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第一章 魔女☆爆誕
3 それでも日常は続いてく
しおりを挟む朝起きて、まず浮いてみる。
「……夢じゃない」
夢だけど、夢じゃなかったー!!
きゃーっ! とあの姉妹のようにベッドではしゃいでいると、
「おい、メシ」
ジジの不機嫌な声がかかる。
おぬし、どこのぼんくら亭主だよ!
「えー、今日もこれー? やなんだけど、飽きたんだけど」
「文句を言わずに食え!」
「缶詰がいい。あんだろ、戸棚の一番奥」
「なぜそれを……っ」
「ママぁ、のどかわいた」
「おー、よちよちごめんよ。ほら、これで飲めるかな?」
醤油皿に浅く水を注いだものをあげる。お皿は当然持ちあがらないので、犬のように舐めるしかない。いくらミニサイズとはいえ人間っぽい見た目でこれはきついな。
そうだ、シルバニアファミリーの大きなお家を買ってこよう。あれなら小さい食器・家具・服もついてるし、たぶんちょうどいいはず。
「缶詰~」
「わーったよ! 1缶500円の高級缶詰。もってけドロボー!」
兄ちゃん。なんか私、わかった気がする。子どもがいるお家の朝って大変なんだね。
ある日突然魔法の力に目覚めたとしても、日常は続いていくのでおろそかにできない。ていうか現実問題、働かないと食っていけないので、魔女になった! 仕事辞める! ひゃほーい! なんてできないわけよ。
自転車を疾走させて15分。青葉清涼高校が私の職場だ。
8時10分。あと5分で朝の職員会議が始まる。今日はちょっと遅刻ぎみだ。
7時半から朝課外がある進学コースの担当だったらアウトだったけど、今年の私の担当は課外なしの普通コースなので問題ナッシング。
「森山先生。おはようございます」
デスクに着いてすぐに聞こえたこの爽やかボイスは……!
「中村先生。お、おはようございます」
英語の中村敏明先生。
白い歯が今日もまぶしい!
同期なのにいまだに敬語。誰にだって、生徒にでも。それがまたポイント高いのよね。
ジョン・コナー風の髪型も、少しアンニュイな服装も、ぜんぶ好み。
「あれ、お疲れですか?」
「へ?」
「目の下が……」
「うそ、クマできてます!?」
「よかったらこれどうぞ。まだ口つけてないので」
手渡されたのは香しい湯気の立つマグカップ。
こ、ここここれ、中村先生のマグカップでは!?
か、間接キッス!!
「その年で中学生みたいな反応すなや」
そのだみ声は、周囲には「ニャーゴ」としか聞こえない。
「あれ、なんでこんなところに猫がいるんだろう。迷い込んできちゃったのかな?」
「あ、あははっ、ほんとですね~! 可哀想に~! 私、逃がしてきます!!!」
「でも、もう職員会議始まりますよ。それに───」
「すぐなんで!」
▪▪
▪▪▪
「あ・ん・た! なんでここにいんのよ!」
校舎の裏庭で、ジジは優雅に毛づくろいをした。
「ちょっと考えればわかるだろ」
「かばんか」
「そゆこと」
「どうすんのよ~、あんたひとりで帰れる?」
「ひとりじゃない」
「まさか」
「ママ~!」
顔面ダイブしてくるピンクの影は、
「ピンキーちゃん!」
キャッキャウフフの劇的再会。たった半時ぶりだけど。
あら、シルバニアの服肩からズレ落ちてるね。やつらでぶっちょだからな。スレンダーなピンキーちゃんにはちょっと大きいか。どうするかな。
「言っとくけど、俺たち帰れないよ」
「なんで」
「生まれたての俺たちは主人の半径1キロ以内を離れられないんだぜ」
「あ」
そういえば、『魔女のすゝめ』にそんなこと書かれてたような……
家から学校までは3キロ。ついてこざるをえないわけだな。
「しかたない。どっか隠れて待ってられる? お昼にまた様子見にくるから」
「まじで! 遊びに行っていいのかよ!」
「どうせ1キロ以内をうろちょろするつもりでしょ」
「っしゃー!」
まぁ、金色のおめめぴかぴかさせちゃって。
「でも大丈夫? ジジ、お外初めてでしょ」
「は? 何回も出てるけど」
「は?」
「あ……やべ。じゃーな!」
「こら、ジジ!」
あーあ。行っちゃった。ていうか、ちゃんと毎日戸締りして出てんだけど。どうやって鍵開けてんだ、あいつ。
そういえばピンキーちゃんは? ……ジジといっしょに旅に出たか。
チャイムが鳴る。やばい、職員会議!!
右よし、左ヨシ、上よし。うむ、ここは魔法の力を使わせていただきますか。
「飛べ!」
……あ、今回もほうき不在じゃん。
階段を2階まで上がって廊下の突き当たり。普通コース3年1組が、私の受け持ちクラスだ。1限が公民なので朝礼後はそのまま私の授業となる。いつものように挨拶を交わし、連絡事項を伝達し、日直さんに日誌を渡し、チャイムが鳴ったらはい授業。
カリカリ、31人分のシャーペンの音がする。みんな真面目だねー。高校3年生のみんなは『将来の夢・魔女・魔法使い』の時期はもうとっくに通りすぎているのだろう。それが健全といえるのか、私にはわからないけど。
「きゃー!!」
教室に悲鳴が響き渡ったのは、授業開始から十分ほど経ってからだった。
私ははじかれるようにして、黒板に向けていた視線を体ごと生徒の方へ向けた。
「どうしたの、青木さん」
「む、むし、天井にでかい虫が……!」
「虫?」
青木さんの、ちょうど上の方。天井を見上げる。
あー、あれはトンボかな?
……ん? ていうか、あの羽。見覚えが……うそだろ、おい。
君、ジジといっしょに旅だったんじゃないんですかー!!
「ピンキーちゃん!!」
「ぴんきー?」
「ぴんきー?」
私の絶叫に、「なんだ、トンボじゃん」と斜に構えていた生徒たちまでざわめきだす。
「いやっ、あの、あのトンボはねっ、ピンキーリングイネっていう珍しーいトンボでねっ」
く、苦しい。なんだよ、ピンキーリングイネって。パスタかよ!
「先生、俺がほうきで……」
「ぎゃーっ!! やめてやめて!!」
へたに扱ってピンキーちゃんが潰れたらどうするの!!
「私、ちょっと職員室に虫とり網取りに行ってくるから……! なんにもせず待っててね。絶対触っちゃだめだからー!!」
私は走って教室を出た。するとそれを見計らうようにトンボも羽ばたく。わずかに上がる悲鳴を縫って、トンボ改めピンキーちゃんが廊下を疾走する私の胸にダイブした。
「ピンキーちゃん! あぶないよ、人に見られたらどうするの!」
あ、妖精だ~! 捕獲!
→高値で取引→研究所に送致→ホルマリン漬け→研究。ぞっ。
「なんでジジについていかなかったの?」
「ママといっしょにいたかったの……」
うっ……ピンクの目で涙ぐまないでくれ。ほだされまくるだろう!!
「それに、じじたんが『お前は足手まといだ』って」
「あいつめ。なぜ妹分を可愛がれん」
ピンキーちゃんは怒られたと思って手の中で震えてる。どうするか。
「とりあえず、お昼までここに隠れておける?」
「うん!」
私はピンキーちゃんのミニチュアな体を胸ポケットにしのばせた。
ひょんなことで潰してしまわないかひやひやだ。チョークや教科書を扱うときは特に注意しよう。
そしてお昼。
旅の途中で可愛い女の子との出会いでもあったのか、ジジはほくほく顔で中庭に帰還した。
私の怒り顔を見て「げ」と足を止める。
「逃げようたってそうはいきませーん。眷属は命令に絶対服従なのでーす。〝座れ〟」
まるで十倍の重力に引かれるように、ジジは地面に尻を付ける。
「だってそいつ飛ぶの遅いんだもん」
「だからって妹分を置いて行っていい理由にはならないでしょ。ピンキーちゃん、あやうくほうきで退治されそうになったのよ!」
「そうカリカリすんなよ。シワ増えるぞ」
「なっ」
こいつ、調子に乗りおって……!
高級缶詰の恩を忘れたのか?
「真面目な話、『拠点』候補を見つけてきてやったんだからさ、そんな怒んなって」
「拠点、候補?」
〝四、拠点をつくろう! 誰にも見つからない場所で魔法の練習を!〟
ジジの話では、自宅と学校の中間地点にある小さめの山の奥地に、打ち捨てられた山小屋があるらしい。そこを拠点にしたらどうかという話だった。
「なんだ、ジジ。可愛い女の子見つけて喜んでただけじゃないのね」
「ちっげーし!」
「でもさー、その山も小屋も誰かの所有物じゃん。勝手に使ってたら不法侵入で逮捕されちゃうよ」
「心配すんな。そうはならねえから」
「どういうこと?」
「あの土地と山小屋持ってる爺さんな、5年前に行方不明になってるらしい。んで、唯一の身内の娘は海外に行っちまって、あの山は放置されてるってわけ。使ったってバレやしない。万一バレても、娘のふりすりゃいいはなしだろ」
「あんたって……わるだねぇ」
「まあな」
ひげひくひくさせて、それ猫にとってのどや顔なんだろうなぁ。
「ところで、なんでそんな詳しいこと知ってんの?」
「あの山に住んでるカラスに聞いた」
「あんたカラスと話せんの!」
「ったりめーだろ。猫とカラスは何百年も前から協力関係にあんだよ」
「へぇ」
意外なところで意外な話を聞いた。私が魔女になってジジと会話できるようにならなきゃ、一生知らないままだったんだろうな、そんなコアな情報。
「おし、じゃあ放課後そこに行ってみますか。あ、買い物もあるから、そのあとね」
私は原っぱにつけてたお尻を払って立ち上がった。げ、染みついちゃってるし。エモダのパンツ高かったのに~! くさっ。土くさっ。
「お弁当はこのまま置いてくから、ゆっくり食べてね。ジジ、ピンキーちゃんのことちゃんと守るのよ」
「げぇー」
おにぎりを抱きかかえながらもぐもぐかぶりつくピンキーちゃんとしかめっ面のジジを残して、私は校舎に走った。あと5分で授業がはじまる。なんだか昨日から、急いでばかりだな。停滞してた時間が急速に動き出した感じ。これからもっと忙しくなりどうだけど、先行きは明るい。
おら、わくわくすっぞ!
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