魔王は勇者パーティーの聖女に恋をする

灰羽アリス

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『もしも』の鎖(くさり)

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 魔王さんに『大好きだよ』って言われました。

 あれは、どういう意味だったのでしょうか。

 人間の中では比較的好きだよ、ということなのか、友人として好きだよ、なのか、れ、恋愛的な意味です、好きだよ、なのか………

 それともただの冗談?

「うにゅぅぅぅ」

「エリねぇどうしたの?」

 頬をもみもみしていると、弟のニックが膝にのぼってきました。孤児院でも3番めに幼く、そばかすがチャーミングな元気すぎる男の子です。

「ねぇ、ニックは好きじゃない子に好きって言ったりしますか?」

「うーん。おれ、みんなすきだからみんなにすきっていう! エリねぇもすき!」

「ありがとぉぉ。わたしもニックが大好きです」

 可愛くてたまらず頬ずりします。
 謎の寄付者さんのおかげで、孤児院の子はみんな健康的です。『魔王』と名乗るその方からの寄付はあれからずっと続いているようです。
 とってもとっても感謝していますが、本物の魔王さんの近くで魔王を名乗るなんて命知らずだな、とも思います。
 
 わたしはいま、実家の孤児院に帰ってきています。
 先日の魔王軍との戦いで槍使いのゲオルグさんが大怪我をしてしまったので、療養休暇です。
 わたしの癒しの力は、命に関わる傷を完璧に癒やすことはできません。
 いえ、治す方法もあるのですが、それは人生で一回だけしか使えないため、『もしも』のときのために取っておきなさい、と教会の方から言われているのです。

 『もしも』は勇者さまの『もしも』です。

 だからゲオルグさんには申し訳ないけれど、魔法が効くところまでは治癒をほどこして、あとは自力で回復してもらうしかないのです。

 この休暇中、暇になった勇者パーティーのみなさんはそれぞれ実家に帰郷されたり、ショッピングや小旅行に出かけたりしています。

 世界は広く5つの大陸に別れていますが、勇者さまの移転魔法があれば目的地までひとっ飛びです。
 3日くらいならば、魔王軍との戦況もたいして動かないので大丈夫でしょう。

『俺も故郷で療養したいところだが、こんな情けねぇ姿見せると心配かけちまうからな。大人しくこの村の男たちと賭けトランプでもしてるさ。だから嬢ちゃんも遠慮なく弟たちに会ってこい』

 松葉杖はついていましたが、ゲオルグさんは大丈夫そうです。

 それでわたしもお言葉に甘えて実家に帰ってきました。

「エミリー、まきはこれくらいで足りる?」

「あ、はい! ありがとうございます、勇者さま」

 なぜか勇者さまがついてきてしまいましたが。金髪を太陽にきらめかせ、目が潰れそうなほどに眩しいです。

「いいっていいって。ぼくが好きでやってることだしさ。それがエミリーの助けになるのなら、一石二鳥だな」

「あ、はい、そうですね」

 わたし、正直に言えば、この勇者さまが苦手です。
 高いお給金をもらっている以上聖女の義務は理解していますが、『もしも』のときが来ないことを切に祈ります。

「それよりさ、エミリー」

「はい?」

「魔王とはさ、本当に何でもないの?」

「何でも、とは?」

「一人きりで連れて行かれて、本当に話しかしてないわけ?」

「はい。魔王さんはとても優しいです。いつも美味しいお菓子とお茶をご用意してくれて、わたしのお話も楽しそうに聞いてくださいます」

「ふーん」

 勇者さまは唇をとがらせました。不満げです。

「でもさ、おかしいよな。いくらエミリーに戦う力がなくて戦闘中は暇だからって、魔王のやつ勝手すぎるぜ。敵同士だぞ、一応さ」

「………」

「次は絶対に連れて行かせないから。まったく、エミリーもしっかりしてよ。エミリーはぼくのお嫁さんになるんだからな」

「それはまだ不確定な未来です」

「でも、過去の勇者はみんな『もしも』が起こって責任取って聖女と結婚してるぜ?」

「『もしも』の事態を引き起こす気なのですか、勇者さま?」
 
 ちょっと自分でもびっくりするくらい冷たい声が出たように思います。
 
「ぼ、ぼくは強いから、そんな下手は打たないよ。たとえ『もしも』が起こらなくったって、ぼくは正攻法でエミリーを───」

 ずきん、となぜだか胸が痛くなりました。
 
「魔王さん……ルキ、さん……」

 うつむいた先の原っぱに、わたしはこっそりつぶやきました。
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