ある日突然『魔女』になりまして

灰羽アリス

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第ニ章 目撃者をつくろう

7 生徒を眷属にしたのは気の迷い(2回目)

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「バッグに釣り糸結ばせてもらったんだ。それを手繰っていったら、ここに着いた」

 山のふもとまではなんとかつけてこられたとしても、山に入ってからはほうきで飛んだし、速度が全然違う。徒歩の赤星くんは、私に絶対追いつけない。なのになんで、つけるなんてことができたわけ?
 そう聞くと、赤星くんは悪びれるふうもなく言ったんだ。

 こわっ、いつの間に。え、てかこの山制服で登ったんですか。
 荒れ果てた山は、どの枝も岩も鋭利に尖っている。土砂が崩れた場所や、崖も多い。空を飛べる天狗や魔女でもない限り、この小屋までたどり着くのはまず無理だろう。それを、赤星くんはいとも容易くこなして見せた。
 君、少女漫画のヒーローじゃなくて、少年漫画の主人公だったんですか。いったい、どこの山で修行を?

「山とか初めて登ったけど?」

 かーみーさーまー!!
 こいつに一物も二物も与えすぎじゃないですかねぇ!!
 そういえば赤星くん、運動部でもないくせに体育祭の百メートル走ではぶっちぎりの一位だったし、サッカー、バスケ、空手部の助っ人頼まれてるの見たことある。マジ、チート。

「なあ、なあ、眷属になったら何ができんの?」

 赤星くんはジジに視線を合わせて楽しそうに聞いている。ジジ、こまった顔を向けてくれるな。私もこまってる。

 はあ、とため息をついて、私は赤星くんを椅子に座らせた。救急箱を取り出し、向かい合うように私も座る。
 いくらチートとはいえ、赤星くんは生身の人間。ところどころ擦り傷を作っていた。コットンに消毒液を含ませ、トントンと傷の汚れを拭いていく。それから薬をば……。なにを期待してるか知らないけど、これはただの赤チンキだからね赤星くん。

「眷属になっても、たいしたことはできないよ。ジジは人語がしゃべれるようになっただけだし、ピンキーちゃんも、枯れそうな花をちょっと元気にするくらいしかできない」

「けど、『個体によっては独自の能力が発現する可能性がある』って聞いたぜ」

「それもピンキーちゃんが? 教えたっけ、そんなこと」

「ちょっとでも可能性があるなら、俺はそれに賭けたいの」

「可能性?」

「特別な力が持てる可能性」

 赤星くんは自分の手を見つめ、ぎゅっと拳を作った。
 あー、痛い。心が痛い。赤星くんを見ていると、まるで過去の自分を見ているようだよ。そう、なんの力もなかったただの人間だった頃の自分を。
 
「そんな、厨二病みたいな」

「誤魔化すなよ! 俺、本気だから」

「うーん、でもね赤星くん」
 
 私は改まって、赤星くんの目をまっすぐに見た。

「眷属になるって、そんなかんたんに言えるようなものじゃないよ。眷属はね、魔女に命を握られるの。もし、魔女が『今すぐ舌を噛み切って死ね』って命じたら、いくら嫌でも逆らえない。そうするしかないの。そんなの、怖いでしょ?」

「大丈夫だよ。ひなこちゃんは、そんな命令しない。だって、ひなこちゃんは良い魔女でしょ?」

「良い魔女。良い魔女ねぇ。なんでわかるわけ?」

「2年の時から、担任のひなこちゃんを知ってるし」

「それは〝人間に擬態している森山日奈子〟でしょ。魔女の私は、無慈悲で恐ろしい女かもよ」

「同じだよ。だってひなこちゃん、俺に正体がバレた時、俺を殺さなかった。記憶も消さなかったし、学校でも普通に話してくれる。良い人だし、良い魔女だ」

 これは刺さった。ぐさっと。なんだか、私の本質を見抜かれた思いがして。赤星くんの発言で、私も気づくところがあった。
 魔女になって『魔女のすゝめ』を手に入れて、強大な力を手にしても、私は私のまま変わっていない。常識の枠に捕らわれたちょっと臆病な森山日奈子のままなんだなって。そして、それでいいんだって。私の性格があとちょっとアグレッシブだったら、今頃赤星くんはあの世だし、中村先生は操り人形になってるし、態度の悪いバスの運転手を乗客ごと吹っ飛ばしてたかも。
 
 そして私は赤星くんにほだされたまま、眷属化の薬を調合してしまった。
 よく考えれば、眷属にしてしまったほうが安全だ。私の正体は他言するなと命じれば、赤星くんはその通り誰にもうっかりしゃべることはできなくなる。でも、この理由は後付けで考えたもの。赤星くんに薬を飲ませたときにはそんなこと、一ミリも考えていなかった。
 ただ、赤星くんに眷属固有の〝特別な力〟が目覚めるのか、私も確かめたくなっていた。

「これを飲めば、もう後戻りできない。それでもいいのね?」

「うん、それでいい」

 赤星くんは嫌な顔ひとつせず、小瓶に入れた赤黒い液体を一気に飲み干した。
 飲み終わると、両手をグーパーして体の変化を確かめる。

「何か、変わってる?」

「いや、わかんね……」

 私から見れば、赤星くんはたしかに変化している。体内に、私の魔力の片りんを感じる。眷属化は成功したんだ。
 でも……
 宙に手をかざしても、ジャンプしても、何も起こらない。おそらく赤星くんは、何の能力も目覚めなかったんだ。
 まあ、そうだよね。そんなにうまいこといくはずがない。なぜなら現実は、たいてい厳しいものだから。

「ま、いいや。どのみちこれで、一生ひなこちゃんのそばにいられるわけだし」

 明るく口笛を吹いて見せる赤星くんだけど、やっぱり落ち込んでるよなぁ……
 こんなことなら、眷属になんてするんじゃなかった。そしたら期待も落胆も、せずに済んだのに。
 と、少しだけ申し訳ない気持ちになったのがいけなかった。赤星くんは私の罪悪感につけこみ、どんどん遠慮というものを無くしていった。
 『魔女の隠れ家』に漫画などを持ち込み入り浸り始めたかと思うと、学校でもストーキングしてるとしか思えない頻度で遭遇するようになり、そして今日ついに我が家にまでやってきた。ていうか、家に帰ると既にそこにいた。

「ちーす」

 座椅子に座りポテトチップスをかじりながらの挨拶に、私は倒れそうになった。

『眷属にはしたけど、私は赤星くんを縛り付ける気はないわ。これまで通り、自由に生きて』

 そう伝えたはずなのに。
 特別な力は得られなかったわけだし、そのうち私にも興味を無くすと思ってたのに。
 ああ、なんたる見通しの甘さ。

「なんであんたがここにいるの!」

「たまが入れてくれた」

「たま……?」

「あ、ひなちゃん」

 私の帰宅に気づいたたまちゃんが、台所からバツの悪そうな顔をのぞかせた。
 たまちゃん、あんた赤星くんがタイプの男子だからってほいほい家に上げたな。

「ここまでつけたわけ?」

 ストーキングは得意だものね、君。
 私が聞くと、赤星くんは肩をすくめた。

「まさか。眷属って、ご主人様の居場所が本能的にわかるらしいんだよね。そういうわけで昨日の夜中のうちにひなこちゃんの居場所を確かめて、で、今日来てみた」

「来てみた、じゃないわよ! ご主人様のプライバシーは!?」

「眷属はご主人様のそばにいるのが一番落ち着くんだ。許してよ、ひなこちゃんが俺を眷属にしたんだからさ。ねー、たまちゃん」

「そうだよ、可哀想だよ赤星くん。ひなちゃん責任とらなきゃ」

「ん~、ありがとうたま~」

 たまちゃんは赤星くんにハグされてご満悦だ。チッ。小3のくせに、ませガキめ。


「ねえねえ、ひなちゃん」

「なんだい、たまちゃん」

 すっかり気が抜けて台所で三人前のそーめんを茹でる私に、たまちゃんがこっそり話しかけてきた。

「眷属でも、誰かと結婚できるんでしょ?」

「んー、できるんじゃない。知らなけど」

 渦をつくるように白い麺をかき混ぜる。あと何分だっけ。測ってなかった。いっか適当で。
 つゆも作らなきゃ。

「よかった。じゃあわたし、将来赤星くんと結婚する」

「ぶっ」

 7:3に割って味見したつゆを、私はシンクに吹き出した。

「マジで言ってんの、たまちゃん」

「おおマジ。だからとらないでよね、ひなちゃん!」

 きゃっと可愛く去っていくたまちゃんを、私は呆然と見送った。
 いや、とらないけどさ。私、ほかに好きな人いるし。そもそも赤星くんは生徒だし。
 教師と生徒。萌えるシチュではあるが、現実でとなると話は別だ。まして、自分が7つも年下の子どもとレンアイなんて、考えただけでぞっとする。犯罪、ダメ、絶対。

 そこへ静かな羽音が近づいてきた。ピンキーちゃんだ。手のひらを差し出すと、そこにちょこんと座る。今日はたまちゃんからプレゼントされた赤いドレスを着てご満悦だったのに、いまはなぜか悲し気。どうしたの?

「じじたんがいないの」

「ジジ?」

 あー、たまちゃんが来てるから、またどっかに隠れてるな。

「ちがうの。あちこちさがしても、いないの」

 ふたりで部屋中を見て回っても、たしかにジジはいなかった。
 ジジの居場所を教えてくれたのは、意外な人物。20時ごろたまちゃんを迎えに来た兄ちゃんだった。

「やけに猫の鳴き声がするなと思って塀の裏をのぞいたら、黒猫と白猫がケンカしてたんだ。黒猫のほうになんとなく見覚えがあっったんだが、お前んとこの猫じゃないか?」

 私は急いでアパートとお隣の敷地を隔てる塀に向かった。ジャンプしてのぞくと、そこにジジがいた。ぐったりと倒れた状態で。

「ジジ……!」

 人目をはばかってる余裕はなかった。『浮遊魔法』で塀を飛び越え、ジジに駆け寄る。
 黒い毛のせいで分かりにくいけれど、後ろ足の内側に血が滲んでいた。

「怪我してる!!」

「ひなこ、うるさい」

 ジジがだるそうに顔を上げた。よかった、意識はある。
 私はそっとジジの体を抱きかかえて、アパートの部屋に引き返した。

『魔女のすゝめ』 
 六 薬草の調合 
 (ア)初級 63ページ。

 『魔女の軟膏』は既に作ってある。
 ゲテモノ系材料を使いたがる魔女のレシピの中では珍しく、漢方の王道的材料をふんだんに使用した軟膏の効き目はすごい。包丁で切った程度の傷ならば、瞬時に治してしまう。それ以上の怪我はしてないので、激しい裂傷や骨折にまで効くかはわからないけど、ジジの怪我程度なら治せそうだ。実際、軟膏を塗ると傷はみるみる消えた。痛みが引いたらしいジジは普通に立ち上がってみせたので、骨折の心配はなさそう。
 すげえなぁ、と傷の治りを見て関心する赤星くんを横目に、私はジジに事情を尋ねた。

「何があったの」

「別に。ルカがいじめられてたから、助けてやっただけ」

「ルカ?」

「じじたんのお友だちのくろねこさんだよね。ぴん、見たことある」

「ふーん、好きな子を守ったってわけか」

 赤星くんの発言に、ジジのしっぽがピンと立った。

「ち、ちっげーし!」

「あんた、わかりやすっ」

「じじたんのこいびとさんだったの?」

「違うつってんだろ!」

「まあ、いいけど。あんま無茶しないでよね。心臓ドッキリしすぎて寿命が縮んだわ」

 耳を撫でつけるように頭に手をやると、ジジがふんと顔をそむけた。

「そんなに俺が大事かよ」

「超大事」

 当たり前じゃんか。いまさら何聞いてんの。ジジは私の超超大事な相棒だよ。

「……心配かけたのは、ごめん」

「わかればよし。こんどそのルカちゃん? 連れて来なさいよ」

「気が向いたらなっ」

 頭を撫でると、ジジは機嫌よく喉を鳴らす。ほんとわかりやすいな。

「じゃ、俺帰るわ」

 赤星くんが唐突に言って立ち上がった。
 よかった。このまま泊まりこまれるかと思ったよ。

「ねえ、ひなこちゃん。俺やっぱ、ただの人間?」

 玄関で靴を履き、振り返った赤星くんがこれまた唐突に聞いた。
 えっと、これなんて答えるのが正解なの?

「赤星くんは人間だよ。でも、いまは私の眷属だから、ちょっと魔女よりの人間というか……ま、普通でないのは確かだな」

「そっか。普通の人間とは、違うか」

 赤星くんは最後ににっこり笑って帰って行った。
 なにしに来たんだ、いったい。
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