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第2章
第13話 事のあらまし
しおりを挟む事のあらましは、全てノアから聞き出した。
どうして魔王城で公務に励んでいたはずのぼくが、記憶をいじられ貧民街に放置される流れとなったのか。
人間界への偵察をぼくが頑なに嫌がるものだから、父上は決めたらしい。
そうだ、魔法をかけて無理やり行かせちゃおう、と。
最低だ……
そんなに自分で行きたくなかったの?
社会見学~とか理屈をこねくりまわして、結局それが本音か。
わかってたけどね!
「あとは、我が君が執務室で居眠りしているすきに、私がちょちょいっと催眠の魔術をかけまして、貧民街まで運んだ次第でして……おっと、睨まないでくださいませ。私も命令を受けて仕方なく、身が引き裂かれるような思いで実行したのでございますよ」
そう言う割に、どことなく面白がってる風のノアである。
ぼくの不機嫌を見て取ると、ノアがすかさず1枚の紙を差し出してきた。
そこには"㊙貧民街の孤独な孤児ジェシーくん"という題で、つらつらと"設定"が記載されていた。
これは父上の字だな。
こんなもの作る暇があったら、税収の書類一枚でも作ってほしいものだ。
[とりあえず、一ヶ月くらい貧民街に放置して。やつれて信憑性が増すように(笑)]
と、最後に走り書きしてある。
「何が(笑)だ!全然笑えないよ!無駄に設定細かいし!」
「ですよねぇ。ここまで細かい刷り込みは、催眠魔術に長けたバンパイア族にしかできないでしょう。それも、長である私くらいにしかね」
ノアはドヤ顔である。
そう、このノアはバンパイアだ。
魔族の中でも特に長命な種族で、もうどれくらい生きているのか本人もわかっていない。
ぼくが産まれたときから、外見も変わっていない。
若々しい20代の姿のままだ。
魔族はどの種族も比較的に長命だ。
それゆえか、出生率も低く、産まれた子供の成長も緩やかだ。
そして、1番力が増す年齢まで成長すると、ほとんどはそこで加齢が止まってしまう。その後は、死ぬまで老いない。
ちなみに、ぼくは7歳じゃない。
数え年で12歳だ。けれど、見た目は人間でいう7歳くらいしか成長していない。
魔族である記憶を無くしていた間は、精神年齢まで7歳くらいに設定されていたのか、ずいぶん子供っぽい振る舞いをしていた気がする。
言動の数々を思い出すと羞恥に震える。
うう……父上め……絶対に許さないからな!
設定中で、間違っていないものが一つある。
それは母上が元貴族という部分だ。もちろん、人間界の。
母上はかつて、某侯爵家の令嬢だった。
侯爵家唯一の子供で、将来は婿養子をとって家督を継ぐことが決まっていた。
それがある時、光魔法を発現させてしまう。
そのせいで教会に『聖女』認定されて、魔王討伐のために魔界に送り込まれた。
それがどうして魔王と結婚することになったのかは知らない。
もう、100年も前のことらしい。
光魔法の保持者は、400年前に現れた勇者に始まり、ほぼ100年ごとに人間の中に現れる。
初代勇者が現れた時代ならば、人間はまだ4属性魔法を使えていたので、突然変異的に光魔法を発現するのもまだ頷ける。
しかし、人間から魔法(魔力)を取り上げた後も、光魔法の保持者は定期的に現れた。
そもそも、光魔法は"魔法"なのか。一応、魔族の闇属性に続き、6番目の属性に数えられるけれど謎は多い。
しかし、光魔法が魔族を弱らせることは、400年前に魔王を倒した勇者によって証明されている。
なので、光魔法の保持者は『勇者』や『聖女』と認定されて、魔族との戦争に利用されてきた。
認定するのは教会だ。
教会はある意味、王族や貴族よりも大きな力を持っている。
たとえそれが王女であっても、戦争に投入するだけのことができた。初代聖女のように。
これまで認定された『勇者』は2人。『聖女』も2人だ。
彼らは、閃光、浄化、治癒といった光魔法が使えた。
母上は、浄化魔法の使い手だった。
強い光を放って、魔物の肉体を一瞬でチリに変えたらしい。
魔物は血液に毒が宿るから、その肉体も浄化の対象となるのだという。
半魔族化してしまったことで、今ではその力をほとんど失っている。
ぼくは魔王と元人間(半魔族)の間に産まれた子供だ。
だからといってハーフやクオーターというわけではなく、ぼくは完全な魔族だ。
魔族が人間もしくは半魔族と子供を作った場合、子供はみんな魔族になるからだ。
のはずだけれど……
ぼくは父上の闇魔法の力を強く受け継ぐと同時に、ほんの少しだけ母上の光魔法の力も受け継いでいた。
闇と光、ぼくは魔族なのに、その相反する属性魔法を操ることができる。
といっても、ぼくの光魔法に、魔物を一瞬でチリにできるほどの力はない。
せいぜい指先に光を灯らせてランプ代わりにするくらいのもの。
そんな微々たる光の力でも、有していればそれなりに光魔法への耐性ができるようで、だからこそ、次代の光魔法保持者の偵察にぼくが遣わされたわけだ。
まったく、迷惑な話だ。
教会はこんども、光魔法の保持者を『聖女』認定して、正義を御旗に魔族と戦争を起こすだろう。
父上の懸念はそこにある。
諸悪の根源は教会だ。
いつか絶対にぼくの手でぶっ潰してやる。
▷▷▷
他方、ノアは彼の主が憤慨する様を面白がりながら、魔王がジェシーを人間界に送り込んだもう一つの理由について考えていた。
ノアがあえてジェシーには語らなかったことだ。
魔王は言った。
「ジェシーは元人間の母を持つというのに、ひどい人間嫌いだ。しかし、時期魔王としてそれではだめだ。魔王は、人間も魔族も等しく想わなければだめなのだ。監視者とは中立者だからこそ務まる。あの子は魔族に肩入れしすぎる。人間界に行って、少しは人間に対する思いが変わればよいのだが」
俺が言えた義理じゃないがね、と魔王は苦笑する。
彼もまた、かつて人間を憎んだことがある。そのせいで、誤りを犯したのではないかと、本人は思っている。人間から魔法を取り上げたのは早計ではなかったか、と。そのせいで、魔族は人間から恨みを買い、存在の意味を歪められてしまった、と。
ゼノビアと人間の間には、古の契約があった。
《人間が魔法を同族殺しの侵略戦争に使ったら、罰として1000年の間魔法を取り上げる》と。
そして、今から400年前、サンロード王朝の時代に、人間はこの禁を破り、魔法を使って各地で侵略戦争を起こした。領土を広げたいというバカバカしい理由で、人間同士争い、殺し合った。
そこで、ゼノビアの子孫である魔族は、母から受け継いだ"監視者"の任をはたすため、契約通り人間から魔法を取り上げた。
ノアは、人間から魔法を取り上げた魔王の判断に間違いはないと思っている。他の多くの魔族もそうだろう。
あのままでは、人間の魔法の乱発により、世界は滅んでいたはずだ。自分たちは、世界の破滅を止めただけだ。感謝こそされ、憎まれるような道理はない。
だというのに、人間はその腹いせか、魔族から"監視者"としての称号を奪い、"化け物"の汚名を着せた。そして、正義の名のもと魔王を攻撃し、300年の眠りに追いやった。だけでなく、その後も因縁をつけては戦争を仕掛けてくる。
魔族は今でも怒りに震えている。この先、人間を許すことは到底できそうもない。
300年の眠りから覚めたときの魔王もそうだった。
しかし、とノアは思う。
(魔王様はジャクリーヌ様と出会って変わられた。人間を愛し、人間にはまだ希望があると悟られたらしい。魔王は全てを自分の責任にし、人間を憎んではならぬと言う………)
ノアはジェシーを見ていると、かつて人間と戦っていた頃の魔王を思い出す。
いつも何かに追われるように公務に励み、ほとんど笑顔を見せない。触れれば怪我をしそうな危うさがある所など、そっくりであった。
戦争以外でも時々、魔族と人間との間で小さないざこざがあった。
人間界に出向いていた魔族が、魔族であることがバレ、拷問されたり殺されたりした。
ジェシーはそのたびに怒り狂い、魔族を殺した人間を殺し返すことこそなかったが、それ相応の報いを受けさせていた。殺されるほうがあるいは幸せなのではと思うような方法で……
(我が君は魔族である自分を誇りに思っている。だからこそ、真実を歪めた人間が許せないのだろう。)
人間界に行ったところで、我が君の人間に対する憎しみが増すばかりではないか、そう心配していた。
ノアはジェシーに催眠をかける際、祈った。
我が君が、憎しみを少しでも忘れられますように。
記憶がない間だけでも、心安らかでありますように。
……
………
ノアはしばらく公爵家に滞在したのち、驚くことになる。
記憶を取り戻したはずのジェシーが、人間嫌いであるはずの彼が、人間に優しくしている様を目の当たりにするからだ。
はたして、自分がかけた魔術のおかげか、魔王の目論見どおり人間への認識が良い方に変化したからか、これは見極めねばならないとノアは思うのであった。
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