ある日突然『魔女』になりまして

灰羽アリス

文字の大きさ
上 下
24 / 33
第三章 『惚れ薬』騒動

7 イケメン英語教師を誘拐した!

しおりを挟む
 命を捨てた騎兵の足止め。
 それでも、敵の勢いは止まらない。
 遠くから微かに侍女たちの悲鳴が聞こえてくる。
 だけど馬車は止まらない。止まるわけにもいかない。
 そして遂に、カーナンの町へと突入した。
 門番はいたが、公爵家の馬車だ。それに20騎とはいえ護衛もいる。そりゃ通すわよね。

 けど、それは考えが甘かった。
 いきなり射抜かれる御者。
 制御を失って、暴走した馬のせいで馬車は横転。
 いきなり視界が回って吐きそうになる。
 だけどクラウシェラはそれどころじゃないわよね。
 でもオーキスがしかりと抱きかかえている。これなら何とか大丈夫そう。
 だけと、オーキスの骨が折れた音がハッキリと聞こえた。

「……予想は……していたわよ」

「お逃げ……ください。まだ、サリウスらがいます」

 右足があらぬ方向に曲がっているが、それでも剣を杖にして立ち上がる。

「私はここまでです。ですが、1秒でも時を稼ぎましょう」

 ちょちょちょっと待って!
 ここでオーキスが死んだら、これからの未来はどうあるのよ!?
 あたしが介入したから?
 それで歴史が変わっちゃったの?

 外では激しい戦闘が行われている。
 見た事があるマークの付いた鎧を着た兵士達。
 あれはこの街のシンボルだ。
 じゃあ、もうここは敵地だったって事!?

 サリウスはさすがに5武行典。ほとんど溜めも無く、一度に3本の矢で3人の兵士を射ている。
 あれで騎乗しての動きながらなんだからすごい。

 一方で、弓はサリウスに当たらない。
 これは別に特殊能力って訳ではなくて――というか、もう5武行典って時点で特殊能力みたいなものなんだけど、自分周囲、それもかなりの広範囲にある矢は全て把握している。
 誰が射て、どんな軌道でどう飛んでどこに当たるか。
 だから、彼に当てる事は出来ない。通常の手段では。

 だけど味方の騎兵はじわじわと削られていく。
 そりゃそうよね。
 どう見ても、相手は数百。それに左右からも、傭兵らしい集団が迫って来る。
 そうよね。裏切って、ここまでの計画に加担していたのなら、準備は万端だわ。
 この様子だと、完全に四面楚歌。北や南はもちろん、西も東も結局敵だらけ。
 でもいったい誰なんだろう。これほどの準備ができるほどの人間は。
 多分言われれば分かる……と思う。伊達にこのゲームはやり込んでない。
 だけど今はもうそんな次元じゃないかも。
 ああ、結局あたし、彼女と一緒に破滅する運命だったのね。

 オーキスに庇われていた事もあるけど、クラウシェラには異様なほど怪我はない。
 だが馬車から出ると同時に無数の矢が降り注ぐ。
 だがそれを全て矢で撃ち落とす弓のサリウス。
 あまりの神業に、敵軍に動揺が走る。
 そして彼はクラウシェラの前まで来ると、

「背に乗ってください。いざという時、貴方だけは城へと取れていって欲しいとケルジオス騎士候から頼まれています」

「さすがに予想していたのね。まあ違和感程度でしょうけど。貴方も貧乏くじを引かされたものね。ではわたくしからもお願いよ。代わりにオーキスと残存兵を連れて、この町を脱出して頂戴」

「生き残りは我ら3名だけです。それに彼はもう……」

「オーキスは死なないわよ。わたくしの番犬ですもの」

「だとしても、今馬に乗るべきは――」

「くどい! わたくしを誰だと思っているか! お前たちがいる方が満足に戦えないのよ」

 ――そうだった。
 今まで普通に生活していたから忘れていた。
 彼女は最強のラスボスにして――、

「貴方は決して自らの命を諦めないでしょう。そして誰かのために死ぬこともないし、許される立場にもありません。そのことを一番よく知っているのは貴方だ。その言葉を信じましょう。では」

 そう言いながらも迫って来る多数の敵兵を射抜くと、怯んだ隙に気を失っていたオーキスを馬の背に乗せた。
 うん、本当に生きている。良かったー。

 こうして、サリウスが走り去っていく中、クラウシェラだけが残された。
 当然サリウスの方にも少しの兵は行ったが、いかんせん彼を倒しても何の手柄にもならない。
 公爵家の部下ではなく、ただの求道者であることを皆が知っている。
 馬の背にズタ袋のように括り付けられている兵士も、どう見たって瀕死だ。
 それ以前にサリウス相手にどれほどの被害を出したか。
 さすがにもうまともには追えないだろう。

 その分、ほぼすべての敵が殺到する。
 後ろから追ってきた騎兵たちも、とっくに町に入っている。
 味方は誰もいない。全方位が敵。だからこそ、彼女は全ての力を開放できる。

 全身から噴き出す黒いオーラ。
 それは幾つにも別れた渦のように彼女の体の周りをまわる。
 そして、その先端はまるで竜の様。ううん、見えるというか、本当にそうなのよね。
 ただまだゲームの段階まで成長していないから曖昧な姿だけど。
 将来、彼女はこう呼ばれる事になる。
 残虐なる破壊者。冷酷無比の魔女。邪竜令嬢と。

 その姿を見て動揺する敵兵たち。
 実際に知らなかったのだろうと思う。
 あたしも初めて見た時は驚いたわ。即ゲームオーナーになったもの。
 ゲームの時点ではその異名自体は轟いていたけど、そりゃそう呼ばれるきっかけがあるはずよね。
 でもそれが今だったなんて。

 渦を巻いていた黒い幻影のような竜――といって良いのかな? 頭以外の胴体は長い蛇のような感じだけど。
 でもそれに巻き込まれた兵は一瞬にして真っ黒い炭となって崩れ落ちる。
 武器も鎧も溶け、近くにあった建物や行商のテントに火をつけ、ほんの一瞬で町は阿鼻叫喚に包まれた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...