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第三章 『惚れ薬』騒動
12 決戦のはじまり
しおりを挟む俺はスリングショット(Y字型の玉飛ばし道具)を目標の男女に向けて構え、ビー玉を装備したゴムを引っ張った。続けざまに二度放つ。ビー玉は男女の頭部にクリティカルヒット。弾けたビー玉が光を飛ばし、二人の体を包み込む。
「っしゃ!」
ビー玉を受けた男女は呆然と動きを止めるとおもむろに立ち上がり、校舎の方へ帰って行く。すげえ効き目。
……これで3組め。『惚れ薬』の被害者は昨日より明らかに増えている。
それにしても、やつら薬で興奮状態に陥ってる割りには人気のない場所を選んでイチャついてんだよな。さかりのついた獣くらいに思ってたけど、やつらにもかろうじて理性は残っているらしい。
「……赤星氏、説明を求む」
俺が続けざまにもう一組の男女を狩ったところで、小林が怖々と聞いてきた。青い顔で歯をカチカチ言わせてる。だからついてくんなって言ったのに。
俺はスカートのポケットからビー玉をいくつか掴み出して小林に見せた。
「これは『性欲減退剤』」
「せいよくげんたいざい……」
『惚れ薬』のおかげで自分に好意を抱いてくれた相手に、薬を打ち込んだ人間が何をしでかすか。まあ、最低でもハグとキスはするよな。それだけで止まればいいけど、それ以上やってやろうってやつも必ずいる。相手に植え付けた偽物の好意をここぞとばかりに利用して、最低なやつらだ。そこに、ひなこちゃんが作った『性欲減退剤』をぶち込む。
「そうすれば性欲は消えて、セックスする気も起きなくなる。最低限、貞操だけは守られるってわけだ」
「せ、せ、せっくす……おま、もっとオブラートに包んでだなぁ」
「なんで?」
そんなの恥ずかしがるような年齢でもないでしょ、という気持ちを込めて見すえると、小林の目が座る。
「……チッ。これだからイケメンは。あ、でも女の子の口からせ、"セックス"って言葉が出るのはいいなぁ。えへへ、もっかい言ってくんね?」
「いや普通にキモイ」
思いっきり頭を叩いても、小林は笑顔で受け止める。……忘れてた。俺、いま美少女なんだった。どんな行動も、こいつには御褒美になる。小林だけじゃない。窓からのぞく、いくつものだらしない顔。嫌らしい視線。体中ぞわぞわする。あー、もう、いますぐひなこちゃんの胸に飛び込みたい。隠れ巨乳なんだよね、ひなこちゃんって。夜、薄手のTシャツになるとわかる。これは嬉しい発見だった。
でもさぁ、と小林が頭の後ろで手を組みながらぼやく。
「最低な薬だな。ようするに、無理やり煩悩を消して仏化するってんだろ。女子のパンツを見ても、生足を見ても、息子が反応しない。そんなの死んだも同然だぜ」
「お前にも一回打ち込むべきかもな。仏になれるか、試してみる?」
「やめて、可愛い顔で誘惑しないで。うんって言いそうになったわ。危ねえ……」
その後旧校舎を回って3組の怪しいカップルのピンクムードをぶち壊した。その都度、学年と名前をひなこちゃんにメールする。生徒を呼び出して話を聞き出すなり、注射器を取り上げるなり、あとは〝森山日奈子先生〟の領分だ。
❖◆◇◆❖
スマホが振動する。赤星くんからのメールだ。『惚れ薬』の被害者を見つけたらメールするようにとは言ってあるけど、文面が一言余計なのよ。
ひなこちゃんへ。2年3組の長谷部と2年1組の宇野(被害者)。ビー玉投入完了。P.S.ひなこちゃん昨日寝てるとき、俺の名前呟いてたの覚えてる? チューがそんなによかったのかなぁ。ひなこちゃんの愛のしもべ・颯太より
ひなこちゃんへ。1年2組の間広と2年2組の山口(被害者)。ビー玉投入完了。P.S.俺気づいたんだけど、射撃めっちゃ得意みたい。もっと腕を磨いて、ひなこちゃんのハートも打ち抜くぞ♡バキュン。ひなこちゃんの秘密の共犯者・颯太より
「まったく調子に乗って!」
状況報告だけしなさい。送信っと。
わざとそっけない文面で怒りを表現してみたけど、うまくいった気がしない。どこかにくめないのよねぇ、赤星くんのおふざけって。余計な文面も、思わずくすっとなっちゃう愛嬌があるっていうか。これがモテ男のスキルか。侮れぬ。気を引き締めねば心が食われそうだ。
またスマホが振動する。もう7件目か。派手にばらまいてくれたわねえ、悪い魔女さんも。
眷属の赤星くんを女の子に変え、中村先生やうちの生徒たちを『惚れ薬』に溺れさせ、そのくせ私には一切接触してこない。私がこの事態にどう対応するのか、もしかして彼女、私の力を試してる?
ふふ、それなら思う存分返り討ちにしてやるわ。こちとらこれまで何にも事件が起きなくて暇だったんで悪と対峙する趣味レーションはばっちりだ。赤ちゃん返りするまで泣かせてやる。……と職員室で意味深な笑みを浮かべた5分後、早くも悪い魔女と対峙する場面がやってくるのだった。
◇
昼休み明け、午後の授業に向かうため私は2階の廊下を歩いていた。誰かの声が聞こえた気がしてふと窓の外を見ると、1階の渡り廊下で赤星くんが数人の男子に囲まれて何やらもめている。何してるの、と声をかけようとして私はハッとした。向かいの旧校舎(木造二階建て)の屋上に白いセーラー服の少女を見つけた。天使と見まがうほど清らかな顔にひねた笑みを浮かべ、彼女は赤星くんを見ている。ざっと鳥肌が立った。
はっきりと感じる。彼女は、私と同じ。
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知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
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