ある日突然『魔女』になりまして

灰羽アリス

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第三章 『惚れ薬』騒動

8 美少女転校生イベント発生(無理やり)

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 赤星くんが女の子に変わったのは日曜日。その翌日、月曜日にはもう、青葉清涼高校への赤星くんの転入が叶った。
 昨日の今日という短期間で『転校生』の受け入れを校長に認めさせるのは普通なら無理。うちは私立なのでまず転入試験をパスしなきゃならないし、その他書類やら制服の用意やらいろいろと準備が必要なので早くても一週間はかかる。じゃあなぜ、昨日の今日で試験も書類もなくして赤星くん(♀)を転入させることができたのか。

「校長も隅に置けませんね」

「なんのことだ?」

「ミルクちゃん」

「!?」

「マンションに愛人囲っちゃうなんて~。しかも今月の誕生日にはバーキンをプレゼントする予定ですか。結構稼いでんですね、田島校長」

「しょ、書類はあとで私が調整しておく。ほかの先生方にも、私から。だからこのことはどうか、どうか──」

「あざーっす!」

 ええ、脅しましたとも。
 こんなこともあろうかと、校長の弱みは前もってゲットしておきました。
 『飛行魔法』、『通り抜け魔法』『盗聴魔法』を使えば深夜の尾行&証拠の確保くらいお手の物だ。
 完璧に隠してたのになんで知ってんだ? って、校長は幽霊でも見る目を向けてきたけど、その辺は煙に巻いておく。ただ……私を敵に回したらあかんのやで。よく覚えときいや。
 意味深な視線を残してさっそうと去る。
 くうーっ! 楽しい!!! 嫌み校長、これにて成敗!
 おっと、いけない。言い忘れてた。
 くるりと振り返ると、校長は可哀想なほど情けなく飛び跳ねた。

「3年1組の赤星くんと英語の中村先生はインフルで一週間ほど欠席しますんで」

「う、うむ。……え?」


 わっくわっく。きました、転校生イベント! ある日突然転校してきた女の子はものすんごい美少女! ざわつく男子たち。値踏みする女子たち。恋のバトル勃発!

「楽しそうだね、ひなこちゃん」

「あったりまえじゃん。あーあー、私も生徒側で転校生を迎えたかったよ」

 隣を歩く赤星くん(♀)が大きなため息をついて肩を落とす。窓から吹き込む風が長い赤髪をさらう。女子用の夏服を涼し気に揺らす赤星くんは、正直嫉妬しちゃうくらいめちゃめちゃに可愛い。もう女の子として生きた方がいいんじゃない?ってくらい。芸能界でもアイドルとしてトップ張れそう。まー、元があんだけよかったからな。美少年が女になったらそら美少女なるわな。

「があああ! いらいらする! スカートってこんななの? 外気にパンツ晒してるわけだから、こんなのもうほとんど裸じゃん!」

「そーだねー。女の子はみんなソウダヨ」

 スパッツ? 体操服? そんなの履かせておりませんが。美少女のスカートの下はやっぱ夢じゃん! ラッキースケベを夢見る男子たちのため、私のちょっとえっちい下着もちゃんと着せたからね!(サムズアップ)

「でも、ひなこちゃんのパンツには、ちょっと興奮するかも……」

「き、君は! 可愛い顔赤らめさせてなんてこと言うんだ! 君はいま女の子なんだぞ! 自重しろ!」

 そーだった。こいつ私にKOI☆しちゃってんだった。いたいけな少年の恋心に自分のパンツ履かせるとか変態か。微妙に自己嫌悪……

 そいえば私、赤星くんをこんな目に合わせてるくせにひとりで舞い上がっちゃって。さらに自己嫌悪……

「ごめんね、赤星くん。私が君を眷属なんかにしたせいで変な事件に巻き込んじゃって」

「いいよ、もう。それに女になるとかなかなかできない経験だし。俺も楽しんでるし」

「うん……」

 ねえ、と赤星くんが教室の手前で私を止めた。

「なんだい」

「ご褒美ちょうだいよ。そしたら俺、頑張るからさ」

 1カメ。灰色スーツ&黒ぶちメガネの地味な教師にカベドンする赤髪美少女の横顔。
 2カメ。眼前に迫るとんでもない美少女のドアップ。わあ、黒いおめめキラキラ。
 3カメ。徐々に近づいてくる、つやっつやなピンクの唇。

 みんなー、背景に百合が咲いてるよ!
 微ヤンキー美少女×地味女教師のカプ、けっこう熱いのでは。
 て、流されるな私!

「やめんか」

「いてっ」

 日直日誌で叩かれた赤星くんは目の端に涙をため、「ちぃ」とふてくされる。なにその顔可愛い。いかん、このままでは新たな扉を開いてしまう。その前に教室の扉を開こう。
 まずはそう、転校生を教室の外に待たせての「お知らせ」タイムをこなさねば。転校生を見たみんながどんな反応をするのか、わくわくしながら転校生の来訪を伝える先生って役割もなかなか良いものじゃ。

 あちこちで世間話に花を咲かせる生徒たちはまだ、扉の向こうの転校生の存在に気付いていない。赤星くんの欠席は、インフルとだけ簡単に伝えておいた。「夏にインフルとかあいつ運なさすぎ~」と笑いで盛り上がる教室。

「はい、静かにー。代わりと言っちゃなんですが、赤星くんのご親戚がこのクラスに転入します」

「は? 転校生?」

「聞いてねー! いつくんの? 女の子? 女の子?」

「なうです! 女の子ですよ。赤星さん、どうぞ~」

 まさに、ドッカーンって感じだった。
 赤星くん(♀)がドアを開けて教室に足を踏み入れた途端、湧き上がるクラスメイト達。
 赤星くんの周囲には、幻覚でなく風が吹いて見えた。この瞬間、いったい何人の男子たちが恋に落ちたのか。たぶん15人全員だな。冷たい視線で斜に構えてた女子たちも、目をまんまるにして言葉なく魅入ってる。わかるわかる。あれはもう、張り合えるレベルの相手じゃないんだよな。雲の上の存在。天使。誰もが敵わないと悟るから、「あんた調子乗ってんじゃないわよ! イジメてやる!」なんて事態も起こらない。嫉妬は一周回って憧れに変わる。
 赤星さんはお父様の仕事の都合で~とか一応でっちあげた物語を語ってみるけど、誰も聞いちゃいないな。

「じゃ、赤星さん、軽く自己紹介してください」

「えと、赤星 颯良(あかほし さら)です。颯太のイトコです。よろしく」

 うむ、赤い顔でぺこっと頭下げるの狙ってないんだろうけどぐっときたよ。グッジョブ!
 
 赤星さんの席は小林くんのとなりね、と私は赤星くんを促した。魔女の魔法で学校側がいい感じに操られて劇的に早く赤星くんの転入が叶ったと思ってる小林くんは満面の笑みで手を振った。「サラ!」と。一瞬、時が止まったように教室が静かになった。

「さら?」

「さらって言った?」

「呼び捨てかよ」

「え、知り合い?」

 そしてざわつきだす生徒たち。そこへ小林がとんでもない爆弾を落とした。

「知り合いも知り合い。だってこいつ、俺の彼女だもん」

「ばっ、何言って───」

「「「「はあああああああああああああ!?!?!?!?!?」」」」

 焦る赤星くんの声は、30人分の悲鳴にかき消された。

 小林くん……

 美少女転校生は元々知り合いで、しかも自分の彼女。地味な男子が一度は夢見る展開だ。
「あんな美少女と付き合えるとか小林すげえ」って思われたかったのね。赤星くんの秘密を守るんだもん、それくらいの旨みがあってもいい。……わかる、わかるよ小林くん!!! 私だって実は魔女だぜ自慢をしたい女だもの。
 だが! 見たまえ、小林くん。あの男子たちの憎しみに燃えた目を! いまの君の宣言は全男子を敵に回したぞ!
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