ぼくの大切なお嬢様〜悪役令嬢なんて絶対に呼ばせない〜

灰羽アリス

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第2章

第12話 魔王の策略

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ぼくはすべてを思い出した。

ぼくは紛れもなく魔王の子。
つい2ヶ月前まで魔王城で、魔王である父上と母上のもとでぬくぬくと育ってきた。
貧民街の孤児であるはずがない。
人間ですらない。魔族だ。

ぼくの記憶は、2ヶ月前、魔王城での両親とのやり取りの場に飛んだ。

………

…………

………………

『そろそろ光魔法保持者が現れるらしいんだよね』

魔王の居室で、雲のように柔らかそうなソファーにだらけきった姿勢で寝そべる魔王、父上は言った。
クッションを抱えてうずくまるその姿には、魔王の威厳も何もあったものじゃない。
これが人間から恐れられた悪の親玉(※なお、この認識は人間の偏見に基づく)の姿であるとは、誰も信じないだろう。

『だからさぁ、ジェシーくん、ちょっと人間界に偵察に行ってきてくれない?』

ぼくはもちろん断っわた。
唯一の世継ぎを危険な人間界に送り込むなんてどうかしてる、と。
けれど父上はなおも食い下がり、

『そこはほら、いうじゃない、なんだっけ。あ、そう、可愛い子にこそ旅をさせろってね。社会見学だよ、社会見学』

ぼくは魔界での公務に忙しく、人間界に行ってる暇なんてない。
だらけきったどっかの魔王のせいで。

『父上が行けばいいでしょう』
と、ぼくは言った。

父上は、『俺って目立つ容姿だしぃ。偵察なんて向いてないの』なんて駄々をこねた。

黒髪金目はぼくも同じだけど。

『人間ってさ、相手が子供ってだけで警戒心薄れるじゃん? 大丈夫、大丈夫』

父上の変に軽い調子に、ぼくはぴんときた。

『……たしか400年前、父上は勇者の光魔法でやられて、300年の眠りについたんですよね。………まさか、光魔法が怖いから、偵察に行きたくなくて、息子を身代わりにしようと……』

父上は明らかにうろたえた。

ほら見ろ、ぼくは絶対行かない!
そう改めて宣言すると───

『なぁ、他のやつを行かせるわけにはいかないんだよ。魔族は光にめっぽう弱いらしいことがわかったからな。ちょっとでも耐性のあるお前が行くしかないんだよ』

耐性。

弱いところを点かれた。
なぜなら………

と、そのとき、母上が会話に割り込んできた。

『もう、ジェシーちゃん。パパを困らせちゃだめよ。パパだって身を切る思いでジェシーちゃんを行かせるんだから。あなたの成長を思ってのことなのよ』

ジャクリーヌぅ、と父上が母上にすり寄る。
母上は父上を膝枕しているのであった。

母上は、人間だ。元、人間と言ったほうがいいかもしれない。
長い間魔界で暮らしていたために、半魔族化してしまっているからだ。

そして、母上はかつて光魔法の保持者だった。
光魔法に耐性がある、とはつまり、ぼくが母上の子で、その性質をわずかに引き継いでいるからだった。

『母上!母上はぼくが大事じゃないんですか!ぼくがどうなってもいいんですか!もしかして、人間界で散々にいじめられるかもしれないんですよ……? 父上のほうが強いし、ここは父上に行ってもらいましょう?』

目をうるうるさせて上目遣いに母上を見た。
母上のツボは十分に把握している。
悪いね、父上。母上の動揺を見て取り、勝ちを確信して父上をみると、余裕の表情で微笑まれたのだった。

『なぁ、ジャクリーヌ。お前は俺に行ってほしいのか? 遠く離れた人間界へ。一度行くと、なかなか帰って来れなくなるだろうなぁ。数カ月、いや、数年か……』

びくり、と母上の肩が揺れた。
この瞬間、ぼくの敗北が決まったのだ。

『お前は俺に会えなくて、耐えられるのか?』

父上はそう言って、蜜蜂が寄ってきそうなほど甘い笑顔を母上に向けた。
母上は簡単に落ちた。

『ムリムリ、耐えられなーいっ!やっぱり人間界にはジェシーちゃんに行ってもらいましょう!』

『くっ……母上……』

父上が勝ち誇った笑みを向けてきて、母上の父上贔屓にちょっと泣きそうになって──

『絶対やだ!ぼくは行きませんからね!絶対にね!!』

そう言って、父上の部屋を逃げ出した。追って詳細を連絡する、と背中越しに声をかけられた気がした。

……
………
…………

けれど、その後の記憶が曖昧だ。

最後の記憶は、酒でも飲んだかのようなふらふらな意識の中で聞いたと思う母上の声。

『呪文を忘れないで。"我が名は、ジェシー・ネル・ダクネスロード。魔王ジェファーソン・ネル・ダクネスロードの子にして、魔王を受け継ぐ者なり"よ。一息に言うのよ。そうすれば魔術は解けて、記憶が戻るわ………』


どうやらぼくは、よくわからない魔法で魔王の子としての記憶を封印され、貧民街の孤児としての偽の記憶を刷り込まれていたらしい。
そして呪文を唱えたことで記憶が戻った、と。

「あ、魔王様からです」

そういって、ノアが頭くらいの大きさの水晶を取り出す。

このノアだけど、幼い頃からの、ぼくの側付きだったりする。従者のような存在だ。
ちょうど、いまのぼくとお嬢様の関係に近い。

水晶は中心で霧がうずまき、やがて父上と母上の顔を映し出した。

『やっほー!やっと思い出したみたいだね、我が息子よ』

『ジェシーちゃん元気?ごはんちゃんと食べてる?』

のんきな声に、カチンとくる。

「父上、これはどういうことですか。わざわざぼくの記憶をいじってまで貧民街に放置するなんて。外道!鬼畜!今度という今度は絶対に許しませんかね!もう絶対に書類仕事代わりにやってあげないから!」

『ま、まぁ落ち着きなよ、ジェシーくん。仕事を手伝ってくれないのは困るな、うん。ちょっとした冗談じゃん。そんなに怒らないでよ』

「これが冗談で済みますか!! 拾われたからよかったものの、ぼくは餓死がししかけてたんですよ!貧民街の生活がどれほど過酷か、ご存知ないでしょう!?」

『餓死? 魔族が餓死? あっははは』

「笑い事じゃありません!ほんとに死にかけたんだから」

『魔族がちょっと食べなかったくらいで死ぬわけないでしょ、そんなにひ弱にできてないの。死にかけたのは気のせいだね』

「だとしても、貧民街に放置することなかったでしょ!ぼくはあそこで一ヶ月は過ごしたんですよ!残飯を漁って、泥水をすすって、まるでドブネズミだ。………それに、母上が死んだと思って、あの記憶はすごくリアルで、ぼくは、ぼくは………」

目が熱くなって、視界がぼやける。
貧民街の孤児であると思っていたさっきまでの記憶が、一人ぼっちだと思っていた心細さが、一気に思い出される。
本当のぼくには父上も母上もいて、側で守ってくれるノアもいて。
ぼくはどうやら安心したらしい。

と、それと同時に、お嬢様への罪悪感が沸き起こった。
お嬢様の孤独はぼくと同じだなんてとんでもない。
ぼくが孤独であるはずがないからだ。

『ジェシーちゃん、そんな生活を……? どういうことなの、あなた?』

水晶の向こうで、母上が父上の首に手をかける。
あれは相当怒ってるね。
父上、いい気味。

『いや、その、あとでちゃんと説明するから。ジェシー、それはごめん、ほんとに。だけど、そのおかげで成功したみたいだし、結果オーライだよ、うん』

「成功?」

『サンロードの屋敷への潜入』

「まさか!」

『ああ。どうやら光魔法を持って生まれた子はサンロードの娘らしいんだ。占いオババによるとね』

「最初から、それを狙って……? でも、ぼくを貧民街に放置したとして、お嬢様、サンロードの娘がぼくに必ず目をつけるとは限りませんよね。そんな博打のような……」

『目をつけるさ。サンロードとダクネスロードは因縁という運命の糸で繋がっているからね』

「それは、このサンロード公爵家が、かつて父上が滅ぼした王朝の王家だからですか」

水晶の向こうの父上が肩をすくめる。

『サンロードは平民まで追い落としたつもりだったんだけど。どうやらあのタヌキはうまくやったようだよね。公爵って最上位貴族でしょ。うげぇ』

やっぱり、サンロード公爵家はかつての王家で間違いないらしい。
タヌキというのは、父上の戦敵だった王様かな?

『ま、半分は冗談。ジェシーに目をつけるようにちょっと目引きの呪文を施したんだ』

「そんなところだと思いました。それで、ぼくはこれからどうすればいいんですか」

ちょっと投げやりな感じになるのはしょうがないよね。
この魔王の所業は実の息子に対してあまりにも酷い。

『おや、ずいぶん素直に言うことを聞く気になったね?』

「ここまで来て、今更でしょう。こうなったら"監視者"としての責務を果たすまでです」

『うん、いい心構えだ。で、だ。ジェシーはこのまましばらくサンロードの娘の様子を探ってくれ。光魔法を発現しそうか、した場合その力をどう使うようになるか、教会を盲信せず、こちらの言い分に耳を傾けてくれるような人間か……彼女の個性が知りたい。ただの下っ端召使いじゃあ探るのは難しいかもしれないがね』

つまり、お嬢様──アルティアの、人となりか……
まだ一ヶ月弱の付き合いだ。よく知らないことのほうが多い。

「ぼく、従者になったんですよ。ぼくを拾ってくれたサンロード公爵令嬢の」

『まさか!あっははは!ジェシーはいつも俺を驚かせてくれるね。下男として家に置かれるくらいがせいぜいと思ってたんだけどなぁ。それは願ったりだね』

「だけど、サンロード家には娘が二人いますよ。どちらが光魔法を持つ娘なんですか?」

『二人?……調べでは、公爵の娘は一人だったはずだが?』

「最近になって、外で作った娘を家に引き入れたんですよ、愛人と一緒にね」

『なるほど。サンロードは今も昔も変わらないようだ……。それで二人か。ジェシーが従者をしているのは調べにあった嫡出子のほうだろう?』

「はい、そうです」

『ふむ。まぁ、しばらく観察するしかないな。今はまだ光魔法が使える歳ではないし……』

「使用が可能になる年齢が決まっているのですか?」

『詳しいことはわからないが、だいたい13歳くらいだと言われている』

「上の娘はいま10歳なので、あと3年はこちらにいなければならないということですね」

『そうだね。まぁ、ずっとそっちにいる必要はないし、たまには帰っておいでよ』

「ずっとこっちに出張ってなくていいなら、父上が視察役でもよかったのでは」

『しかし、次代の光魔法持ちがサンロードに現れるとは、いよいよ因縁っぽくて嫌だね』

「無視か!」

『また魔族との戦争を起こさせるわけにはいかない』

「……人間は契約を破った。ぼくら魔族は定めの通りに魔法を取り上げただけです。間違ったことは何もしていないでしょう?」

『人間はそうは思っていない。事実、彼らが信仰している宗教の聖書とやらにも、大嘘が書かれているだろう?』

「こちらで聖書を読みました。魔族は、人間を襲い殺す化け物だと、書かれていました……」

『ふむ。まぁ、いい。俺たちは人間の監視者であることに変わりはない。事実が捻じ曲げられようが、古の契約のもと、役割を果たし続けるだけさ。だが、サンロードの娘に嫌われたくなければ、魔王の子である事実はせいぜい隠し通すことだね』

「喋るつもりはありません」

『うん。あまり慣れ合わないほうがいいよ。……あとで辛くなる。じゃあ、しっかり監視を続けてくれ。あ、今回は一応、社会経験を積ませるって趣旨だから、金銭的な援助はしないからそのつもりで。その代わり、ノアは側におくから』

「"一応"社会経験って。その設定、生きてたんですね」

『ジェシーちゃん、ノアにね、お菓子たくさん持たせてあるから食べてね!あと、着替えのお洋服と下着も入れてるから、あと、あと、ぬいぐるみもね、たくさん入れておいたの!一人で眠るのは寂しいかなと思って』

「母上、大丈夫ですから!それに魔界でも眠る時は一人でしたよ!」

このままじゃ永遠に母上の話が続きそうだったので、ぼくは慌てて魔通信を切った。

「我が君、お顔が真っ赤ですよ? ああ、わかります。久しぶりにお母君に気にかけてもらって嬉しかったんですねぇ」

「うるさいよ!ていうか、ノアも許さないからね!ぼくの側仕えのくせに父上になんて協力しやがって!」

それにしても……

ああ……

記憶を失っていた間のぼくの恥ずかしい言動の数々………

弱々しく泣きわめき、アルティアにすがったり。
お嬢様は何があってもぼくが守る!なんて熱い正義に振り回されたり。

無駄に黒歴史を重ねてしまった。
冷静沈着をモットーとするぼくらしくもない。

と、白々とした気持ちに浸っていると、アルティアの屈託のない笑顔が思い浮かんだ。

胸がチクチク傷んだ。
孤児だったジェシーの記憶が、ぼくに重くのしかかる。
そのジェシーが、"お嬢様を護れ"とぼくに言う。
サラだって、いつまでお嬢様の側にいられるかわからない。結婚すれば出ていくだろう。サラの年齢を考えれば、それはそう遠くない未来に。お嬢様にはぼくしかいない、だから側にいてあげて、と。

人間は嫌いだ。
自分たちに都合が悪いことはすぐに隠してしまう卑怯な種族だ。

そんな人間の下に従者として付き従うなど、考えただけで吐き気がする。

だけど………

アルティアは、ぼくを孤児だと信じて拾ってくれた優しい子だ。
彼女の従者であることならば耐えられる。
そのアルティアが困っているのなら、側でちょっとくらい助けてあげてもいい。

でも、それ以上、深入りはできないよ。
だって彼女は、光魔法の保持者……かもしれない人。
将来、魔族の敵となる可能性がある。

父上に言われた通り、ぼくは"監視者"として、彼女の人となりを見極めるだけだ。

手のひらから、黒い霧が立ち上る。
魔族の証、ぼくの闇魔法の力だ。
夜より暗いこの闇は、すべてを飲み込む最上の力。

お嬢様を守る力がほしい、そう願った記憶を無くしたぼくが、はからずも手に入れた力だった。
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