ある日突然『魔女』になりまして

灰羽アリス

文字の大きさ
上 下
28 / 33
第三章 『惚れ薬』騒動

11 新しい家族とマンドラゴラ

しおりを挟む
 
 おねむのぴんちゃんをシルバニアのベッドに寝かせ、ついでに中村先生もお布団に寝かせ、21時ごろたまちゃんが兄ちゃんに引き取られていったところで、「ちょっと散歩に出ようよ」と赤星くんが私を誘った。
 プライベートで生徒と二人きりでいるところを見られるのはあまりよろしくない……としぶる私に、「いいじゃん、俺いま女の子なんだし」とこんなときだけ都合よく女の子の性別を振りかざしてくる赤星くん。まあでも、たしかに女の子だし。夜二人きりでいるところを見られたとしても問題ないか。
 ちょうどアイスでも食べたい気分だったので、コンビニに行きがてらの散歩を了承し、一緒にアパートを出る。雨でもないのに、じめっとしてる。数分も歩けばTシャツが背中に張り付きそう。でも、赤星くんの周りは妙にカラッとして見える。若さは湿気も跳ね飛ばすのか、と感心している私の手を取って、赤星くんは上機嫌に歩いていく。

「ちょっと、手は……」

「なんで? 女の子同士なんだし、いいよね?」

「うーむ……じゃあ今日だけね」

「うん!」

 赤星くんが無邪気にはにかむから、変にドキッとしてしまった。赤星くんは女の子の姿なのに、なんか、悪いことしてる気分になる。それに手、熱いし。

「やっぱなし!」

 ぱっと赤星くんの手を離す。

「え?」

「手はなんか違う。ダメだと思う、うん」

「なになにー?」

 にやにやと赤星くんが私の顔を覗き込んでくる。

「な、なによ……」

「ひなこちゃん、いま俺のこと意識しちゃったでしょ」

「はぁ? そんなわけないじゃない。子ども相手にドキッとなんてしないしー」

「ドキッとしたんだ?」

 顔をそむけても、楽しそうな笑顔が追ってくる。さらに顔を背けると、ふいにおでこが柔らかい感触を得た。数秒フリーズ。

 ちょっと待て。
 いやいや、うん? 
 いまこいつ、私にキスした?

 視点が定まらないほど近くに、得意満面の笑顔がある。くっそ可愛いな、おい。だって美少女だもん。そのドアップが可愛くないはずないんだよ。

「ひなこちゃんは俺を好きになるよ、ぜったい」

「は、はぁ? ならねーし! 勘違いしてんじゃないですわよ、このお子ちゃまが!」

「いひひっ」

 コンビニに走って行く赤星くんを追いかける。ちょっとだけ、高校時代の甘酸っぱい青春の空気を思い出した。あの頃、私はいまと同じ地味子だったし、これといってピンクな思い出もないけど、赤星くんといるとあの頃の私に色がついていくような錯覚に陥る。

 ガリガリくんのソーダ味をふたつと猫の缶詰と紙皿と水を買って、コンビニを出る。会計はもちろん私が。赤星くんはだいぶしぶってたけど、700円をしぶってちゃ大人ぶれないので、というか、最後にかろうじて残ってるプライドがズタズタになるので、そこは断固として払わせてもらった。

「どこ行くの、そっちは反対方向よ」

 ガリガリくんをガリガリやりながら前を歩く赤星くんに言う。ふわと赤髪を風に揺らして振り返った彼女は「こっちで合ってる」と断言する。
 連れて行かれたのはあのトンネルだった。中村先生に魔女であることをバラそうとしたら、赤星くんにバレた。たった2、3週間前にやらかした失敗の舞台。だいぶ思い上がってたあの頃を思い出すと恥ずかしくて死にそうになる。笑い話でもしにきたのかと恨めしい気持ちで赤星くんを振り返ったけど、どうやらそういう目的はそこにない。赤星くんの胸には黒ぶちの子猫が抱かれていた。

「こいつ、俺が面倒見てるんだ。捨てられたのか、親とはぐれたのか知らないけど、いつもひとりぼっちでいたから。なんかほっとけなくてさ」

 私はしばらく子猫をあやす赤星くんを無言で見ていた。天を見上げ、私は叫びたい。

 神様ー!! なんですか、ちょいヤンイケメン幸うす系男子はみんな子猫拾うって掟でもあるんですか!?!? まんまと尊い絵面(美少女が尊さに拍車をかけてる)にハマり、高鳴るこの胸をどうしてくれよう!

 ぐぅぅ、独りぼっちの子猫がいつも母親にほったらかされてる自分と重なって可哀想に見えたのかなとか、思っちゃうじゃん。

「ねえ、最近熱くなってきたしさ、このままここに置いとくと熱中症になるかもだし、こいつひなこちゃんちで飼っちゃだめ?」

「んんんッ」

 私は美少女の上目遣いにあっけなく攻略され、子猫を引き取ることに決めた。
 名前は「ぶち」。赤星くん命名。黒ぶち猫だからっていう、なんとも安直なネーミングセンスだ。ピンクの妖精にピンキーちゃんと名付けた私くらいひどい。

「お前は今日から俺の使い魔だ。いっしょに悪い魔女倒そうな~」

 抱えたぶちに呑気に話しかける赤星くんを横目に、私は少し真面目なトーンで言った。

「明日、『惚れ薬』で異変が起きた子たちにある薬を投与してもらいます。できる?」

「もちろん、ご主人様」

 アパートの部屋に入ると、その騒がしさに驚いた。耳をつんざくような悲鳴が上がり続けてる。慌てて玄関の戸を閉めてほどなく、ピンキーちゃんが慌てた様子で飛んでくる。

「耳痛いよ、ひなこちゃん!」

「待ってね、赤星くん。タオル、ほらタオルで耳押さえて。ぴんちゃんいったい何事? ご近所迷惑になっちゃうよ」

「じじたんになげつけたタネがぴんの昔のおうちに入ってね、へんなのがはえたの!」

 事態が呑み込めないでいると、いつの間に帰ってきていたのか「ぴんが植物だったころに入ってたプランターだよ」と、足元のジジが言う。耳を押さえて苦しそう。人間の何倍も聴覚の鋭いジジにはかなりキツイだろう。人間の私でも気絶しそうなのに。
 新しくうちにやってきた『ぶち』も赤星くんの腕から離れて一目散に部屋の奥へ走っていく。

 例のプランターに駆け寄ってみると、音はますます大きくなった。これか。たしかに変な植物が生えている。盛り上がった木の根っこが顔と手足みたいに見えるし、天辺の草は髪の毛みたいに見える。

「なあ、これって『マンドラゴラ』じゃねえ?」と赤星くん。

「まさか、あのファンタジー植物代表の!?」

 お会いできて光栄です! と言いたいところだけど、とにかく黙らせなきゃ私たちが死ぬ!
 えーっと、たしか『魔女のすゝめ』の『薬草調合』のページにマンドラゴラの扱い方が図解されてたはず。あ、あった! なになに、『マンドラゴラは恥ずかしがり屋なため、暗闇を好みます。また寒い場所も好むので、日陰の地中奥深くに埋めてあげると泣き止むでしょう』

 土はこのプランターぶんしかない。代わりになりそうな暗くて冷たい場所……あ、そうだ!

「赤星くん、冷蔵庫開けて!」

 冷蔵庫の扉が開いたのを横目に確認し、マンドラゴラのプランターを持ち上げる。そんなに大きくないから冷蔵庫にも余裕で入る。急いでぶち込んで扉を閉めた瞬間、ヒステリックな叫びが嘘のように消えた。余韻の耳鳴りが辛い。

 まったく、ひどい目に合った。間違いなく、ここ数年で一番。4年前に元カレにこっぴどくフラれたとき以来のひどい経験。
だけど……

「良いものが手に入ったわ」

 思わずにやりとしてしまう。
 マンドラゴラがあるなら、あの薬が作れる。
 悪い魔女を成敗する方法が決まった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

有涯おわすれもの市

竹原 穂
ライト文芸
 突然未亡人になり、家や仕事を追われた30歳の日置志穂(ひおき・しほ)は、10年ぶりに帰ってきた故郷の商店街で『有涯おわすれもの市』と看板の掲げられた店に引き寄せられる。  そこは、『有涯(うがい)……生まれてから死ぬまで』の中で、人々が忘れてしまったものが詰まる市場だった。  訪れる資格があるのは死人のみ。  生きながらにして市にたどり着いてしまった志穂は、店主代理の高校生、有涯ハツカに気に入られてしばらく『有涯おわすれもの市』の手伝いをすることになる。 「もしかしたら、志穂さん自身が誰かの御忘物なのかもしれないね。ここで待ってたら、誰かが取りに来てくれるかもしれないよ。たとえば、亡くなった旦那さんとかさ」    あなたの人生、なにか、おわすれもの、していませんか?  限りある生涯、果てのある人生、この世の中で忘れてしまったものを、御忘物市まで取りにきてください。  不登校の金髪女子高生と30歳の薄幸未亡人。  二人が見つめる、有涯の御忘物。 登場人物 ■日置志穂(ひおき・しほ) 30歳の未亡人。職なし家なし家族なし。 ■有涯ハツカ(うがい・はつか) 不登校の女子高生。金髪は生まれつき。 有涯御忘物市店主代理 ■有涯ナユタ(うがい・なゆた) ハツカの祖母。店主代理補佐。 かつての店主だった。現在は現役を退いている。 ■日置一志(ひおき・かずし) 故人。志穂の夫だった。 表紙はあままつさん(@ama_mt_)のフリーアイコンをお借りしました。ありがとうございます。 「第4回ほっこり・じんわり大賞」にて奨励賞をいただきました! ありがとうございます!

紅陽

きのたまご
ライト文芸
高校生のレムは放課後の教室で、小学生時代のある記憶を思い出す。クラスの男子と遊んだ帰り道。彼が残した謎の言葉と、夕焼けに染まった美しい景色。数年が経った今、ようやくその言葉の意味を知る。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

処理中です...