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第三章 『惚れ薬』騒動
10 絶望のたまちゃん、眷属になりたい
しおりを挟む赤星くんは昨夜から私の家に泊まっている。女の子の姿で母親と鉢合わせになると色々面倒なので、薬ができる見通しが立つ一週間を目途にうちに滞在してもらう予定なのだけど……
私のせいで申し訳ない、と自分の情けなさに落ち込む私とは対照的に、赤星くんは「ひなこちゃんちにお泊りなんて楽しみ」なんてあっけらかんとしてる。お母様が心配するんじゃない? と言っても「それはない」と断言。普段から1、2週間家を空けるのは普通なので、1週間帰らなくたってまったく不審に思われないらしい。まったく感心できることではないけれど、おかげで〝息子の性別が変わって大騒ぎ!〟なんて事態にならずに済みそう。
放課後、私は赤星くん(♀)と連れ立ってアパートに帰宅した。
赤星くんが女の子の姿だと、家に招くのにいちいちご近所の目を気にしなくても済むから楽でいい。百合を想像する人間もごく一部いるかもしれないけど、男子生徒を招くよりハードルはずっと低い。
「つまり、今日確認できただけでもおかしなカップルが3組いたと」
「うん。ぜんぶ女が男に薬盛ってるパターンだった」
「女子の間で噂になってるって、宮崎さん言ってたもんなぁ……」
赤星くんと小林くんは今日、校内の異変に気づき自主的に惚れ薬について聞き込み調査を行ってくれていた。
その結果わかったことは、中村先生の異変よりもさらに数日前から、不思議なカップル誕生に校内の一部が沸いていたらしいってこと。ぜんぜん、気づかなかった。
しかもこの惚れ薬、いまでは生徒間で転売が繰り返されており、もはや最初の所有者が誰であったかわからないというのだから、薬がどれだけうちの学校に浸透しているかがわかる。
薬、ダメ、絶対。
薬物の危険性をよく教育された世代の子たちでも、惚れ薬に対する忌避感は薄いらしい。
「女の子になっててよかったね、赤星くん。君が男の子のままだったら、真っ先に薬盛られてたよ。なんてったって、学校一のモテ男だから」
「嬉しくない」
赤星くんは苦いものでも食べたみたいに顔をしかめる。そんな顔も超絶プリティですね。
ちょっと頬を触ってみる。っふぁー! すべすべもちもちじゃないか!! 女の子っていいね。
「ひなこちゃん、油断してるでしょ。俺、中身は男のままだからな」
「で、私を押し倒す?」
「なっ」
「できないくせに~。万一できたとして、女の子の力でどこまで力強く組み敷けるってんですか。男でも無理かな。だって私つよーい魔女だし。はい、中村先生。あーん」
ぼんやりと食卓に着く中村先生の形良い唇に、手作り離乳食をスプーンで運ぶ。
もぐもぐちてくださいね。ふふ、良い子良い子~。
──はあ、やばい。母性本能くすぐられまくってやばい。もしかしたら近々、母乳出ちゃうようになったりして。
「俺にもあーんして!」
「君は手元のカレーを自分でお食べ」
「ケチ!」
「ケチで結構、コケコッコー」
「ママ、ぴんにもあーんして!」
「はい、ぴんちゃん、あーん」
「あーん。おいちぃ」
「あー! なんだよ、それ! 俺だって同じ眷属だろ! 不公平だ!」
ほんわかほっぺを小さな両手で挟んで体をくねらせるぴんちゃんラブリー。
赤星くんもピンキーちゃんも自分の子どものようで、食卓には愛する夫(中村先生)がいて、まるでひとつの家族のよう……なんて妄想をはかどらせているところにチャイムが鳴った。赤星くん以外にうちを訪ねてくる人なんて、一人しかいない。そう、たまちゃんです。
「颯太くーん!」とるんるんで入ってきたたまちゃんは赤星くん(♀)を見て、途端に敵意をむきだした。
「誰この女。まさか、颯太くんの彼女?」
私はぽんとたまちゃんの肩に手を乗せる。およよ、と涙さえ浮かべて、
「気をしっかり持って聞いてね、たまちゃん。この女の子が、赤星くんなの」
「は?」
「悪い魔女に女の子に変えられてしまったの」
「え?」
「もう、戻れないの。赤星くんは一生、女の子のままなのよ……」
呆然と赤星くんを見つめるたまちゃんの目が、ハッと見開く。美少女の姿の中に赤星くんの面影を見つけたのかもしれない。その様子を見てあははと笑い転げる私だったけど、すぐに悪ノリしすぎたと悟る。たまちゃんはその大きな瞳にたっぷりの涙をため、わあと声をあげて泣き出してしまった。
「そ、そうだぐん、あだじと、結婚するって、やくそく、わあああああああ」
いや、たぶんその約束は妄想だけど。て、ごめんごめんたまちゃん。嘘だよ、赤星くんはちゃんと元に戻るから! 泣き止んで! ね!
「あーあ、ちびっこ泣かせて悪いんだ~。先生のくせいに悪いんだ~」
赤星くんがここぞとばかりに煽ってくる。さてはさっき「あーん」しなかったの根に持ってるな。くっ。
すべての説明を聞き終えようやく落ち着いたたまちゃんは、すっかり「ひなちゃんなんてだいきらい!」モードに移行していた。こうなったらしばらくへそ曲げちゃうから面倒臭いんだよなぁ……とはいえ、すべて私が悪いのでひたすらご機嫌取りに勤しむ。さくらんぼあるよ? プリンがいいかな? それともお小遣い?
たまちゃんはただでは起き上がらない。曲者であることは知ってるつもりだったけど、まさかこんなことを言いだすとは……
「許してあげる」
「本当ですか!」
「その代わり、わたしもひなちゃんの眷属にして」
「え゛」
「私も颯太くんみたいに特別な力がほしいの!」
私はじっとりと赤星くんを睨んだ。〝彼女〟は長い赤髪を指でくるくる巻いてすっとぼけてる。
きさまー! たまちゃんに眷属化のこと話したな!
どうせ剣を見せびらかして自慢したんだろ!
いやうん、赤星くんはそういうお年頃だもん。自慢したくもなっちゃうよね。これは私が悪いわ。
口止めすんのすっかり忘れてた───!
私は説得に説得を重ね、なんとかたまちゃんを思いとどまらせようと頑張った。
赤星くんも危険な目に合ったばっかなのに、たまちゃんをこっち側に引き入れてこの子になんかあったら兄ちゃんに殺される!
魔女の力は強大で、大人の体じゃないと力を受け入れられない・耐えられないこと(でっちあげ)。他の魔女につけ狙われる危険もあること(微妙にホント)。等々必死に説明し、なんとか到着した妥協点は「眷属は18歳になってから」というもの。
「赤星くんも18歳だし、なるとしても同じ18歳から、ね!」
これでなんとか納得してもらった。たまちゃんはいま9歳だから、9年後か……ふう、その頃には気持ちが変わってますように!!
「あ、そうそう」と機嫌の直ったたまちゃんが取り出したのは、黒に銀の刺繍が施されたタキシードだった。それと、黒のマント? 私の新しい衣装かしら? ありがとうと受け取ろうとすると、「違う!」と取り上げられる。
「これは颯太くんの衣装だよ!」
「え? 赤星くんの?」
「うん。今後人前で戦うときがくるかもしれないし、そうなったら変装が必要でしょ? だから作ったんだけど……女の子用の衣装が必要だったみたい」
そう言って恨めし気に赤星くん(♀)を見上げる。そんな顔してやるな、赤星くん泣いてるじゃないか。
「ジジちゃんにも新作のお洋服持ってきたんだけど、いないね」
「ほ、ほんとだね~、どこいったんだろ」
虫の知らせでも受けているのか、ジジはたまちゃんが家に来る日はうまい具合に姿をくらます。今日はたぶん、恋人のルカちゃんちにでも行ってるんだろう。ピンキーちゃんが微妙に機嫌悪かったから、間違いない。
「で、この動かない男の人はなに? ひなちゃんが魔法で作ったお人形?」
たまちゃんがおそるおそるといったふうに、中村先生をつつく。
うん、まあ、説明面倒だしそういうことにしておこう。
「ひなちゃん……モテないからって、とうとう架空の彼氏(人形)まで作りだしちゃったんだね……」
……そ、そういうことに……
中村先生の瞳は今日もハイライトが消えている。ここぞとばかりにごっこ遊びのような同棲生活を楽しんでいるけど、あの優しい微笑みが見れないのはちょっと悲しい。昨日のデート、私たちはたしかに良い雰囲気の中にいた。早く彼を目覚めさせ、幸せの続きに戻りたい。ビブグルマン掲載の中村先生イチオシレストランで食事しなきゃ。
わーわー騒ぐ赤星くんとたまちゃん、それにピンキーちゃんを見て、私は苦笑する。
すっかり機嫌のなおったたまちゃんは、赤星くんで遊ぶことに決めたらしい。ジェラピケの新作ふりふりパジャマを着せて楽しんでいる。赤星くんも割と楽しんでるし。
賑やかだな。なんかいいね。
悪い魔女に惚れ薬。心配事はあるけど、この子達が私の味方でいてくれるから、なんとかなりそうな気がしてくる。
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