ある日突然『魔女』になりまして

灰羽アリス

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第三章 『惚れ薬』騒動

6 赤星くんの親友

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「もう、君は! 心配しんだぞ! 私の言うこと聞かないからこんなことになるんだ! ぷくく」

「まあまあお師匠様、赤星もこれで反省したでしょう」

「まったく。女の子になるくらいで済んだからよかったものを……ぷっ、くくく」

「マジ可愛い天使。なあ赤星、本気で俺と付き合お?」

「ぎゃははははは!」

「笑うなー!!!!」

 ショルダーバッグから出してあげたお茶のペットボトルを投げ捨て、赤星くんは羞恥に泣き狂う。可哀想だけど、正直この状況は面白い。学校一のイケメンが美少女に変身。赤星ファンクラブの女の子たちは泣きますな~。
 勝手な行動を叱ろうと思ってたのに、面白すぎてどうにも力が抜ける。

「ねえ、元に戻るよね?」
「うーん、どうかなぁ」
「そんなぁ、ひなこちゃ──」
「シッ。名前は呼んじゃダメ」
「ひゃっ」

 唇を押さえて耳打ちする。
 おや、真っ赤になっちゃって。耳くすぐったかったかな? 反応まで女の子や。可愛い。

 で、実際のところ赤星くんを元に戻せるのかというと、おそらく可能。
 
『魔女のすゝめ』
 六 薬草の調合
 (ウ)上級 105ページ。
『闇切り』

 大層な名前がついているけど、つまりこれは『解呪の薬』。どんな魔法でも、呪いでも、この薬を飲めば一発で元通り。蛙に変えられた王子様も、女の子に変えられた赤星くんも、
 そして、偽物の恋心を植え付けられた中村先生も。
 あの女生徒が握ってた注射器。中身はきっと『惚れ薬』だ。前にうっかり作ってしまいそうになったから、そのレシピも効能もよく知っている。人の心を一瞬で奪える。魅力的だけど、とてもむなしい薬。

「ま、元に戻れなかったらそんときは俺が嫁にもらってやるよ」

 ぽん、と赤星くんの肩を叩く小林くん。
 ……目がマジなんですけど。

「師匠ぅ!!」

 泣きついてくる赤星くん(♀)。師匠呼びはちょい恥ずかしいが、師弟関係って設定でいくようなので、それに乗っかっておく。眷属より聞こえ良いし。

「大丈夫だ。ちゃんと元に戻せるから。……ただ」
「ただ?」
「時間はかかる」

 薬は作れる。でもすぐには無理。
 まず、材料集めから始めないとならない。ゲテモノ系の材料は日本で手に入らないものも多いので、そうなると通販サイトを通して海外に注文することになる。届くまで、一週間から一カ月。そこから薬の調合に移るわけだけど、今回作る『解呪の薬』は(上級)なので、一発で成功するかわからない。失敗を重ね、完成までに時間がかかると予想される。残念だけど、

「少なく見積もっても一週間。長ければ一カ月はその格好のまま過ごすことになるな」

 赤星くんはふーっと息を吐くと天を仰いだ。

「……もういいや、元に戻れるならなんでも。その間俺、学校休むから。家にも帰れないし、師匠んとこ泊めてね」

「お、俺のとここいよ。男同士、風呂で背中流しあってさ、お、同じベッドで眠って仲を深め合おうぜ」

「黙れエロ魔人! 近寄んな! 胸揉むんじゃねえ!」

「うちに泊めるのはいいけど、学校には行ってもらうぞ。お前は受験生なんだからな」

「いや、俺襲われてんだけど、助けて?」

「そこで相談なんだが、小林少年」

「無視かよ!」

「うっす!」

「赤星は転校生ってことで学校に転入させるんで、面倒をみてやってくれないだろうか」

「よろこんでっす! 美少女転校生が元々友達とか、熱すぎる展開っす!」 

「た、たのんだぞ」

 小林くん楽しそう。熱量がすごい。

「えー! やだよ、師匠! こんなんで学校行きたくない! お願い、うちにいさせてよ。薬の材料集め手伝うからぁ! どうせ学校なんてあと一週間で夏休みなんだしさぁ!」

「ならん。学生の本文は学校だろ。〝夏期講習〟なるものがあるとも聞くしな」

 ◇ ◇ ◇

「このおじちゃんしんじゃったの~?」

「いや、いびきかいてんじゃん」
 
 ピンキーちゃんとジジが気絶した変態おじさんをつついてる。
 まったく人騒がせなおじさんだったぜ!(責任丸投げ)
 とりあえず、すり傷は『魔女の軟膏』で直したけど、目に見えない傷はわからない。もしかすると、骨折とかしてるかも。あんだけ強く締め付けたし……
 財布からありったけのお金(5万三千円)を出して、顔の横に置いておく。治療費のつもり。すまん、おじさん。今回のことは蜂に刺されたとでも思って水に流してくれ……
 自宅もわかんないし、送ってやることもできないので、おじさんはこのまま放置していくことになる。

「小林少年」

 私は改まって小林くんに向き直った。

「手前勝手な頼みだが、赤星が『魔女の弟子』であることは他言しないでくれないだろうか」

「魔女の弟子……やっぱり、赤星は俺たちとは違う、特別な人間なんすね」

 うつむく小林くん。無力な自分と比べて落ち込んだか?
 自分も力が欲しい、弟子にしてくれと言いだすかもしれない。
 まぁそもそも弟子は無理な話なのだが。とはいえ『眷属』も、私はこれ以上増やす気はない。今回の赤星くんのことで懲りた。私の勝手な判断で、大事な生徒を危険に巻き込ませるわけにはいかない。
 しかし小林くんは力を求めはせず、からっとした笑顔で言った。

「俺、赤星のジミー・オルセンになるんで。それだけで満足っす!」

 ジミー・オルセンはスーパーマンの親友なのだそう。スーパーマンのような超人は社会の中で色々なギャップに直面し、孤立しがち。そんな彼を人間社会に繋ぎとめるネジの役割を担えるのは『人間の親友』だけ。
 赤星くんの私生活を人間サイドから支えるのが自分の役目なのだと小林くんは言う。
 なるほど。小林くんは〝魔女の弟子の親友〟というある意味最もおいしいポジションでいることを選んだのね。少しだけ危険な目にあうかもしれないけど、死ぬほどの危険には巻き込まれなさそう。それでいて、常に非日常の中に身を置き、臨場感を味わうことができる。
 小林くんに正体を明かさずに済み、私も満足。魔女かっけー! と羨望と畏怖のこもった眼差しで褒めちぎられるのめっちゃ気持ちいい……! これだよこれ、君はまさしく私が求めていた『目撃者』にふさわしい。承認欲求がばりばりに充足されていく……!

 日が沈んだ。じゃあな、とほうきで空に飛び立つ私を見送る二人。微笑ましい会話が漏れ聞こえてくる。

「ありがとな」
「なにが」
「俺の記憶、消さないでくれて。お前も、お前の師匠もあんだけすごい魔法使えんだし、そういう魔法も使えんだろ。でも、使わなかった」
「……そんなことしなくても、小林は秘密守れるだろ」
「当たり前だ! お前のことは俺が守ってやるぜ。へへっ」
「バカ。お前は俺に守られるんだよ」

 赤星くんは女の子になってしまったけど、友情は健在。それが恋心に変わると厄介なことになりそうだけど……大丈夫よね?
 薬の調合を急ごう。中村先生のためにも。

 ところで中村先生に『惚れ薬』を投与したあの女生徒……たしか、宮崎さんだっけ。彼女、中村先生といくとことまでいっちゃってたりしないよね? 高校生だし、そんな大胆なこと……いや、高校生だからこそ大胆になれるってこと注射行為で証明したばっかじゃん!
 ほうきを急停止。方向転換、そして急発進!
 
「中村先生の貞操は私が守る!」
 
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