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第三章 『惚れ薬』騒動
3 デートの邪魔者
しおりを挟む「大丈夫ですか。ここ、座ってください」
「ずびばぜん……ぐすん」
背中を支えてくれる中村に促され、上映室を出で右手のベンチに腰掛ける。
失敗した。
初デートで動物ものの映画は相性最悪だった。せっかくたまちゃんが施してくれたメイクが涙でドロドロに。
映画は地震の被災地に残された柴犬の花子が厳しい世界でなんとか食いつなぎながら主人の帰りを待ち、最後には再会するという感動ストーリー。
花子がジジに見えてしまって、もうぼろ泣き。
みなさん、動物好きアピールのために安易に動物映画に飛びつくのはやめましょう。痛い目をみます。
ふいに中村先生の手が伸びてきて、ハンカチで私の頬を拭いてくれた。
暴れ出す心臓。荒れ狂う魔力! いかん、気を静めねば……!
どうやら私の魔力は、嬉しいことがあると暴れ出す性質を持っているようだ。意図せず漏れ出した魔力は、魔法へと具現化。気づけば私は宙に浮いている。
このデート中、何度無意識に足が地面から離れたことか。
……あ、手つき優しい。
なんて感心している場合じゃない! これ以上触れられると嬉しくて大気圏まで飛んでいってしまいそうなので、慌ててハンカチを持つ中村先生の手をつかむ。
「じ、自分ので拭きますから」
「でも、日奈子さんのハンカチはさっきアイスで汚しちゃいましたし……」
そうだった! 中村先生が誰かにぶつかってアイスに頭を突っ込んだ(私にとっては)幸せハプニング! 親切ぶって中村先生の頬にハンカチをあてがい……つやつやのお肌はしっかり堪能させていただきました。
「あ、ありがとうございます」
「これでおあいこです」
「~~~ッ」
そのはにかみ笑顔150点!!
泣いてよかった。動物映画最高!!
レストランの予約は18時だという。まだ一時間ほど時間があるので散歩しようという話になったのだが、その前に化粧室に失礼して……
「たまちゃん~!! どうしよう、マスカラがくまみたいになって取れないんだけど~!」
私は電話口でたまちゃんに泣きついた。スピーカーからたまちゃんの大きなため息が聞こえる。
『マスカラはウォータープルーフつかったからとれないよ。それ、たぶんアイシャドウだね。ティッシュ濡らして軽くこすればとれるから』
言われた通りにする。なんとかごまかせた気が、しないでもない。その後も指示通り、シャドウパレットをポーチから取り出してこげ茶のシャドウを瞼に乗せ、リップを塗りなおす。
「うう、だめな叔母でごめんなさい」
「ほんとだよ」
呆れて答えつつ、たまちゃんの声は優しい。おばちゃん泣いちゃう。
たまちゃんは物心ついた頃から、私のファッションアドバイザーを買って出てくれている。洋服も、化粧品も、すべてたまちゃんセレクト。エレガントな大人の女をテーマにあれこれ指示されるので、必然的に良いお値段のするブランド品をあれこれ買うことになるけど、おかげで成人してからの私はいくらか見れる女になっている。どっちが大人か子どもかわからない情けない状況だけど、私はもうたまちゃんがいないと生きていけない……
「ほんっとにありがとう。お礼にこんど焼き肉ね」
「お礼なら宿題消す魔法かけてよ。遠藤せんせいってさいあく。この量、土日だけで終わるわけないじゃん。生徒の負担とか全然考えてないんだからさー」
宿題を消す、か。残念ながらそんな魔法はないけれど、小学生にとっては切実な願いなんだろうなあ。もし魔法が使えたら、あなたはどんな魔法を使いたいですか。そんなアンケートがあったら、『宿題を消す』はトップ3には入りそう。
小学生か。あの頃の私もやっぱり魔女に憧れる地味な女の子だった。それからいまよりもずいぶん弱虫だった。人の目を見るのが怖いという私に兄ちゃんが伊達メガネをくれたのもこの頃。などと、小学校時代に思いを馳せていると、
「ぴ~っ! ママたいへん!」
ピンキーちゃんが慌てた様子で女子トイレに飛び込んできた。
「ちょ、そんな目立つように飛んで! 気をつけなきゃ、人間に捕まっちゃうんだからね!」
「それよりたいへんなの! ほっしーが!」
「ほっしー? 赤星くんのこと?」
こくこく、と必死に頷くピンキーちゃん。
「ほっしーがわるいまじょにおそわれた!」
▪▪
▪▪▪
「すみません、中村先生。生徒に問題が」
焦っているせいか、苗字呼びに戻ってしまう。私は女子トイレを飛び出して、急いで中村先生に伝えた。
中村先生はすぐに真面目な顔つきになる。
「行ってあげてください」
「すみません。ほんとに」
「気にしないで。夕食はまた今度にしましょう」
甘い微笑み。名残惜しい。だけど、急がなきゃ。
ああ、もう、赤星くん! 裏山には行かないでって『命令』したよね?
眷属は魔女の命令に絶対服従なんじゃないの?
しばりが弱かったか、やり方間違えた……?
『魔女のすゝめ』を確認したいところだけど、それはあと。いまは一刻も早く赤星くんの元へ駆けつけないと。
その女子高生が中村先生にぶつかったのは、私が頭を下げて立ち去ろうとしたときだった。
「あっ……」
よろめいた中村先生が、私にもたれかかる。謝り、とっさに身を起こそうとした中村先生はそこで顔をしかめた。まるで、するどい痛みが体に走ったかのように。
ぶつかった女子高生を見る。制服からしてうちの学校の生徒だ。あの子はたしか、中村先生のクラスの……そこで私は固まった。彼女の手元、握られているのは注射針だ。
まさか、それで中村先生を刺したの……?
「あなた───」
なにしてるの、そう声をかける前に、中村先生がふらりと彼女の方を向く。
何が起こったのかわからなかった。目には見えているけど、理解が追いつかない。
中村先生は、彼女の唇に強引なキスをした。
彼女は勝ち誇ったように笑い、中村先生の手を引いて去っていく。私は情けないことに呆然と見送るしかできなかった。
「いったい、何が起きたの」
いまのいままで私に甘い笑顔を見せていた中村先生が、私の目の前で、しかも公衆の面前で、生徒とキス? あり得ない、こんなの、まるで魔法にかけられたみたいな。……魔法!
ぞわりと背中が泡立った。
赤星くんが襲われたことと、中村先生に起こった異変と。
ダメージはどちらも私を直撃する。私に敵意を持った誰かの攻撃としか思えない。
そう、これはきっとピンキーちゃんが言った『悪い魔女』の仕業だ。
そしていま、その『悪い魔女』が赤星くんを襲っている。
「皮肉だね。たしかに私、バトルとか仲間との出会いとかドラマチックな展開を望んでたけど、いざ直面するとぜんぜん楽しくない。ていうか、キレそう」
「ママ?」
「行こう、ピンキーちゃん」
「うん!」
中村先生は大丈夫。彼を連れ去った女生徒はただの人間だった。何も〝感じ〟なかったのだから、それはたしか。彼女は『悪い魔女』にそそのかされただけ。
彼にかけられた魔法が私の予想通りなら、少なくとも傷つけられることはない。
空を飛んで行ければよかった。
夏の夕方の空は、まだ昼間のように明るい。日曜日の繁華街にはたくさんの人、人、人。
魔法は使えない。
青葉清涼高校前でバスを降り、裏山に続く坂を上る。
私は走りながらピンキーちゃんに聞いた。
「ジジはどこ?」
「ほっしーたちといっしょにいる!」
「たち?」
「あたまつるつるのひととがね、もりにいたの。目がこーんなにほそかった!」
人差し指で目の端をくいとあげるピンキーちゃん。
その特徴に合って、赤星くんと一緒にいそうな人物と言えば一人しかいない。
「小林くんといっしょか」
休日いっしょに遊んでるところを襲われたのかも。
とにかく、このままじゃ現場へ向かえない。変装しなきゃ。小林くんにまで正体がバレてしまわないように……
私は学校に引き返した。向かうは理科室。遮光カーテンをローブ代わりにしよう。
遮光カーテンは分厚く、重い。それからかび臭い。我慢してまとったそれを引きずって、ピンキーちゃんの案内に従い裏山の森を進む。
「私のデートを邪魔した挙句、眷属まで攻撃するたぁ言い度胸じゃねーか。覚悟しろよカス! ぜってーボコボコにしてやる!!」
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