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第三章 『惚れ薬』騒動
11 新しい家族とマンドラゴラ
しおりを挟むおねむのぴんちゃんをシルバニアのベッドに寝かせ、ついでに中村先生もお布団に寝かせ、21時ごろたまちゃんが兄ちゃんに引き取られていったところで、「ちょっと散歩に出ようよ」と赤星くんが私を誘った。
プライベートで生徒と二人きりでいるところを見られるのはあまりよろしくない……としぶる私に、「いいじゃん、俺いま女の子なんだし」とこんなときだけ都合よく女の子の性別を振りかざしてくる赤星くん。まあでも、たしかに女の子だし。夜二人きりでいるところを見られたとしても問題ないか。
ちょうどアイスでも食べたい気分だったので、コンビニに行きがてらの散歩を了承し、一緒にアパートを出る。雨でもないのに、じめっとしてる。数分も歩けばTシャツが背中に張り付きそう。でも、赤星くんの周りは妙にカラッとして見える。若さは湿気も跳ね飛ばすのか、と感心している私の手を取って、赤星くんは上機嫌に歩いていく。
「ちょっと、手は……」
「なんで? 女の子同士なんだし、いいよね?」
「うーむ……じゃあ今日だけね」
「うん!」
赤星くんが無邪気にはにかむから、変にドキッとしてしまった。赤星くんは女の子の姿なのに、なんか、悪いことしてる気分になる。それに手、熱いし。
「やっぱなし!」
ぱっと赤星くんの手を離す。
「え?」
「手はなんか違う。ダメだと思う、うん」
「なになにー?」
にやにやと赤星くんが私の顔を覗き込んでくる。
「な、なによ……」
「ひなこちゃん、いま俺のこと意識しちゃったでしょ」
「はぁ? そんなわけないじゃない。子ども相手にドキッとなんてしないしー」
「ドキッとしたんだ?」
顔をそむけても、楽しそうな笑顔が追ってくる。さらに顔を背けると、ふいにおでこが柔らかい感触を得た。数秒フリーズ。
ちょっと待て。
いやいや、うん?
いまこいつ、私にキスした?
視点が定まらないほど近くに、得意満面の笑顔がある。くっそ可愛いな、おい。だって美少女だもん。そのドアップが可愛くないはずないんだよ。
「ひなこちゃんは俺を好きになるよ、ぜったい」
「は、はぁ? ならねーし! 勘違いしてんじゃないですわよ、このお子ちゃまが!」
「いひひっ」
コンビニに走って行く赤星くんを追いかける。ちょっとだけ、高校時代の甘酸っぱい青春の空気を思い出した。あの頃、私はいまと同じ地味子だったし、これといってピンクな思い出もないけど、赤星くんといるとあの頃の私に色がついていくような錯覚に陥る。
ガリガリくんのソーダ味をふたつと猫の缶詰と紙皿と水を買って、コンビニを出る。会計はもちろん私が。赤星くんはだいぶしぶってたけど、700円をしぶってちゃ大人ぶれないので、というか、最後にかろうじて残ってるプライドがズタズタになるので、そこは断固として払わせてもらった。
「どこ行くの、そっちは反対方向よ」
ガリガリくんをガリガリやりながら前を歩く赤星くんに言う。ふわと赤髪を風に揺らして振り返った彼女は「こっちで合ってる」と断言する。
連れて行かれたのはあのトンネルだった。中村先生に魔女であることをバラそうとしたら、赤星くんにバレた。たった2、3週間前にやらかした失敗の舞台。だいぶ思い上がってたあの頃を思い出すと恥ずかしくて死にそうになる。笑い話でもしにきたのかと恨めしい気持ちで赤星くんを振り返ったけど、どうやらそういう目的はそこにない。赤星くんの胸には黒ぶちの子猫が抱かれていた。
「こいつ、俺が面倒見てるんだ。捨てられたのか、親とはぐれたのか知らないけど、いつもひとりぼっちでいたから。なんかほっとけなくてさ」
私はしばらく子猫をあやす赤星くんを無言で見ていた。天を見上げ、私は叫びたい。
神様ー!! なんですか、ちょいヤンイケメン幸うす系男子はみんな子猫拾うって掟でもあるんですか!?!? まんまと尊い絵面(美少女が尊さに拍車をかけてる)にハマり、高鳴るこの胸をどうしてくれよう!
ぐぅぅ、独りぼっちの子猫がいつも母親にほったらかされてる自分と重なって可哀想に見えたのかなとか、思っちゃうじゃん。
「ねえ、最近熱くなってきたしさ、このままここに置いとくと熱中症になるかもだし、こいつひなこちゃんちで飼っちゃだめ?」
「んんんッ」
私は美少女の上目遣いにあっけなく攻略され、子猫を引き取ることに決めた。
名前は「ぶち」。赤星くん命名。黒ぶち猫だからっていう、なんとも安直なネーミングセンスだ。ピンクの妖精にピンキーちゃんと名付けた私くらいひどい。
「お前は今日から俺の使い魔だ。いっしょに悪い魔女倒そうな~」
抱えたぶちに呑気に話しかける赤星くんを横目に、私は少し真面目なトーンで言った。
「明日、『惚れ薬』で異変が起きた子たちにある薬を投与してもらいます。できる?」
「もちろん、ご主人様」
アパートの部屋に入ると、その騒がしさに驚いた。耳をつんざくような悲鳴が上がり続けてる。慌てて玄関の戸を閉めてほどなく、ピンキーちゃんが慌てた様子で飛んでくる。
「耳痛いよ、ひなこちゃん!」
「待ってね、赤星くん。タオル、ほらタオルで耳押さえて。ぴんちゃんいったい何事? ご近所迷惑になっちゃうよ」
「じじたんになげつけたタネがぴんの昔のおうちに入ってね、へんなのがはえたの!」
事態が呑み込めないでいると、いつの間に帰ってきていたのか「ぴんが植物だったころに入ってたプランターだよ」と、足元のジジが言う。耳を押さえて苦しそう。人間の何倍も聴覚の鋭いジジにはかなりキツイだろう。人間の私でも気絶しそうなのに。
新しくうちにやってきた『ぶち』も赤星くんの腕から離れて一目散に部屋の奥へ走っていく。
例のプランターに駆け寄ってみると、音はますます大きくなった。これか。たしかに変な植物が生えている。盛り上がった木の根っこが顔と手足みたいに見えるし、天辺の草は髪の毛みたいに見える。
「なあ、これって『マンドラゴラ』じゃねえ?」と赤星くん。
「まさか、あのファンタジー植物代表の!?」
お会いできて光栄です! と言いたいところだけど、とにかく黙らせなきゃ私たちが死ぬ!
えーっと、たしか『魔女のすゝめ』の『薬草調合』のページにマンドラゴラの扱い方が図解されてたはず。あ、あった! なになに、『マンドラゴラは恥ずかしがり屋なため、暗闇を好みます。また寒い場所も好むので、日陰の地中奥深くに埋めてあげると泣き止むでしょう』
土はこのプランターぶんしかない。代わりになりそうな暗くて冷たい場所……あ、そうだ!
「赤星くん、冷蔵庫開けて!」
冷蔵庫の扉が開いたのを横目に確認し、マンドラゴラのプランターを持ち上げる。そんなに大きくないから冷蔵庫にも余裕で入る。急いでぶち込んで扉を閉めた瞬間、ヒステリックな叫びが嘘のように消えた。余韻の耳鳴りが辛い。
まったく、ひどい目に合った。間違いなく、ここ数年で一番。4年前に元カレにこっぴどくフラれたとき以来のひどい経験。
だけど……
「良いものが手に入ったわ」
思わずにやりとしてしまう。
マンドラゴラがあるなら、あの薬が作れる。
悪い魔女を成敗する方法が決まった。
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