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第1章
第3話 従者になるとの決意
しおりを挟む目が覚めると、ぼくはふわふわの布団に包まれていた。
まだ閉まっているカーテンからは太陽の薄明かりが漏れていて、眩しくて目を細める。
「ん、んぅ」
ふとすぐ近くで動く気配がして横を見ると…
「ひやぁ!」
思わず叫び声を上げてしまった。
そこには金の髪を白いシーツに散らしたお嬢様が、気持ちよさそうに眠っていた。
口をむにゃむにゃ言わせながら、ぼくの手に頬を擦り寄せてくる。
桜色の唇が手の甲に触れ、ざっと肌が泡立つ。
心臓が煩いくらいに鳴った。
男の子と女の子は結婚するまで一緒に寝ちゃだめなんじゃなかったっけ?
あれ、でも、ぼくはこどもで、お嬢様もこどもで、だから、今はいい、のか??
「何赤くなってるのよ」
「ひゃぁ!」
軽く混乱していると、いつの間にか目覚めたお嬢様がぼくを見上げていた。
「や、べつに、その、あの、」
「ふふふ、いっちょ前に赤くなっちゃって。まだ子供のくせに~」
うりうり、とお嬢様がぼくの体をつついてくる。
「あっ、やめて、ちょ、やだやだ。あはははは!」
「つん、つん、つん」
「も、やめ、お、お嬢様も子供でしょ!!」
「私はもう10歳よ!あと2年したらお嫁にだって行けるんだから」
「ぼくだって、8歳だもん!……あと、もうちょっとで」
「3歳も違うじゃないの。やっぱりジェシーは子供だわ」
「2歳だ!」
「はいはい、どちらもまだお子様ですよ」
いつの間にか入ってきていたサラが、お嬢様とぼくが入っていた布団を取り上げた。
「「きゃーーーー」」
ぼくとお嬢様はシーツの上に転がる。
「サラだってこど…「いいえお嬢様、私もこちらに来たときは子供でしたけどね。私はもう、17歳。成人は15歳ですから、十分大人ですわ」」
サラはドヤ顔でカーテンを開け、お嬢様が太陽の眩しさに「目が、目がーーー!」と叫ぶ。
「くっ……大人は横暴だわ!」
お嬢様とサラのバカバカしいやり取りを見て、ぼくは冷静になる。
そういえばここはお貴族様の屋敷で、お嬢様もお貴族様だった。
そしてぼくは金目を狙われている、と。
しっかりしなきゃ。
「お嬢様、今日は旦那様がお戻りになる日ですよ。早くお支度しないと」
「ああ……そうだったわね」
お嬢様の青い目が、暗い陰りを帯びる。
旦那様…というと、お嬢様の父親かな?
父親が帰ってくるというのに、嬉しくないのだろうか。
「よし。急ぐわよ、ジェシー」
「え」
お嬢様がぼくの腕を掴んでベッドから引きずり下ろす。
「なんでぼくまで?」
「? お父様に会うからよ」
「ぼくも会うんですか!?」
「当たり前じゃない。この家にいる以上、当主に挨拶するのが道理でしょう?」
「ああ……それもそうですね」
うん、食事と泊めてもらったお礼はしなくちゃね。
そうだ、
その前に、聞くべきことがある。
「……お嬢様は、これからぼくをどうするつもりですか」
貴族のコレクションとして、このままこの家に置かれるのだろうか。
それでもいいかもしれない。
少なくとも、もう飢えることはなさそうだ。
お嬢様はまっすぐにぼくを見る。そして、にやっと笑った。
「ジェシーは私の従者になるの。そのために、私はあなたを拾ったのよ」
従者?
聞き覚えのない単語に首を傾げる。
「聞こえなかったの?じゅ、う、しゃ!あなたはこのサンロード公爵家の長女、アルティア・ディ・サンロードの従者になるの!どう?光栄でしょう?」
「従者……」
頭の中は、はてなでいっぱいだ。
「それはいいですねぇ、私の仕事も減ります」
と、サラ。
「あの……、盛り上がってるところすみません。従者ってなんですか?」
「えっ!?」
「えっ!?」
「え?」
驚かれても……
従者なんて言葉、生まれて初めて聞いたよ。
メイド、とかなら聞いたことあるけど。
「従者とは、常に主人の側に付き従い、身の回りのお世話をする者のことですよ。ただし、ただの使用人やメイドと違って、主人のスケジュールの管理や、時には相手方との交渉、手紙のやり取り等々、まぁ、秘書のようなものですね。うちは公爵家ですから、普通は同派閥の下級貴族家から雇うんですけどね」
と、サラが説明する。
ふむ。
ふむ、ふむ。
で、そのすごそうな従者とやらにぼくがなると。
「……いや、いやいやいや、ぼくは貧民街の孤児ですよ? そんなことできません!!とういか、え、公爵家!? お嬢様って公爵家のお嬢様なの!? うわ、すみませんでした!!!」
とりあえず頭を下げておく。
公爵家といったら1番のえらい貴族だったはずだから。
ぼく、さっきタメ口きいちゃったよ…
「昨日名乗ったじゃない。話を聞かない子ね。ま、でもそうよ、私は公爵家の令嬢。敬いなさい。お子様ジェシー。お姉さまと呼んでもよろしくってよ」
くっ。なんかムカつくけど。
相手は公爵家のお嬢様だ。耐えろ、ぼく。
というか、従者か……
なんでぼくなんだ?
公爵家なら、それこそ腐るほど優秀な従者候補を用意できるはずだ。
わざわざ貧民街の孤児を連れてくる必要もない。そもそも、貧民街の孤児では、公爵家のお嬢様の従者など釣り合わないにもほどがある。
ああ、そうか。
「お嬢様は、金の目を持つぼくが珍しいから、側に置いて置きたいのですか」
言って、なんだか悲しくなった。
もし、そうだと言われたらどうしよう。
それは、金の目にしか価値がないと言われるのと同じだ。
金の目はたしかにぼくの個性の一つではあるけれど、ぼくは"ぼく"を必要としてもらいたい。
あれ……どうしてこんなことを思っているんだろう?
胸がきゅっと痛んだ。
「うーん、そうね。黒髪も金の目も珍しくてキレイだし、たしかに、側にいる従者はあなたみたいなキレイな者のほうがいいわ」
やっぱり、そうなんだ。
ぼくは俯いてしまう。
「だけど、そうね……ジェシーを従者にしたいと思ったのは、直感よ。あなたなら、私の味方でいてくれると思ったの。絶対に私を裏切ったりしないでしょう? ねぇ、ジェシー」
お嬢様はぼくの手を包み込んできた。
びっくりして、顔を上げる。
そしてさらにびっくりすることになる。
お嬢様が泣きそうな目をしていたからだ。
急にどうしたんだろう。
「お願い、私の従者になると言って」
「お嬢様……?」
父親が自分に興味がないと、平気な顔で言っていたはずのお嬢様が、ぼくが従者にならないと泣いてしまうのだろうか。
まるでぼくのことを必要としているみたい。
とるに足りない貧民街の孤児のぼくなんかを。
「お願いよ、お願い、ジェシー。私の従者になって、そして、私の味方になって」
それはとてもとても強い、懇願の目だった。
"味方になって"。
お嬢様の味方ってなんだろう。
どこかに敵でもいるみたい。
だけど、ああ。
お嬢様も、ぼくと同じで一人ぼっちなのかもしれない。
広い大きなお屋敷で、たくさんの人に囲まれて、父親もちゃんといるお嬢様だけど。
どうしてか、その目はすごく寂しそう。
お嬢様の何が、ぼくをそれほど従者に望ませているのかわからない。
だけど、
「わかった」
気づけば頷いていた。
お嬢様の涙が、そのきれいな青い目からこぼれ落ちてしまう前に。
そう、焦って頷いていた。
お嬢様に助けられなければ、ぼくは今頃あの汚い路地裏で死んでいただろう。
どうせ、なくなっていた命だ。
だったら、助けてくれたお嬢様のために使うのも、いいかもしれない。
なぜだか、このお嬢様はぼくが必要らしいから。
そう思うと、笑みが浮かぶのがわかった。
従者がどんかものか。
ぼくなんかがなれるのか、わからなきけど。
「ぼく、お嬢様の従者になるよ。そして、お嬢様の味方になってあげる」
こうしてぼくに新しい居場所ができた。
そこは、あの冷たい路地裏に比べて、あまりに暖かそうな場所の気がした。
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