ある日突然『魔女』になりまして

灰羽アリス

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第一章 魔女☆爆誕

4 25歳コスプレと辛辣なたまちゃん

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「コラ、ジジ。顔出すなって言ってんでしょ」

「俺、これほしい」

「わかったから。ここペット同伴禁止なの。追い出されないようにせいぜい人形のふりでもしてて」

 放課後、私たちはトイザラスにやってきた。学校から自転車で十分の距離にある大型ショッピングモールに入っている店舗だ。ジジは私の肩掛け鞄の中、ピンキーちゃんは胸ポケットから顔を出してる。猫の人形と妖精の人形をちらつかせた25歳女。しかもなんか会話してるっぽい。危険なニオイしかしないね。生徒たちに目撃されないことを祈ろう。

 トイザラスに来た目的は、シルバニアファミリーのおもちゃを買うためだ。ピンキーちゃん用のベッドとか服とかコップとか、そういうものの代用品として。

「ふーむ、めちゃめちゃ種類あるなぁ」

 コップひとつをとっても10種類くらいある。グラス風、湯のみ風、マグカップ風etc……
 各種色違いあり。

「ぴん、これがいい」

 ぴん、とな? ピンキーちゃんは自分のこと『ぴん』と呼ぶのね。ぴえん、ってかんじね。わかるわかる。かわゆすかよ。
 ピンキーちゃんが選んだのはピンクのマグカップだ。

「ほーい、これね。『あかりの灯る大きなお家』も買っちゃうか!」

 これが娘を可愛がる親の心境というやつですね、兄上。この快楽を知ったらもう後戻りできませんな、兄上。

「ずりい! 俺も俺もー!」

「あんたはさっきボール選んだでしょうが」

「値段違いすぎるだろ!」

「500円の缶詰秒で食べたあんたに金銭感覚の何がわかるっていうんですか~?」

「チッ。いつまであの缶詰のはなし持ち出す気だよ。ケチ」

「ケチ!?」


「おかあさーん、あのお姉ちゃんひとりでなんかしゃべってる~」

「見ちゃいけません」


「……退散!」

 私は数多のイカレ女を見るような視線から逃げるようにしてトイザラスを後にした。
 でも、買い物はしっかりしたよ。大袋がふたつぶん。しめてよんまんえん……
 ひぇぇ、高過ぎでしょ! ジミー・チュウのパンプス買えるわくっそ。

「荷物重いから、山小屋は明日ね」

 予期せぬ散財ですっかり心がひやがっちゃいましたよ、私は。
 これから山小屋へ行く気力はありませぬ。
 幸い、明日は土曜日。休日だ。ゆっくり探索ができるだろう。

 ▪▪
 ▪▪▪

「ぷはーっ、風呂上がりのビールは最高だぜ!」
 
 今日は散財のおかげで偽物ビール(発泡酒)なんだけどな。気分だけでも。

「おやじくせぇ……」

「そこ、うるさいぞ! 魔女様に偉そうな口をきくとなぁ!」

「もう酔ってやがる……」

「うーん、ジジちゅわ~ん」

「よんな、酒臭ぇ」

「なんだよ、冷たいなぁ」
 
 私はジジの柔らかいお腹に顔を埋めた。なんだかんだ、逃げないでいてくれるジジたん、私のことホントは大好きだもんね。

「私、ジジとお話できるようになって嬉しい」

「なんだよ、急に」

「えへへ」

「……ま、俺も缶詰リクエストできるのはありがたいけどな」

「愛いやつめ」

 なんかさー、いいよね。相棒とお話しできるって。ジジを飼い始めてからこの4年間、何回も夢見てた。もし、この子とお話しできたら。神様に会った時は魔女になりたいって夢を優先させたけど、じっくり考えてたらジジとお話ししたいって夢の実現を願ってたかも。結果として、どちらも叶ったんだから私はラッキーだよなぁ。
 思ったより、ジジは口悪いやんちゃ坊主だったけど。

「さて、シルバニアをセッティングしますか」

 でかい箱から『あかりの灯る大きなお家』を取り出す。わーお、ステキじゃん。てか、めっちゃリアル。赤いお屋根~、お、中央からぱっかり開くのね。電気は……ここに電池入れるんか。お、ついた!
 発泡酒を片手に作業すること一時間。

「ど、どうかな、ピンキーちゃん。照れ照れ」

「これぴんのおうち?」

「そうだよ~、この広いお部屋もバスルームもベッドルームも、ぜーんぶピンキーちゃんのだよ~!」

「わーいっ、ありがとうママ」

「いいのよ、いいのよ」
 
 さっそくベッドにジャンプして横になるピンキーちゃん。
 こりゃいかんな。娘の喜ぶ顔見たさにまた散財する未来がみえるぞ。
 たくさん買ったピンキーちゃんのお洋服はあとで首元つめないとな。

 チンチロリーン。

 変な音が聞こえたと思ったら、ジジがNEWボールで遊んでる。中に鈴が入ってんのね。
 眷属になってどこか人間臭くなったジジだけど、本能は健在らしい。

「そしてもうひとつ、忘れちゃならないこれ! てってれーん、木製ほうき~!」

 わーい、今日こそほうきでお空を飛ぶんだっ。えへっ。
 飲酒運転? お酒を飲んでからほうきでお空を飛んじゃいけませんなんて法律ないもんね。
 えーっと、棒のとこにまたがって、心臓の隣にある力の中枢を意識する。そこから力を引き出すイメージで……
 
「飛べっ」

 ぶおん!

「ぐお、いった! なんだこれ、股食い込んで痛いわ!」

 おかしい。私だけに浮遊力がかかってるはずが、ほうきの柄が股下を元気に跳ねてる。なんかこれ、棒にも「飛ぶ」魔法かかってない? 
 こんなときはそう、

「『魔女のすゝめ~!』」

 五、各種魔法の使い方 ……P.10
 (ア)初級 ……P.11

 12ページ。『他者を浮遊させる魔法』。お、これだ。えーっと、なになに、『魔女は万物に触れることで、または念じることで、対象物を一定時間浮遊させることができます』

 なるほど、無意識に『他者を浮遊させる魔法』を発動しちゃってたのね。いかんいかん、無意識に魔法使うとかあわや大惨事になりかねん。大蛇を檻から出しちゃったハ○ー・ポッターみてみ。大騒ぎになったやん。

『発動を取り消すには、もう一度触れるか、「落ちろ」と念じる必要があります』

「はい、タッチ」

 宙に浮いていたほうきが、フローリングに落ちてカランと音を立てた。
 おし、こんどは魔法がかからないように注意して……
 股下にあてて、あたかもほうきで飛んでるみたいにみせる。夢のないネタバレすると、ほうきはあくまで飾りってことだ。

「ふぉー、どこからどうみても魔女だよ」

 全身鏡に映る自分の姿。これでパジャマじゃなくて黒いローブだったら雰囲気出るのに……てことで、着替えよう。トイザラスで買った魔女コスに!
 魔法少女のカラフルな衣装にも憧れるけど、定番はやっぱりこれだよね。
 黒いワンピースとー、黒いマントとー、とんがり帽子とー、魔法の杖(偽物)!
 ぜんぶ装備!
 ほうきで宙に浮く黒衣の女が鏡に映る。
 
「おお、おお、めっちゃそれっぽい! いけるよ、私。可愛いよ、私」

「いや、きついぜ」

「うっさい」

 ピンポーン!

 私の間の悪さは、もはや神がかり。兄ちゃんが言ってた。
 実際、そうだなって私も思う。

「ひなちゃん、来たよ~。聞いてよもう、パパがさぁ……どしたの、その格好」

「……きつい?」

「若干」

「ぐふぁっ」

 子どもの純粋な一言ほど、心に響くもんはないよな。

 合鍵を使ってここが我が家かのごとく入ってきたその女の子は、兄ちゃんの娘のひとり。長女のたまちゃん。小学三年生。ぽんぽんゴムのツインテエールがチャームポイント。ザ・インドアな兄からどうしてこんな子が産まれたのかって本気でギモンになるくらいイキがいい女の子だ。

「違うんだ、たまちゃん。これには深いわけがあってだな。その、私、魔女になったんだ!」

「ひなちゃん、また男に振られたの……?」

「そうそう、あまりのショックで頭がイカレて……て、ちっがーう!!」

 魔法の力は、そっこーバレました。というか、洗いざらい話しました。さすが、兄ちゃんの娘。尋問が上手い。

「ずるーい、ひなちゃんだけ。私も魔女なりたい~!」

 『他者を浮遊させる魔法』をかけてもらって狭い部屋で空中散歩を楽しむたまちゃんが唇を尖らせる。

「でも、残念ながら『他者を魔女にする魔法』は載ってないんだよ」

「え~」

「ねぇ、たまちゃん。このこと他の人とか、兄ちゃんたちには内緒な?」

「ママにも?」

「もち!」

「おーけー。その代わり、これからも頻繁に遊びにこさせてもらうから。魔女のこと、色々教えてね」

 うーむ、さすが兄ちゃんの娘。ただでは引き下がらない、か。
 たまちゃんはピンキーちゃんとすっかり仲良くなった。やっぱり子どもは順応が早い。小学三年生というと、サンタさんとか妖怪とか妖精とか、そういう不可思議な存在をギリギリ信じてる歳だ。実際目の前に妖精が現れても、あっさり受け入れておかしくない。

「たまちゃん、それ裁縫道具?」

「うん、そうだよ」

 たまちゃんが持参した大量の荷物の中に、縦長の持ち手つきバッグを見つけた。小学生の七つ道具のひとつだ。ランドセルに習字セットにピアノのレッスンバッグ。こやつ、何日か家出するつもりでうちへ来たな。

「ちょっと貸してくんない? ピンキーちゃんのお洋服仕立て直さないといけないんだ」

「いいけど。ひなちゃん、まさか裁縫道具も持ってないの? 女のたしなみだよ?」

「ぐふっ」

「いいよ、ピンキーちゃんの洋服のお直し、わたしやる」

「できるの?」

「これでも裁縫の腕はクラスで一番なんだから」

 その通り、たまちゃんの針捌きからはきらりと光る才能が感じられる。あっという間に直されていく洋服たち。良いお嫁さんになるね、たまちゃん。

「ひなちゃんよりもね」

「ぐふっ」

 たまちゃんとピンキーちゃんが寝静まった夜半。
 洗面所の洗濯かごをのぞくと、ジジはやっぱりそこにいた。

「ジジみーっけ」

「ひなこ」
 
 上がったジジの顔は、思いのほか嬉しそうなものだった。

「どうしたの、こんなとこに隠れちゃって」

「知ってんだろ。俺、たまきは苦手なんだよ」

「小さい頃しっぽ掴まれたことまだ根に持ってんの」

「人間のお前に猫の気持ちなんてわかんねーよ」

「ふてくされんなよ~」

「触んな。うっとうしい」

「出といでよ。高級缶詰出してあげるから、いっしょに晩酌しようぜ」

「……しかたねぇな」

 トテテ。前を行くジジの足取りは軽い。
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