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第ニ章 目撃者をつくろう
11 デートの前日
しおりを挟む翌日の土曜日、午前中の学校勤務を終えて帰宅したところに宅急便が届いた。
大きな段ボール箱を見て、母さんがさくらんぼを送ってきたかなと私は当たりをつけた。さくらんぼは、毎年7月上旬のお決まりの贈り物だ。独り暮らしの私じゃ全部は食べきれないのでお隣の大家のおばさんにおすそ分けして、残りはたいてい遊びに来たたまちゃんがたいらげる。兄ちゃんのところにも贈られてるはずなんだけどね。だからこの時期のたまちゃんの体は、8割さくらんぼエキスでできている。と、ちょうどたまちゃんに思いを馳せていたのでびっくりした。
箱の送り主は、たまちゃんだった。
『送り主:たまき工房 品名:いふく』
「きゃーーーーーっ!」
あまりの嬉しさに私は発狂した。
段ボールの中身は、なんと魔女コスだった。ワンピース、マント、三角帽子。
どれもさらさらしたウレタンの黒生地で出来ていて、高級感がある。デザインもエレガント。トイザラスのチープな造りとは雲泥の差。
ワンピースを胸に抱き寄せてくるりと回ると、一枚のカードが落ちてきた。
『今後、ひなちゃんの衣装はすべてわたしが手がけます。もうコスプレとはいわせません』
2B鉛筆で書いたのかな。てらてら光る黒文字の圧がすごい。
こないだ送った魔女コス自撮り、そんなにひどかったのかしら? 可哀想になってほどこしを贈ってくれる気になるほどに……。うっ……嬉しいけどなんかすごい複雑な気分。
「ぴんにもきてるよぉ」
箱の底にあったギンガムチェックの小さな包装紙を「んしょ、んしょ」とピンキーちゃんが持ち上げる。すごい勢いで羽ばたいてるけど、5センチも持ち上がっていない。
「貸して、あけたげる」
包装紙の中身は、私の魔女コスのミニチュア版だった。余った生地で作ってくれたらしい。
わ、しかもミニチュアのほうきまである! 器用だなぁ、たまちゃん。大尊敬。
私たちはさっそく新しい衣装に着替えてみた。
鏡をのぞく、大きい魔女と小さい魔女。手を取り合って、きゃっきゃと騒ぐ。
「おそろいだね~っ」
「ね~っ! どうジジ、イケてる?」
私はカーテンをシャッと開いて、ベランダにいるジジに問いかけた。
「いいんじゃない」
ジジは気のない返事だ。恋人のルカちゃんといちゃつくのに夢中なのだ。前足で〝蹴り蹴り〟し合ってる。
さいきんジジが連れてくるようになったルカちゃんは、ジジと違って毛足の長い黒猫ちゃんで、瞳は深いブルー。ジジはきっとあのブルーにやられたんだな。
と、いままで楽しそうにしていたピンキーちゃんが急に顔を真っ赤にして、ジジに向かって何かを投げつけた。
「じじたんなんか、だいっきらい!」
「なんだこれ、種?」
ジジが訝しんで黒い粒をスンスン嗅ぐと、次の瞬間種から赤い粉が舞い散った。
「ぶわっ、辛っ! イタッ! おい、何すんだよぴん!!」
「ふんっ、しらない!」
……わぁ、いつの間に三角関係が形成されてたんですか。ご主人様、何にも知らなかった。というかピンキーちゃん、なにその種爆弾。つょい。
「もうピンキーちゃん、じじたんなんて放っといて私たちはおでかけしましょ」
「うん、ママ。じじたんほっとく! じじたんはおそうじでもしてなさい!」
私たちはシンデレラの意地悪姉妹のごとく高笑いをあげてアパートを出た。
お察しだとは思うけど、ピンキーちゃんの知識はこのところグリム童話に偏り気味だ。
マントと三角帽子をつけたまま外出はさすがにまずいのでリュックにつめて、黒いワンピースの上に白パーカーを羽織って自転車にまたがりレッツゴー!
向かう先は『魔女の隠れ家』。
小屋には先客がいた。マントと三角帽をつけて現れた私に目をやると、「おっ」と驚いた声を上げて立ち上がる。赤星くんは漫画を読んでいるところだった。学校から直接来たのか、制服姿のままだ。
「君は毎日毎日、よく飽きないね」
「ここ静かでいいよね。すっげー漫画に集中できる」
「まったく、ここは君の遊び場じゃないんだけど」
「わかってるよ。俺たちの隠れ家、だろ。俺はいま悪い魔女から隠れてんの」
大鍋に水を張る私の横に来て、「何すんの」と赤星くんが蘭々とした目を鍋に向ける。
「すんばらしいオクスリを作るのよ」
「手伝う?」
「じゃあ、その根っこを刻んでくれる? あ、包丁使える?」
「俺、うちじゃ飯担当だから。たぶんひなこちゃんより包丁さばき上手いよ」
「おー、言うじゃないか」
まな板を取り出してさっそく作業に取り掛かる赤星くんの横顔は楽し気だ。
なんか赤星くん、最近良い顔するようになってきたなぁ。嘘が無いっていうか。見てるとこっちも楽しくなってくる。
魔法の共有者がいるって、やっぱいいな。その人が、こんなふうに不思議な力を楽しんでくれる人ならなおさら。ちょっと思い始めてる。赤星くんを仲間に引き入れてよかったかも、なんて。
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