ぼくの大切なお嬢様〜悪役令嬢なんて絶対に呼ばせない〜

灰羽アリス

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第1章

第5話 従者生活のはじまり

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従者服が届いたのはそれから3日後だった。
もっとかかるものと思って、フリルたっぷりの貴族服で過ごす覚悟を決めていたぼくにはとてもありがたい。

従者服は黒を基調としたもので、ところどころに灰色の刺繍が入っている。簡素なデザインだけれど、とてもおしゃれなものだった。

どの使用人の服とも違う。
従者は主に一番近い側仕えである。その格の違いを見せつけ、他の使用人と一線を画するような意味合いもあるのだろう。

こんな服を着ていたら、他の使用人たちにいじめられるんじゃないかな。と、心配していたけれど、そんなことはなかった。

たしかに、好意的な目ばかりではないけれど、従者に対する害意はその主に対する害意と同義と扱われるらしく、みんなお嬢様の手前、ぼくに何かしてくることはない。

公爵家の使用人は、貴族家の三男以下、という肩書の者が多い。
メイドも、下位貴族家の娘だったりする。嫁入り前の花嫁修業の意味合いもあって、こんな風に王家や公爵、侯爵家のメイドとして仕えることもよくあることらしい。それを考えると、平民のサラがお嬢様付きのメイドというのは相当珍しいんだろうな。

一方で、使用人とも呼べない下男は平民出の者ばかりだ。細々した雑用係として、貴族の子女ができない仕事をしているという。

このように、公爵家の使用人は身分や家柄でランク付けられている。
ぼくは貧民街の孤児のくせに、お嬢様の従者として、その最上に近いランクに割り込んだものだから、使用人たちは面白くないだろう。
直接害されることはないといっても、すれ違いざまに悪口を言われることはある。


「ジェシー、とっても似合うわ。さすがママ・シュリの仕事ね。完璧だわ」

お嬢様はぼくの従者服姿にご満悦だ。

ママ・シュリというのは、お嬢様専属のお針子らしい。もう60代後半のおばあさんなのだとか。彼女の作る服は上品な古き良きデザインと最新のデザインをうまく組み合わせているそうで、そこがお気に入りなのだとお嬢様は言う。

「お嬢様、今日から一緒に学ばせていただきます。よろしくお願いします」

ぼくは習ったばかりの臣下の礼を取る。

「ふふ、すっかり私の従者ね。ええ、よろしく」

今日から、お嬢様の家庭教師の先生方の授業を、ぼくも一緒に受けることになっている。

お嬢様は今から2年後に王立学園に入学されるので、それまでに必要な基礎知識を詰め込む。従者のぼくはいざというときにお嬢様を助けるため、それ以上の知識を詰め込まなくてはならない。

それに加え、従者としての心得を、この家の執事であるセーロンから学ばなければならない。

それから、貴族とこの国のルールについても叩き込まれる。かあさんからある程度教育は受けていたとはいえ、貴族の細々したルールなんて知らない。知れば知るほど意味のわからないしきたりの多さにうんざりする。

そして、ダンス。
なぜ?と思うけど、バンスパーティなどでお嬢様の同伴者としてお相手をしなければならないこともあるらしい。

ぼくはまだ(ほぼ)8歳なのに、なんて泣き言は言ってられない。お嬢様の従者になることは、お嬢様が望んでのこととはいえ、ぼくが決めたことだ。
貧民街の孤児を側に置いて、などとお嬢様がバカにされないように、ぼくは頑張らねばならない。


今日の最初の授業は数学だ。

眼鏡をかけたツリ目の女の先生に睨まれて、思わずびくっとする。

厳しそうな人だなぁ。

貴族の10歳が学ぶ数学のレベルってどれくらいなんだろう。
ぼくがついていけるだろうか。

「そんなに怖い顔しなくても大丈夫よ。わからないことがあれば私が教えてあげるわ」

お嬢様が「ふふん」と腕を組む。とっても偉そうだ。実際、偉いのだけど。

けれどぼくの心配は、授業が始まってすぐに軽くなる。習うことは、すでに知識として入っているものばかりだったからだ。
かあさんの教育の賜物だろう。

「どうしてこの問題が解けますの!?」

「どうしてといわれても……。これは、こうだからこうなるでしょ、で、こう。ほら、解けた」

一つの式に掛け算と割り算がいくつか入っている問題だ。これくらいなら暗算でいける。けど、お嬢様にわかるように細かい式に分解して解いてみた。

「すごい……そんな風に解くのですわね。わかりやすいですわ」

お嬢様がぼくの書いた式を食い入るように見る。そんなに大したものじゃないんだけど……

数学の先生に睨まれた。やだ、怖い。

「ちょっと計算ができるからと調子に乗らないことね」

数学の先生は、帰る直前ぼくに耳打ちしてきた。

結局、この先生の授業を受けたのは、このあと数回だけだった。

「ジェシーの教え方の方がよっぽどわかりやすいですわ」

そんな風にお嬢様に言われて、彼女は解雇されたのだ。
それからはぼくがお嬢様の数学を見ることになる。のだけど、大丈夫かなぁ。お嬢様が学園に入学するまでに必要な数学の知識を、ちゃんと教えることができているのか自信がない。一応、お嬢様の兄上、アデル様の学園時代の問題集を参考にしてみたのだけど……

解雇後、あの数学の先生を屋敷で見かけた。
どう取り入ったのか、いまはマリアベルの家庭教師をしているらしい。よかったですね。



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