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第三章 『惚れ薬』騒動
4 勘違いされた男
しおりを挟むボロボロのスーツ姿で夜闇へと飛び去った、彼女はいったい何者なのか。
森山日奈子の調査を続けて約1カ月。彼女は一見ごく普通の高校教師に見える。
毎朝7時50分に家を出て、だいたい18時頃に帰宅。顧問を務める部の活動がある日は21時頃に帰宅。24時ごろ就寝。ごみの中身から、食生活はあまり充実していないと推測される。大半がコンビニの弁当。発泡酒とビールの缶。スナック菓子のゴミも多い。25歳独身女の怠惰な生活が垣間見える。
行動範囲も徒歩十分圏内のコンビニ・スーパーと狭いが、それとは別に彼女が不定期に向かう場所がある。
彼女のアパートから自転車で15分の距離にある私有地の山。近所では所有者の名前をとって"尾谷山"と呼ばれるその山に、彼女はだいたい週に4回ほど訪れる。誰か知り合いでも住んでいるのかと思ったが、どうやら違うようだ。周辺住民によれば"尾谷山"に住んでいる者は誰もいない。かつて所有者の尾谷氏が住んでいたこともあるようだが、尾谷氏が亡くなってからは山に入る者もいないという。尾谷氏が亡くなったのが16年前。尾谷山は16年間放置された荒山というわけだ。森山日奈子はそんな場所に何の用があるのか。
俺は彼女の後を追って山に入った。しかし、右も左もわからぬ荒山で追跡は難航。足元の岩に少し目をやった間に、彼女は忽然と姿を消している。
どうにか光明が見えないかと思っているところへ、最近、この山に出入りするようになった人物を見つけた。彼女が勤める青葉清涼高校の3年生、赤星颯太である。教師と生徒。寂れた山。その二つから推測される事実。
まさか、ここで密会を?
赤星颯太を追う。しかし彼は幽霊を思わせる動きで森の中へ吸い込まれるように消えていく。後をつけることは、ここでも失敗した。
そして今日、ショッピングモールを出た赤星颯太を尾行して別の山へ来た。ここは尾谷山よりもまだ小さい、青葉清涼高校が所有する裏山である。
展望台へ向かうのかと思いきや、赤星颯太は登山道を外れ、うっそうとした茂みの中へ足を進めた。訝りながら追ったその先で、俺は信じられない光景を目にする。
一人の少女と対峙する二人の少年。少年のうち一人は赤星颯太であり、三人とも高校生であるようだ。鈴蘭女学院の制服を着た少女が、何やら呪文めいた言葉をつぶやいた。その瞬間、坊主頭の少年に生き物のようにうごめく植物が絡みつく。そして次の瞬間、少年が宙づりにされるではないか! あの少女は植物を操る超能力者か?
驚きはこれだけに終わらない。
赤星颯太が何もない空間から刀身の光る片手剣を取り出したのだ! その切っ先を少女に向ける。
睨み合った二人。重苦しい緊張感。いまにも戦闘が始まりそうである。俺はその様子を、固唾をのんで見守った。
目の前で繰り広げられているのは、まるで少年漫画の一場面。あの夜だ。すべてはあの夜始まった。
──あの夜、俺の世界観は一変した! このよく知っているはずの世界が、まったくの別物に見えるようになった。夢だ、空想だと頭ごなしに否定してきた〝不思議〟がいま現実として目の前に。
心が震える。
こんなものを見てしまったら、もう薄暗い日常になど戻れない。数件の浮気調査が進行中であったが、仕事はあの夜以降やっていない。家にもほとんど帰っていない。俺は完全に魅せられてしまった。
さらに驚くことが起きた。少女の呪文により、赤星颯太が女体化したのである!
気づけば少女は消えていた。赤星颯太が坊主頭の少年に支えられ、去っていく。少しして、俺は戦闘のあった岩場の調査に向かった。目の端にきらりと光ったそれは、白銀に輝く片手剣。赤星颯太が残していった剣だ。持ち上げると肩が痛むほど重かった。
空を飛べる、森山日奈子。
剣を出せる、赤星颯太。
植物を操る、鈴蘭高校の女生徒。
おそらく彼らだけではないだろう。ほかにも、力を持ったものがこの世のどこかに潜んでいる!
──これほどの能力者たちが、いつまで裏舞台に隠れていられるだろうか。じきにその存在を世に知らしめる事件が起きると俺は確信している!
"超能力"社会の夜明けは近い───。
俺はたまらず白銀の刀身にほおずりした。とそこへ、
『〝魔女の牢獄〟』
怒気を含んだ厳かな女性の声が、俺の背筋を凍らせた。
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