶんと楽しそうだったじゃない」

「はぁ!? まさか! あれをどうやったらそんな風に見えるんですか」

「だって………。マリアベルは、あなたを気に入ったんだわ。どうしよう、ジェシーは私のものなのに……」

しゅん、とアルティアは下を向きスカートを握りしめる。

「はぁ、まったく。何を心配してるんですか。ぼくはお嬢様の従者ですよ。たとえマリアベルに望まれたとしても、彼女のもとへ行くなんてあり得ない。そんな事態も起こらないと思いますけど。何せ、ぼくは貧民街の孤児。そんな得体の知れない者を側に置くなんて変わり者はお嬢様くらいですよ」

マリアベルにはいい印象がない。
彼女の下に付き従うなんて……うん、でも無理だ。
そう考えると、従者としてアルティアに付けたのはラッキーだった。
アルティアの側にいれば、その家族のマリアベルにも接点はできる。
同時に二人の監視ができるいい体制だ。

「マリアベルのことは、名前で呼ぶのね」

「え?」

「未だに私のことは、お嬢様としか呼ばないのに」

「あー……」

しまった。マリアベルは頭の中でいつも呼び捨てにしてるから、つい出てしまった。

「お嬢様を名前で呼ぶなど、恐れ多いことですから」

「サラもそう。恐れ多いって名前を呼んでくれない。恐れ多いってなによ!最近はお父様も、"お前"としか私を呼ばない。もう、私は私の名前を忘れてしまいそうよ!」

ぐすん、とアルティアが嗚咽を漏らす。

ええ、ここで泣くの?

ちょ、待って。泣かないでよ。

ああ、もう!

「アルティア様」

ぱっとアルティアが顔を上げる。
その勢いで、頰に涙が零れ落ちた。

「これでいいですか」

ぼくは何だか恥ずかしくなってそっぽを向いた。

「……ティア」

「え?」

「ティアと呼んで」

「それは……」

「亡くなったお母様が呼んでくれていた私の愛称なの。今では誰も呼ばないけれど。ね、お願い。二人のときだけでいいの。ティアと呼んで」

「ティア、様」

「様はいらないわ」

「これ以上は無理です!」

「もう」

アルティアがぷくっと頬をふくらませる。

「いつか絶対に呼ばせてみせるわ!」

そう言って彼女が輝くような笑顔で宣言するから、いつかティアと呼ぶはめになるのだろうと、ぼくは唐突に自分の未来を悟った。

深入りはしないと、決めていたはずなのに。
どろりとした沼に足を取られた気分になった。もしくは、アリ地獄か。



使用人寮の自室へと戻ってきたところで、ノアが影から出てくる。

「我が君!この家の者達は我が君に対して失礼すぎます!!なんですか、あの態度は!我が君はとうと御身おんみであらせられるのですよ!それなのに、下々の者にあのような……ああ、なんという扱いか」

「落ち着いてよ、ノア。ぼくはここでは従者だ。"監視者"の義務を果たすためだ、仕方ないでしょう?」

「なんと健気な。ああ、おいたわしい……」

ノアは目頭に手を当て、涙を拭う仕草をする。
ノアがやると芝居にしか見えないのが不思議だ。現に、涙なんて一滴も出ていないのだから、これはノアの冗談。

「それで、ノアはどう思う? 光魔法の保持者、あの娘たちのうち、どちらがそうだろう?」

「まったくわかりませんね」

ぱっと、顔を上げてノアが答える。やっぱり涙の跡なんてついてない。

「はぁ、だよね。やっぱり、アルティアが13歳になるまで分かんないか」 

「あと3年ですか……」

「ノアは3年間もこちらにいて平気?」

「魔界での仕事は部下に押し付けてきましたので、大丈夫でございますよ」

「それ、大丈夫じゃないんじゃ……」

ノアは、魔界で宰相のような仕事にも就いている。
国を動かす政務のかなめだ。

「まぁ、書類仕事はこちらでもできますし。ご心配なされますな」

「うん、ありがとうね」

「いいえ。私は我が君の下僕ですからね。お側にいるのは当然です。……あ、そういえば」

「なに?」

「我が君、こちらを」

そう言って、ノアが影の中から大量のぬいぐるみを出して、ぼくのベッドにぶちまけた。

「お母君から、差し入れでございます」

「だから、ぬいぐるみはいらないんだってばー!!即刻送り返して!」

「よろしいので? しかし、我が君はぬいぐるみがないと一人じゃ寝むれないと記憶しておりますが……」

「ちょっと、人聞き悪いことでっち上げないでよね!」

「ふむ……」

ちら、とノアがあるものを取り出した。

「そ、それは……!」

それは、テディベアの形をした抱き枕だった。
魔王城のぼくの私室にあったはずの……

「これがぬいぐるみでなく、何なのです?」

「それは枕だ!断じてぬいぐるみではない!」

「いえ、これはぬいぐるみです。どう見ても。ということで、これも魔界に送り返しますか」

そう言って、ノアはするするとそれを影に戻していく。

「ああ、そんな……!」

「……これは何です、我が君?」

するりと再びテディベアを取り出すノア。

「……ぐ、ぬ、ぬいぐるみ、です……」

「よろしい。それで、これらすべてぬいぐるみですが、送り返しますか?」

「いいえ……ここに置いてください……」

「御意に。(……これでジャクリーヌ様に文句を言われずに済みます)」

ノアがにっこりと笑う。

くっ。屈辱だ……

だが、仕方ない。

ぼくはあのテディベアの抱き枕がないと安眠できないんだ。

うう……

結局ぼくは、たくさんのぬいぐるみに埋もれながら眠ることになってしまった。
母上め、恨むぞ。

ふぅ。
とにかく記憶が戻って1日目は何とか乗り越えた。
気を張って色々と疲れた。
今夜はゆっくり眠ろう。
ぼくのもいることだしね。

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