ある日突然『魔女』になりまして

灰羽アリス

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第ニ章 目撃者をつくろう

2 狙われたイケメン英語教師

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 最初の『目撃者』に選ばれたのは、中村敏明としあき先生。青葉清涼高校の英語教師で私の同僚。ちなみに私の好きなひと。

 もうおわかりだろうか。そう、私はあのイベントを自主的に引き起こすことにしたのだ。
 題して、『好きな男の子に力を使う現場を目撃されてさぁ大変! 正体もばれちゃった! だけど彼は誰にも言わないって約束してくれたの。てことで秘密の共有関係結成だ☆』作戦である。

 私は今日、中村敏明先生に秘密を明かす。
 彼を秘密の共有者に引き込み、あわよくば恋人に。性的欲求と同時に承認欲求も満たされて一石二鳥というわけだ。
 ズルい? せこい? 上等だゴラァ! 恋は戦争なのだ。
 高身長、安定収入、英語ペラペラ、しかもイケメンな中村先生はめちゃくちゃ女にもてる。女子高生、教員、保護者まであまねく彼の虜である。敵は多い。そんな中で平凡な私が頭ひとつ抜きんでるには、特別な個性を有していること、つまり魔女であることを明かすしかない。誰にも本当の姿をさらせない魔女は孤独なのである。寂しいのである。そんな彼女を、ぼくが支えるんだ! 的な感情になってくれたら成功だ。間違いなく、そこから愛が芽生えゆくゆくは結婚! リンゴーン♪
 もちろん、これから先選ばれる『目撃者』に私が姿を明かすことはないが、中村先生は特別だ。
 ぐへへ。私の唯一の秘密の共有者になってね。そんで将来は『奥様は魔女』にしちゃってね。


 フクロウの鳴き声だろうか。午前三時の森は、何とも形容しがたい不気味な音で溢れてる。自転車を爆走させてふもとまでやってきた私は魔女コスに身を包み、ほうきにまたがり『魔女の隠れ家』へとやってきた。静かに室内に入ると、

「〝灯せ〟!」

『明かり魔法(初級)』を発動。部屋中央に現れた黄色い火の玉が、ぼんやり室内を照らし出す。私は暖炉にセットされた大鍋に近づいた。この日のために怪しい占い師から買いました。2万円の壺鍋! 雰囲気出てる~!
 にやけた笑みを浮かべ、大鍋に材料を放り込んでいく。
 水、コウモリの粉末、ミミズの干物、蛙のしっぽ、草団子、ココナッツオイル、ジジの毛数本……
 探せばあるもんだねぇ。ゲテモノ系の材料は、『ゲテモノ食材店』なる怪しげなサイトから購入した。注文から二週間、国際郵便で中国から送られてきました。さすがというか、なんというか。

「うえっぷ……」

 出来上がったのは、吐しゃ物を煮込んだような泥水。……飲めるのか? コレ。
 しかし飲んでもらわねば、成功か失敗かもわからない。
 だ、大丈夫さ、レシピ通りに作ったし。良薬は口に苦しって言うし。あれ、なんか違う?

「ママ~、くちゃいよ。う○ちの匂いするぅ」

 私も思ったけどピンキーちゃん、それ言っちゃダメないやつ。
 ジジが鍋をのぞきこみ、全身の毛を逆立たせた。

「これ、まさかと思うけど俺に飲ませる気?」

「今回のオクスリには時間もコストも大量にかかってるんだ」

「つまり?」

「……すまん。君の勇姿は私がしかと見届ける!! 大丈夫。本番はまだ先だから。いまはちょっと舐めてくれればいいから。それで薬の効能チェックができるから!!」

「は、離せ! ぎゃーーー! うえっぷ。おげ、おげーーーーっ!」

 作戦の流れはこうだ。

 文芸部顧問の中村先生は今日、明日に控えた文芸部のイベント準備のため夜遅くまで学校に残る予定だ。そして私が顧問を務める超常現象検証部の週に一度の活動日も今日。活動内容は『夜の校舎でトイレの花子さん探し』。部員と顧問の帰宅時間は当然遅くなる。とはいえ、20時半までには生徒たちを全員返す決まりなので、その後学校には、戸締りチェック要員の私と中村先生のふたりきり。そして21時。優しい中村先生は、きっと「途中まで送るよ」と申し出てくれる。そこで一緒に帰路につく。
 そのころ眷属1ジジさんは私と中村先生が通るはずの人気のないトンネルに待機してる。『変身の薬~怪物に変身編~(中級)』を飲みし巨大な猫の怪物になった姿で───そして私たちに襲いかかる! 私は怪物を華麗に撃退! 弱った怪物を置き去りに、中村先生をほうきに乗せ夜の街へと逃避行をキメるのだ。呆然自失の中村先生。正体がバレ悲壮感を漂わせる私。「お願い、誰にも言わないで」なんつってな。くーーーっ! 熱いぜ!

 そして運命の時間。生徒たちは全員帰した。作戦、開始。

「森山先生、ぼくあと5分くらいで書類あがるんで、よかったらいっしょに帰りませんか」

 はい、お誘いキター! もちろん、よろこんで!!
 かぶせ気味にOKを出したいとこだけど、ここは可愛らしく「……はい♡」とでも答えとくべきだ。しかし彼氏いない歴4年の私のボロカス・コミュ力をなめてはいけない。

「ままま、待ってます」

 噛むし、どもるし、声裏返るし。もてない女の三拍子をぶちかます。
 お恥ずかしい。『穴掘りの魔法』で地面に穴開けて逃げ込みたいくらいだ。しかし予定された魔法バレのお時間はまだ先なので、デスクの上に真っ赤になった顔を埋めてやりすごすことにする。
 5分待つまでもなく、羞恥に震える私の背中に優しい声がかかった。

「帰りましょうか」

 肩を並べて歩くふたりきりの帰り道。耳をくすぐる低音ボイスで、中村先生は文芸部の活動を楽しそうに語った。私も話についていけるように、私が知ってる部員の話を積極的に出してくれる気配り上手な彼。惚れてまうやろー!! もうとっくにベタ惚れやけどな!

「明日、森山先生もぜひ来てください」

「へ? あ、明日?」

 なんだっけ。何の話だっけ。顔面偏差値の高さにぽーっとなってて聞いてなかった!
 中村先生が見透かすようにくすっと笑う。ぴーっ、すみません。私なんぞがあなた様のようなお綺麗な顔に見惚れてすみません。たぶんカビとか生えないんで大丈夫です。誓ってそういう魔法もかけてないんで!

「『あじさいの集い』です。来てください。ぼくもこっそり作品を飾らせてもらってるんですよ」

 中村先生が顧問を務める文芸部では明日、6月30日火曜日に『あじさいの集い』と題した文芸展示会を行うそうだ。東館1階の視聴覚室にはいま、部員と中村先生が創作したオリジナル短歌やら小説が所狭しと展示されているという。中村先生は短歌を出したそう。それはぜひ拝まねば。

「ぜったい行きます! 楽しみです!!」

 そう元気よく答えたときだった。わずかな羽音が耳に飛び込んできた。

「ママ、じじたんのすたんばいおーけーだよ! しゅういにひとかげもありません!」

 行く道はもうすぐ歩行者用トンネルにさしかかる。

(ナレーション・私)
 それは、肌にまとわりつく空気の重い初夏の夜のこと。
 若い男女が肩を並べてトンネルにやってきた。カップルであろうか。とても仲睦まじい様子だ。オレンジ色の蛍光灯が、祝福のベールのように二人を包み込んでいる。
 トンネルの中腹に差し掛かったとき、女性が足を止めた。どこからか、うめき声のようなものが聞こえたからだ。動物だろうか。トンネルの上は山なので、野生動物が迷い込むとこもある。イノシシ注意のポスターが存在感を増す。

「猫みたいですね。どこかでオス猫がケンカしてるのかな」

 彼が穏やかに言った。かなり不穏なうめき声であったが、怖がる様子は特にない。男らしい、と彼女の瞳は輝く。しかし、うめき声の主が現れたら彼はどう反応するだろうか。

 蛍光灯がちょうど影になってできた暗がりから、黒い塊がのっそりと現れた。あまりに大きくて、トンネルの影が動いたのかと思った。しかし違う。あれは生物だ。何か、と問われればわからない。姿はクロヒョウのようであるが、それにしては巨大。牛ほどの大きさがある。口元が威嚇するように歪み、金の瞳が怪しく光る。いかんとも形容しがたいあの生物は、そう、怪物。
 怪物は低い姿勢を取ると、次の瞬間、男女の方へと飛びかかった。

「下がって!」

 彼女が彼をかばうように果敢に前に出る───
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