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優しいひと
しおりを挟む「エミリーちゃん、ぜんぶ食べていいんだよ? そのクッキーは君のために用意したものだからね」
テーブルに頬杖をついてにっこり微笑みかけてくる魔王さん。
改めて近くで見ますと、本当にきれいなお顔です。それにマントのついた黒い服はとてもおしゃれだし、なんだかいい匂いまでします。
「よいのですか? でも魔王さんのぶんが」
「ふふ、君は優しいね」
そんなことはありません。10枚あったクッキーのうち気がつけば9枚も食べてしまって、たった1枚を残したところでとても「魔王さんのために残した」とは言えません。
その最後の1枚ですら、わたしは食べてしまいたい。
「ほら、口を開けて」
それでも迷っていると魔王さんが黒い手袋をした指先でクッキーをわたしの口に……
「はむっ」
甘くひびく魔王さんの誘惑の声。
がまんできず食べてしまいまいました。
ゆっくり大事に咀嚼します。ごくん。……ほぅ。紅茶もとってもおいしいです。
わたし、良いのでしょうか。魔王さんは敵なのに、こんなにくつろいでしまって。
………そういえば、勇者さまや仲間のみなさんはどこ?
「あの、ありがとうございます。わたし、こんなに美味しい食べ物、食べたことありません」
「そうなの? 勇者の仲間って、貢物とかたくさんもらうんじゃないの? 宿でも歓迎されるでしょ」
「はい。でも、いただいたごはんはほとんど全部、魔法で孤児院に送っているので」
「なんで孤児院?」
「わたしの実家なのです。わたしは長女で、孤児院にはまだ食べざかりの幼い妹や弟がたくさんいますから」
「というと、君は捨て子なの?」
魔王さんはすっと目を細めました。なんだか冷たい表情です。ちょっと怖い。
「ああ、ごめんね? 怖がらせる気はなかったんだ。人間ってやっぱり醜悪だなって思っただけだから」
「で、でも、人間にも良い人はたくさんいますよ」
「そう?」
「はい、わたしを引き取ってくれた教会のみなさんがそうです。わたしが聖女のお仕事をがんばれば、孤児院にお金をくれます」
「それ、利用されてるって言うんだよ」
「え?」
魔王さんがまた少し怖い顔になったので、ちょっと震えてしまいます。かかえている錫杖の鈴がシャリンと鳴りました。細い腕ではうまく扱えないしろもの。
「とりあえず、エミリーちゃんはごはんをたくさん食べたほうがいいね」
魔王さんが指を鳴らすと……
すごい! クッキーがたくさん現れました!
もぐもぐ、おいしい。
魔王さんはにこにことわたしを見ています。
不思議な方です。
「魔王さんはなぜわたしに優しくしてくださるのですか? わたし、敵なのに」
そう聞くと、魔王さんは困ったように微笑み、わたしに手をのばしてきました。
「さぁ、なんでだろうね」
ぎゅっとつむっていた目をそぉっとあける。
こてん、と首をかしげる。
なぜわたしは敵である魔王さんに頭を撫でられているのでしょう。
でも、頭を撫でられるのって、気持ちいのですね。
わたし、はじめてです。
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