10 / 22
9
しおりを挟む朝、教室に入ると、教卓の上に数学のノートが山積みにされていた。ノートの一番上に、『三限目の授業の時までに配ってください。山中』と書かれたふせんが貼ってある。
ぼくはノートを片腕に抱えて、みんなに配りだした。
別に、ホームルーム委員だから、いい子ぶってこんなことをしているわけじゃない。ぼくは昔から、誰もやらない仕事を、進んでやってしまう傾向がある。ひとのために、そうやって無償で占いを提供する天谷の精神が、ばあちゃんの教えが、たぶん、ぼくに「やらなきゃ」っていう強迫観念を植え付けてるんだ。心底ぞっとするけど、ぼくは従うしかない。
ノートの存在に気がついているはずなのに、見て見ぬふりをしていたみんなは、ぼくがノートを渡すと「ああ」とか「おお」とかいうだけで、お礼はほとんど言ってこない。
こういう反応も、慣れたものだ。
そのとき、背後から明るい声がかかった。
「おはよう、天谷くん」
大塚さんが満面の笑みで、ぼくを見上げてる。
あれ、と思った。
大塚さんって、こんなに小さかったっけ。
ぼくはこのときはじめて、彼女とまともに向かい合ったんだ。手を伸ばせば、届く距離で。
「おは、よう」
言ってから、内心で舌打ちする。声が裏返ってしまった。かっこ悪い。
大塚さんは微笑んでから、ぼくが持つノートの束に手をかけた。
「手伝うよ」
「いいよ!」
思いのほか強い声が出て、慌ててトーンを落とす。
「悪いから……」
大塚さんから視線をそらし、もじもじ。
これじゃぼく、挙動不審の変質者みたいだ。
「貸して」
落ち込むぼくの手が緩んだすきに、大塚さんはノートの束を半分奪っていく。
「二人でやったほうが早いでしょ。それに、私たち、ホームルーム委員じゃん」
ノートを配るのも、ホームルーム委員の仕事。ぼくを一言で納得させて、大塚さんがノートを配りだす。「お礼言いなさいよー」と明るい声が言えば、「悪い」とか、「ごめん」とかのあとに、「サンキュ」とか「あざす」とかちょっと照れたような声が返ってくる。
さすがだ。
大塚さんが教室にいると、その場がぱっと華やぐ。
明るい声は、ショートケーキのように甘く魅力的で、みんなを幸せにする。
彼女はまごうことなき、このクラスの人気者だった。
自分がどんなに、無謀な恋をしているか、思い知らされる。
結果として、大塚さんと同じ委員になったのは、大成功だった。それも、比較的仕事が多く、毎日話す機会があるホームルーム委員は最高の役職だ。
「学級日誌、書いてって先生が言ってるんだけど」
放課後、黒い表紙のA4ファイルを持って、大塚さんがぼくの机にやってきた。
大塚さんが、担任の桑原先生から学級日誌を預かるところを見ていたぼくは、彼女がぼくのところにやってくるのを予想して、言うべき台詞を練習していた。
「書く順番、どうする?」
100回は練習した一言。おかげで、ずいぶん自然に出せた気がする。
心臓はばくばくで、今にも口から飛び出しそうなほどだけど。
ホームルーム委員には、毎日一ページの学級日誌を書くっていう仕事もある。
曜日、天気、欠席者、その日あった授業の内容、クラスの様子、そういうものを書いて担任に知らせるんだ。
この日誌はたいてい、ホームルーム委員の二人が、順番に担当して書いていく。
「今日はぼくが書こうか」
うん、今度も声は裏返らなかった。
だけど、大塚さんはぼくの申し出を断って、予想外の提案をしてきた。
「日誌、毎日一緒に書かない?」
ぽかん、とぼくは大塚さんを見ていたと思う。
それってつまり、毎日、放課後の10分間くらい、一緒に過ごすということだろうか。それも、みんなが帰った教室の中で、二人きりで。
「ほら、一緒に考えながら書いたほうが、正確なものができると思うし、早く書き終わるし」
ああ、とぼくは相づちを打った。
たしかに、その通りかも。
この授業は、このへんが難しかったよねとか、話し合って書いたほうが良いものができそうだ。日誌を読む担任の先生も、助かる。
しかし、大塚さんって、真面目だな。
そんなところも、ステキだ。
そう思って、顔が熱くなるぼくはもう、きっとかなり重症で。
「どうかな?」
ぼくは無言で頷いた。
わかった、そうしよう。
その言葉は練習してなかったから、とっさに出なかったんだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
秘密部 〜人々のひみつ〜
ベアりんぐ
ライト文芸
ただひたすらに過ぎてゆく日常の中で、ある出会いが、ある言葉が、いままで見てきた世界を、変えることがある。ある日一つのミスから生まれた出会いから、変な部活動に入ることになり?………ただ漠然と生きていた高校生、相葉真也の「普通」の日常が変わっていく!!非日常系日常物語、開幕です。
01
だからって、言えるわけないだろ
フドワーリ 野土香
ライト文芸
〈あらすじ〉
谷口夏芽(28歳)は、大学からの親友美佳の結婚式の招待状を受け取っていた。
夏芽は今でもよく大学の頃を思い出す。なぜなら、その当時夏芽だけにしか見えない男の子がいたからだ。
大学生になって出会ったのは、同じ大学で共に学ぶはずだった男の子、橘翔だった。
翔は入学直前に交通事故でこの世を去ってしまった。
夏芽と翔は特別知り合いでもなく無関係なのに、なぜだか夏芽だけに翔が見えてしまう。
成仏できない理由はやり残した後悔が原因ではないのか、と夏芽は翔のやり残したことを手伝おうとする。
果たして翔は成仏できたのか。大人になった夏芽が大学時代を振り返るのはなぜか。
現在と過去が交差する、恋と友情のちょっと不思議な青春ファンタジー。
〈主要登場人物〉
谷口夏芽…一番の親友桃香を事故で亡くして以来、夏芽は親しい友達を作ろうとしなかった。不器用でなかなか素直になれない性格。
橘翔…大学入学を目前に、親友真一と羽目を外しすぎてしまいバイク事故に遭う。真一は助かり、翔だけがこの世を去ってしまう。
美佳…夏芽とは大学の頃からの友達。イケメン好きで大学の頃はころころ彼氏が変わっていた。
真一…翔の親友。事故で目を負傷し、ドナー登録していた翔から眼球を譲られる。翔を失ったショックから、大学では地味に過ごしていた。
桃香…夏芽の幼い頃からの親友。すべてが完璧で、夏芽はずっと桃香に嫉妬していた。中学のとき、信号無視の車とぶつかりこの世を去る。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
幼なじみはギャルになったけど、僕らは何も変わらない(はず)
菜っぱ
ライト文芸
ガリ勉チビメガネの、夕日(ゆうちゃん)
見た目元気系、中身ちょっぴりセンチメンタルギャル、咲(さきちゃん)
二人はどう見ても正反対なのに、高校生になってもなぜか仲の良い幼なじみを続けられている。
夕日はずっと子供みたいに仲良く親友でいたいと思っているけど、咲はそうは思っていないみたいでーーーー?
恋愛知能指数が低いチビメガネを、ギャルがどうにかこうにかしようと奮闘するお話。
基本ほのぼのですが、シリアス入ったりギャグ入ったりします。
R 15は保険です。痛い表現が入ることがあります。
浴槽海のウミカ
ベアりんぐ
ライト文芸
「私とこの世界は、君の深層心理の投影なんだよ〜!」
過去の影響により精神的な捻くれを抱えながらも、20という節目の歳を迎えた大学生の絵馬 青人は、コンビニ夜勤での疲れからか、眠るように湯船へと沈んでしまう。目が覚めるとそこには、見覚えのない部屋と少女が……。
少女のある能力によって、青人の運命は大きく動いてゆく……!
※こちら小説家になろう、カクヨムでも掲載しています。
白雪姫は処女雪を鮮血に染める
かみゅG
ライト文芸
美しい母だった。
常に鏡を見て、自分の美しさを保っていた。
優しい父だった。
自分の子供に対してだけでなく、どの子供に対しても優しかった。
私は王女だった。
美しい母と優しい父を両親に持つ、この国のお姫様だった。
私は白雪姫と呼ばれた。
白い雪のような美しさを褒めた呼び名か、白い雪のように何も知らない無知を貶した呼び名か、どちらかは知らない。
でも私は、林檎を食べた直後に、口から溢れ出す血の理由を知っていた。
白雪姫は誰に愛され誰を愛したのか?
その答えが出たとき、彼女は処女雪を鮮血に染める。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる