ある日突然『魔女』になりまして

灰羽アリス

文字の大きさ
上 下
29 / 33
第三章 『惚れ薬』騒動

12 決戦のはじまり

しおりを挟む

 俺はスリングショット(Y字型の玉飛ばし道具)を目標の男女に向けて構え、ビー玉を装備したゴムを引っ張った。続けざまに二度放つ。ビー玉は男女の頭部にクリティカルヒット。弾けたビー玉が光を飛ばし、二人の体を包み込む。

「っしゃ!」

 ビー玉を受けた男女は呆然と動きを止めるとおもむろに立ち上がり、校舎の方へ帰って行く。すげえ効き目。
 ……これで3組め。『惚れ薬』の被害者は昨日より明らかに増えている。
 それにしても、やつら薬で興奮状態に陥ってる割りには人気のない場所を選んでイチャついてんだよな。さかりのついた獣くらいに思ってたけど、やつらにもかろうじて理性は残っているらしい。

「……赤星氏、説明を求む」

 俺が続けざまにもう一組の男女を狩ったところで、小林が怖々と聞いてきた。青い顔で歯をカチカチ言わせてる。だからついてくんなって言ったのに。
 俺はスカートのポケットからビー玉をいくつか掴み出して小林に見せた。

「これは『性欲減退剤』」

「せいよくげんたいざい……」

 『惚れ薬』のおかげで自分に好意を抱いてくれた相手に、薬を打ち込んだ人間が何をしでかすか。まあ、最低でもハグとキスはするよな。それだけで止まればいいけど、それ以上やってやろうってやつも必ずいる。相手に植え付けた偽物の好意をここぞとばかりに利用して、最低なやつらだ。そこに、ひなこちゃんが作った『性欲減退剤』をぶち込む。

「そうすれば性欲は消えて、セックスする気も起きなくなる。最低限、貞操だけは守られるってわけだ」

「せ、せ、せっくす……おま、もっとオブラートに包んでだなぁ」

「なんで?」

 そんなの恥ずかしがるような年齢でもないでしょ、という気持ちを込めて見すえると、小林の目が座る。

「……チッ。これだからイケメンは。あ、でも女の子の口からせ、"セックス"って言葉が出るのはいいなぁ。えへへ、もっかい言ってくんね?」

「いや普通にキモイ」

 思いっきり頭を叩いても、小林は笑顔で受け止める。……忘れてた。俺、いま美少女なんだった。どんな行動も、こいつには御褒美になる。小林だけじゃない。窓からのぞく、いくつものだらしない顔。嫌らしい視線。体中ぞわぞわする。あー、もう、いますぐひなこちゃんの胸に飛び込みたい。隠れ巨乳なんだよね、ひなこちゃんって。夜、薄手のTシャツになるとわかる。これは嬉しい発見だった。
 でもさぁ、と小林が頭の後ろで手を組みながらぼやく。

「最低な薬だな。ようするに、無理やり煩悩を消して仏化ほとけかするってんだろ。女子のパンツを見ても、生足を見ても、息子が反応しない。そんなの死んだも同然だぜ」

「お前にも一回打ち込むべきかもな。仏になれるか、試してみる?」

「やめて、可愛い顔で誘惑しないで。うんって言いそうになったわ。危ねえ……」

 その後旧校舎を回って3組の怪しいカップルのピンクムードをぶち壊した。その都度、学年と名前をひなこちゃんにメールする。生徒を呼び出して話を聞き出すなり、注射器を取り上げるなり、あとは〝森山日奈子先生〟の領分だ。

❖◆◇◆❖

 スマホが振動する。赤星くんからのメールだ。『惚れ薬』の被害者を見つけたらメールするようにとは言ってあるけど、文面が一言余計なのよ。

 ひなこちゃんへ。2年3組の長谷部と2年1組の宇野(被害者)。ビー玉投入完了。P.S.ひなこちゃん昨日寝てるとき、俺の名前呟いてたの覚えてる? チューがそんなによかったのかなぁ。ひなこちゃんの愛のしもべ・颯太より

 ひなこちゃんへ。1年2組の間広と2年2組の山口(被害者)。ビー玉投入完了。P.S.俺気づいたんだけど、射撃めっちゃ得意みたい。もっと腕を磨いて、ひなこちゃんのハートも打ち抜くぞ♡バキュン。ひなこちゃんの秘密の共犯者・颯太より

「まったく調子に乗って!」

 状況報告だけしなさい。送信っと。
 わざとそっけない文面で怒りを表現してみたけど、うまくいった気がしない。どこかにくめないのよねぇ、赤星くんのおふざけって。余計な文面も、思わずくすっとなっちゃう愛嬌があるっていうか。これがモテ男のスキルか。侮れぬ。気を引き締めねば心が食われそうだ。

 またスマホが振動する。もう7件目か。派手にばらまいてくれたわねえ、悪い魔女さんも。
 眷属の赤星くんを女の子に変え、中村先生やうちの生徒たちを『惚れ薬』に溺れさせ、そのくせ私には一切接触してこない。私がこの事態にどう対応するのか、もしかして彼女、私の力を試してる?
 ふふ、それなら思う存分返り討ちにしてやるわ。こちとらこれまで何にも事件が起きなくて暇だったんで悪と対峙する趣味・・レーションはばっちりだ。赤ちゃん返りするまで泣かせてやる。……と職員室で意味深な笑みを浮かべた5分後、早くも悪い魔女と対峙する場面がやってくるのだった。

 ◇

 昼休み明け、午後の授業に向かうため私は2階の廊下を歩いていた。誰かの声が聞こえた気がしてふと窓の外を見ると、1階の渡り廊下で赤星くんが数人の男子に囲まれて何やらもめている。何してるの、と声をかけようとして私はハッとした。向かいの旧校舎(木造二階建て)の屋上に白いセーラー服の少女を見つけた。天使と見まがうほど清らかな顔にひねた笑みを浮かべ、彼女は赤星くんを見ている。ざっと鳥肌が立った。
 はっきりと感じる。彼女は、私と同じ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

有涯おわすれもの市

竹原 穂
ライト文芸
 突然未亡人になり、家や仕事を追われた30歳の日置志穂(ひおき・しほ)は、10年ぶりに帰ってきた故郷の商店街で『有涯おわすれもの市』と看板の掲げられた店に引き寄せられる。  そこは、『有涯(うがい)……生まれてから死ぬまで』の中で、人々が忘れてしまったものが詰まる市場だった。  訪れる資格があるのは死人のみ。  生きながらにして市にたどり着いてしまった志穂は、店主代理の高校生、有涯ハツカに気に入られてしばらく『有涯おわすれもの市』の手伝いをすることになる。 「もしかしたら、志穂さん自身が誰かの御忘物なのかもしれないね。ここで待ってたら、誰かが取りに来てくれるかもしれないよ。たとえば、亡くなった旦那さんとかさ」    あなたの人生、なにか、おわすれもの、していませんか?  限りある生涯、果てのある人生、この世の中で忘れてしまったものを、御忘物市まで取りにきてください。  不登校の金髪女子高生と30歳の薄幸未亡人。  二人が見つめる、有涯の御忘物。 登場人物 ■日置志穂(ひおき・しほ) 30歳の未亡人。職なし家なし家族なし。 ■有涯ハツカ(うがい・はつか) 不登校の女子高生。金髪は生まれつき。 有涯御忘物市店主代理 ■有涯ナユタ(うがい・なゆた) ハツカの祖母。店主代理補佐。 かつての店主だった。現在は現役を退いている。 ■日置一志(ひおき・かずし) 故人。志穂の夫だった。 表紙はあままつさん(@ama_mt_)のフリーアイコンをお借りしました。ありがとうございます。 「第4回ほっこり・じんわり大賞」にて奨励賞をいただきました! ありがとうございます!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

紅陽

きのたまご
ライト文芸
高校生のレムは放課後の教室で、小学生時代のある記憶を思い出す。クラスの男子と遊んだ帰り道。彼が残した謎の言葉と、夕焼けに染まった美しい景色。数年が経った今、ようやくその言葉の意味を知る。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

処理中です...