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第ニ章 目撃者をつくろう
9 赤星くん覚醒イベント発生
しおりを挟む大人と子どもの違いは、どこにあるのだろう。私は、とっさに体が動くか否かだと思う。これは体の衰えの話ではなくて、心に従ってすぐにその通りの行動がとれるかどうかという話。大人はだめだ。無駄に賢くなりすぎたために、あれやこれやと頭の中でぐるぐる考えてしまって、結果、行動に出ることができない。できても、遅くなる。
赤星くんが小林くんを追って崖から飛び降りたとき、私は彼の背中を呆然と見送った。私は魔女で空を飛べるというのにだ。ここで魔法を使ってしまったら、たくさんの人に見られてしまう。ためらった私は、助けに行くべきと考えつつも行動に出ることができなかった。
小林くんが足を踏み外し、落ちるまでは一瞬。
「あっ、UFO」
「どこどこ」
「うそ、マジ?」
1年生の佐々木くんのつぶやきに、みんなは一斉にざわめき立った。
東の空の果てに、たしかに黒い物体が浮いている。鳥か、UFOか、自衛隊の戦闘機か。
もっとよく見ようとカメラのレンズをのぞく小林くんが、背の低い手すりの方へ一歩一歩と近づいていく。そして、手すりに足を取られ、あっさりと落ちた。
「小林くん!」
「先輩!」
「小林!」
赤星くんは一瞬のためらいもなく、あとを追いかけ、飛んだ。
❖◆◇◆❖
あー、俺、死ぬんだ。
こんなどうしようもない、うっかりミスで。せっかくUFOを激写できたのに。カメラは壊れても、メモリーカードは無事に回収できるだろうか。どうかその写真、俺の名前でNASAに送ってくれ。
崖から落ちたとき、心は妙に落ち着いていた。
人間、死ぬときは走馬燈を見るという。だけど、俺には思い出すべき出来事がこれといってなかったからか、走馬燈はてんでやってこない。薄い人生。17年と数か月も生きたのに。
これが赤星なら、思い出は溢れるほどにあるのだろう。あいつは青春を謳歌してるからな。
女の子に告白された数は150人を超え、付き合った女の子の数は20人だと噂で聞いた。いいよな、きっとヤりまくりなんだろうな。俺なんて、彼女いない歴17年と数か月の生粋の童貞なのによ。やっぱりこの坊主頭がいけないのか? それとも糸目?
神様は不公平だ。俺だってイケメンに生まれて、趣味は女漁りがよかったよコンチクショウ。なのに趣味は宇宙人探しとかいう変人属性をプレゼントしてきやがって。格好悪いけど、でもやっぱり楽しいので結果オーライです。ありがとうございます神様。罵ってすみませんっす。どうか死後は天国に行かせてください。
心の残りと言えば、そうだな、せっかく赤星と仲良くなれたのに、あの輝かしい日々がもう終わっちまうんだってこと。
あんな目立つやつが俺と友達になってくれたなんて、奇跡だよな。調子に乗って「赤星」とか「お前」とか呼んじゃってたけど、赤星くん怒ってないかな。怒ってないよな。あいつ、なんだかんだ、優しいもんな。振った女の子にも優しくしてんの、俺、見たことあるぜ。最後にハグしてくださいとか、キスしてくださいとか、無茶な要望にも応えてさ。バカみたいだと思うけど、純粋なだけなんだよな。
赤星。お前はイケメンだけど、いいやつだ。俺の分まで幸せになってくれよ。
とか、感傷に浸ってたのにお前なにしてくれちゃってんのーーーー!?!?!?
「小林ーーーーー!!!」
びゅんと風を受けて高速で落ちてくる赤髪の男。
赤星くん??? なぜ君まで崖から飛び降りちゃってるのかな???
やだよ、なにこれ、心中じゃん!!
『小林くんと赤星くんは二人で崖から落ちて亡くなりました』とか全校集会で言われちゃうんだぜ。やだよ、俺。腐女子の妄想のネタになるとか死んでも死にきれねぇよ!
神様。どうせ一緒に死ぬなら可愛い女の子がよかったです。
「諦めるなー!!」
いや、バカなの下岩だし落ちたら当たり前に死ぬわバカなの?
てか、落下時間長くね?
………え、おかしい。落ちるスピードが緩やかになってきてるんだけど。
そして俺と赤星は無事に地面に着地した。しかも、両足をつけて。ちょっとジャンプして着地しましたみたいな。しかも、無傷。百メートルくらいありそうな崖から落ちたのにだぜ? どうなってんの?
「助かった。たぶん、師匠がなにかしたんだ」
「し、しょう……?」
赤星が俺を見る。いま「あ、やべっ」みたいな顔したな。俺は見逃さなかったぞ。
「ひなこちゃーん! 俺たち無事だからー! 回り込んで先にふもとの入口行っとくー!!」
赤星が崖の上に声を張り上げた。「おーけー!」とひなこちゃんの声。いやひなこちゃん、OKって、落ち着きすぎじゃね? 救急車とか警察とか騒ぎそうなものなのに。一周回って冷静になってんのか?
「行こうぜ」
促す赤星について歩き、どれくらい経っただろう。俺たちは頂上にいるメンバーよりもふもとの入口に近い位置にいたし、もうとっくに到着していい頃のはず。なのに森、どんどん険しくなっていくんですが。
迷った? と聞くと「迷ってない」と返される。いや絶対嘘じゃん。どう考えても遭難してるよ、俺たち。なのに赤星は、「たしかにこっちからひなこちゃんの気配がするんだ」とかなんとか変態っぽいこと言いだすし。
もういいよ、と諦めて地面に尻をつけたときだった。
俺、一日に二回も神様の無慈悲さを恨んだことなんて、今までにないよ。
目の前に忽然とイノシシが現れた。イノシシなんて初めて見た。意外にでかくて、牙も鋭いんだな。ていうか、でかすぎじゃないですか。これ熊だよねもはや。
「どうなってんの赤星くーん!!!!」
「俺にもよくわかんないけど、この森は、なんかおかしい気がする」
「うんうん、なんかおかしいね!! おいちょっと待って、何する気? まさか戦うつもりかよ!」
木の棒をかまえる赤星を、俺は愕然と見つめる。いや熊みたいなイノシシに木の棒て。レベル1がレベル100に挑むくらい無謀だぜ!
なのに果敢に向かっていく赤星くんは救いようのないバカなんだと小林は思うのであります。軍曹、自分の考えは間違っているでしょうか。
「「わああああああっ!!」」
赤星くんの「わああああ」は雄叫び。俺の「わああああ」は悲鳴。
くっそ、まじくっそ、なんで逃げないんだよバカヤロウ!!
キン───
赤星の木の棒とイノシシの牙が交差した。
ん? 『キン』? 木の棒なのに、なんで金属みたいな音がすんだ?
見れば、赤星も戸惑っている。確かめるように掲げた木の棒は、木の棒? 違う、あれは『剣』だ。ファンタジーゲームで良く見る勇者とかが使ってそうな『剣』。その剣どうしたの? その辺に落ちてたの拾ったとか言わないよね?
赤星はしばし剣に見入った後、切っ先をイノシシに振り下ろした。するとイノシシの首がスパッと切れ、血が吹き出し、イノシシはあっさり絶命した。倒れる衝撃で大地が震えた。
いやいや、は……?
「師匠は俺を試したんだ」
すみませーん、意味深なこと呟かないでもらっていいですか。ますます頭混乱するんで。
俺は試しに聞いてみた。
「その剣どうしたの赤星くん」
「……拾った」
そーですか! 予想通りだよコンチクショウ!!
「お前、何者?」
聞くと、赤星のカラスみたいに真っ黒な目が俺をまっすぐに見た。
なぜだか、体が震えた。
ふいに思い当たることがあったのだ。
こいつは、赤星は、俺が会いたくてしかたなかった〝宇宙人〟だったりするのではないか。
思えば怪しい点はたくさんあった気がする。怖いくらい整った顔、良すぎる成績、良すぎる運動神経、感覚の微妙なズレ、決して学校に顔を出さない親───
すべては赤星が〝宇宙人〟だから、なんじゃないか。
赤星が超人である原理は、全身タイツの超有名人・スーパーマンと同じだ。だとすると俺のポジションは、スーパーマンの親友・ジミー・オルセンか?
俺の推理を肯定するように、赤星の手の中から剣が消えた。目の前で、消失した。俺は見逃さなかった。
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