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19 これでトドメ
しおりを挟むあたしとトニーがいなくなったのは、ほんの6時間くらいのことで。城はまったく騒ぎになっていなかった。普段から、これくらいの時間は平気で姿をくらますしね。ただ、ママだけは心配していたみたいで、どこに行ってたの?と二人いっぺんに抱きしめられた。
「気配遮断の魔法をかけて、かくれんぼしてたの」
あたしがそう言ったときの龍姫のほっとした顔といったら!あたしたちを盗賊に引き渡したのがバレたら、側室どころの話じゃなくなるものね。その瞬間、物理的に首が飛ぶ。まったく、半端な賭けに出たものだわ。
……だけど、安心して。パパとママには龍姫がやったことを密告したりしないから。
ほかのオトナを巻き込むのは、フェアじゃない。あたしたちは、対等な敵同士でありたい。───そう、最後までね。
魔法使いの拘束具はラニが解除の魔法で外してくれたし、トニーの頭の傷はラミが治癒魔法で治してくれた。
あたしたちの体調は万全。
【和解を申し出る。月が真上にのぼるころ、とどろき沼の前にて待つ】
そう書いたカードを、龍姫にこっそり渡した。
そして、夜。あたしとトニーはとどろき沼の前で龍姫がやってくるのを待った。
「来るかな?」
「来るわよ。いいかげん、あたしたちを排除する策もネタ切れだろうし、これ以上やり合うのにも嫌気が差してるはず。和解はいま、龍姫がいちばん望んでいることよ」
しばらく待つと、龍姫はちゃんとやって来た。
「ちょっとは反省して、謝る気になったのかしらね?」
龍姫は偉そうな態度で言うけど、内心、びくびくしてるのが伝わってくる。まさか、こんなに可愛い6歳の双子を怖がっているのかしら。
あたしとトニーは手をつないで、しゅんと眉を垂らした。
「ちょっと、やりすぎたなとは思うの」
「龍姫、髪の毛ちりちり。かわいそう」
………トニー、あおっちゃだめよ。あたしたちは反省を示さないといけないんだから。だけど確かにちりちり。燃えるシャンプーの威力はばつぐんね。
「でも、これまでのことに関して謝る気はないわ。あたしたちは対等な敵同士。互いの健闘をたたえ合うべき関係でしょ?」
「───そうね。あんたたちのイタズラも、なかなかだったわ」
「ええ、龍姫も。あたしたちを盗賊に引き渡すなんて正気を疑ったわ」
「命を取らないだけましでしょ」
龍姫が口のはじを上げて笑う。たちまち、偉そうな態度がふくれあがっていく。びくびくした感じが消えた。成功体験は人を強くするってフェルナンデスおじさま、言ってたっけ。あたしたちを屈服させた"盗賊団への引き渡し事件"は、龍姫最大の成功体験というわけだ。
「それで、和解のお誘いだったかしら?」
───きた。
「あたしたち、もう争いたくないの」
「ぼくたちいい子にするから」
じっとりと、龍姫は疑わしげにあたしたちを睨んでくる。
そんなに警戒しなくても、二心なんてないわ。ホントよ?
「………じゃあ、私が側室になるのを邪魔しないと誓う?」
「誓うわ。それどころか、協力してあげる」
「うん。ぼくら魔法使いだし、やくにたつよ」
「………気味悪いわね。なぜ急に協力する気になったの?」
あたしたちは大げさにため息をついてみせた。
「もう、いがみ合うのは疲れちゃったの。あたしたちは、平穏な日々を取り戻したい」
「イタズラ、もうほかに思いつかないしね」
「………ふーん?」
龍姫は腕を組んで、しばらくあたしとトニーを観察した。チクタク、チクタク、時間が過ぎていく。そしてふっと、龍姫の表情が緩んだ。
「ま、あんたたちがおとなしくしてくれるんだったら、願ったりだけど。……正直、こっちもネタ切れだったし。あんたたち、しぶとすぎるのよ」
「だけどこれで解決。和解しましょ」
あたしは龍姫に手を差し伸べ、握手を求めた。
「その前に、新しいママから忠告よ。あんた、その真顔やめな。ぜんぜん可愛くないわよ」
思わぬ指摘にあたしは固まった。こんなふうにはっきり指摘されたのは生まれて初めてだった。あたしはうまく表情をつくれない。トニーみたいに柔らかく笑えない。あたしが嫌いなあたし。
「ほら、笑ってみなさいよ」
トニーがとなりで心配してる。大丈夫、笑顔くらい。完璧なものをプレゼントするわ。
ぐぐぐ、と頬を動かす。唇が乾く。鼻がひくひくする。まぶたがけいれんする。くい、と口角を上げる。目に力を込めて固定した。
にぃっこり。
たぶん、効果音としたらこんなかんじ。
「ふん、なかなか可愛いじゃない」
いいわ、と龍姫が差し伸べたあたしの手を握った。早くして、頬が引きつりそう!
「いい勝負だったわ」
「ええ、ほんとに」
「和解成立ね」
龍姫が言った瞬間、あたしは笑顔をやめた。手を離し、トニーと共に後退する。
しゅるしゅると、沼の中から黒い影が伸びてくる。手のようなそれは、あっという間に龍姫に絡みついた。
「な、なによ!これ!ちょ、やだ、気持ち悪い」
ずる、ずる、と龍姫が沼に引き込まれはじめる。
「た、助けて……!」
あたしたちを見上げた龍姫は、はっとした。
あたしたちの裏切りに気づいたのだ。
にぃと笑う。柔らかくは笑えないけど、邪悪な笑顔は得意なの。
「あなたが側室になるのを、邪魔しない。ええ、もちろんよ。協力するわ、龍姫」
「龍姫は沼の主の側室になるんだよ!おめでとう!」
龍姫の顔が赤黒くなり、はんにゃみたいに歪んだ。
「騙したわね!!!このクソガキどもがっ!!!」
イヤァァァァァァァァ!!!!!
とぷん、と最後に音をたて、沼の表面が静かになる。
あたしとトニーは協力して、沼の前に墓石を立てかけた。
~エブリン・ドラグーン、19〇〇年。安らかに眠れ~
あたしとトニーは物言わぬ沼を見つめたまま、ハイタッチを交わした。
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